第六九五話 青い過去
それを感じ始めたのは、何時からだったか。
ずっと前からだった気もするけれど、顕著になり始めたのはきっと、皆の運動不足を解消してからこっちのことだ。
私の【完全装着】には、依然として欠点がある。
能力の多様性や、スキルの力で誤魔化してきたそれは、しかし近頃になっていよいよ無視の叶わぬ明確な皆との差となり、私に焦燥を感じさせるまでになったのだ。
今日はリリ、アグネムちゃんと一緒にダンジョンへ来ている。
適度な運動を目的としたダンジョン攻略は、しかし彼女たちの力だけで走ろうものなら攻略に何日も要してしまう。
そのためある程度は私が雷となって駆け、残りを皆で走り、エンカウントしたモンスターやボスを倒して帰るというのが日課となっていた。
既に三ヶ月ほどこなし続けたメニューだ。リリもアグネムちゃんも流石に慣れたものである。
そうさ、慣れたんだ。
重力を軽減した立体機動。ダンジョンをピンボールが如く高速で走るあの動きにだって、彼女たちは既に慣れた。
特にリリだ。あんなに苦手意識を抱いていたっていうのに、今では……。
「どうしたのバカ仮面、遅いわよ! もしかしてそれが全速なの? え、遅くない?」
「ミコト様をバカにするなっ!!」
「なっ、こら今飛びついてくるなっ、ぎゃぁぁ……」
空中で揉みくちゃになり、デタラメに跳ね回りながら何処へなりと飛んでいく二人。
「何やってんだか……」
なんてそれを呆れ混じりに見送るも。
さりとて、リリの煽り言葉は存外私の胸に浅からず突き刺さっていた。
そう、私は二人より遅かった。
理由は明白、ステータスの差によるものだ。
私のステータスは、私が身に着けている装備の補正値、それらを合算したものが各能力値にあてがわれる仕組みとなっている。
これが完全装着の能力。そこに元からある、私の微々たる素のステータス値を足したのが、現在のステータス値となっており。
よってより強い装備を獲得し身に付けることが、バフなどに頼らず自身のステータスを上昇するための、唯一の手段であると言える。
確かにそれは、強力な能力だ。
特級レベルの装備で身を固めたなら、誰に引けを取るようなものでもないだろう。
けれど、である。
皆はそんな能力もなしに、フル装備の私に見劣りしないだけのステータスを手に入れつつあるのだ。
では、そこに装備の力が加わったならどうなるか?
当然、私は皆の力に及ばなくなってしまう。今はまだ良くても、そう遠くないうちに足手まといにすらなりかねない。
近頃は、そんな嫌な想像が悩みとして居座って憚らないのだ。
そりゃ確かに、皆と私には仕様の異なりがある。
皆が装備の力を発揮するためには、きちんとそれらを『使う』必要がある。
剣ならそれで斬りつけねばならないし、防具ならそれで攻撃を受けて初めて意味を成す。
対して私は、身につけた装備の補正値が純粋なステータス値として換算されるため、使う必要はない。
敢えてネガティブな言い方をするなら、『使えない』と表するべきか。
皆が武具で得るアドバンテージ分、私は皆より劣っている。
精霊術などに頼ったなら、その差を埋めることは可能だ。でも、仮想空間の中では無理な話。
そこで私は、日々思い知るわけだ。皆と自分の間に影を落とす、大きな差を。
オルカはそれを察し、『ミコトはスキルでそこを補っている』と言う。
確かに私のスキルは多彩だ。使い方次第、組み合わせ次第でステータス差をひっくり返すことも出来るだろう。
だけど、どうしたって自力の弱さは目立つのである。
トリッキーな戦術だけが強みだなんて、ゲームならそれでも良かったが。
さりとてここは現実。不安は否応なく湧いてくる。
「やっぱり、どうにかしたいなぁ……頼みの綱は」
左腕に視線をやる。
美しい腕輪が嵌っていた。今や私になくてはならない、最重要装備が一つ、綻びの腕輪だ。
さりとてこれにも些かの不安があり。
「この子は一体、何処まで成長してくれるんだろうか」
いつかこの腕輪にも頭打ちが来るかも知れない。
いや、それならばまだマシで。万が一その頭打ちを機にこの腕輪が壊れでもしようものなら、私の弱体化はシャレにならない大事となるだろう。
そんな可能性を思うと、つい逡巡してしまうんだ。果たしてこのまま、綻びの腕輪に頼った自己強化を行って良いものか、と。
可能ならば、何か他の手段を使って自身を強く出来ないものかと。
一縷の望みはある。
過去に二度、骸が【神気顕纏】という、極めて高いステータスを持たねば行使できない最強クラスの自己強化スキル、それを用いる場面に出会ったことがある。
今の、素のステータスが一般人と大差ないレベルの私には、決して真似の出来ないスキルだ。
骸たちは、何らかの手段でこれを会得した。つまりは、高いステータスを獲得したんだ。
その方法さえ分かれば、私は……。
そんなことを頭で考えながら、身体は飛んでいったアグネムちゃんたちを追いかける。
程なくして見つけた二人はすっかりボロボロで、急ぎ魔法で治療したり、汚れを落としたり。
こういうシーンを見ると、何だか張り合うのが少しバカらしくも思えるのだけれど。
しかしその後、ボス部屋で大暴れする二人を目の当たりにしたなら、やっぱりこのままではダメだという意識が再び顔を出したのである。
★
イクシス邸鍛錬室。
十数台ものベッドがずらりと並ぶここは、かつて使用人たちの間で物議を醸した特殊な一室。
三ヶ月前、ミコトが皆を無理やり連れ出して以降は、この部屋に一日中屯する者も居なくなりはしたものの。
さりとて未だ利用者が絶えることはなく。現に今も、今日の運動を終えた面子がチラホラとベッドを埋めていたりする。
あまつさえその中には、この邸宅の主たる勇者イクシスの姿もあり。
すぅすぅと寝息を立てる彼女は今、仮想空間にて強大なモンスターと対峙している最中であった。
ズドンと倒れ伏したのは、難易度にしてスーパーハード設定の特級モンスター。とあるダンジョンでボスを務めていたサイクロプスの上位種である。
スーパーハードともなれば、如何な勇者イクシスとて力で押し切ることの叶わぬ、異次元の化け物と化す。
さりとて、高ステータスだけで勇者は名乗れない。
彼女は自らの持てる力を、神業が如き手腕でもって操ってみせ、見事目の前のそれを討伐せしめたのだった。
黒い塵へと還っていくサイクロプスを見送り、残心を解く。
神気顕纏を解除すると、目の前に現れたウィンドウを前にふぅと一息。
「やぁ、今回も良い歯応えだった。普通に過ごしていたのでは、こんな戦いなどもはや望むべくもないからな。ミコトちゃん様々だ」
などと、バトルジャンキー味あふれる独り言を零しながら、瞳は楽しげにウィンドウの上を走る。
次はどんな相手とやろうかと、モンスター図鑑を漁っているのだ。
しかし。
そんな彼女の視線が、ふと一箇所にて止まる。眉根を寄せ、首をかしげるイクシス。
そんな彼女が見つめるのは、とあるモンスターの名と姿。
徐に開かれた口より飛び出したのは、驚きと戸惑い。或いは感慨か。
「随分と懐かしい顔だ……ミコトちゃんが倒したのか? 昨日までは見かけなかったはずだが。それに表示も少しおかしいな」
そこには、新たに追加されたと思しきモンスターが記されていた。
それはかつて、勇者として旅をしている時分に出会った強敵の一つ。
当時は勿論、今ほどの力など持っていなかったとは言え、恐るべき特殊個体だったことは間違いなく。
その希少性故にこそ、ミコトが遭遇したと考えるには意外というか、驚くべきことのように思えた。
更に、だ。
思いがけないモンスターの追加も然ることながら、しかしそれよりも気になるのは、何故だかその名が青い文字で表示されていることだ。
これは一体何を意味しているのだろうか?
なんて首を傾げながら、けれど考えたところで答えは出ず。一先ず対戦相手の候補としてキープしつつ、更にページを捲るイクシスである。
そうして数ページも捲った頃。
いよいよ彼女の瞳は、大きく見開かれていた。
自然と呼吸は加速し、まさかという思いが脳裏を駆けていく。
いや、ほぼ確信を得ていた。だから、それを口に出したのだ。
「私の……私の過去に対峙したモンスターが、追加されている……!!」
イクシスは図鑑をくまなく調べた。
調べて、調べて。そして、とうとうそれを見つけたのである。
「ロックされているが……間違いない」
眉間に刻まれた、深いシワ。もし娘たちが彼女の様子を見たなら、きっと大いに驚くに違いない。
それ程までに、イクシスの表情は何時になく険しいものだったから。
「魔王……!!」
彼女の睨む先、図鑑の一部には確かに、その存在が刻まれていたのだ。
否応なく蘇るは、かつての地獄が如き戦いの記憶。
幾度血反吐にまみれ、煮え湯を飲まされたかも分からない。
我知らず拳は強く握り込まれ、ともすれば血潮が溢れん程だった。
沸騰したように熱い頭。けれどそれに反し、冷静な思考は現状の分析も進めている。
きっと、またCPU対戦モードのレベルが上ったのだろう。
その結果、自身がかつて対峙したモンスターまでもが、この図鑑上に表記されるようになった。
青文字で記されているものが恐らくはそれだ。
「だと、するなら……」
イクシスはページを遡り、先程見つけたそいつを対戦相手として選択することにした。
数多追加された青文字の中でも、一際イクシスの目を引いた個体が四つ。
それはかつて、魔王直属の配下として数多くの人間を葬った忌まわしき存在。
即ち。
四天王。
勇者PTの力でもって、ようやっと打倒した最大級の強敵たち。
我が身一つで、果たして及ぶか。超せるか。甚だ確信は持てない。
さりとて、イクシスは挑むことを決めた。
そして、彼女の目の前に今、それは現れたのだ。
今回も誤字報告感謝です! 感謝であります! 適用させていただきました!
ぐ。なんか、アレですね。とっても有り難いことで、ホントはこういう喩えなんて良くないのですけれど。
あくまでネタ。そう、ネタとして!
継続ダメージを受けている気分であります……ネタとして!
有り難き継続ダメージ。いやむしろ継続回復なんですよね、実質。リジェネ効果ってやつです!
そう考えると誤字警察の皆さんは、私にとってのリジェネそのもの。
誤字警察からリジェネレーターって言い換えても良いかも。或いはルビで読ませる!
よし、作者は勝手に誤字警察の方々を心のなかで『リジェネレーター』と呼称するようにしましょう。称号ってやつです! 茶化してません、真面目に中二病です!




