第七五話 出だし快調
一夜明け、いよいよ鬼のダンジョン本格攻略の日がやって来た。
この日を目標に頑張ってきたのだから、私の感慨もひとしおなのだけれど、気負いすぎてくだらない失敗をするのもバカらしい。
深く朝の空気を肺に取り入れ、そしてゆっくりと吐き出した。こころなしか気持ちもスッキリしたように思える。
私達は既に朝食を終え、ギルドへ向かっている最中だ。
ダンジョンへ向かう前に、担当受付嬢のソフィアさんにも行ってきますくらい言っておかねばなるまい。勝手に消息を絶ったとか騒がれても困るからね。
朝の騒がしいギルドへ一歩踏み込む。
相変わらずの混み具合に辟易とするも、適当に出発報告をするだけなので、我慢して列に並ぶことにする。
こうして見てみると当たり前の話ではあるのだが、受付嬢の数より冒険者の数のほうがずっと多いわけで。
それはつまり、受付嬢それぞれが何人もの冒険者を担当し、各々に適した依頼を斡旋しているということだ。冒険者とはまた違った、大変なお仕事だなと思う。
ソフィアさんは口を開けばスキルスキル言ってるような、ちょっとアレな人なんだけど、仕事は早くて正確らしいし、そんな大変な仕事を的確にこなせるというのは、アレでいてなかなか侮れない人なのかも知れない。
それを裏付けるかのように、私達が並んでいる列は他の列に比べて進むのが早い。
あれよあれよと前に並んでいた冒険者たちは捌けていき、気づけばもう私達の番が回ってきていた。
カウンター越しには今日も表情筋の死にがちなソフィアさん。
しかし私の顔……というか仮面を見るなり、くわっと表情を厳しくした。お、今日は表情筋が仕事してる。えらい。
「行くんですね、ミコトさん」
「はい。頑張って攻略してきます」
「いえ、私としては攻略などよりあなたの身が……というか、あなたの持つスキルの安否が心配でなりません!」
「相変わらず素直すぎますよソフィアさん」
「オルカさんにココロさんも、分かっていますね? ミコトさんに何かあったら、承知しませんので……」
「わ、分かってる。大丈夫。ミコトは私が守る!」
「ココロも、しっかりお守りしますので!」
「わ、私だってもう守られるばかりじゃないし!」
「……はぁ。戻ったなら、また私も狩りに同行させてもらいますからね。決して無茶をしないでください」
「ぜ、善処します」
まだなにか言いたげなソフィアさんへ背を向け、話が長引く前に私達はさっさとギルドを後にした。
戻ったらーだなんて、変なフラグを立てるのはやめてほしいものだ。
まぁ勿論、彼女が懸念するようなことにならぬようたくさん努力してきたのだから、たとえフラグが立とうとへし折る所存ではあるのだけれどね。
そうしてその足で私達は街門をくぐり、ダンジョンへ向けて歩き出す。
荷物の最終確認なんかは、宿を出る前に済ませてあるし、文字通り準備は万端である。
体調もしっかり整っているし、自室の戸締まりもしてきた。と言うか、冒険に持っていかないアイテム類はオルカのもココロちゃんのもまるっと、私のアイテムバンク内に放り込んであるため、万が一部屋に入られたとしても盗られるようなものはないわけで。
そういう意味では、心置きなくダンジョンアタックに集中できる、正に心身ともに万全である。
「さて、そろそろいいかな。ワープを使うよ」
「MPを大きく消費することになるけど、大丈夫?」
「大丈夫。MP回復薬は追加で仕入れておいたからね。おばあちゃんには感謝だよ」
街を出て少し歩き、マップウィンドウで近くに人がいないことを確認した私は、昨日散々っぱら検証を行ったワープの使用を二人に申し出た。
ワープはMPの消耗が大きなスキルで、本来ならそう気軽に使えるようなものではないのだろうけれど、私には裏技と、MP回復薬があるからね。
薬屋のおばあちゃん謹製の回復薬は、他のお店の品と比較しても飛び抜けて効果が高い。しかもお手頃価格。
先日在庫まで出してもらったばっかりだっていうのに、昨日顔を見に行ったら、また数本譲ってもらえたのだ。
そのうち何か、お返しができたら良いなと思う。
ワープを使用するに当たって、MP消費とは別に注意すべき点がある。
それは、出現時を誰かに見られることだ。突然どこからともなく冒険者が現れたとなれば、絶対レアなスキルの存在を勘ぐられるだろう。それはトラブルの種になるから、出来るだけ回避したい。
そこで、その問題点に思い至った私は、昨日の内に手を考えておいた。
見られて困るのなら、見られなければ良いのだ。そう、見たくても見えなくすれば良い。
見たくても見えないと言えば……モザイク!
ということで、昨日の内に新しい光属性のマジックアーツを習得しておいた。その名はなんの捻りもなく、【モザイク】。
その効果は、術者が指定したものをモザイク加工して、一時的にぼかしてしまうというネタ魔法である。
私はワープ発動前に、自分とオルカ、ココロちゃんの全身にこの魔法をかけ、お互いの姿が全身モザイク処理されていることを確認し、早速ワープを実行したのだった。
★
そんなこんなで、あれよあれよと早くも私達は第四階層の入り口に立っている。
振り返ると、未だに全身モザイク姿のオルカとココロちゃん。表情すら窺い知ることは出来ないが、えらく不満げと言うか、不服そうと言うか、何か言いたげなのは分かる。
それに、何を言いたいのかも概ね察しはついているのだが。
「だ、だって、フロアスキップを使うのにも、人目は避けたほうが良いでしょ?」
「……分かったから、早くこれを解除して」
「入り口にいた冒険者さんたち、すごい顔でこっちを見てましたね……」
そう。念の為と行ったカモフラージュだったが、まさか本当にワープした先で他の冒険者PTと鉢合わせになるとは思わなんだ。
私達を見るなり、ビクリと驚いたかと思うとすかさず武器を構えられてしまった。多分、モンスターか何かと勘違いされたんだろう。
私達は襲いかかられる前に、慌ててダンジョン内へ駆け込むと、その勢いのままフロアスキップのスキルを駆使して現在飛べる一番深い場所、即ちこの第四階層入り口までスキップしたのである。
二人の不満がこれ以上膨れ上がる前に、私はさっさとモザイクの魔法を解除した。
お互いの姿を確認し合い、ホッと息をつくオルカとココロちゃん。そんなに嫌だったのか……面白かったのに。
私は正常に戻った二人の姿を見て、ちょっとだけ寂しさを覚えるのだった。
「それじゃぁ、早くMPを回復して。信じがたいけど、ここはもう第四層だから油断は許されない」
「っと、確かに。すぐ済ませるよ」
ストレージから、飲みかけのまま取っておいたおばあちゃん印のMP回復薬を取り出すと、換装でMPが最も低い装備セットへ切り替え。
即座にチビリと軽いひとくちで回復薬を飲み込めば、ギュインとMPが満タンまで補充されるのを感じた。
そうして再度換装を行い、汎用性重視の装備へ切り替える。MP値の上限もそこそこ上がったが、装備変更に伴うMP上限の変化には、MP残量のパーセンテージが参照されるため、総量が大きく増したにも拘わらず一〇〇%を維持している。
少ない回復薬で、MPを一気に回復してしまう私発案の裏技だ。
「やっぱりちょっと、貧乏くさい……」
「ミコト様、もしかして昨日いただいたアクセサリーのせいでもうお金がないのでは……」
「違うから! っていうかそんな心配はしなくて大丈夫だからね! あと、節約術を貧乏臭いって言ったら台無しだから、それ禁句!」
相変わらず、この裏技の凄さは伝わらないらしい。
プチ業腹だけど、まぁいいや。いずれ分かってくれる時が来ると信じて、その話題は流しておこう。
「さてと、それじゃぁマップを使って一気にダンジョンを駆け下りていくよ。今回はひたすらエンカウントを避けつつ、先を進んでいるらしいAランク冒険者に追いつき、追い抜くことを目標にします!」
「了解。罠に関しては私も注意しておくから」
「そう言えば、マップを気兼ねせず使ってのダンジョン攻略は、前のダンジョンを制覇したとき以来ですか。しかも今回はエンカウントを避けての短時間攻略……今日中にどこまで潜れるか、楽しみですね」
「あ、なんだったら重力魔法使って、二人を抱えていこうか?」
「「…………」」
「な、なーんちゃって。さぁ出発しよう!」
最速を狙える提案をしたのに、オルカもココロちゃんも目を皿のようにしてこっちを見てくる。マジデヤメロと訴えてくるその眼力に負けて、私はさっとそっぽを向き元気よく一歩を踏み出すのだった。
「試験で通った範囲はバッチリマップに情報が残ってるから、迷うようなこともないね。っていうか下り階段の位置も見えてるし、これならナビを使って一気に行けそうだ」
マップウィンドウに追加された新しい能力。マップの好きな場所をマークすることで、そこに向けてのナビが矢印として視界に表示される。
エンカウントの有無等も設定できるし、あとはひたすら矢印を追いかけて走れば、安全且つ確実に目的地へ最短で着けてしまうというスグレモノだ。
私は矢印を信じて走った。オルカとココロちゃんは、後ろをしっかりと追走してくる。
力加減が不得手なココロちゃんは、ドタバタとやたらにぎやかな音を立てながら走っているけれど、それでもモンスターと遭遇することはなく、第四階層を突破するのは本当にあっという間だった。
試験の時は、なんだかんだで一層進むのにもかなり時間がかかったのだけれど、それがまるで嘘のようなペースである。
とは言え今回は短時間での攻略こそが目当てなので、感慨に浸る時間さえも惜しみ進む。
第五階層へとサクサク降りると、ここから先はいよいよ初見も初見。より一層気を引き締めなくてはならない。
が、その前に一つ気になることをチェックしておく。
一旦二人に断って、今降りた階段を再度上りチェックしてみた。
「……む。フロアスキップは使えないみたいだね。ってことは、ただフロアを突破するだけじゃスキップは使えないってことか」
「なにか条件があるってこと?」
「やはり、フロアを隅々まで歩き回る必要があるのでしょうか?」
「どうなんだろうね。ともかく詳しいことはまた次の機会に調べるとして、今回は先を急ぐとしよう」
昨日試してみた結果、外からダンジョン内にワープすることは出来なかった。だからその逆もおそらく然り。
ダンジョン内からワープで脱出することは出来ないと思われる。
なので、余裕があるならフロアスキップの発動条件を調べ、達成し、アクティベートしながら進んでいけたら一番良いのだけれど、今回はそんな時間が惜しい。
私達は、何としてもここのダンジョンボスに会ってみたいんだ。きっとそれが一番、ココロちゃんに必要なことだと思うから。
だから、先を越されるわけには行かないのだ。
フロアスキップを全階層アクティベートしながら攻略できたとするなら、いつでも好きなときにダンジョンから脱出でき、しかも最新到達階層まで一瞬で降りられるという、他の冒険者達が知ったら間違いなく羨むであろうスタイルを確立することが出来るだろう。
しかしながら、それはまたの機会ということで。今は速度を優先する。
ここから先は一旦フロアスキップについて考えることはやめ、如何にして短時間でフロアを攻略できるかという点に意識を集中することにした。
第五階層は未把握の階層。しかし、マップスキルのサーチ範囲はおおよそ半径二キロほどと、以前より随分広がっている。
こうしてマップウィンドウに視線を落とすだけで、二キロも先のモンスターを察知し、安全なルート選びに集中できるというのはとんでもないことだ。しかも勿論のこと、マップであるからして通路の形も俯瞰図で把握できてしまう。
やっぱりとんでもないスキルだよ、マップウィンドウ。修行期間中、ずっと封じてきたからこそその利便性を痛感している。
これはオルカが拗ねるのも分かるってものだ。こんなのを出されたんじゃ、一生懸命培ってきた冒険者流のマッピング術も形無しだものね。
というわけで、マップを参照しつつ早速再び走り始めた私たち三人。
たとえ強力なモンスターが群れをなしていようとも、遭遇さえしなければどうということはないのだ。
さて、今日中に一体どこまで進めるものか。私も少し楽しみになってきた。
鬼のダンジョンへの本格アタックは、まだ始まったばかりである。




