第七四九話 楽しい落下実験
「よし、取り敢えずめっちゃ高いところから落としてみようかな! 成層圏とか! 大気圏外とか!」
意気揚々とスペースゲートの用意をする私。
地面と超上空を穴で繋いで、そこに疑似隕石を落っことそうという魂胆だ。
しかしこれはある意味、遠隔魔法の誇る最大射程距離との戦いでもある。
いくら空は何処までも見渡せるって言ったって、流石の私も力の及ばない距離ってものは存在するからね。
取り敢えずおおよそ成層圏くらいまでは、スペースゲートを繋げることが出来ると確認済みではあるけれど。
っていうか、適当に成層圏だなんて言ってはいるものの、この星の成層圏がどの程度の高さにあるかなんてよく知りもしないし、何だったら地球基準の知識すらうろ覚えだったりする。世界や星が異なればそうしたものも違ってくるのか、なんて知識すら私には無い。
一応地球で言えば、大体高度一〇キロ以上の上空に成層圏がある、とかだったはず。記憶違いかも知れないけど……。
ともかく、少なくとも私のスペースゲートは一〇キロ以上離れていても有効であるってことは確かだろう。
何気にそれって凄いことだよね……これを機に、何処まで届くのか測ってみようかな。
目指すはやっぱり、大気圏外! だってスペースゲートだものね。宇宙っぽいじゃん!
……うん。なんかバカっぽい思考が止まらないぞ。
「ええと、地球では確か高度一〇〇キロから先が宇宙扱い、とかだった気がする。知らんけど。なら目指すは射程距離一〇〇キロってことか……って一〇〇キロ?! バカじゃん!」
そもそもの話、遠隔魔法っていうのはマップスキルと連動して運用することを基本としたものだ。
なので基本射程は、マップのサーチ範囲内ってことになる。
また、サーチ範囲の形状は私を中心に球体状に広がっており、高さを重視するなら私の直上が尤も高度を稼ぎやすいってことになるはず。
今や半径にして一〇キロを超過しているサーチ範囲ゆえ、これなら確かに地球基準での成層圏には届くのだろう。
でも流石に一〇〇キロは無理だ。マップスキルを鍛えまくったら、いつかは届くかも知れないけどさ。
「取り敢えず、先ずは遠隔魔法の届く最長射程を探ってみようかな。話はそれからだ」
マップを展開してみる。
見事に真っ平らで、無限に続く地面。それだけの面白みのないマップが表示された。
検索機能を利用して、ワードを打ち込んでみる。『サーチ可能距離』でどうだろう?
すると、流石は検索機能。かゆいところに手が届く優等生ぶりを発揮し、ぱっと求めていた情報を表示してくれた。
これによると、今の私のサーチが届く距離、すなわち遠隔魔法の有効射程距離は……。
「え。三〇キロ!?」
なんか、またレベルが上っていたようだ。
まぁ何だかんだでマップスキルって活用する機会は多いからね。それにしてもすごい距離である……。
「これ、ちゃんと遠隔魔法に対応してるんだろうか……?」
ちょっぴり心配になって、私は展開したマップに表示されたサーチ範囲の端っこを選択。マーカーを立てた後、むんと思い切り力を込めた。
太い雷でも落とせば目立つだろう。或いは大爆発でもいいか……ええい、どっちもやってしまえ。
ぐっと魔力がカタチを変え、消費される感覚。発動は成ったらしい。
直後、カッと彼方にて閃光。
少しの時間を置いて、地響きめいた轟音が駆け抜けていった。体の芯を揺らすような、迫力ある音だ。
「はっはっは、これこれ」
テンション上がるぅ!
などとニヤニヤしていると、遅れて押し寄せた突風に煽られ、危うく転びそうになってしまった。スカート穿いてなくてよかったよ。
ともあれ、本当に三〇キロメートルも向こうに私は魔法を発生させることが出来るようで。
「歩く魔法兵器じゃん……今なら『自分で自分が恐い……!』とか言っても、誰もツッコまないのでは?」
などと、半ば冗談、半ば本気で恐々とつぶやいてみる。
まぁ、今は一人だからそもそもツッコむ人なんて居ないんですけどね。
虚しくなって、本題へ移行。
「三〇キロもあれば落下距離としては十分かな。無限落下を応用すれば尚の事。あ、でもちょっと気になることが……」
心配事が一つ片付いたからか、思考がちょっと横道に逸れる。
マップスキルのレベルが上ってるっていうんなら、もしかして新しい機能とか追加されてたりしないかな?
検索機能に入力したなら、その辺りも詳らかになったりして……いや、待てよ?
『もしもしソフィアさん』
『! 何でしょうお嫁さん』
『お嫁さんって言われると何か、そこはかとなく気持ち悪いな……』
『何でしょうミコトさん』
『マップスキルの新しい機能についてどう思う?』
『あ、“ソナー”のことですね! 素晴らしいですよね! 一日に三回限定とは言えサーチ距離を三分間もの間、倍の距離に伸ばしてくれる驚きの機能! 遠隔魔法と組み合わせたら無敵じゃないですか!』
『へぇ……私その機能について、たった今知ったんだけど』
『え。おかしいですね、言いませんでしたっけ……あぁ、ミコバトにダイブ中のミコトさんへ一方的に語りかけていたのかも知れません』
『このやろう!!』
そりゃ仮面してるから、意識のある無しは分かりにくいかも知れないけどさ! いつも当たり前のように表情読むじゃん!
よりによってどうして大事な情報の時だけ、そんな謎の伝達ミスをやらかすかな?! まぁ別に困ったことにはならなかったから良いけども!
『次からは気をつけるように!』
『ふふ、まるで上司のようなことを言いますね』
『何わろてんねん!!』
おっと、ついエセ関西弁が出てしまった。
『おや、他国の訛りですね。まさかミコトさんの口、もとい念話から出てこようとは』
『え。この世界にも関西弁あるの?!』
『カンサイベン……?』
『って、どんどん変な方向に転がっていく。この話はまた今度にしよう。邪魔してごめんね、じゃぁまた』
さらっと妙な新情報が飛び出たけど、今は二の次三の次。
一つため息をついて気持ちを切り替えると、改めてその『ソナー』とやらについて考える。
一日三回、サーチ範囲を倍にしてくれる機能……?
効果時間は三分間。つまり、三分間の間私は六〇キロも先に遠隔魔法を行使できる、と?
「これ、もはや公式チートってやつなのでは……」
一先ず真偽の程は確かめねばなるまい。
私はマップを表示させつつ、件の機能を発動せんと念じてみた。
するとどうだ。本当にサーチ範囲を示す円がバカみたいに拡張されたではないか。倍ってえげつないな……。
「さらに、遠隔魔法は有効かどうか」
先程同様、いやそれ以上に力を込め、彼方に雷と大爆発を生じさせてみる。
すると、遮るものの無い平らな世界ゆえに、それは苦も無くしかと私の目に届いたのだ。
「ほんとに出来ちゃったよ……」
遅れてやってくる轟音と突風を、半ば呆然としつつやり過ごし、そっと天を見上げる。
「じゃぁ、落下テスト始めようか」
先ずはスペースゲートを用意するところから。
繋ぐのは地面と遥か上空六〇キロくらい。
地面に広げたゲートに先程こさえた巨大球を落とせば、それが天空より落下。
トレモちゃんに直撃したなら、さぞとんでもないダメージが出るはず! って寸法だ。
しかし問題は……。
「む。あ、ヤバいこれ、上空のゲート位置決めるのめちゃくちゃ難しいじゃん。二階から目薬どころじゃないじゃん!」
今更ながら、当たり前のことに気づく私である。
自由落下だけで直撃させようとすると、当然ゲートの位置調整が重要であり。
しかも現実世界だと風の影響とか何とか、もしかすると星の自転がどうとかでもっと難しい調整が必要かも。
って言うか、無理。目算でどうこうできる感じじゃない。無理ゲーではなく、無理である。
「狙いに関しては、魔法で上手いこと誘導するしか無いね」
本音を言えば、落下位置合わせくらい微調整程度で済むかな、とかこっそり思ってたけど、めっちゃ考えが甘かった。
場合によっては大変な軌道修正が必要になるかも知れない。
その辺りは要対策ないし要練習である。
さて、まぁそれはいいとして。
曲がりなりにも準備は整った。なればレッツ投下。トレモちゃんめがけてスーパー質量ボールのリリースだ。
すると早速、直撃コースから大きくズレていることに気づく。
慎重に風魔法等で軌道修正を行うも、ちょっとやそっとじゃ言うことを聞いてくれない巨大球。
かと思えば大袈裟に動き過ぎたりと、かなりコツの要る作業に思えた。
って言うか普通に地上の私視点と、マップを使った直上視点の両方を使って感覚頼りに調整を掛けているせいで、難易度がデタラメなんですけど!
直撃させるとか、そんなのはもう神業の域なのでは!?
今回は自由落下ということもあり、落下速度はまだマシな方。反面空気の壁に邪魔されて、思いがけない軌道のブレが生じたりもして、さっぱり操作が上手く行かない。
そうこうしていると、高度六〇キロだなんてあっという間のことだった。
どんどんと迫る地上。直撃コースからは大きく外れ、今や目標より随分とズレた位置へ落ちんとする人工隕石。
尚もあくせくと軌道修正に全力を傾けながら、自然と口からは軽い言葉がこぼれ落ちる。
「だけど実際、威力ってどうなのかな? 言うてただのでっかいボール。思ったより大した衝撃なんかも無いんじゃ……」
なんてフラグめいたことを言ったのがマズかったのか。
視界の先、空気摩擦に表面を焼かれた一条の流れ星が今、大地に触れ。
そして────
今日も誤字報告ありがたや。修正適用させていただきました!
誤字脱字って言うけど、余計な文字がうっかり紛れ込んでるのって『誤字』の範疇なんでしょうかね? デジタルならではのミスって感じ。文明の利器が私を狂わせる……!




