第七〇一話 怒って攻撃
時刻はやがて午後一〇時を回ろうという頃。
善は急げとやって来たのは、おもちゃ屋さんの地下。普段はおもちゃの運用テストなどに使われる大きな白い部屋である。
早寝早起きの師匠たちは、この時間帯になるとすっかりオネムであり。結果、ここまでついてきてくれたのはモチャコを含む一部の師匠たちとなった。
彼女らにしても、既に目をシュパシュパさせて実に眠たげだけれど。
「無理して付き合わなくたって良いんだよ?」
と一応言ってみるも。
「人数が多いほうが色んな意見が出るもんだよ。色んな意見が出れば、それがミコトの悩みを解決する助けになるかも知れないでしょ!」
なんて嬉しい言葉を返してくる。
私は師匠たちに感謝を述べつつ、ならば早速取り掛かろうと先ずはステータスウィンドウを呼び出した。
検索機能に『完全装着』と『熟練度』と入力したなら、該当スキルのレベルと、次のレベルまでに必要な経験値などを確認することが出来た。
ちなみに、熟練度の代わりに『スキルレベル』とか『次のレベルまで』とか、言葉を変えて調べても同じ結果を確認することが出来る。その辺りの寛容さは実に検索らしくて良いじゃないか。
そうして表示させた【完全装着】のスキルレベルは、4である。
意外と育っているように思わないでもないけれど、完全装着って言ったら私の初期スキルだ。しかもパッシブだし、私の骨子を支えている、いや築いていると言っても過言じゃないほどに重宝してる、使用率のウルトラ高いスキルである。何なら酷使してるとすら言っていいまである。
だというのに、やっとこさレベル4。
他のスキルに比べたなら、その成長の遅さは群を抜いていると言えるだろう。
であるならば、やはりモチャコの言ったとおり『効率の良い育成方法』ってものが何かしら存在しているのかも知れない。
よって、それを今から探して行こうってわけだ。
とは言え。
「意気込んでここまでやって来てはみたけど、さて何から試そうか……」
早速腕組みをして首を傾げる私である。
それというのも、完全装着ってスキル自体、いまいち掴み所がないと言うか、正体のよく分からない存在なのだ。
一応、ステータス強化系のスキルに分類されるとは思う。でも、バフって感じはしない。
何ていうのかなぁ。私と装備を繋ぐためのスキル、みたいな。
喩えるなら、PCと周辺機器を繋ぐ、USBソケットみたいなものかも知れない。
人体で言うなら、『手』だろうか。道具を握り扱うためのツールって意味で。
同じようにその他のスキルを喩えるとすると、PCで言えばソフトウェア。人体で言えば、それこそスキル(技術)だ。
そう考えると、完全装着は他と一線を画すへんてこスキルであることがよく分かる。
スキルと言うよりは、私の機能の一つ、とでも言うべき何かだ。
しかし、だからこそである。
だからこそ、それをどのようにして鍛えたら良いのか。それがよく分からない。
他のスキルに倣い、とにかく沢山使ってみるだとか、成長の方向性を意識してみるだとか、そういう事は既に実験済みだ。
使用回数に関しては言うに及ばず。成長の方向性に関しても、ステータスが高くなるよう強く願いながら努力したのにこのザマである。
師匠たちからは、「筋トレはどう?」なんて意見が飛んできたけれど。
しかし走り込みは日々行っているし、身体も十分に動かしている。
以前皆にやったように、重力負荷を掛けて運動したりもしてる。
おかげでスタミナはついた。多分鏡花水月でも頭一つ抜けてるんじゃないかってくらい、疲労への耐性になら自信がある。
それでもレベル4なのだ。そこまでしてコレなのだ。
師匠たちと、あーでもないこーでもないとアレコレ試しつつ考え込む。
一応挙がったアイデアは全て試した。筋トレをしながら熟練度をチェックしてみるも、上昇した様子などは無く。
武器の素振りなんかを行ってみても、さっぱり変動なし。
高速で装備替えを繰り返してみたところで、これまた意味を成さないし。
装備に関する知見を深めてみようと、とりあえず装備品を並べてじっくり細部まで観察してみるも、やっぱりダメ。
ああいや、厳密には本当にジワッとしたペースで数値に変動はあるのだ。けれど、到底鍛錬として意味を成すほどの変化とは言い難く。
それを思うと、これまで有意義だと信じて積み重ねてきた反復練習を否定された気がして、途端に悔しさと悲しさがこみ上げてくる。
「ぬぁーもー! 何で熟練度が加算されないのさ!!」
いよいよ焦れて地団駄を踏んでみるも、それで何がどうなるわけでもなし。
強いて言えば、師匠たちから哀れみの視線が寄せられるばかりである。
「おもちゃ作りに関しては信じられないような速度で成長したのにねぇ」
「ミコトにも難しいことってあったんだ」
「大丈夫? 飴なめる?」
「……なめる」
柑橘系のフレーバーが芳しいオレンジ色の飴玉を口に放り込めば、じんわり広がる甘みに気持ちも落ち着きを取り戻す。
まぁ別に? そんなにイライラしてたわけじゃないけどね? うん。
飴玉を舌で転がし、重力魔法でぷかぷか宙に浮かび始めた私。腕を組み、あぐらを組み、無重力で思考に耽るのは気分転換を狙ってのことだ。
とは言え、そんなことで画期的なアイデアがポロッと転がり出てくるはずもなく。益体もなく、緩やかな慣性に従いぼんやりと空間を漂うばかり。
するとそこで、不意にユーグが口を開いた。
「もうさー、普通にいっぱい装備すれば良くないー?」
なんて、また何とも投げやりなことを言うではないか。
そんなユーグを窘めたのはモチャコとトイだ。
「何さユーグってば知らないの? 装備枠を超えてアイテムを身に着けようとするとうまく行かないんだよ?」
「そうね。脆い装備品は壊れるし、強い装備は怒って攻撃してきたりする事もあるって聞くわ」
そうなのだ。この世界の装備アイテムというのは、限られた数しか身につけることが出来ないとされている。
ちなみに一般常識的には、女性より男性の方が装備枠が多いという説もあるけれど、アレは実のところ下着の上下がそれぞれ枠を一つずつ取っているから、という知る人ぞ知る豆知識もあったり。
下着と言えば、脳裏を過るはハイレさんの顔。オレ姉の姉弟子で、凄腕の防具職人。下着に並々ならぬこだわりを持つヤバい人。
実は近頃になって裏でやり取りをしているのだけれど、彼女は──……。
って、まぁそれはいいとして。
以前数えてみたところ、装備枠は一六あるようで。一七個目のアイテムを装備しようとすると、それはまるでモンスターが倒れる時のように、黒い塵となって消えていくのである。
考えてみたら、それって何だか不思議な話だ。なぜ黒い塵になるのか。
詳しいことは解明されていないらしいのだけれど、ちょっと気がかりではある。
が、それよりもだ。
強い装備は、装備枠オーバーのペナルティを受けそうになると、怒って攻撃してくる……?
これは初耳だった。いや、もしかするとどこかで耳にしたことがないとも限らないけれど、だとしたら当時は然程気にしてなかったんだろう。
今の私にとっては、何だか気になる情報として思い切り引っかかりを覚えたわけだけれど。
だってそうだ。その話が本当なら、もしかして『ペナルティに耐え得る装備』が存在するかも知れないってことなんじゃないだろうか?
怒って攻撃をしてくるってことは、ペナルティとやらが発動する前に、装備自身が自らの置かれた状況を危険と判断、キレて反撃! っていうプロセスを実行するだけの猶予があるってことだ。
なら、中にはそうした猶予が長いというか、ペナルティへの耐性、他より優れた抵抗力、みたいなものを持つ装備が存在している可能性も考えられなくはないのでは。
もしそうだとすると、そうした特殊な装備を上手いこと用いたなら、完全装着スキルの熟練度を効率的に引き上げるための、大きな助けになるんじゃ……。
ああいや、でも。『怒って』って部分も気になる。
だってそれは、さも武器に意思が宿っているような言い回しじゃないか。
単なる言葉の綾かも知れないけれど、例えばイクシスさんなんかに言わせたなら、武器に意思が宿るだなんて当たり前のことじゃないかと、真顔で言ってのけるに違いない。
武器愛好家の戯言、と思わないでもないけれど。しかしそうとも言い切れないのがこの世界である。
何せ、確かな意思を持つ武器ってものは実在するんだから。
クラウの聖剣然り、レッカの愛剣然り、そして私のムゲンヒシャだって、アメンボ女の魂が宿っている。
ならば、他の武具にも何かしらが宿っていたとて不思議ではないだろう。
それはもしかすると、例に挙げたような武器と異なり、意思疎通が出来ないだけで存在はしている……なんて可能性もあるのだから。
ふと思う。それってまるで、精霊みたいじゃないかと。
精霊は、脆弱な自我しか持たないような弱々しいものもあれば、ゼノワや師匠たちの契約精霊みたいにしっかりしたものもあり。
そのピンきり具合が、武具に宿る意思と類似しているように思えたのだ。
だとするなら、完全装着を鍛えるためとは言え、そんな武具らにペナルティという強烈な負荷を課すだなどと。そんなのは外道の所業ではなかろうか。
って言うか、もしそんな実験をこっそり行っているだなんてイクシスさんに知れようものなら、間違いなく激おこである。
しかしかと言って、せっかく思いついた可能性を捨て置くというのもなぁ。
「うーん……ゴルドウさん辺りに頼んだら、『枠超えに耐え得る装備』とか作れたりしないかな? やっぱり怒鳴られるかな……」
「? 何の話?」
考え事から漏れたつぶやきに、首を傾げるモチャコ。我ながら悪い癖だ。なにか思いつくと、そのまま黙考に耽ってしまう。
私は今しがた思いついたことをモチャコをはじめとした師匠たちへ共有。どうするべきかと相談した。
すると、皆も難しい顔になって考え始める。
「そう言えば、長く愛されたおもちゃには精霊が宿る場合があるね」
ふと師匠の一人がそんなことを言った。
曰く、おもちゃの中には長生きなモノもあるそうで。
大事に扱われ、持ち主が大人になるまで壊れることなく保管されたおもちゃは、折を見てこっそりとこのおもちゃ屋さんに帰還してくる。
師匠たちの手掛けるおもちゃには、そうした仕組みが施されていた。
そういうおもちゃの中には、何度も子どもたちの手に渡っては帰って来るを繰り返した、ベテランおもちゃも存在するようだ。
そんな長生きのおもちゃには、いつの間にか小さな精霊が宿っていたりするものなのだと。
とどのつまり、前世日本で言うところの付喪神のようなものだろう。
精霊は、どこにでも居てどこにも居ない存在である。
だとするなら、やっぱりおもちゃの中にも精霊は居るってことなんだろうか?
長い時間を経て、それが少しずつ育って気づかれるまでになった、とか。
でも、ただ古いだけの物なら幾らだって存在するじゃないか。それらに宿る精霊が、どれも同じ速度で育ったとはちょっと考え難い。
もしそうなら、おもちゃ倉庫は今頃、もっと精霊のうじゃうじゃした空間になっているだろうからね。私もたまに出入りするけど、そんな騒がしい場所じゃないもの。
子供と同じ時間を過ごす、ってことがおもちゃに宿る精霊の成長を促したのかな?
何にせよ、もしそういうことであれば、武具やアクセサリにだって同じことが言えるのではないだろうか。
宿っているのが精霊である、とまでは断言できないけども。
だけど、意思はどんな武具にも宿っている。その可能性はある、ような気がする。
なれば、そんな武具らを使い潰すような真似はやはり避けるべきだろう。
でもそうなると、完全装着の成長に、果たして枠超え装備が有効かどうかを試すことすら憚られてしまう。
「むむむ……」
「難しい問題だねー」
「そもそも、無理に強い装備を枠超えで装備すると、ミコトの身に危険が及ぶ可能性もあるわ」
「そっか。装備からの攻撃も大変だけど、完全装着の効果で『ミコトの一部』になってる武具にペナルティの負荷が掛かるから、もしかすると大怪我に繋がるかも……」
「負荷……なるほど、負荷か」
鍛錬と言えば、負荷を掛けて行うもの。
例えばどんな筋トレだって、負荷が無ければただの反復運動だもの。
であれば、『負荷を感じる=鍛錬として有効』って考えることが出来るのでは……?
だいぶ脳筋な考え方かも知れないけども。
「装備を犠牲にすること無く、その負荷を体験することができたなら……」
何だか、もうちょっとで良い案が見つかりそうな気がする。
あばば、七〇〇話突破で浮かれたのも束の間、早速誤字報告いただきました。
修正適用させていただきましたよー。感謝ぁ!
気を引き締めてまいりませんと……!




