第七〇七話 オルトメルト
間髪の挟まる余地もなく、続け様に放った二の太刀。
さりとてそれは、オルトメルトの驚異的な反応速度を前にしては無理筋だったらしく。
迫る銀閃を左手で弾き上げ、同時に私めがけて真っ赤な雷が迸った。
普段は自身も似たようなことをやっているわけだけれど、二つの選択肢を同時に掌握するその横暴な戦いぶりは、敵に回すと厄介なことこの上ない。
防御と反撃を同時に繰り出されたのでは、テレポートでもって距離を取る他ないじゃないか。
だというのに、どうやら彼女の瞳はこちらの転移先を正確に察知してしまうようで。
対策としては酷く原始的なれど、兎にも角にも一瞬で距離を詰められぬよう、なるべく遠くへ転移するしか無かった。
けれど忌々しいことに、オルトメルトの得意とする距離は近接だけではないわけで。
転移直後の私へすぐさま飛来するのは、速射のドラゴンブレス。
雷同様に深紅の光が、岩山を抉り取りながら獰猛に襲い掛かってくる。
しかも、魔法で相殺ないし反撃を行おうにも、彼女はハイエルフに近い術を用いてこちらの魔力に干渉してくるのだ。
制御の難しい術、出の遅い術などは軒並み妨害を受けて手札として機能しないことだろう。
正直、私とはあまり相性の良くない相手なのかも知れない。
ソフィアさんなら尚の事か。魔法を制限されるというのは、かなり大きなハンデとなる。
とは言え、恐らく本来は魔法を暴発させるタイプの術だと思われるが、魔力のカタチをこねるのに慣れている私には本来の効果を及ぼせないでいるようだ。
そう考えると、昔のイクシスさんたち勇者PTはアレをどうやって倒したのやら。
やっぱり力で圧倒したとか、そういう感じなのだろうか?
だとすると、今の私にそれが出来るか……。
ブレスをヒョイヒョイと掻い潜りながら、冷静に素早く思考する。
そして。
(私の斬撃は通用する。それは分かった。でも、力任せの戦い方は私らしくないか……さっき介入された感じからすると、出の速い魔法やスキルに影響を及ぼすのには不向きっぽかった。なら、高速魔法を中心にした組み立てならどうだろう?)
一発の威力よりも手数で勝負。
そういった方針でアプローチを掛けてみようと考えを纏めたなら、早速私は魔力行使を開始した。
途端、外部より介入の気配を感じるも、悪さをされる前に魔法を形成。次々に織っては成して送り出した。
その結果、遠視と透視でもって望む彼方の景色の中、オルトメルトの周辺にて発生しては襲いかかる、光の杭が数々。
その身を打ち貫かんと迫るそれらを、しかし彼女は恐るべき身のこなしで物理的に避け、いなして行くではないか。
正しく、人間離れした身体能力。運動神経。
さりとて、杭の数は加速度的に増殖を繰り返し。それもそのはず、連射スキルを併用して一気に手数を増やしたのだ。
ばかりか、杭に紛れて本命を仕込んでもいる。
不可視の魔弾。固定ダメージスキルの多段ヒット。それを無数に紛れ込ませてあるため、浴び続ければあっという間にHPが枯渇するはず。
驚いたのは、不可視のはずの魔弾を彼女が見事に捉えているという事実。
このことから、どうやら彼女は魔法……いや、魔力が見えるのだろうことが察せられた。
だからこそ私の転移先が分かった? 或いは、魔法やスキルの正体を一瞬で看破しているのかな?
何れにしても、彼女に不可視は意味を成さないようだ。そして小細工も往々にして見抜かれるものと思ったほうが良さそうである。
けれど。
例えば、砂嵐の中において、その身に一粒とて砂をぶつけてはならないと言われても不可能であるように。
如何にオルトメルトの動きが神がかっていようとも、ダメージは着実に蓄積していた。
光の杭は、正直それ程彼女に損傷を与えてはいない。精々が掠り傷程度。
しかし固定ダメージスキルに関しては、掠っただけでもHPを持っていかれるのだ。その身を武器とし、盾とする彼女にとっては相性の悪い攻撃であると言えるだろう。
だが、流石にこれで仕留められるなどとは思わない。
現にオルトメルトにはまだ余裕が見られ、煩わしくは感じてくれているようだけれど、所詮その程度。
と、その時だった。
不意に彼女が、小さく吠えた。
それだけだった。
それだけで、嵐が如き光の杭も、視えざる魔弾も、そのすべてが綺麗サッパリ消失してしまったのだ。
(! な、何が起きた? 消された?!)
思い起こされるのは、スイレンさんの演奏スキル。
アレはコストを支払い、他者の魔法やスキルの発動を妨害するスキルキャンセラーだったが。
しかしオルトメルトの見せたそれは、スイレンさんの演奏とは大きく異なっている。
何故なら、発動前の魔法ではなく、発動済みの魔法をも消し去ってしまったのだから。
言うなれば、『バニッシュメントスキル』ってところだろうか。
やったことと言えば吠えただけ。叡視で視えたのは、その一声でもって私の魔法が消滅させられた様。そんな、酷く味気のない情報だけだった。
(ソフィアさんが、早く四天王と戦いなさいってうるさかったのは、こういうのを見せたかったからか……)
関心と呆れと驚きと。
どうやら高速での魔法展開にて押し切ろうって作戦も、あんなもので捻じ伏せられては通用しないことが確信できてしまった。
さて、なればどの様に攻略するべきなのだろうかと。
ともすれば途方に暮れたくもなった、その時である。
ギョロリと、彼方でこちらを真っ直ぐに睨みつけたオルトメルトに、変化が生じたのだ。
黒かった角が、さながら赤熱するかの如く真っ赤な輝きを湛え。
連動するように黒い爪も煌々と輝いたなら、その真紅の髪すら発光を始めた。
失われたはずの右腕も、嘘みたいに元通りだし。
仕上げにビシバシと全身に赤い雷を纏わせたなら、迸る気配は彼の王龍が最終形態にすら匹敵せん程で。
その様を目の当たりにした瞬間、私は躊躇いを捨てた。
(ここが使いどころだ)
図らずも呼応するように、私もまたとっておきの手札を一枚切ることにしたのである。
それは、完全装着のレベルアップ過程に於いて手に入れた、新たなる力。
その名を【身具一体】という。
考えてみると私は、『一体化』の能力にやたら縁があるように思う。
完全装着自体がそもそもそうだし、キャラクター操作なんてことも出来る。
倒した骸も取り込んで一体化するし、契約精霊のゼノワとも、宿木を用いれば半ば一体化するようなもの。
あとは、綻びの腕輪で分解したものも、自らに取り込むという意味では一体化と言えなくもない。
そんな私に宿った新たな力は、完全装着の上位スキルとでも評すべき代物だった。
即ち、『装着』を超えて『一体』となる。
装備と我が身の同化。それが、【身具一体】というスキルの正体だ。
これに伴い、抱えるリスクとデメリットは、『時間制限』と『装備固定』、そして『反動』だ。
基本的には、キャラクター操作と同じようなものと捉えて良い。
スキルの最大稼働時間は一〇分間。時間が経つほど、解除後の反動は大きくなる。
そこに加えて、発動中は装備変更が出来ない、というのも換装をよく使う私にとっては厄介な制限と言えるだろう。
あまつさえ、ストレージから新たに武器を取り出して、とっさに利用するだなんて選択肢も封じられてしまうのだ。
戦術の幅で言えば、確実に狭まってしまっている。
のだが。
無論、そんなマイナス面を補って余りあるメリットが、このスキルには存在しているわけで。
一先ず、身体と装備が癒着して、クリーチャーみたいに変身する……なんてことにはならない。
顔が仮面と融合してヤバいことになったりなんかも、特にはしない。
その代わりと言って良いのか、装備が私の髪色である白銀色に染められて、まぁ何とも派手で大味なカラーリングになってしまうのは、見栄え的にどうなのという感じ。それで済んだと喜ぶべきなのかも知れないけどさ。
そんな銀ピカな私は、ツツガナシの一振りでもって、迫る巨大な雷撃を軽々と打ち払った。
その時には既に、目前に迫るオルトメルトの姿があり。
しかし私には、その様が苦もなく視えていた。動体視力が彼女の疾さに対応したのだ。
(この状態になると、いつも痛感する。普段私は、装備の力をちっとも満足に引き出せてないんだってことを)
音速を軽々と超える徒手空拳。
稲妻が如く振り回される強靭な尾。
深紅の雷はひっきりなしに私を焦がさんと襲い来る。
さながら刀の骸のような、圧倒的な力と疾さ。
目の回るような猛攻。疾風怒濤の様とはきっとこういうことを言うのだろう。
どれ一つとっても必殺級。余波だけで周囲の岩山が面白いように弾け飛ぶ。
そんな殺意の嵐を、さりとて私は冷静に捌いていた。
彼女の手札は、魔法妨害と圧倒的なステータス。紅い雷は、まともに受けては体が痺れて致命的な隙を晒してしまうのだろう。
それ以前に、電流に焼かれて終わりな気もするけれど。
しかし、大まかにはそんなところ。つまりは、小細工を封じて力で圧倒するのがオルトメルトの戦い方であると言えるのだろう。
けれど今の私は、彼女に引けを取らない。彼女の力を脅威だとは思わない。
そりゃまともに当たったらダメなやつだけども。
それこそ、当たらなければどうということはなかろうなのだ! である。
これと言った魔法やスキルに頼るでもなく、剣術と体捌きのみで対応してみせたなら、オルトメルトの表情が激情に染まった。CPUによる再現だろうか。心眼にまで反応があるのだから大したものだ。
一層苛烈に輝く一本角。
かと思えば、応じるようにキレの増す彼女の動き。
(まだ上がるのか……!)
底が知れないのか、それとも天井を知らないのか。オルトメルトのステータスは今尚グイグイと上昇を続けているようで。
流石にこれでは、徐々に際どい場面も増えてくる。
だが、忘れてならないのはここが仮想空間であるということ。折角ならば、行くとこまで行ってみたいじゃないか。
輝きを更に増す一本角。上昇を続けるステータス。
私はバフスキルも併用し、彼女の動きに対応する。また、こういう極限の戦闘に於いては、私の中に眠る骸たちが目を覚ます。
いつかの経験が、今の私にどんどんと浸透していくのだ。
これに関しては私にとっても、ミコバトの恩恵であると言えるだろう。きっと、現実に戻っても消えることのない、技術面の糧だもの。
けれど、そんな熱い時間も長くは続かなかった。
唐突に、ピキッと。彼女の一角に罅が入ったのだ。
途端に苦しげに歪むオルトメルトの表情。ステータスの上昇が止まった瞬間である。
潮目だ。
ならば今こそ、攻撃に転じよう。
携えしはツツガナシ。
本来ならば、抜刀から一秒間に限り凄まじいバフ効果を発揮するこの長刀。
しかし我が身と一体化している現在、一秒という縛りは何処へなりと消え失せ、凄まじいバフを制限なく受けた状態にて私はオルトメルトの相手をしていた。
そんな私が腰に吊るせし、ツツガナシの鞘。それがふと、ギュインと私の魔力を吸い上げる。
すわ魔法の予兆かと、目ざとく睨みをきかせるオルトメルトだけれど、しかし残念。魔法ではないのだ。
魔砲である。
本来であれば、納刀状態で魔砲モードへと移行せねば発動し得ない一撃。
しかしてそれは、身具一体の現在に於いて、無視の利くプロセスに過ぎず。
ばかりか、である。
オルトメルトの繰り出す、嵐が如き攻撃のほんの刹那の間隙。
そこについと掌底を差し出したなら、私はすかさずそれを解き放ったのだ。
そう、砲口すらも自由自在。また、その出力も平常時とは比較にならぬものであり。
消し飛んだのは景観と、オルトメルトが半身。
が、呆れたことに彼女は死なず。あまつさえ強靭なその足で地を蹴っては、一瞬にして大きく距離を取ったではないか。
何をしようというのか、など考えるまでもない。今ここで、力を出し尽くそうというのだ。
即ち、全身全霊のドラゴンブレス。
腹の底にて練られた、膨大な魔力。それが今、解き放たれんとしていた。
だから私は、左手をかざす。
左手をかざし、そしていつものように。
輝ける白き枝を、自身へ迫る脅威めがけ解き放つのだった。
斯くして、オルトメルト戦は決着へと至ったのである。
誤字報告感謝であります! 適用させていただきましたー!




