第七〇九話 魔王について
魔王とは。
かつて長きに渡り人類を苦しめた、大厄災。
最強最悪のモンスターと称される、悪夢の象徴が如き存在だ。
さりとて私は、なかなかそれについて詳しく調べる機会もないまま、鍛錬優先で活動を続けてきたわけで。
けれど流石に、ミコバトにて魔王と戦う機会がやがて訪れるかも知れない、なんて聞かされては、無知なままで居るわけにも行かないと。
一念発起して、ちょこちょこと資料漁りを行うようにもなった。
その結果、ようやっと魔王の全容ってものが見えてきて。
ゆえにこそ、それを打倒せしめたイクシスさんが、勇者として皆の尊敬を集めているのにもようやっと納得と言うか、理解が及んだわけだ。
魔王。その正体は、とあるダンジョンボスである。
名の由来とされる主だった説は二つ。
単純にモンスターの王、即ち魔物の王から『魔王』とされたのが一つ。
もう一つは、魔王の鎮座したダンジョンというのが巨大な城の形をしていたことから、城の主を王に喩え、一部では『魔窟』とも呼ばれるダンジョンが城の王という意味で、魔王と。
呼び名は何時しか深く定着し、魔王と言えば誰もが特定の存在を、漠然となれど思い浮かべるようになったと言う。
そうさ、漠然とである。
それもそうだ。何せ魔王城が存在する場所というのが、特級危険域の深部。
徒人は疎か、多少腕が立つ程度の強者だって、魔王どころか魔王城へ至ることすら叶わないのだから。
あまつさえ本物の魔王を目の当たりにした者など、勇者PTをはじめとした一部の者だけだと言われている。
イクシスさんの話でも、どうやらそれは事実のようだった。
では、そんな魔王の情報を、どうして世界中の人が知るに至ったのかと言うと。
切っ掛けは当時の、とある特級冒険者PT。彼らが命がけで魔王城の情報を持ち帰ったことから、その存在は明らかとなり。
これを機に、話は一般へも漏れて、大きく広がっていったらしい。
ネットもテレビもラジオすら無い世界で、まぁ良くも広がったなと私なんかは感心したものだけれど。それにも何やら理由があったらしく。
というのも、もとよりあった都市伝説のような噂話が、魔王に関する話題の拡散に一役買ったのだそうな。
当時のモンスターは、全部が全部ではないにせよ、何処か異様だった。少し調べただけで、そんな情報が幾らでも出てくる。
どう異様だったのかと言えば、一部のモンスターがあからさまに統率の取れた動きを見せ、あまつさえ街に群で攻め入るような出来事も少なくなかったそうなのだ。
時に群は大規模なものとなり、蹂躙された村や町は数知れないと言う。群と言うより、あれは軍隊のようですらあったと語る者も多かったようだ。
だから、何処かにモンスターを率い、操っている者が居るはずだと。
そんな民衆の不安に深く根付いた噂が、不意に齎された魔王の情報と結びつき、一気に拡散されたわけである。
では、そんなおっかない魔王は実際、どんな力を有していたのかという話なのだけど。
魔王は単純に、個にして強力だったわけではない。
勿論特級危険域、それも深部のダンジョンボスともなれば、強力無比な戦闘力を有していたことは間違いないことなのだけれど。しかしそれ以上に恐ろしいとされたのが、固有能力。
即ち、『支配』の力であった。
その名より察せられるとおり、支配の力は他のモンスターを使役することの出来る、恐るべき能力。
最たる例は、昨日私も戦った四天王たち。当時は恐ろしい力でもって猛威を奮ったとの痛ましい記録が、少し掘り下げただけでもわんさかと出てくる。
それ以外にも、数多のモンスターを支配下に置き、率い、ばかりか強化まで施し。
そうして魔王は、徐々に手勢を増やしては強化を繰り返し、巨大な勢力を作り上げていったのである。
しかも、それだけではない。
魔王の支配は、なんとダンジョンにすら影響を及ぼすというのだ。
話によれば、何でも昔の特級危険域というのは、今ほど手のつけられない場所ではなかったとか。
まぁそれは、時間とともにダンジョンは育つものと定説されているのだから、以前より今の危険域がヤバいというのは当たり前の話ではある。
のだけれど、魔王の影響で特級危険域は、手のつけられない領域に成り果てたのだと。どの資料を紐解いても、それは間違いない事だと断言されていた。
魔王はダンジョンをも支配下に置き、支配を受けることでダンジョンはもとより、そこに巣食うモンスターも力をつける。
結果、ダンジョン周辺に分布するフィールド上のモンスターも力をつける。
魔王の出現を切っ掛けに、大きく強化されるモンスターは増加の一途を辿った。
また、支配下に置かれたことで、モンスターたちは統率の取れた動きまで見せるようになり。
人類がそんなモンスターたちの変化に気づき、大きな危機感を懐き始めた頃には既に、魔王の支配は特級危険域を越えて、人類の生存圏にまで及んでいたらしい。
幸い人類に、魔王の支配効果が直接影響を及ぼすことは無かったようだけれど。しかし普段挑んでいたダンジョンやモンスターの強さは、支配の影響にて一気に上昇するのだ。
力の弱い者は、先ずこの変化に対応できずに命を落とした。
当時はそれら異変の原因究明も思うように捗らず。魔王の情報が届けられるまでに、かなりの時間を要したらしい。
そうこうしている間に、魔王の支配は大陸の約三割にまで及び。そのせいで、人類の生存域は一気に削られ縮小していったのだという。
そうさ、当時の特級危険域は、今よりもずっと狭かったんだ。
それが、魔王の出現に伴い大きく拡大した。
魔王城を発見してみせたPT曰く、魔王の支配は魔王城ないし、魔王本体に近づくほどに強くなり。
これを逆手に取って、より強いモンスターを求め特級危険域を調査した結果、魔王城の発見に至ったのだそうな。
使命感ゆえの偉業か、それとも特級冒険者特有の、頭のおかしい行動が功を奏したのか。何れにせよ、彼らの名もまた歴史に刻まれることになった。
そんな彼らは、日々力を増すモンスターの軍勢を前に、『まるで人類とモンスターが領土を奪い合っているようだ』と表したそうな。
この言葉も、もしかすると魔の王というイメージに拍車をかけたのかも知れない。
イクシスさんが生まれ、幼い頃を過ごしたのは、こうした経緯の上でモンスターにより滅ぼされることとなった、小さな村の一つ。
人類が反撃の狼煙を上げたのは、そんな彼女が力を付けてからのことだったという。
時に大群同士のぶつかり合いもあった。
最終的には、精鋭で構成されたチームでの強行軍で、魔王城への殴り込み。
話を聞いただけで、それが如何に無茶で無謀だったかが分かる。
何せ魔王の影響を最も強く受け、とんでもなく強化された超級ダンジョンへ、長い旅路の果てに突っ込んだっていうんだ。
とても正気の沙汰ではないし、そんな作戦の実行を余儀なくされるほどに、状況は逼迫していたんだろう。
そして、そんな作戦をイクシスさんたちはやり遂げてしまった。
ばかりか、生還まで果たしたっていうんだ。
そりゃ勇者PTだなんて呼びたくもなる。そんなチームを率い、誰より多くのモンスターを屠ったのがイクシスさんだ。
だから彼女は、勇者として未だに敬われているし、後世にも語り継がれていくのだろう。
私の生きるこの時代は、そんな大事件があった後の時代。
魔王の支配は解かれたけれど、さりとて厄介なことに、魔王の与えた力はモンスターそれぞれに定着し残ってしまったようで。
特級危険域は未だ危険な場所であり、人類はじわりじわりと生存圏を削られたり増やしたりという戦いを、未だに続けている。
あまつさえ、魔王の影響もあって特級危険域の深部は大変なことになっている。
果たして今後、そこに踏み込めるような戦士が現れるのか、と疑問視されるくらいには絶望的らしく。
だからこそ、未だにイクシスさんたち大英雄の活躍には期待が向けられているとか何とか。
────と、これが魔王と勇者に関する、非常にざっくりしたあらましなのだけれど。
しかし、ならば実際のところ、魔王がどんな戦い方を見せたのか、という部分については実のところあまり具体的な情報は出回っていなかったりする。
それもそうだ。何せ魔王戦は、勇者PTの誰もが極限状態の中行ったものであり。
有り体に言えば、「無我夢中であんまり覚えてない」というところ。
イクシスさんに話を聞いてみても、断片的な情報しか出てこないというのだから余程である。
ただし、その戦いで命を落としたっていう旦那さんのことは、今でも鮮明に覚えているようだけれど。
そこに関しては、うん。あまり突っ込んで聞く気にはなれなかった。
ともかく、魔王の強さや戦い方については、何とも謎な部分が多く。
勇者の冒険譚を愛好する者たちや、魔王について研究を行っている者たちの間でも、魔王が如何な力を持っていたのかについては定番のテーマとして意見が交わされているそうな。
そんな魔王を、ミコバトは再現してしまうというのである。
その事実だけでも、まぁとんでもないことだっていうのは間違いない。
ある意味タイムスリップして歴史を紐解いちゃう、みたいなものだもの。
だけれどそれ以上に、私なんかでは想像すら及ばないほど、イクシスさんにはとても複雑で、抱えきれないくらいの思いがあるのだろう。
ピンと張り詰めた空気漂う鍛錬室の中、魔王のアンロックを知らせたイクシスさんの胸中に、心眼はかつて無いほどの分厚い感情を見た。
それはきっと、軽はずみに観察し、紐解いて良いようなものではないのだろう。
私は心眼を閉じ、改めて彼女の述べた言葉を咀嚼する。
魔王のロックが外れた。
何故か。何時外れたのか。先ずはそこが気になった。
漂う緊張感にやや逡巡するも、私はイクシスさんにそれらを質問した。
すると。
「気づいたのは昨夜遅くだな。寝る前にもう一戦やっておこうと対戦相手を選んでいたところ、魔王の名が青文字になっていることに気づいた。理由は恐らく、ミコトちゃんが四天王全員の単独撃破に成功したから、とかじゃないかと睨んでいる」
「なるほど。スキル主であるミコトさんが特定の条件を満たすことで、ロックが解除される仕組みだったと……確かにありそうな話ではありますね。というか、可能性としては以前より示唆されていたものですが」
ソフィアさんの言うように、私が四天王を撃破したなら魔王が開放されるんじゃないか?
なんて話は前々から挙がっていたのだ。
そして昨日、私は一日掛けて四天王全員を相手に単独撃破を成し遂げた。
オルトメルトを倒せたのだ。他の四天王も、ステータス的には十分に対応出来ており。なればスキルや戦術で格上を屠ってきた私にとって、残りの四天王を平らげるのなんて、今となってはイージー……いや、ノーマルモードくらいの難易度でしか無かった。
結果、私のスランプ脱出祝いってことで、夜はワイワイと大騒ぎ。
そうでなくとも、魔王のロックが解けていたかどうかなんて、正直恐くてみんな聞きづらかったのかも知れない。
当のイクシスさんにしても、それを確かめること自体覚悟の要る行為だったと思う。
それでも、やっぱり気になってしまったんだろうね。確認せずには居られず、就寝前に見てしまったと。
なるほど、それで彼女は今朝から様子がおかしかったのだ。
皆にしても何となく察しはついていたようだし、私だってそれとなく予想はしていた。
が、いざその時が訪れたんだと思うと、何とも言えない気持ちになるもので。
皆の表情にも、否応なく強い緊張が見て取れた。
そんな中、おずおずと口を開いたのはクラウだ。
彼女は心配げに眉を歪ませ、イクシスさんに問うた。
「戦う、のだな……?」
問と言うより、確認。
イクシスさんの発する雰囲気から、彼女の覚悟はありありと見て取れた。
さりとて、即答とはならず。
時間を掛けて呼吸を整え。乾いた唇を湿し。
そうしてイクシスさんは、静かに。しかしはっきりと述べたのである。
「そうだ。今回は、私一人で挑んでみようと思う」
瞬間、一斉に息を呑む皆。
流石に無茶だと声に出す者も居た。けれど、イクシスさんは頑として意見を曲げず。
そして言うのである。
「たとえ仮想空間での再現とは言え、奴が私の大切なものを傷つける様など、出来れば見たくはないんだ。魔王打倒を提案しておいて、矛盾したことを言っているとは思うが……最初の一戦だけでいい。先ずは私一人でやらせてくれないか」
そう言われては、誰も異を唱えることなど出来ず。
斯くして私たちは、初めてイクシスさんの『本気』を目の当たりにすることとなるのだった。




