第七四話 サプライズ
燃費の悪さこそあれ、長距離を一瞬で移動できるこのワープというスキル。
圧倒的に便利であるが故に、何が出来て何が出来ないのか、ということをしっかり把握しておかねばならない。
ということで引き続き検証実験を行っていくわけなのだけれど。
草原の真ん中で水瓶を前に、私は次に行うべき実験について考えていた。
次は生物……とりあえず人を目標としてワープを使ってみようと思う。
まず発動するかどうか、そして発動したとしてどこへ飛ぶのか。最良の結果としては、どこにいるのかは分からずとも、ターゲットにした人物のもとへ一瞬で転移できる、というのがスクランブルにも対応できてとても便利だと思うのだが。
さて、果たして理想通りに行ってくれるだろうか。
「というか、誰を目標にワープしようか。まぁ無難にオルカかな、やっぱり。でも人目のある場所にいたら厄介だな……気配遮断を発動してから実行しよう」
気配遮断さえ発動しておけば、たとえ群衆の只中に現れたとてそうそう目立つようなこともないだろう。
まぁ、その場に腕利きの冒険者なんかいたら、普通に見破られちゃう可能性もあるにはあるが……まぁ、実験にリスクはつきものということで。あ、こういうのを軽率っていうのかな。
うん、まぁ、軽率に実験していけー。
「ということで、オルカのもとへワープ!」
★
えー……と。結果から言うなら、実験は成功だった。
私の前には間違いなくオルカがいて、ぼんやりしている彼女は気配を断っている私を見つけるのに、一拍の間を必要とした。
が、流石は一流の冒険者。すぐに私と仮面越しに目が合う。そして、かぁっと赤面し始めた。
無理もない。ここは狭い個室。更に具体的に言うと、女子トイレの中だ。そして彼女は今、用を足している真っ最中である。
「ミ、ミコト……えっと……とりあえず、耳を塞いでくれない? 流石に恥ずかしい……」
「あ、はい。っていうか去ります。謝罪はまた後で!」
言うが早いか、取って返すようにワープを再発動。水瓶をターゲットに転移すると、問題なく草原へ戻ってくることが出来た。
あ、焦った……軽率な行動はよくない。よくないってことを今思い知った。後でオルカには土下座して、謝罪の品を渡しておこう。
ダンジョンの中では已む無く恥を捨てるような排泄行為であっても、流石に文明圏において同じようなことはしない。
要するに、トイレを覗かれるのは冒険者だって恥ずかしいってことだ。まじで罪悪感がすごい……。
「と、とにかくだ! 人物をターゲットにワープすることは可能だってことが分かった! これはすごいことだぞー! あーもー、本当にすごいなー……ほんとになー……」
空元気で誤魔化してみる。や、ほんとにすごいとは思っているんだけどね。それ以上に気まずさが治まらない。
気分を変えて次の実験をしよう。
と、そんな具合に午前中いっぱいを使ってあれこれと気になったことを、片っ端から試してみた。
正直、あんまり集中できてなかったけど、大丈夫。こなした実験の内容とその結果はちゃんと覚えてる。寝る前にでもおさらいしよう。うん。
思わぬハプニングで、途中からグダグダになってしまったけれど、午後からは気を取り直して買い物だ。
早ければ明日再試験だ。まぁ、私がどうしてもやりたいーって言っても、オルカとココロちゃん、それにソフィアさんが乗り気でないのならそういうわけにも行かないだろう。そこは説得あるのみなのだが。
それに関しては今気にしても仕方のないこと。とにかく、いつ試験が始まっても対応できるよう準備を調えておかなくてはならない。
それに、今回の試験で消耗した物資の買い出しも必要だしね。ああそうだ、お洗濯とかもしてから出てくればよかったな……まぁ、魔法で乾燥は一瞬だから、夜にやったっていいんだけどさ。
というかそれで言うなら、そもそも浄化魔法に頼れば洗濯自体必要なかったりもする。だがまぁ、そこは気持ちの問題だ。洗ったものが着たい、というのはどこか、お風呂に入りたい欲求に似たものを感じる。
ともかく、買い物をして回って、あとオレ姉のお店とか、おばあちゃんのところにも顔を見せに行こうかな。
なんだかんだで、休日は休日なりにやることがあるわけだ。私も随分、この世界に馴染んできたように思う。
一人での街歩きというのにも、随分慣れたものだ。
仮面が目立ってしまうのか、なんだか以前にも増して絡まれそうになることがあるのだけれど、そんな気配を感じたらさっさと隠密モードでやり過ごすようになった。
消えた! なんて騒がれるのも嫌なので、あくまで相手が勝手に「見失っちまったぜ!」って感じるよう、上手いタイミングで身を隠すというのも覚えた。オルカによる指導の賜物だ。
ああ、オルカと言えばお詫びの品を用意しておかないと。何が良いかな、服とかにしようか? ああでも、冒険者に普段着なんてプレゼントしても、嵩張って荷物になるだけだし、かと言って装備を贈るのもなぁ。
「荷物にならず、装備としても役立てば一石二鳥か。あとオシャレにもなれば尚いい……ということは、装飾品だな。ついでだからココロちゃんにもなにかあげようかな。頑丈なものがいいよね」
プレゼントっていうのは、貰うのも勿論嬉しいけど、贈るのも楽しいよね。今回はあまり健全な理由とは言えないんだけど、喜んでもらえるものを捜す、というのはやっぱり心が踊るものだ。
二人に似合いそうで、しかも性能の良いものをと考えながら探し回っていると、あっと言う間に日が傾いていった。
ようやっと良い品を手に入れた頃には、すっかり夕方だ。なんだかんだで充実した一日になったなと思う。
宿に戻ってみると、オルカもココロちゃんもちょうど今戻ってきたところだった。宿の前でばったり出くわしたのだ。
あ。オルカが目を合わせてくれない。気まずい。ココロちゃんは空気を察しはしたが、事情がわからず首を傾げている。
ともあれ、入口前で立ち往生していても周りに迷惑だろう。
ココロちゃんが、とりあえず中に入りましょうと言い出してくれたので、私もオルカも素直に従うこととした。
しかし、なんだかごめんなさいするタイミングを逃してしまった気がする。謝罪の内容が内容だけに、言い出しづらいというのもあるし。
よし、こうなったらあれだ。浴場に行って、そこで全裸土下座を披露する他ない。全身全霊でごめんなさいを表現するのだ!
★
「えー……ということで、こちらが謝罪の品です。お納め下さい」
「「え」」
全裸土下座を敢行したところ、見事に引かれてしまった。
そのせいでますます気まずくなり、結局口数も少なく宿まで戻ってきたわけで。
現在は食堂で夕飯を食べているのだけれど、その席でそれぞれの前にアクセサリーを差し出した。
二人して、キョトンと目を丸くしている。
「ミコト、これって……?」
「私の誠意だと思って、どうか受け取って。今日のことへの謝罪もだけど、日頃お世話になってるからそのお礼も兼ねて、オルカには特殊能力付きの腕輪を選んでみた。効果は【残影】っていう、自分の残像を一定時間発生させるものだね。オルカの隠密と組み合わせたら、きっと正面からだって敵の意表を突けるよ」
「た、高かったんじゃない? こんなに良いもの……」
「オルカに貰ったものに比べたら、全然大したことないけどね。でも、少しずつでもお返ししていけたらって思ってるんだ」
「そ、それならミコト様、どうしてココロにも……?」
「勿論、ココロちゃんにもお世話になってるからね。贈らないなんて選択肢はないでしょ?」
「うぅ、そんな、恐れ多いです……」
「ココロちゃん用に選んだのは、チョーカーだね。精神異常系の魔法やスキルにレジスト効果があるらしいんだけど、もしも鬼関連でそんな状態異常があったら厄介だなって思って、それを選んでみた。お守りにでもなればいいんだけど」
「家宝です! 我が家の家宝にしますミコト様! ありがとうございます‼」
「ミコト、ありがとう。私も……ずっと大事にするから……!」
「あはは、また大げさだな。でもそう言ってもらえるなら、選んだ甲斐があったよ」
気まずい空気もどこへやら。贈り物には二人とも大いに喜んでくれたみたいで、私も嬉しい。
一気にテーブルは和やかなムードに取って代わり、私は内心胸を撫で下ろしたのだった。
すると、お返しとばかりに次はオルカがコホンと空咳を一つ。
「ミコト、私達からも聞いてほしいことがあるの」
「朗報ですよミコト様!」
「お、なになに?」
朗報とあらば期待してしまうな。と言うか、ココロちゃんはすでにその内容を把握しているらしい。
もしかして今日の用事とやらに関わることなんだろうか?
「実は今日、ソフィアのところに行ってきたの。ミコトの試験について、意見を交換しようと思って」
「ココロも同席しました。ミコト様の頑張りを、たくさん報告させていただいたのです!」
「そう。それで、話し合った結果……今回のミコトの試験、合格扱いになったの!」
「え、うそ、ほんとに!?」
「勿論です! そもそもミコト様のご成長を間近で見てきたココロとオルカ様は、試験の必要性すら疑わしく思っていたほどです」
「この試験の意味合は、ミコトの自信になればと思ってのこと。それとソフィアを納得させるためでもある」
「あの人は、担当受付嬢な上にスキルが絡んでるから、なかなか首を縦に振ってくれそうにないと思ってたんだけど」
「確かにソフィアさんは頑固でしたけど、何とか納得してもらえましたよ。ミコト様の新スキルについてぼかしながら説得するのには苦労しました……」
「ともかく、後は準備が調い次第本格的なダンジョン攻略に乗り出せる」
「そっか……うん。ありがとう二人とも! そっか、合格か……よかった。本当に」
てっきり、再試験の日取りでも決めて来てくれたのかと思っていたのだが、もたらされた朗報は予想の斜め上を行くものだった。
モンスターを倒す力は順調に育っていた。なのに、冒険者としてのノウハウも、この世界の常識さえ私には全く足りていなくて、行動を共にしている二人には停滞を強いてしまっていたように思う。それが長らく、私の気がかりだったんだ。
けれど試験に合格だと言われて、実力を認められた気がして。やっと、ようやく一歩踏み出せたような、そんな気がした。
「それでミコト、ダンジョンにはいつから潜る?」
「ああそれなら、今日色々と買い物を済ませてきたからね。物資面ではもう問題ないはずだよ。二人の準備が調い次第、私はいつでも行ける」
「でしたらココロも、準備大丈夫です。早速明日からでも行けますよ!」
「私も問題ない」
「じゃぁ決まりかな。明日からはまた、ダンジョンアタックだ! 久々の制限なしってことでいいんだよね?」
「もちろん」
「先行しているAランク冒険者さんにも、きっと追いつけますよミコト様!」
「うん、そのつもりだよ。でも油断だけはしないよう、気を引き締めていこう」
斯くして、思いがけず今日の買い物は功を奏する事となり、明日より早速鬼のダンジョン深部へ向けて攻略を進めることが出来るようになった。
私達は英気を養うべくいつもより高いメニューを追加注文し、少しだけ贅沢な晩餐とした。
その日の晩は、興奮してあまり眠れなかった……なんてことはなく。
基本的に寝付きも寝起きもいい私は、忘れずに今日行った実験結果のおさらいを行いつつ、眠りに落ちたのである。
明日はいよいよ、待ちに待った鬼のダンジョンの本格攻略だ。
ココロちゃんの抱える問題に対し、何らかのヒントや糸口が見つかることを期待せずにはいられないな。




