第七一五話 いいからいいから!
鍛錬室。
イクシスさんと魔王の対決を見守る私たちは、誰が声を発するでもなく。正に食い入るかの様にその結末まで見届けたのである。
言うまでもなく、大厄災級魔王は自分たちがこれまで相対してきた、どんなモンスターよりも強く、恐ろしいもので。
しかしだからこそ、なのだろうか。
私も含めた皆は、観戦を進めるうちに段々と、「自分だったらどう戦っただろう?」と脳内シミュレートを行うようになっていったのだ。
それというのも、この先自分たちでこいつを攻略することになるっていうんだから、イクシスさんの姿に自身を重ねて考えるのも、ある意味当然のことなのかも知れないけれど。
しかしその様に考えられたのはきっと、事前にしこたま通常の魔王を倒しまくり、相手の力量というものに具体的な想像が及べばこそである。
そして、奴の力は恐らく、今の自分たちの手では決して届かないような、遥か高みに存在するわけではないと。そう確信を得たからでもあった。
イクシスさんがソロで勝てない相手であろうと、私たちがチームで掛かれば超えられる。
既に今の私たちは、それだけの実力を得ていると、観戦するうちにそう感じられたのだ。
それは言うなれば、成長限界ってものを間近に捉えている証左なんだとも思う。
であれば、チームの力をどう組み立てたなら、より確実に魔王を屠ることが出来るだろうか。
皆はそう思案するのに夢中だった。勿論、壮絶な対戦に目を奪われてもいたけれど。
その様に、戦う者としての見方をする傍ら。
一方で純粋にイクシスさんを応援する立場から眺めれば、堪らず胸に込み上げてくるものもある。そんな凄まじい対戦だった。
彼女の心情を慮れば、目頭も熱くなろうというもの。
魔王は彼女にとって旦那さんの仇でもあり、多くの同胞が命を落とすことになった元凶そのものでもある。
観戦ウィンドウの向こうにあるのは、再現とは言え、そんな相手と独りで懸命に戦う彼女の姿だ。
初めて目の当たりにするような、イクシスさんの必死な表情。凄絶なる光景。
なればこそ、観戦側の気持ちも昂ぶろうというもの。彼女と肩を並べて戦いたいという想いも、気づけば自然と湧き出し、胸の内にてグツグツと滾り始めるのだった。
一冒険者としても、彼女と親しい者として見ても、非常に惹きつけられる一戦であったことは間違いなく。
中でも個人的に一番興味深かったのは、第二形態の角を切り飛ばした妙技。
私の圧縮魔法を参考に、さんざん練習しまくっていたアレだ。
よもやあんなレベルにまで引き上げていただなんて……私も逆輸入的に参考にしようと思った。
それと、自己強化の重ね技。
神気顕纏とブレイブモードを重ねることが出来る、ってことは多分クラウもいずれ出来るようになるんだろう。
もしかするとレッカにも言えることかも。焔ノ化身と神気顕纏……なんか凄そうだな。
他にも、変身スキルを持ってる皆は似たようなことが出来たりするんだろうか。
翻って私の場合はどうか。
神気顕纏、いずれ覚えられるとするなら、今ある変身系スキルを一気に強化できることになるかも知れない。
ええと、【キャラクター操作】に【宿木】【黒宿木】【二重宿木】と、【雷帝モード】【まじかる☆ちぇんじ】【身具一体】……。
……なんか、いつの間にやら色々増えてるなぁ。
変身系スキルのシナジーを検証しておけば、危険な場面で逆転の一手になるかも知れない。
とは言え、私の変身ってどれも癖が強いからなぁ……そういう意味に於いては、神気顕纏の最も優れたところは汎用性の高さにこそあるのかも知れない。何とでも組み合わせが利く、みたいな。
やっぱり、私もどうにかして取得したいスキルである。
なんて具合に、イクシスさんを応援する傍らで、考察もつい捗ってしまい。
とうとう決着がついたその瞬間、私たちは直様意見交換を始めたのである。
こう言っては何だけど、魔王が第三形態に至った辺りからはもう、力での殴り合いって様相を呈しており。
技術よりも火力でねじ伏せるような酷い戦い方だった。魔王にはがっかりである。
けれど、私たちはそれを攻略しなくちゃならないわけで。
そう思うと、居ても立ってもいられないじゃないか。攻略法について、いそいそと皆で話し合わねばと。
結果、イクシスさんが戻ってきたのにも気づかないといううっかりをやらかし。
彼女も交えた上で、一層対魔王談義は白熱していったのだった。
★
負けず嫌いなイクシスさんの提案は、こうだ。
「マジで強いんだ! いいから皆も、先ずはソロで戦ってみろ! いいからいいから!」
何がいいのかさっぱりだけれど、ともあれそう促されては仕方がない。
私たちはそれぞれ、ソロにて大厄災級魔王との対戦を行ったのである。サポート組は相方を伴ってのデュオ。
まぁ、何と言うか。実に罰ゲームめいた催しだった。
当然、ボッコボコである。
皆も私も、ソロないしデュオにて魔王を打ち倒すことは叶わず終いだった。
思ったとおり、魔王なんてただステータスとスキルに優れただけの脳筋野郎だ。実にボスらしいと言えばそうなんだけど、そんなのに敗けたのは悔しくて仕方がない。
そんなわけで、何が何でも魔王をボコして泣かす。
なんてスローガンのもと、皆で一致団結したのが昨夜のこと。
そして現在、一夜明けて時刻は午前九時過ぎ。
朝食を摂った後、例によって鍛錬室に集まった形である。
本当は食べた後横になるだなんて、身体には良くないのだけれどね。良い子は真似しちゃダメなやつだ。
しかしながら、ピリ付いた場の空気を感じ取ったなら、とてもそんなお母さんめいたことは言えそうに無く。
集まった皆の表情には既に、鬼気迫るものがあり。
これから何が始まるのかと言えば、そんなのは決まっている。
ソロでボコされたので、チームでボコし返そうの会、だ。
あ、うん。これも良い子は真似しちゃダメなやつである。
集団で一人をボコすだなんて、そんな人道に悖る行為は犯罪になっちゃうもの。刑務所、行きたくないよね?
え、私たちはいいのかって?
いいんです。相手は魔王だもの。奴は一にして群。ワンマンアーミーとはきっとああいうやつを言うので。
群れをチームで倒そうというのは、何もおかしな話じゃないじゃない。
或いはレイドクエストのようなものと言っても良いのかな。
ともかく、これから魔王を攻略していくに当たり、先ずはどんな形であれ勝利を掴むところから始めようというのだ。
昨日の話し合いにて、最終的には難易度を上げた魔王の撃破を目標に据えることが、既に決定してしまっている。
よって、なるべく早い段階で、大厄災級魔王の撃破達成というビジョンを掴んでおきたかった。
故に、みんなでフルボッコ。実に合理的かつ、自然な流れでの決定である。
そんなわけで、イクシスさんをはじめとした、レッカにスイレンさん、私たち鏡花水月に、蒼穹の地平の面々というフルメンバーが、早速各々のベッドへ腰掛け、セッティングに取り掛かる。
よく考えてみると、こうして全員で一体のモンスターに当たろうだなんていうのは、ミコバトに於いては初の試みかも知れない。
それこそ、以前厄災級アルラウネと戦った時のことを思い出す。
不謹慎かも知れないけど、皆で大きな壁を乗り越えようっていうこの感じ、ちょっとワクワクして私は嫌いじゃない。
そこに何かしらの被害が伴わないっていうんなら尚の事、純粋に楽しむことが出来るしね。
とは言え、皆の様子を窺ってみれば、自分がちょっとズレてることに気づいてしまうわけで。
「魔王ボコす……魔王ボコす……」
「あの角を掴んで、首をねじ切ってやるのです……」
「集団の恐ろしさってものを知らしめてやるわよ……」
「今日のお歌は恨み節ですよー……」
……うん。ワクワクなんて何処にも無いや。
とは言っても、皆の士気は高く気持ちも一つと見える。
ならば精々、私も皆の和を乱さぬよう気をつけなくちゃなるまい。
それに私自身、負けず嫌いでもある。力押しの魔王に敗北したのには、据えかねる部分も少なからずあるわけで。
だってそうだ。人一倍鍛錬に励んできた私が、力負け?
そんなの、お前の鍛錬が足らんのじゃい! って突きつけられたような気がして。
そりゃ、まだ【完全装着】には伸び代があるし、技術面でも伸ばせる部分はたくさんある。未強化のスキルを挙げていったらキリがない。
でも、みんなにだって引けを取らないくらい苦労して力を付けたんだ。
それを力不足の一言で無下にされては、堪ったものではない。
ああ、私もなんだかんだで結構イライラしてるみたいだ。
幸いこれなら、皆の和を乱すこともないだろう。和と言っていいほど、穏やかなものではないけれどね。
何にせよ、足並み揃えて魔王フルボッコである。
今回はイクシスさんが部屋主を務めることとなり、彼女が設定を組んで部屋を立てる。
皆がそこへ参加することで、全員で魔王と対峙しようという計画となっている。
正にネットを介して協力プレイをしているような感覚だ。ちょっと懐かしいんですけど。
なんて考えているうちに、早速イクシスさんが部屋立てを済ませたらしい。
CPU対戦モードの、参加可能ルームって項目に『大厄災級魔王』の名前がサムネ付きで表示された。
第一形態のへっぽこ魔王を映したサムネイル。こうして考えると、形態変化ってズルいよね。サムネ詐欺じゃないか。
まぁ、変身スキルを持つ私の言えたことではないのだけど。
すると、早くも部屋の参加者数が埋まっていくではないか。上限は一二人に設定されていて、既にその半数がアクセスしているらしい。
私も早速部屋を選択し、表示されたルームの詳細情報をざっくりと確認。問題ないことを認めつつ、いよいよベッドに横たわった。
ふと、鍛錬室の中を見渡してみる。
揃いも揃って超の付くような一流冒険者たちが、私含めて一二人。
ずらりと並んだベッドの殆どを埋めているじゃないか。
これを圧巻とするか、呆れたものだとするかは意見の分かれそうなところではあるけれど。
一つ苦笑した私は、さりとてそんな景色の一部へと成るべく、ゆっくりと後頭部を枕に埋もれさせたのである。
そうしていよいよ、対大厄災級魔王の部屋へとアクセス。
眠りに落ちる時ともまた違う、任意に意識を手放すという独特の感覚に、そっと身を委ねるのだった。
ほ、本日も誤字報告感謝です。名前の書き間違いが新たに発見され、思わず白目を剥いちゃいましたよ。はは……。
修正適用させていただきました。




