第六九八話 金色一閃
彼方より飛来する、無数の火球。
音速すら超えんほどの勢いにて、一点めがけ注がれるそれらはしかし。
イクシスがぶんと剣を振るったなら、それだけでごっそりと掻き消えるではないか。
明らかな異常事態。ガルグリフは彼女の変わりように逡巡を見せた。
順当に行ったなら、このまま押し切れる勝負であったはず。それが、とんだ番狂わせである。
さりとてガルグリフを駆るはCPU。逡巡も動揺も、非常に淡白で。
一先ず本物のガルグリフの行動パターンに従い、攻勢を中断。守勢に重きを置く判断へ移行した。
そこへ迫るは光魔法。鋭く閃光が駆け抜ければ、辛うじてそれを避ける彼である。
けれど、一つ避けるごとに次の一手は正確性を増し、徐々に追い詰められていくガルグリフ。
形勢逆転。つい今しがたまで、相手をジリ貧にまで追いやっていたはずがどうしてこうなった。
このままではイクシスの放つ光に焼かれ、地に落ちるが必定。そうなれば勝負ありだ。
試しに反撃がてら火球を撃ってみるも、最早何の意味も成してはくれず。ただMPを無駄にしている気さえしてくる。
ガルグリフ側の攻撃は通らず、一方でイクシス側の攻撃はやがて彼を捉えてしまう。詰みかけた状況に他ならない。
CPUは思考し、そして一つの決断を下す。躊躇いなどはない。
即ち、一発逆転を狙った近接戦闘を仕掛けようと。
そうと決まれば、早速仕込みに掛かるガルグリフ。
本物の彼がそうだったように、CPUもまた無謀な突撃などは仕掛けない。
策を弄し、攻撃の成功率を可能な限り上げてから、勝負を決しに掛かるのが臆病者の彼が常であった。
なればこそCPUもそれに倣うのだ。
一方でイクシス。
(そろそろ動きがありそうだ)
と、かつての戦いを思い起こしつつ、数多の戦闘にて培った経験則からも次なる展開を予想する彼女。
されどこれと言った対策を打つことはしないようで。
視界の彼方に於いて、その橙色の輝きが強烈な高まりを見せるのを、どこか挑戦的な瞳で睨みつけていた。
(これもCPU対戦モードならではだな。起死回生を狙った一手を、正面から潰したくなってしまう)
閃光を撃ち放ちながら、剣の柄を握る手にグッと力が入る。
自然と脳裏に浮かぶは、かつての苦戦。
完全に力で劣る勇者PT。慎重でなかなか隙を見せず、着実にこちらを追い込んでくるガルグリフ。
一発逆転のチャンスにすら乏しい、絶望的な戦いだった。
それでも、一縷の望みにすべてを託し、辛うじて掴んだ勝利。
それが今では逆の立場だ。
(強くなったのだな、私は)
ふと感慨が過るも、それはまだ早いと自身を叱責。
そういうのは勝利を手にしてから浸るものである、と。
しかしそれを思えば、もしかするとあの時のガルグリフもこうした慢心を抱いたのかも知れない。
だからこそ肝心なところで逆転を許し、敗北したのだろうか。
そのように思い至れば、一層気を引き締めるイクシスである。
(反面教師、というやつか。ならば私は、油断なく対峙するとしよう)
腰を落とし、来たる一撃に備える。
手負いのモンスターは恐ろしい。勝利ではなく生存へと目的を切り替えたその瞬間、奴らは思いがけない行動や底力を見せるものだ。
それをよく知るイクシスは一層集中力を研ぎ澄まし、相手の次なる行動に注意深く備えた。
本物のガルグリフであったなら、きっとこの場面で逃走すら視野に入れていたに違いない。
けれど奴は、臆病なくせにプライドが高かった。
そして今のガルグリフはCPU。対戦から逃げ出す、なんてことは起こり得ない。
なれば、奴の取る次の行動は、一か八かの賭けに出る事が予想される。だが奴であれば、無策での特攻などは決してしない。
案の定だった。
不意に、翼ばかりか全身を橙色に輝かせた無数のガルグリフが、瞬き一つにも満たぬ間にイクシスを取り囲んだのだ。
ばかりか、彼女を中心に巻き起こる猛き炎の竜巻。
尋常ならざる上昇気流と、焼き尽くされる酸素。気温は人体を容易く炭化させる程の高まりを見せ。
正に必殺。
全力で殺しにかかって来ていると、否が応でも理解させられる大技だ。
が、イクシスはそんな環境下に於いても動じない。
彼女を投げ飛ばさんと躍起になる気流も、計り知れない高温も、無数の幻影にだって目もくれず。
不気味なほど静かに構え、ただひたすらにその瞬間を待った。
そして。
荒れ狂う炎嵐の渦中より、その気配を熱風に紛れさせ。
彼女のうなじめがけて、獲物を確実に屠らんとする鋭き爪が迫った。
その刹那である。
ひらりと閃いたるは、金色の軌跡。
天をも焦がさんと立ち上った炎の竜巻は、瞬間爆ぜるように霧散した。
そして、その中より現れたるは残心のイクシス。
彼女の目前には、今にも燃え尽きんとするガルグリフの欠片が上昇気流に漂っており。
そうして直ぐに、彼は金色の輝きに灼かれて消え失せたのである。
灼輝の剣。イクシスを代表する必殺スキルが、恐るべき臆病者を捉え斬り裂いた結果であった。
だが。
「……ふむ。まだミコトちゃんのようには行かんな」
目の前に浮かぶ、勝利を告げるウィンドウを目にしながら、残心を解き。そのように独りごちる彼女。
やや悔しげにブンブンと振るう剣からは、灼輝がほんの一瞬出たり引っ込んだり。
しかしてその輝きの質たるや、以前の比ではなかった。無論齎す効果に於いても。
それはミコトが『圧縮魔法』と称し、事も無げに振り回している技術の模倣であり、応用。
灼輝の持続時間、射程、展開範囲などを犠牲に、効力をほんの一瞬爆発的に高めるという常識はずれの運用法だ。
トレーニングモードに籠もり、密かに練習を繰り返していたイクシスである。
スキルレベリングの足しにはならずとも、使い方をトレモで磨いたなら、そのノウハウは現実に持ち帰ることが出来る。
これを利用し、ひたすらに秘密特訓へ邁進し続けていた彼女。
さりとて、これを編み出した仮面の少女には、なかなかどうして及ぶべくもなく。
傍目には驚くべき制御技術も、イクシスに言わせたならまだまだ理想には程遠いようで。
「要練習だ。だが、やはりこれは良いな……!」
ストイックな表情の合間に、しかし確かな嬉しさを垣間見せる彼女であった。
かつての強敵、四天王が一角ガルグリフの単独撃破。
再現のCPU相手とは言え、これを成し得た事実にはやはり相応の達成感があったらしい。
ふぅと一つ息をつくと、一休みがてら一度現実へ帰還することを決める彼女だった。
★
ベッドだらけの鍛錬室に、わっと歓声が響いた。
皆が興奮を拍手に乗せる。私も手を叩く。
勇者の帰還を一緒になって迎えたのである。
「ふがっ、な、何だ、何事だ?!」
とは、起き抜けのイクシスさんの驚き。
さりとて、ガバッとクラウが抱きついてみせたなら、途端に表情がだらしなくなるのだから締まらない。
とは言っても、今しがたの戦いを観ては興奮冷めやらぬというもの。
皆が口々に凄かったと感想を述べたなら、そこでようやっと事情を把握するイクシスさんである。
「ああ、そうか。観られていたのだな」
恥ずかしそうにポリポリと頬を掻くイクシスさん。
すると、ちょっとばかりの罪悪感が皆に浮かび。しかしそんな皆に先んじて口を開いたのはクラウだった。
「すまない母上。だが、見事だった! 相手は四天王だったのだろう? 冒険譚では大層苦戦したという話だったが、まさかそれをソロで打倒してしまうだなんて!」
「ふひっ、そ、そそ、そうだろう? ママはすごいだろう? 格好良かっただろう?」
珍しく子供のように大はしゃぎするクラウに、とうとう顔と態度を保てなくなるイクシスさん。
見事な顔面崩壊である。表情筋どうなってんの……?
すると、不意に鳴る楽器の音。
限界を迎えた者が、ここにもう一人あったらしい。
スイレンさんが即興ソングにて、今しがた見た戦いの感想を歌い始めたではないか。
ますます面映そうなイクシスさんを他所に、皆はワイワイと盛り上がったり聴き入ったり。
一時鍛錬室は、正しくお祭り騒ぎの様相を呈したのだった。
そこからは暫し、かつての戦いのエピソードを交えつつ、今の戦いを振り返るトークイベントが催され。
正にここでしか聞けないような話に、みんなして表情を輝かせながら前のめりになって耳を傾けていた。
殊更、成長を実感したと語る彼女の言葉は、今現在同じ鍛錬を積む皆にとって大きな刺激となったらしく。
ただでさえ高かった皆のモチベーションが、更にギュインと上昇したのを、私は心眼越しに眺めていた。
「この調子で、四天王の残り三体も討ち果たしてみせるさ」
とイクシスさんが宣言すれば、拍手喝采が巻き起こり。
斯くしてその日は、久しぶりに食堂にて宴が催されたのである。
使用人さんたちは何事かと首を傾げていたけれど、そこは既に慣れたもの。きっと何かすごい事があったのだろうと、ふんわりと空気で察してくれて。
そうして賑やかな夜は、静けさとは無縁なままに更けていったのだった。
ご、誤字報告感謝です。適用させていただきましたぁ。
うぉぉ……そこ間違っちゃってたかぁ……何故ローマ字入力で濁点付け忘れるんだ……?!
そしてよくぞそんな分かり難い書き損じを見つけてくださいました。流石はリジェネレーター! 頼りになるぜ!!




