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第七二話 裏技

 この世界でスキルや魔法に用いられる、MPという謎の……なんだかよくわからないもの。

 一説には魔力だとか、生命力だとか、加護や恩恵の力だとか、まぁ色々言われてはいるけれど、その実それが何なのかに関しては、未だ明確な答えが出ていないらしい。

 そんなMPについて、私にはちょっとした思いつきがあった。

 それを試みるべく、私達は今街の薬屋さんに来ている。

 薬屋さんとは言ってもアルカルドは大きな街なので、捜せば何件も見つかるだろうけれど。

 私がよく利用しているのは、初めて薬草採取の依頼を受けた時、そういえば薬草の形も名前も知らないやと思い、ここに立ち寄って店主のおばあちゃんに実物を見せてもらったっけ。というような、些細なゆかりのある小さな薬屋さんだ。

 その後も回復薬等を求めて、何度もここへは立ち寄っている。

 商品の善し悪しなんて、正直私にはまだよくわからないんだけど、おばあちゃんとは今や茶飲み友達みたいな間柄だし、たまに面白い話を聞かせてもらえることもある。なかなか居心地の良いお店なのだ。


「おばあちゃん、きたよー」

「おお、ミコトちゃんかい、よく来たねぇ。オルカちゃんとココロちゃんも一緒かい」

「こんにちは」

「ミコト様あるところ、ココロあり! です!」

「ほっほっ、まぁゆっくりしていきなさい」


 実家のような……いや、田舎のおばあちゃんの家みたいな安心感を感じるなぁ。

 と、和んでる場合じゃなかった。

 私は出されたお茶とお菓子に舌鼓を打ちながら、今日訪れた目的を告げた。


「MP回復薬かい?」

「うん。なるべく多く欲しいんだけど」

「それならほれ、そこの棚に置いてあるよ。在庫も出してあげようねぇ」

「おばあちゃん、手伝う」

「おお、オルカちゃんありがとうねぇ」


 おばあちゃんとともに店の奥へ入っていったオルカを微笑ましく思いながら、私は商品棚の前に移動する。ココロちゃんもついてきた。

 MP回復薬は、綺麗な青色をした液体がガラスの小瓶に入っている。なんとも小洒落た品だ。

 このお店の品は、こういったいかにもファンタジーな品が、ファンタジーな感じに陳列されていて、すごくときめいてしまう。

 例えるなら、昼下がりの駄菓子屋さんに似たような空気感があるのだ。ワクワクの詰まったような、それでいてキラキラしているような。妙なノスタルジーが胸にグッと来ちゃう。

 まぁ実際、生前の私は駄菓子屋さんになんて、数度しか行ったことないんだけどね。近くになかったし……。


 とは言え、冒険者がガラス容器に入ったMP回復薬だなんて、普通は好んで持ち歩いたりしない。壊れちゃうし。

 なので、こういう洒落たデザインを好むのは、戦闘系の人達ではなく、生産職のお客さんのようだ。

 実際、ここで冒険者の姿を見かけることは稀だしね。

 でも逆に、私達にとってはその方が気兼ねしなくて済むから楽でいいのだが。

 と、私が一つMP回復薬を手にとって、不思議な色だなぁなどと観察していると、ココロちゃんが不意に口を開いた。


「それにしても、ここの商品はとても質のいいものが揃っていますよね。おばあちゃんはとても腕の良い薬師さんに違いありません」

「え、そうなんだ?」

「はい。こうしてガラス容器に入れて商品を並べられるのも、その品質が良ければこそです」

「ああ、言われてみれば確かに。質がよくなければ、こんな透明な容器に入れられないよね。目利きが得意じゃないお客さんでも、中身が透けて見えるんならその良し悪しを判断しやすいわけだし」

「はい。それがここまで堂々と、どうぞ見てくださいと言わんばかりの陳列方法。確かな自信と実力がなければ、到底出来ることではありません。流石ミコト様の懇意にされているお店です!」

「いやいや、私は単純におばあちゃんの人柄が好きで、ここを選んでるだけなんだけどね」


 なんて話していると、奥からおばあちゃんとオルカが戻ってきた。オルカの手には、MP回復薬の入った木箱が抱えられている。

 一箱二ダース、つまり二四本入りのものが三箱も。

 このお店の商品はおばあちゃん謹製の品だそうで、その量を一人でこしらえるのは大変だったろうに。


「お、おばあちゃん、そんなに売ってくれるの!?」

「こんだけしか今はないんだが、足りるかねぇ?」

「もちろん! すごく助かるよ、ありがとう!」

「ほっほっ、ミコトちゃんたちの頼みなら、なんてことはないさ。また用意しておくからね、いつでもこのばぁを訪ねるとええ」


 おまけに値引きまでしてくれて、何だこのおばあちゃん、聖母か何かか!

 これは恩返しをしようと、ついでに入用なものや、予備に欲しい物なんかを見繕ってたくさん買い物をした。

 少しでも売上に貢献できたなら嬉しい。


 そうしておばあちゃんのお店を出た私達は、人目を避けて荷物をストレージへ収納。

 その足で一旦街の外に出た。時刻は午後四時くらいか。西日が差し始めるまで後少しというくらい。

 向かう先は街からそう離れていない、最近ご無沙汰の狩場。ここなら魔法を使っても、そう人目に晒されることもない。


「それでミコト、ここで何をするの?」

「MP回復薬を買い込んできた、ということは、やはりスキルや魔法に関したことでしょうか?」

「ふっふっふー……とりあえずは準備をしようか。まずは、MPを消費します」


 覚えたてのワープを用いて、短距離移動を数度行ってみせる私。

 オルカもココロちゃんも、ワープの発動を客観的に見たのはこれが初めてなため、驚いている。

 どうやら本当に、私の体がこつ然と消えて、全く違う場所にふっと現れるらしい。変なエフェクトとかもなしに。


「ミコト、お願いだからそれ、髑髏の仮面を着けてやらないでね……」

「そうしたら完全に、何かの亡霊さんですね」

「そんな悪趣味なことしないから!」


 音もなくぱっと消えて、どこからともなくふっと現れる。それが二人には、ホラーじみて見えたらしい。

 なまじ気配に敏感な冒険者にとっては、尚更不気味に感じられるのかも知れない。肝試しとかやる時は、是非活用してやろうじゃないか。

 って、そうじゃなく。


「たった三回のワープで、MPがほぼ空になってしまった……」

「MP強化の装備なのに、消耗が激しいんだね」

「なるほど、それでMP回復薬なのですね」

「そうなんだけど、ここからが本題なんだよ」


 私はニヤリと仮面の下で口角を釣り上げると、次はMP強化の補正が一切付かない装備へと切り替えた。

 それに気づいた二人が首を傾げる。


「その装備セットは確か、他のステータスをを犠牲にして、LUCへ全振りした装備セットだったはず」

「それですとMPの上限値は、無装備状態と同じ値、でしたよね」

「二人ともよく覚えてるね。そう、今の私は、くそ雑魚ステータスの女。MPも人並み以下さ!」

「そ、その代わり運だけは物凄く良い」

「その幸運でなにかやるんですか?」

「ああいや、運は今関係ないんだ。大事なのは装備変更に伴うMP残量の変化だけ」

「……? つまり?」


 先程までのMP特化装備時点で、私のMP残量は12だった。

 しかし現在、装備を切り替えたことでMP上限値が素の状態に戻っている私のMP残量は、たったの1。

 普段はあまり意識しなかったんだけど、これって実はとんでもないことなんじゃないかと思ったんだ。

 MPの上限変化に際し、私のMPは割合で変化しているのではないか。つまり、残りMPが一%だとするなら、換装に伴ってその%が引き継がれる形で移行しているんじゃないかと。

 私が熱弁すると、しかし二人は更に首を傾げた。


「なるほど、わからない」

「同じくです」

「むぅ……まぁ、実際実験を見せたほうが早いか」


 私は一旦口頭で説明するのを諦め、実際実験を交えながら解説していくことにした。

 二度手間にはなるが、再度MP特化装備へと換装した。ステータスウィンドウを見ると、残りMP量が再び12へ変化している。


「ではまず、この状態でMP回復薬を服用します」

「「ふむふむ」」


 ストレージから青い液体の入った小瓶を取り出し、じわじわ飲んだ。

 結果、MPが全快するのに小瓶の八割ほどを消費した。って、この状態の私でたった八割!? か、回復効果すごく高いんじゃないのこれ……いや、うん。今は置いておくとして。


「はいこれが、このMP特化装備状態で枯渇寸前のMPを全快させるのに用いた回復薬の残りです」

「すごいね、一本で足りるんだ」

「と言うか、まだ残ってますね」

「そして次に、もう一回MPを枯渇寸前まで減らします」


 ワープや、重力魔法を駆使して再度残りMPを12まで減らす。

 急にMPを増やしたり減らしたりするのって、なんだか健康に悪い気がするんだけど、今回は検証のため我慢しよう。

 さて、ステータスを確認しながらパパっと残りを12MPに調整することが出来た。ここから二度目の実験だ。

 次は運特化装備へ換装する。


「さて、ここで問題です。この運特化装備の状態だと、MPを満タンにするのにどのくらいのMP回復薬が必要になるでしょうか?」

「「‼」」

「お、ようやく実験の趣旨に気づいてくれた?」

「MP上限の低いその装備でなら、少ない回復薬で全快が可能……」

「その全快状態でMP上限の高い装備へ切り替えた場合、MP残量はどう変化するのか……そういう実験なのですね、ミコト様!」

「そのとーり!」


 早速私は、新しく取り出したMP回復薬を服用。ちびちびと飲んでいると、あっと言う間にギュインとMPが満タンになった。

 小瓶に残った青い液体は、なんと一割も減っていないじゃないか。

 さて、ここからが本題。

 MP特化装備からMP貧弱装備へ切り替えた際、MP残量は12から1へと変化した。

 なら、MP貧弱装備の今全快させたMPは、MP特化装備に切り替えた際どう変化するのか?

 いざ、換装を行ってみる。そしてすぐさまステータスウィンドウへ視線を落とすと……。


「おお……おおお! 成功だ!」

「それはつまり、MPが全快した状態が反映されたってこと?」

「だとしたら……だとしたら、ええと……MP回復薬の大幅な節約になりますねミコト様!」

「……そう聞くと、なんだかセコいよミコト」

「うぐっ、いいの! 大発見だし!」


 換装での変化に際し、MPは現存値ではなくパーセンテージを参照する、ということが分かった。

 これにより、私はMP特化装備で大魔法を放っても、MP貧弱装備に切り替えて回復薬を摂取することで、大幅に回復薬の消費を抑えることが出来る、という確信を得たのだ。


「そして多分これ、HPにも応用が利くと思う」

「! それは、すごいこと」

「HPは命に関わりますからね。例えばもし、手元に脆弱な回復手段しかないような状態でも、その方法を駆使すれば簡単に全快できてしまうというわけですか!」

「理論上はね。まぁ部位欠損なんかはまた話が違ってくるだろうし、そう単純な話でもないのかもしれないけど」


 なにはともあれ、これは完全に仕様の隙間を突いた『裏技』というやつで間違いない。

 ゲームのような世界には、そんなものまで存在するらしい。

 これも一つのチートみたいなものだろうか。だとするとなんともセコいチートだが、うまく活用できれば大きな戦力になるだろう。

 例えばもし、今後桁外れに膨大なMP補正効果を持つ装備を手に入れたとして、MPがバカみたいに膨れ上がった状態で、これまたバカみたいにMPを食うロマンしかない大魔法を乱発したとする。

 そうしたら、ちょっと装備を切り替えて一口MP回復薬を飲むだけで、あっと言う間に使った分のMPが補えてしまうというのだから、実質無尽蔵に大魔法を乱用できるヤベー奴の完成ではないだろうか。

 現状では些細な優位性でしかなくとも、規模を拡大すれば絶大な効果をもたらすものだ。

 もしかすると私は、恐ろしい発見をしてしまったのかも知れない。


「すごいとは思うけど、やっぱりなんだか貧乏くさいよミコト」

「MP回復薬くらいなら、ココロがいくらでも用意しますよミコト様」

「や、やめろ! そんな哀れみの目を向けるんじゃない!」


 くそぅ、この大発見の真の凄まじさを分かってもらうには、まだしばらく時間がかかるみたいだ。

 MP強化装備の収集と、ロマン魔法の開発を進めなくては!

 ステータスの値を示す数字は、アラビア数字を用いています。

 理由としましては、単純に私個人がMPとか、STRなんかと漢数字を組み合わせるのに違和感を覚えたからです。「MP一二」って、ちょっと変かなって。


 その他はいつもどおりの漢数字表現となっています。

 良かれと思ってやってはいますが、もし読みにくいようでしたら申し訳ない。

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― 新着の感想 ―
[一言] そもそもが水分の取り過ぎとトイレ問題のため、回復薬を飲む量の削減が目的だったのでは?その説明を二人にしていないのはなぜ?実験中に忘れたのでしょうね。最後の辺の二人の反応も違っていたでしょうに…
[良い点] 視点が独創的です。そして、説明がとても上手。
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