第六九六話 緊急観戦
時刻は午後三時過ぎ。
ダンジョン攻略を終え、リリやアグネムちゃんとイクシス邸転移室へと帰還を果たした私。
すっかり定着した日課として、皆毎日誰かしらとこうしてダンジョンへ行ったり、強いモンスターを倒したりしているわけだけれど、私の場合はそれを掛け持ちし、二回行動三回行動を行っていたりする。
が、今日のところはこれで終わりだ。後は自主練や諸々の用事をこなす為の時間となっている。
皆と開き始めた差に不安感を抱く私としては、寧ろここからが本番であるとすら言えるだろう。
一方でリリたちは、なんとも元気なもので。
戻って早々に連れ立って転移室を出て行ってしまった。向かう先は鍛錬室だろう。
さながら、ゲームの続きをプレイしたくて仕方がない小学生のような早足である。
「ミコト様もご一緒に如何ですか?」
と、去り際に振り返ったアグネムちゃんが声を掛けてくれた。
私はやや思案し、同行することにした。
焦ってみたところで、しかし今直ぐ皆に追いつける方法が見つかるわけでもなし。
ならばトレモにでも潜って、自身を見つめ直すのも一興だろうと。そのように考えてのことである。
アグネムちゃんが足を止めたのを良いことに、これ見よがしに廊下をたったか駆けていくリリ。煽り文句まで置き去っていくものだから、プンスコしながら追いかけるアグネムちゃん。
っていうか蒼穹は、すっかりこの屋敷に居着いてしまっているのだけど、果たして何時までこの共同生活は続くのだろうか。
成長限界にまで至ったなら、やがて彼女たちは旅立ってしまうのか。
それを思うと、何だか今の時間がとても尊いもののように思えてくる。
それはレッカたちにも言えることか。みんななし崩し的にここで過ごしてるものね。
「やっぱり、私が巻き込んじゃってるんだよね……そんな私が足手纏いっていうのは、あっちゃいけないことだ。もっと精進しないと」
少し考えがネガティブになっているだろうか。
もっと楽に構えていなければ、出てくるアイデアも出て来難くなるかも知れない。
小さくため息をつき、頭を振る。
「気晴らしを挟む必要があるかもね」
なんて独り言ち、とっくに見えなくなった二人の背中をのんびり追いかける私だった。
見慣れて既に久しい鍛錬室の扉を開くと、そこには相変わらずずらりとベッドが並んでいて。
しかし使用人さんたちが隙を見ては整えてくれているらしく、散らかった様子などは無かった。
ただ、相変わらず多くのベッドが使用中になっており、仲間たちがすやすやと寝息を立てている。
日中こんなに寝ていて、夜寝れなくなったりしないものなのだろうか、と不思議に思い、以前彼女らに尋ねてみたことがある。
すると、どうやらミコバト使用中の状態は、厳密には睡眠状態とは異なるらしく。
そのため夜眠れなくなる、なんてことはないのだそうな。
「尤も、眠気が来ないのならその時間でミコバトに潜るまでだがな!」
とはイクシスさんの言。誰か彼女を叱ってあげて欲しい。
そんなイクシスさんの姿も、ベッドの一つに見つけることが出来てしまった。
この人、モンスターを倒したりダンジョンを攻略するだけが仕事ってわけじゃないはずなんだけど、ちゃんとそこら辺は出来ているんだろうか?
なんか、何時来ても潜ってる気がするんですけど。
なんて、彼女の様子をジトッと眺めていると。
「イクシス様がどうかされましたか?」
と、これから仮想空間へ潜らんと、ベッドの一つを陣取ったアグネムちゃんが声を掛けてきた。リリもこっちを見てる。
「いや、イクシスさんいつもここに居るなぁって思って」
そのように返事を返せば、「あー……」と、何だか目を逸しながら言葉を濁すアグネムちゃん。
するとリリが口を開く。
「そう言えばこの間、執事さんに追いかけ回されてるのを見たわね。挙げ句、鍛錬室は女子の花園! 男性の立ち入りを固く禁ずる!! とか言って立て籠もってたわ」
「えぇ……」
やってるなぁ、イクシスさん。
こうして寝顔を見てる分には、眠り姫さながらに綺麗で、ただの寝姿すらこの上無いくらい絵になってるんだけど。
しかし中身は案外、結構残念な勇者様である。
ちなみに余談にはなるが、ミコバトに潜っている最中の、この一見して寝ているようにしか見えない無防備な姿。
けれどその実、現実の体に違和感を感じたり、危機察知能力が反応を示した場合はミコバト内に警告が表示される仕様となっており。
それ故に生理現象の類にもきちんと対応できるようになっている。
ミコバトに潜りすぎてオネショした! なんてメンバーが未だ出てこないのは、そうした仕様に救われてのことである。
まぁ、だからこそ以前は「トイレに行くのも面倒くさい」だなんてとんでもない台詞が飛び出したわけだけども。
それも嘆かわしいことに、イクシスさんの口からである。
改めてそんな彼女へ視線をやっては、何とも形容し難い感情を覚える私。
「そうまでして、一体何と戦ってるんだ……」
ポロッとそんな言葉を零してみれば、しかしそれにはリリが食いつきを見せた。
「勇者イクシスの戦闘……そうね、観戦するだけでも勉強になりそうだわ」
「そんな、覗き見なんてよくないよ!」
「覗き見されたくなければ、設定で禁止してるはずでしょ。許可されてるんなら観ても平気よ。ね?」
「まぁ、そうかもね」
「ミコト様がそう仰るのなら、間違いないですね!」
ぶっちゃけ私の場合、ちょくちょくみんなの戦闘ログを眺めたりもしているんだけど、どうやら他のみんなはそうじゃないらしい。
暗黙の了解的に、他人の戦闘を無闇に観戦したりはしないようだ。
ちゃんと許可を取ったり、ちょっとしたイベントの折に公開されているものを観たり、とかその程度なんだとか。
意外とそこら辺のマナーってしっかりしてたんだ。みんなよりこの部屋への出入りが少ない私は、どうやらそうした部分に疎かったらしい。今後は気をつけるとしよう。
とは言え、リリの言うように覗き見を嫌う人は、設定で覗き防止が可能なはずである。
トレモにしたって個室設定も共通部屋設定も選べるわけだし、存外プライバシーへの配慮はなされているように思える。
それらの仕様を踏まえた上で、敢えて覗きを禁止していないというのであれば、観戦したところで怒られはすまい。
一先ず、イクシスさんの戦闘が観戦できるかどうかを確認してみる。
「お、観戦は可能みたいだね」
「イクシス様のことですし、きっとすごいのと戦ってるに違いありませんよ!」
「早く観てみましょ!」
冒険者ならではのワクワク感と、ちょっぴりの罪悪感。
それらを胸に覚えながら、私たちは早速観戦ウィンドウを操作して、イクシスさんの立てた部屋を開いた。
そして、固まったのである。
何せそこには、私がかつて見たこともない、モンスター図鑑に載っているはずのないモンスターと対峙するイクシスさんの姿があったのだから。
しかも、あのイクシスさんが苦戦を強いられているじゃないか。
「な、何よこれ、こんな奴図鑑に載ってた?」
「いや、そんな筈はないんだけど……」
「……まって、これってまさか……四天王なんじゃ……?」
「「!?」」
イクシスさんの冒険譚には明るくない私でも、流石にそれは聞いたことがあった。
かつて魔王が手勢の中で、最強の四体として名を馳せたとされる、隔絶した力を持つモンスターだ。
イクシスさんが今戦っているのは、そのうちの一体ではないかと。アグネムちゃんはそのように述べたのだ。
するとリリが、徐に一つの名を口に出した。
「ガルグリフ……四天王最速のガルグリフ。鳥の頭に輝く大翼、身体は人型のそれ。確かに特徴は一致するわね」
冒険譚では当然、敵役の特徴も語られているのだろう。リリの言葉はそこから得た情報によるものか。
とするならば、イクシスさんの対峙しているコイツは正しくそれであると思われた。
「でも、私そんな奴と出会ったことなんてないよ?」
「あ、もしかしてまたCPU対戦モードのレベルが上ったんじゃないですか?」
「それで、バカ仮面が過去に出会ったモンスター以外に、自分が過去に出会ったモンスターも呼び出すことが出来るようになった、とか?」
「そんなことが……」
無いとは言い切れない話だ。というか、その可能性は非常に高いように思える。
何せ、生半可な相手ではあっさり倒してしまうイクシスさんだ。
それがここまで手を焼いているというのは、やはり彼のモンスターが四天王とやらの一角だからに他ならないのだろう。
だとすると。
「これってもしかして、大変なことなのでは……?」
「た、大変なんてもんじゃないわよ、伝説の戦いの再現だわ!」
「あわわ、どど、どうしたら、取り敢えずみんなにも教えないと!」
「そ、そうだね、念話を送っておこう!」
緊急速報である。私はイクシスさんを除くミコバト常連組へ向けて、観戦を推奨する念話を急ぎ届けた。
当然、何事かという問い返しが即座に掛かるも、イクシスさんが四天王と戦っているだなんて教えたなら、効果は覿面。
次々に飛び起きるメンバーたち。一気に騒がしくなる鍛錬室。
おはようやただいまおかえりの挨拶も抜きに、早速我先にと観戦モードを立ち上げ齧りつく彼女たちである。
すると、誰からともなくコメントがチラホラと漏れ出し。
「ホ、ホントに戦ってるよ……!」
「こんな瞬間に立ち会えるなんて~!」
「四天王ガルグリフ。圧倒的なスピードを武器に立ち回り、強力無比な炎と風を駆使して数多の強者を屠ったとされる、恐るべきモンスターですね」
「かつては勇者PTで挑み、それでも大苦戦した相手だったはずなのです!」
「今回はソロか。大丈夫かな……?」
「母上……」
皆が食い入るように見つめる画面の先で、イクシスさんは一人激戦を演じ続ける。
評判に違わずガルグリフの動きは、目で捉えることすら叶わないほどの神速。
繰り出す炎も風も、イクシスさんを害するに足るほどの凄まじい威力を誇っており、見事なヒットアンドアウェイはなかなか有効打を許さない。
誰もが思っていることだろう。もし、自分があの場に立っていたらどうなったかと。
どう戦ったか。勝負になったかどうか。何が有効打足り得るだろうか、と。
私もまた一冒険者として、一ゲーマーとして攻略方法を自然と模索していた。
そして、イクシスさんがどのような方法で奴を打倒するのかと、期待もしている。
皆が様々な思いを胸に、熱い視線を送る先。
仮想世界の外側で、皆が注目しているとも知らぬままイクシスさんは、何時になく険しい表情で戦っていた。
そこにはきっと、単純な勝負に懸ける想いのみならず、こみ上げる気持ちもあるのだろう。
因縁の相手が一体であることは、きっと間違いないはずだ。
斯くして私たちは、不意に起こった勇者の戦いを、手に汗握りつつ見届けるのだった。
お、お勤めご苦労さまであります!
ああいや、ご苦労さまは上から目線になるんでしたっけ……お勤めお疲れ様であります!(語感がいまいち)
というわけで、今回も誤字報告いただきました。修正適用実行済みであります、はいー。
まだ埋没した誤字脱字が存在したみたいですね……本当によくぞ発見してくださる。ありがてぇ!




