第七三話 ワープについて
ダンジョンや依頼から帰った日の夜は、ゆっくりと浴場で疲れを流し、ちょっとだけ贅沢な食事を摂って床につく。
特にダンジョン上がりのそれらは骨身にしみるのだ。
食事に関しては、まぁストレージが使えるのであれば、美味しいものが野営中でも頂けるため我慢することもないのだけれど、今回に限っては保存食しか口に出来なかったからね。
しっかりとしたご飯は数日ぶりだったため、その有難みを噛みしめることとなった。
お風呂に関しても、浄化魔法で綺麗にはしていたんだけど、それとこれとはやっぱり話が違う。
食にそれ程執着のない私には、寧ろお風呂に入れることのほうが余程嬉しく感じられた。
そんなこんなで、その日は早めに就寝した。
今回は試験中、護衛の任があったせいで安眠というのは出来なかったからね。ベッドで寝られる幸せも、格別なものに感じられた。
それからたっぷり朝まで眠って、現在。
簡単に身支度を整えて、食堂で朝ごはんを頂いている。
食卓を囲みながら、いつものようにオルカとココロちゃんに今日の予定を尋ねてみた。
「私はスキルの検証とかしたいから、ちょっと街の外に出ようと思うんだけど。今日二人はどうするの?」
「私とココロは、少し用事がある」
「ミコト様お一人にしてしまうのは、とても心配なのですが……」
「いやいや、流石に私もちょっとやそっとのことじゃ、脅かされたりしないって。修行したからね」
「ミコトそれって、フラグっていうやつじゃないの?」
「う゛。」
「心配ですねぇ……」
「うん、心配……」
「か、過保護組め……」
まぁ実際、ワープを覚えた私の逃げ足ときたら、今や世界屈指と行っても過言ではないはずだ。
だからたとえ危険な目に遭ったとしても、余裕で逃げ切る自信がある。二人を慌てさせるような事態にはならないだろう。
と説得し、どうにか納得してもらえた。
そのせいで二人の用事とやらについて聞き逃してしまったのだけれど、まぁプライベートを詮索するのもよくないか。
朝食を終えた私達は、それから各々自身の目的のために宿を出たのであった。
★
そうして、やって来たのは昨日ぶりの草原。
今日はここで、ワープの検証を主に行う予定だ。
ちなみにだが、おばあちゃん印のMP回復薬は、想像以上に性能が良くて勿体ないので、今日は別途他のお店で仕入れた物を使う予定である。
まぁ、基本的におばあちゃんのお店を贔屓にしたいため、今日用意したMP回復薬はここで使い切るためのものだ。
あと、一応性能比較にもなりそうだしね。おばあちゃんのお薬がどれだけ優秀か、身を以て検証するのもいいだろう。
ということで早速、ワープについて疑問に思ったことを幾つかあげつらい、片っ端から実験してみることに。
まず、前回はマップウィンドウと連動させることで、精密ワープを可能としたのだけれど、ならばマップを用いずにワープを使用するとどうなるのか、という実験。
MP特化装備を身につけ、早速ワープ先を頭に思い描く。やっぱりなるべく具体的な方がいいだろう。
と、その前に。私はストレージから、適当な水瓶を一つ取り出すと、その場に設置した。
うんうんと満足して頷くと、改めてワープ。行き先は、以前攻略した縦穴のダンジョン。
あそこなら具体的な場所もふわっとしか覚えていないため、曖昧な場所に飛ぼうとしたときにどうなるか、という検証にはぴったりだろう。
あ、でもダンジョンは既に消滅しているはずだし、ダンジョンが消えた後はどうなるのかなんて、実際見たことがないため情報が不足している。
その上でもし、彼のダンジョン内部を思い浮かべながらワープを唱えると、どうなるんだろうか? つまりは、もう存在しない場所へ飛ぼうとしている、ということになると思うんだが。
「まぁ、試してみれば分かることか。よしいくぞ、ワープ!」
…………。
えー、どうやら、不発に終わったらしい。
目の前には、今しがた置いた水瓶。私がどこにも移動できていないという確かな証拠だ。
それにMPも減っていない。つまりは発動自体しなかったということだろう。
「ふむぅ、もう存在しない場所には飛べないってことかな? 代わりに、ほど近い場所へ転移するのかと思ったけど、そういうわけでもないと……或いは、イメージした場所がダンジョン内だったから失敗したって可能性もあるか。よし、それなら……」
次に思い浮かべるのは、鬼のダンジョン内だ。
もし成功しちゃった場合、オルカたちに怒られるかもしれないけれど、そこは実験のためのリスクってことで。
早速ワープ発動を念じてみる。魔法はわざわざ口に出して唱えずとも、強く発動を念じれば可能なんだが、どうやらそれが出来ない人も多いらしい。
最も手軽な発動のトリガーが、口に出して唱えることらしいので、多くの人がスキルや魔法を使用する際それを唱えるそうだ。少年漫画かよ……。
しかし、念じてみてもワープはまたもや発動しなかった。念の為口頭で唱えてみてもダメ。
やっぱり、ダンジョン内部へのワープは出来ないらしい。ガッカリしたような、ホッとしたような。
しかしそうなると、縦穴ダンジョンへワープできなかった理由は、もう存在しない場所だったからなのか、それともダンジョン内をイメージしたからなのか、曖昧になってきてしまう。
なので次は、存在しない場所を思い浮かべてワープを試してみることに。
思い描くのは、これまでプレイしてきた幾千のゲームに登場する、架空の場所。
さて、どうなるか……と試してみるも、やっぱり失敗。どうやら存在しない場所にも飛べないらしい。
ああいや待てよ? もしかすると距離の制限なんかがあるのかも知れない。
覚えたてでスキルレベルも低いわけだし、ひょっとするとあまり遠くには飛べないせいで、不発に終わったという可能性がないわけじゃないな。
けれど私は、あまり遠出という遠出をしたことがない。ダンジョンのある場所より先へは行ったことがないのだ。
そう考えるとちょっと、勿体ない気がしてくる。せっかくの異世界なのに、活動範囲が狭すぎるな。そのうち旅にでも出てみよう。うん、それがいい。
それこそ、多分ワープがあればすぐにでも戻ってこれるだろうし、距離制限の検証にも役立つだろう。一石二鳥ってやつだな。
それじゃ、距離に関する検証は保留としておくとして、次に曖昧なイメージで飛べるのかという実験だが。
縦穴ダンジョンがあったであろう場所を曖昧に思い浮かべれば、その実験に足るだろうということで。早速ワープの発動を念じてみた。
するとどうだ、今回は一瞬で視界に映る景色がぱっと切り替わり、そしてMPが消費された感覚を覚えたのである。ワープ成功だ。
正直、連続で何度もワープを失敗したため、地味に自信をなくしかけていたので、無事に成功してちょっと嬉しい。
「さて、それでここはどこなんだろう……?」
街の南は起伏に乏しい平地が延々と広がっている。そのため、これと言って現在地点を示す目標らしいものも見つけられないのだ。
仕方なくマップを確認してみても、今や縦穴ダンジョンの入口を示すマーカーすら消えており、自分がワープしてきた現在地が具体的にどこなのか、いまいちよくわからない。
まぁ、それならそれでいいのだけれど。
要するに、曖昧なイメージのままワープを使用すると、目的地周辺にランダムで出現する、という仕様なのかも知れない。
まぁともあれ、発動自体は確認できたので今回はそれでよしとしよう。
それでは帰りのワープだけれど、今回もマップは使わない。
その代わりに、先程置きっぱなしにしてきた水瓶を目指してワープを試みる。
具体的な目印があれば、それを標的として転移が可能かという実験だ。
早速発動を念じてみたところ、果たしてその結果は……成功だった。
ぱっと視界の景色が再び切り替わったかと思えば、目の前には水瓶。
どうやら、マップに頼らなくても正確なワープを行うことは可能らしい。
しかしもしかしてこれは、野外だったから可能だったということもありえる。屋内へのワープは不可能なのでは? という懸念。なにせダンジョン内には飛べなかったのだから。
それならば早速試すしかないだろう。目的地は宿の自室でいいか。
「とその前に、MPを回復しておかねば」
ストレージから取り出すのは、木製容器に入ったMP回復薬。
頑丈さを優先するのは分かるんだけど、なんとも飲む気が削がれるなぁ。
とりあえずMP特化装備を、MP最弱装備へ切り替える。そうして眉間を些か険しくしながら、早速一口……うん。美味しくない。飲みにくい。おばあちゃんのMP回復薬はもっとスッキリ飲みやすかったって言うのに。
更に、ステータスを確認してみると、回復量にも明らかな差があった。
この装備でおばあちゃんの回復薬を、ほんの口を湿らせる程度に飲み込めば、またたく間にMPを全快まで持っていけるって言うのに。対してこの回復薬ときたら、流石に一本まるまる使うことこそなかったけれど、容器半分くらいは飲む必要があった。
こんなものを実戦に持ち込んだのでは、すぐにお腹がチャプチャプになるだろう。そもそもグビグビ飲んでる間は無防備だしね。
「一本当たり、二〇〇ミリリットル……ってところかな? うーん、やっぱりおばあちゃんのお店一択だね」
正直もう飲みたくないんだけど、折角買ってきたんだから消費しないと勿体ない。っていうかいつまでも取っておきたくない。
ということで、気は進まないが意地でも今日で使い切ることに。用意したMP回復薬は残り二本と今の残りが半分。
ワープ換算だと、大体二度のワープで回復約半分だから、残り10回分か。まぁまぁ飛べそうだ。
さて、気を取り直して実験を再開する。
宿屋のベッドを思い浮かべつつ、折角だからベッドにダイブするつもりで地面へ向けてフライングボディプレス! からの、空中でワープ! 失敗したら地面に激突。
だが、幸いにも実験は成功し、私はどうにか宿屋のベッドに体を沈めることが出来た。ふぅ、危機一髪だ。
ベッドで少しゴロゴロしながら小休憩し、再び水瓶のもとへワープで戻ってきた。
そしてMP補充。うーん、美味しくない……っていうかマズい。
空になった容器はどうしようかと思ったけれど、なにかに使えるかも、なんて思ってしまう辺り、私は捨てられないタイプの女らしい。そっとストレージへ収納しておく。
と、そういえばストレージも修行期間中に一つレベルが上ったようで。現在の容量は二五六となっている。
そして気になる追加機能の内容に関してなのだが、実は少しの間謎だったのだ。
というのも、実はこれと対になるような派生スキルを同時に覚えており、二つの関連性に思い至るのにちょっと手間取ったためである。
そしてその対のスキルというのが、【アイテムバンク】というもので。名前からして便利そうだと大喜びしたのも束の間、肝心要の使い方がよくわからず、結構焦ってしまった。
あれこれ試した結果、どうやらこれは設置式のスキルらしく、特定の条件を満たした場所にセットすることで効果を発揮してくれるらしい。
その条件とは、モンスターのポップしない場所であること。つまり村や街の中とか、神聖な場所とか、そういうところだね。
現在は宿の自室に備え付けの、テーブル上にセットしてある。
このスキルをセットすると、そこから物体の出し入れができるようになるのだ。さながらアイテムを預けておける不思議な倉庫のように。いや、スキル名からすると銀行、というべきか。
まぁ要するに、設置型の大容量ストレージみたいなものだ。
物の出し入れができるのは私だけだし、万が一スキルを設置している場所が、跡形もなく壊れたりした場合どうなるのか、という実験も済んでいる。その際には、単純に倉庫の取り出し口が消失するだけで、中身が消滅するようなことにはならないらしい。要は、スキルが解除されるだけのようだ。別の場所へ再設置してやれば、問題なくその場所から物の出し入れが可能となる。
出し入れの際には、床や壁へアイテムが沈んでいくという、不思議な現象を楽しむことが出来る。現在だと、テーブルの天板からものがニョニョっと浮上するように出てきたり、ズブズブと沈んだりする。さながら手品でも見ているようで楽しい。
で、だ。
これと対になっているのが、レベルアップしたストレージに追加された機能、【転送】である。
その名の通り、ストレージにあるものを転送してくれるスキルなのだけれど、その転送先というのが他でもない、アイテムバンク内であるということだったわけで。
アイテムバンクの収納容量は、なんと初期段階で一〇〇〇もある。現在のストレージ容量の、約四倍だ。今後さらに拡張されるだろうから、もう物が持ちきれないと嘆く必要はなくなったわけで。
ただ、転送はバンクにアイテムを送ることこそ出来るが、取り出すことは出来ない。その点にだけは気をつけて運用しなくちゃ、痛い目を見る。
っていうか、一回やらかした。バンクにストレージから転送できると気づいたのが、丁度野営の最中だったのだ。
そこで、調子に乗って私は何でもかんでもバンクへ放り込み……後はお察しである。
とまぁそういうわけなので、空容器の一つくらいしまっておいても、何ら困ったりはしないのだ。
気を取り直して、さっさと次の実験へ移ろう。
屋内へのワープも問題なく可能であることが分かった。それなら次に試すべきは……。
「場所ではなく、個人を目印に飛んだら、果たしてその人の元へたどり着けたりするんだろうか?」
これは是非、検証しておかねば!




