第七二六話 皮算用
ジリリと眩しい陽光の元。
廃墟と化した闘技場に今、一陣の風が吹いた。
と同時、立ち上りしは白金の光。陽の光すら目劣りするほどの輝きに、目を細めるサラステラ。
だが、それより何より彼女は、ここに来て今日一番の驚きに苛まれたのである。
「これ、は……」
背筋の粟立つような怖気。
それは何時以来だろうか。嫌というほど覚えのある感覚だった。
明確に、自身より巨大な力を持つ者と対峙した時の、畏怖にも似た高揚。
だが、信じ難くもあり。
何せそれを放っているのが、あのクラウだというのだから。
会わなかったのはどれくらいだろうか。一年前後か。
以前の彼女は、まだまだ自分には遠く及ばなかった筈だ。
それが、修行の果てに大きく力を付けた己を、気配で圧倒している。
サラステラにとって、認め難い事実であった。
さりとてどれ程否定しようと、目の前でそれは起こっており。
彼女はその輝きから、一瞬たりとて目を離すことが出来なかった。
すると。
不意に訪れた、静寂。
白金の輝きは急速に収束し。そして、その中心に一つの人影を浮かび上がらせたのである。
つい今しがたまで、あれ程までに手痛く破損していた装備類は、しかしスキル由来の品だからだろうか。ものの見事に修復され。
金色に彩られし神々しき鎧、そして聖なる蒼を湛えし聖剣を携えたクラウが、堂々たる立ち姿にてサラステラを見据えていたのだ。
だが、サラステラの目を最も引き付けたのは、見覚えのあるそれらではなく。
ふわりと舞った風に漂う、白金色のその衣であった。
そう、それは自身の纏う神気によく似ていて。
「見てくれ。努力の甲斐あって、ようやく私もこれを会得するに至ったんだ」
何処か嬉しそうに、誇らしそうに、そう微笑む彼女。
サラステラが見紛うはずもない。何故なら、きっと他の誰より親しんだスキルだから。
それは一つの到達点。力の象徴。絶対者の証。
しかし、ならばなるほど得心も行こうというもの。何せ彼女は今や、それに足るだけの力を得たのだから。
「そう……パワ。【神気顕纏】、モノにしたんパワね……!」
「ああ。そして今の私は、特盛セットでもある」
「特盛、パワ?」
「そうだ。ブレイブモードに始まり、オレガモードを加え、そこに神気顕纏を乗せた特盛セット。題して」
一拍。
クラウは胸を張り、自信満々に名乗りを上げたのである。
「オレガゴッドブレイブクラウ! ここに見参、だ!」
「な……長いパワ!」
「…………」
コホンと、若干頬を赤くしたクラウが咳払いをすれば、不意に訪れた居た堪れない空気も一新。
そして茶番めいたやり取りも、そこまでであった。
聖剣を構え直し、改めてクラウが口を開く。
「さておばさま。それでは決着をつけるとしようか」
「そうパワね。でも、大丈夫パワ? どれだけ力を盛っても、相性の差ばかりはどうにもならんパワ」
「そうだな。だが、まぁやってみれば分かることだ」
「左様パワ」
それが最後のやり取り。
そして、激突が起こった。
冴え渡るはサラステラの技。
赤きオーラを纏いし一対の拳は、流星の如くその軌跡を描き。
加えて蹴り技に肘、頭突きや投擲まで駆使した、何でもござれの嵐が如き猛攻にて、間断なくクラウへと畳み掛けていった。
無論、その拳に打たれては如何な特盛クラウとて無力。ともすれば、ただの一撃で勝負が決まることも十分にあり得た。
ところが、である。
ステータスの上に於いて、既に彼女のそれはサラステラを凌駕、圧倒しており。
ようやっとサラステラの動きにまともな対応が叶うようになったクラウは、ここに来て遂にミコバトにて磨いた技術を披露せしめたのである。
それは、防ぐ技術にあらず。
培ったのは、防御と攻撃を連結する為の『受け流し』の技。
未だ不完全なそれは、自身の反応速度を上回る相手に対し、上手く用いることは叶わないけれど。
しかしステータス差の逆転した今であれば、条件は満たされた。
何より、オーラの脅威を知った今こそが、最良の使い時というものだろう。
サラステラの箒星めいた拳が、盾に触れる。
その瞬間だ。拳を通じて感じられた手応えは、とても形容に足るものではなく。
強いて言うならば、風に拳を逸らされたかのような。無論、彼女の腕力を持ってすればそのような事などあり得ないのだけれど。
さりとて、他にしっくりと来るような喩えの思いつかない、奇妙な感触。
かと思えば、直様迫るは蒼き剣閃。それも、これまた奇妙な技である。
一度見た技ではあった。酷く緩急の付いた不気味なスキル捌きだ。ただでさえ自身を上回る火力を得たクラウ。まともに受けては当然危険どころの話では済まない。
素早く退くも、余波だけで十分な脅威だった。
サラステラは幻視する。
目の前に立ちはだかるは、自身のよく見知った娘。
生まれた頃から知っている、庇護対象。
それが、一体全体どうしたことか。どうしてこんなにも、大きく見えるのか。
要塞である。
見上げるほどに高い壁。自身を潰せるだけの大砲を備えた、圧倒的に堅固な要塞。正に難攻不落。
己を奮い立たせ、渾身の技をもってして殴りかかるも、それはそびえる壁に傷一つもつけること叶わず。
お返しにと降り注ぐのは砲弾の雨。逃げ惑う自分。
蘇るのは、修業の日々。
戦うのは好きだ。それを苦に思ったことはない。
さりとて、当然楽な道程などではなかった。血反吐を吐いたことも幾度となくある。
ただ、自身を鍛え上げることだけを生き甲斐に、走り続けたのだ。
そんな日々が、まるで否定されたかのような。
じわりと、涙が滲んだ。
悔しくて、悔しくて、悔しくて。納得がいかなくて。
あんなにも努力したのに、何故こんなことになるのか。想像してたのと違う。
本当なら今頃は、イクシスに初めて勝利してドヤッとしていたはずなのだ。
それが、どうしてその娘に圧倒されているのか。
というか、クラウでこれならイクシスはどうなっているのか……。
背筋が急に冷たくなった。
技が鈍り、膝が震えた。
ピタリと、聖剣が首筋に停まる。
「……おばさま、ここまでだ」
心臓が冷たく跳ねた気がした。
気づけば拳を覆う赤は消え去り、身体もずっしりと重い。
空虚な気持ちで空を見上げたなら、呑気な青空が広がっていた。
そう言えば、ここは現実ではなかったかと。そんなことを今にして思い出す。
「……負けを、認めてやらんこともないぱわ」
力なく開いた口からでたのは、そんな強がりめいた言葉。だって仕方がない。悔しいのだから。
だからこそサラステラは、こう言ったのだ。
「認めてやる代わりに、教えるぱわ。どうやって……どうやってそれ程の力を得たんぱわ!」
今にも地団駄でも踏み出しそうな様子で、クラウへと食って掛かる彼女。
首筋に剣を突きつけられていることなどお構いなしであった。むしろ、「危ない危ない!」と慌てるのはクラウの方。
ともあれ、勝利条件として投げかけられた問に答えたなら、それで決着である。
クラウは一つ息をつくと、誇らしげに返答を寄越すのだった。
「それは無論、ミコバトの力だ!」
キョトンと首を傾げ、オウム返しに問うサラステラ。
問われるままに、クラウの口より詳細が語られ。
一瞬呆けた彼女は最後に、絶叫したのである。
「またミコトちゃんパワかぁぁぁあ!!」
斯くして、クラウの勝利を告げるウィンドウが表示。
リアルで腕を磨き続けたサラステラと、ミコバトにて急速にレベリングを行ったクラウの対戦は、後者に軍配が上がるという形で決着と相成るのだった。




