第六九四話 エンジョイプレイ
とあるダンジョンの最下層。
ズドンと倒れ伏したるは、八つの首を踊らせる龍が如き大蛇だった。
対するは私、そしてオルカの二人組みである。
用いた作戦は至極単純。オルカが囮となって八首を引き連れ、巨大にこしらえたスペースゲートを潜ったなら、それをまんまと追いかけ突っ込んできた蛇頭たち。
折を見て、今だえいやとスペースゲートの解除にて切断。通称『次元断』などと呼んでいるちょっとしたテクニックだ。
斯くして然程の労もなく八つの首を同時に落とした私たちである。
仕上げにズガンと核を穿ったなら、今ダンジョンボス戦に於ける大雑把な振り返りとなる。
ぬんと音もなく傍らに現れるオルカ。何時になく表情にはドヤッとしたものが浮かんでおり。
「ニンジャとサムライが揃えば最強」
だなんて、いつの間にか身につけたシナジー知識を嬉しそうに曰うじゃないか。
私、何時からサムライ役になったんだろう? あぁ、刀の骸を倒してからか。
だけど今の戦闘、全然サムライ関係なかったよね? まぁ、オルカが嬉しそうならそれでいいか。
そんなこんなで私とオルカは、二人でダンジョンを一つ攻略したわけである。
そう、二人でだ。
廃坑ダンジョンの攻略より、一週間ほどが過ぎた現在、ミコバトの運用には新たな展開が見られた。
私たちがこうしてたった二人で行動しているのも、言うなればその運用法が理由だ。
「さて、それじゃ特典部屋漁って帰ろうか」
「うん」
ドロップアイテムはPTストレージに自動回収されているため、あとは特典部屋で戦利品を得たなら帰るだけ。
オルカと二人、奥に出現した扉へ向けて歩き出したなら、ふとオルカが口を開いた。
「今のボス戦、評価はどのくらいだと思う?」
「そうだなぁ。攻略タイムはかなり速いけど、いかんせんシンプルな倒し方だったしあんまり高い得点は出てないかも。S取れれば良いほうじゃない?」
「むむむ、なかなか難しい……ミコトは毎回SS以上ですごい」
「ふふふ、ゲーマーだもの。スコアアタックと聞いちゃ黙ってられないんだよね」
それは一週間前、クラウの提案により行われた新しい試み。
クラウ手ずから設定した仮想空間やシチュエーションにて、彼女のチューニングしたモンスターに勝利してみせろという、一種の挑戦状。
先ずこれが私のゲーマー魂に火をつけた。
もともとゲーム感覚でチャレンジできるのがミコバトである。
そこに加えてステージをわざわざ用意してくれるとあっては、燃えないはずがなく。
結果として私は、クラウの課したミッションを見事にクリアしてみせたのだ。
するとどうだ、他の面々も面白がってアレヤコレヤと様々なステージを提供してくるじゃないか。
私は自らの万能性をフルに活用し、それらを尽く打ち破ってみせた。
そんな折である。CPU対戦モードのレベルがまた上ったのは。
追加された機能は、『リザルトページ』。それこそゲームでよくある、戦闘後に表示されるアレだ。
しかも様々な項目から得点が増減され、最終的に戦闘内容をF~SSSのランクにて判定してくる仕様となっているらしく。
これの登場が、私ばかりか皆のやる気をも盛大に煽った。
強い敵を、より高評価で倒すこと。これが一つの実績として認知されたわけである。
先の、他者が誰かに課題を出すという試み。そしてこのリザルトの登場から、ミコバトは新たな展開を迎えることとなった。
サイクルとしては、
1.夕飯後くらいに、皆で専用ボックスからくじを一回引く。くじにはミコバト参加メンバーの内誰かの名前が書いてある。
2.翌日一日を通し、くじで決まった相手のためにCPU対戦モードの設定を、スキマ時間を使いこしらえる。
3.夕方、皆がイクシス邸に揃ったならチャレンジタイム。用意された課題に挑戦し、高評価での勝利を目指す。そして『1』へ戻る。
という繰り返しとなっている。
これにより、私たちは自分の苦手分野や克服するべき課題を、他者の目線から見つけてもらい、それと向き合う機会を得ることが出来る。
更にはくじで当たったメンバーのことを分析し、より深く知ることも出来る。チームプレイを行う際の参考になる、というメリットがあるわけだ。
勿論デタラメに強化したモンスターを配置するっていうのは、ルール違反と言うかマナー違反となっており。
皆相手を苦戦させつつ自身の力を伸ばさんと、あれこれ考えながら鍛錬に打ち込むようになった。
そして運動不足防止の面でも、大人数で行動したとて運動にはなり難く、またせっかく磨いた技や戦略を試す機会もないということで、二~三人の少人数グループにて活動することになった。
先日のランニングベースの運動だけではカバーしきれなかった、仮想空間と現実の肉体的、感覚的ズレの修正を効率良く行う、という意味に於いても有用との判断だ。
特に私の場合、ステータスを伸ばすためにはより強いアイテムが必要であるって事情もあり、組む相手をとっかえひっかえしながら、一日に何度も走っている。その分ミコバトに割ける時間は削られるけど、おかげで懐は誰より温かい(イクシスさんを除く)。
それに実戦だとて経験は積めるのだ。新たに得た装備が思いがけず切り札として働くこともあるしね。
それもあって私は今の所、出された課題でS以下の評価を受けたことがない。
逆に出題する課題は絶妙であると、評判も上々。
相手に合わせて最適なモンスターやシチュエーションを選んで、クリアの難しいステージを組むっていうのは、それはそれで戦略性があって楽しいものなのだ。
であればこれにも、ついゲーマーとしての食指が反応してしまうわけで。
相手の意表を突き、当人に自覚のない不得手を見極め、如何に脅威度の低いモンスターで苦戦を強いるか、という取り組みがもっぱら私の楽しみとなっている。
勿論、虫が苦手な相手にそれっぽいのを当てるとか、そういういやらしい作戦なんかじゃない。
戦略的な穴を突くのがポイントだ。取り組みがいのあるステージを用意するのが面白いのである。
そんな具合に、気づけば私もすっかりミコバトにハマっており、今では客観的に皆をどうこう言えない所まで来てしまった。
が、ゲーマーに悔いなし。やるからには天辺を取る所存である。
天辺と言えば、密かにスコアアタックなる試みを考えてもいる。トレーニングモードのそれとはまた別の形で。
皆へ共通課題としてステージを提供し、その中で最も高い評価を叩き出した者が優勝っていう一種の競技だ。
タッグ部門とかでも面白そうだし、サポートが評価を得やすい内容なら火力の低いメンバーも楽しめるだろう。
興味を持ってくれる人がいるのなら、是非やってみたい企画である。
或いはひょっとすると、新たなモードとして追加される可能性も考えられるのだけれど。リザルトはその前触れだった、なんて如何にもありそうな話だもの。
なんて、気づけば本来の目的そっちのけでミコバトを繰り返す日々。
なれど皆は着実に、成長限界へ向けて邁進しており。
好きこそものの上手なれとはよく言ったもので、のめり込めばのめり込むほど、どうやら自然に力への渇望というのは刺激されているらしく。
ステータスの伸びは順調そのもの。一方でステータスがさっぱり上がらない私は、置いていかれないよう毎日必死である。
「ミコト、この後は?」
「今日のダンジョン巡りはこれでおしまい。後は自主練とか、オレ姉のところにも顔を出したりとか」
「私たちがステータスを磨いている間、ミコトはスキルレベルを上げてる。それが想像以上に力を発揮してる」
「出来ることをやってるだけだよ」
「私も負けないように頑張る」
「お、お手柔らかに……」
そんなやり取りをしつつ、私たちはイクシス邸へと戻るのだった。
★
楽しい時間はあっという間に過ぎると言うけれど。
季節はあれよあれよと流れ去り。気づけばミコバトが流行り始めてから、約四ヶ月もの時が過ぎていた。
それというのもきっと、鍛錬が充実していたというのもあるのだろうけれど、特筆するほどの事件に遭遇しなかったっていうのも大きいのだろう。
まぁ、言っても勇者様のもとで活動してるわけだからね。小さな事件はアレコレと舞い込んで来たりするわけだけれど。
しかし大抵のことは力任せに対応できてしまうし、ちょっぴり大変でもへんてこスキルを用いれば、さしたる大事には至らない。
そりゃ、平坦な毎日だなんてことはなかったけれどさ。
活動は順調そのもの。クマちゃんからの依頼も特に問題無くこなしたし、誰が運動不足に陥るでもなく、大きな怪我や病気をするでもなく、肉体やスキルの鍛錬も皆バランスよく行っていた。
私だけはまぁ、相変わらず皆と勝手が違っていて、一人バタバタしていたけどさ。勿論魔道具の鍛錬も欠かしていない。って言うか、何ならそっちのほうが順調なくらいだ。
ゼノワの方も頑張ってるみたい。一応毎日おもちゃ屋さんに戻ってくるし、朝のルーティンでご飯あげてるし。日に日に彼女も成長していて、修行の区切りが待ち遠しいばかりである。
やがて春の気配も感じられようかという時節。
幾らか温かみのある日差しを窓越しに感じながら、私はウィンドウを開きそこに視線を落とす。
ずらりと並んだのは、通称ミコバトと呼ばれているモード系スキルの羅列だ。
「増えたなぁ……」
なんて、小さなつぶやきがポツリ。
この四ヶ月、皆が寄ってたかって利用するものだから、その分だけレベルの上がりも早く。
その時々に於いては、新しい遊びというか試みが生まれては流行りを繰り返し。
その影響なのか何なのか、試みが新たなモードとして実装されるようなこともチラホラ。
そのようにして真新しいモードスキルが一つ、また一つと一覧に名を連ねていったのである。
『アーケードモード』……設定した難易度に応じ、自動でモンスターやフィールド、シチュエーションなどが構築され、気軽に連戦を楽しめるモードとなっている。格ゲーでお馴染みのやつだ。
『サドンデスモード』……負けるまで延々と戦うことの出来る、正に死の恐怖と隣り合わせのモード。次々と現れるモンスターを何処まで倒し切ることが出来るか。記録は皆に共有されるため、競技の様相も呈している。ステータスの上昇効率が良いとの声も。
『スコアアタックモード』……予想したとおり、やっぱり追加されたよ。特定のステージに皆で挑み、リザルトの下す評価を競うモードだ。ステージは好きに設定して追加することが出来るため、サポート組もちゃんと楽しめる仕様が素敵。
『チャレンジモード』……異色のモードだ。開始時は一般人レベルの低ステータス。装備もなければスキルも最低限という状態から開始し、出現するモンスターを倒すことで徐々に強くなっていく、所謂成り上がりが体験できるモード。これもスコアが共有されるため、挑戦者は多い。特に皆と平等に競い合えるためか、イクシスさんがよく挑んでる。
──という四つが、新たに加わった顔ぶれとなっている。
問題があるとするなら、スコアアタック以外、結構プレイにかかる時間が長いことだろうか。
何せ連戦が前提のモードだもの。一回のプレイに一時間以上の時間を要するだなんていうのは、もはや当たり前のようになっていた。
おかげで使用人さんたちが、時折嘆いているのを見かけるようになって久しい。イクシス様がすっかり怠け者になってしまわれた、とか何とか。
それを耳にする度、なんとも言えない罪悪感が襲ってくるものだから、気まずいったらない。
だってミコバトがどうとか言っても、やっぱり理解に苦しむだろうし。そもそも使用人さんたちが相手だろうと、無闇に吹聴するような話でもないもの。
さりとて、これらの新モードが現れてからというもの、皆の成長に拍車がかかったのは間違いない。
イクシスさんなどはとっくに再度の成長限界を迎えており、今はより優れたダメージの出し方を研究するべく、トレモに潜る割合が増えたようだ。
私も主に利用するのはトレモだ。実戦への反映は、CPU対戦モードより現実で行うことが多い。
成長が頭打ちした者同士、イクシスさんとは妙なシンパシーを感じており、トレモ内で会うと指導を受けることもあったりして。
それはそれで、なかなか楽しい時間となっていた。
そんな、忙しなくも安定した日々。
そこに波紋が生じたのは、とある日のことだった。
今日も誤字報告が……うぅ、感謝ですぅ……!
おかしいな、ちゃんと二度も見直してるのに何故……。




