第六八七話 CPU対戦モード
気づけば時刻は午後六時を回り、トレーニングモードの時間泥棒ぶりに幾らかの戦慄を覚えたものである。
これでも、次にCPU対戦モードの検証を控えているのだからと、早めに切り上げてきたのだけれど。
私のみならず、皆も同様に会議室備え付けの時計を確認しては、一様に目を丸くしていた。
やっぱりダメージポイントを確認できるというのが、非常にウケたらしい。
スキルの組み合わせだったり力加減だったりと、皆試したいことは山ほどある様子だった。
そのため、皆を促してトレモを出るのにも一苦労したほどだ。
「だったら勝手にCPU対戦モードの検証進めちゃうけど?!」
というのが殺し文句になった。
トレモの好評を受けて【CPU対戦モード】への期待値は一気に高まったらしい。
皆のワクワクとした視線を受けながら、勿体ぶるでもなく早速準備を始める私である。
例によって今回も、最初に潜るのは私であり、皆は観戦モードから様子を見る形となる。
気分は新しいゲームソフトを入手した時のそれに近く。初起動に際し、踊る心の舞いっぷりを密かに楽しんでいると。
「何をチンタラしてるんですか! 一番手を譲ったんですから早くして下さい!」
とはソフィアさんの言。私のスキルだっていうのに、なんて言い草だろうか。まぁソフィアさんらしいと言えばそうなのだけれど。
そのように急かされながらも、幾らか緊張しつつCPU対戦モードを発動する私。
何せある意味本命はこちらだからね。
確かにトレモは最高の鍛錬場足り得るのだろう。
幾ら暴れても、どんなに土地を荒らし回ったって誰にも文句なんて言われないし、ダンジョンよろしく乱れたフィールドはすぐ元通りになるし。
何よりトレモちゃんの存在が大きい。記録も自動で取ってくれるし。まさに至れり尽くせりと言った具合だ。
けれど残念なことに、トレモではきっとステータスは上がらない。
何故なら、死の恐怖や力への渇望などとは無縁だから。寧ろ、得た力を試し研究する場がトレモなのだ。
だからステータスアップのためには、別の場所が求められるわけで。
私はその役割を、CPU対戦モードに期待しているのだ。
さて、このモード。私の想像通り、或いは想像以上のスキルであってくれたら良いのだけれど。
何処か祈るような心持ちで件のスキルを発動したところ。
すると他のモードと同じように、先ず現れたのは専用ウィンドウであった。
表示されている内容も、他のモードに通じるところがある。フィールド設定やルール設定などの項目が並んでいた。
目を引いたのは『CPUレベル』なる項目だ。きっとこれで敵の動きが変わってくるのだろう。ますます格ゲーっぽいじゃないか。
皆の視線を受けながら、取り敢えずほぼデフォルト設定で決定する。フィールドはいつもの荒野だ。
すると続いて現れたのは、何とアルバムスキルの項目が一つ、『モンスター図鑑』である。
モンスター図鑑といえば『スキル図鑑』と同時期に現れた項目で、私がこれまで出会ったことのあるモンスターの情報を自動で記録してくれるという、ゲームでよく見るライブラリ系要素の一つ……が、スキルとして形になったものだ。
正直、スキル図鑑と違ってこれと言った特別な効果があるわけでもないため、用途といえばたまに見返す程度だったのだけれど。
しかし、このタイミングで表示されたってことは……。
予感から気持ちが高ぶり、
「……これってもしかして」
などとつい声が漏れれば、ウズウズして様子を眺めていた周囲から、何を見つけたのかと問い詰めるような声が掛けられ。
ソフィアさんに肩をゆさゆさと揺さぶられながら、私は答えた。
「多分だけど、モンスター図鑑に登録されてるモンスターから、対戦相手を選べる仕様なんだと思う」
「な、なんだと?! ホントかミコトちゃん!」
「だとすると、ミコトがこれまで対峙してきたモンスターの全てが選択肢として挙げられるわけか!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。それだったらアレはどうなるのよ? 厄災級は!」
鋭いリリの質問に、一瞬静まり返る会議室。
確かに、アレと戦えるとするならえらいことである。モンスター図鑑そのものには名前は載っているため、あとは対戦相手として指定できるかって話なのだけれど。
ウィンドウを操作し、慣れた手つきで厄災級アルラウネの名前を探す。すると……。
「あ……なんか、ロックが掛かってるみたい。選択できそうにないね」
私の返答に、皆からは安堵したような、残念がるような、なんとも言えない気の抜けた声が漏れ。
けれど私はそんな彼女らへ告げるのである。
「だけどCPU対戦モードのスキルレベルが上がれば、アンロックされる可能性はあると思う。若しくは何かの条件を達成するとか」
これを受け、またなんとも言えないリアクションをする面々。期待するような、恐れるような。
まぁ、おっかないなら選ばなければ良いだけの話なのだ。
私個人としては、そのうち戦ってみたくもあるけれどね。PTで挑む設定とかも出来そうだし。
それはそうと、今回の私の対戦相手だが。
「それじゃ今回は、この前ダンジョンで戦ったミノタウロスにしようかな。でっかい鉈を二本も振り回すやつ」
と考えを告げてみたところ、心配する声が返ってくる。
「ミ、ミコト様、それって先日PTで挑んだダンジョンボスでは……?」
「なかなかの強敵だったと記憶していますが、大丈夫なんですか?」
「ステータスオバケだったな」
「ソロじゃ危険。仮想空間だからって、ミコトには敗けてほしくない」
「ガウガウ」
脅威度は赤の四・五つ星。赤星階級に於いては最強の五つ星に次ぐ強敵である。
鏡花水月フルメンバーで戦った相手であるため、皆も奴の力についてはよく理解している様子。
さりとて。
「ちょっと試してみたいんだよね。刀の骸から引き継いだ力をさ」
と述べれば、仲間たちはそれ以上心配を口にするでもなく。代わりに応援の言葉をくれたのだった。
そんな中、「いいから早く行ってきなさい」とはリリの言である。
急かされ、ミノタウロスを対戦相手としてチョイス。選択画面にはご丁寧に格ゲー風のイメージ画像まで表示されるものだから、ゲーマーとしては思わず口元が綻んでしまう。
と、ここで新たな気づきが。
対戦相手の選択に際してCPUレベルとはまた異なる、『難易度』の選択が可能らしいのだ。
恐らくは、ステータスやスキル等に関わる設定なんだろう。デフォルトは『ノーマル』となっている。
「へぇ、これは面白い」
なんて口走ったもんだから、また一悶着である。
結局強さの変更などはせず、やっとこさ私はCPU対戦モードの織りなす仮想空間へとダイブを決め込んだのだった。
★
「わぁ、違和感」
眼前の光景に、ポロッと出た言葉はそれ。
既に馴染みを感じる乾いた風。ジリジリと厳しい日差しは、リアル時刻などどこ吹く風と、中天より降り注いでくる。仮想空間ならではと言えよう。
けれど、違和感を覚えたのはそこじゃない。
この馴染みの景色の中に、普段では先ず見かけない姿を見つけたからである。
VSモードと同様に、初期待機位置の存在するCPU対戦モード。
私の足元は眩しくない程度に輝き、この円形から試合開始まで外に出ることは出来ない。
が、それは相手も同じことで。
視線の先、距離にして五〇メートルくらい向こう。
筋骨隆々の牛頭をした怪物が、自身の背丈に迫るほどの大鉈を両手にそれぞれ握りしめ、行儀よく初期地点にてじっとしているのである。
背丈は三メートルくらいか。交戦経験からして、丸太のように太い腕は、細枝を振るうかの如く軽々とその重そうな鉈をぶん回し、スピードも防御も信じられないほどに高い。
所謂『普通に強いタイプ』。一番崩し難いやつだ。ココロちゃんと正面から殴り合えるっていうんだから、そのフィジカルは余程である。
モンスター図鑑から任意のモンスターを呼び出すことが出来る、という予想は的を射ていた。なれば必然、これより始まるは奴との戦闘なのだろう。何せCPU対戦モードだし。
目前にてカウントダウンの進む中、私は戦意を高め、ツツガナシを腰に携え静かに構えを取った。
その時点で、既に以前との差異を感じている。
異様なほどに落ち着いているのだ。気圧されもせず、恐くもない。
何なら、少し楽しみにすら感じていた。相手がどんな動きをするのか。CPUが奴を、どう操ってみせるのか。デフォルト設定なら、オリジナルの忠実な再現などをしてみせるのだろうか?
それに何より、自身の剣が何処まで通じるだろうかと。そんな期待感があった。
カウントが尽きる。
戦闘が、始まる。
足元で待機状態を示す輝きがパンと弾け飛んだ、その瞬間だ。
目前に迫る鉈。私を叩き潰す気満々じゃないか。
さりとて心眼は仕事をしてくれている。
というか、心眼がなくともこの程度、と感じてしまう。どうにでも出来る気がしていた。
地を滑るような足運び。
気づけば私の身体は、ミノタウロスの背後にあり。
流れるように繰り出したる斬撃は、しかし残念。もう一方の鉈によって阻まれた。
だが。
(うわ、マジか)
自らでも驚いてしまう。何せ、私の斬撃を受けた鉈が、その中程からスパンと断たれてしまったのだ。
ツツガナシったら、何時から斬鉄剣に進化したのか。
なんて。言うまでもなく、これは刀の骸の影響だろう。
大体の物なら何だって斬れるような、そんな手応えを覚えていた。いや、手応えなんて無かったと言うべきだろうか。
断たれ落ちる鉈の先が、乾いた土を叩こうとしている。
けれどそれの何と遅いことか。
流石と言うべきか、ミノタウロスの反応は速かった。即座のバックステップである。仕切り直そうというのだろう。
けれど私の足は、容易くそれを追い抜いてしまった。何なのだろうかこの謎歩法。
追い抜きざま、きっと首を撥ねることも可能だったのだろう。けれど、ここは仮想空間。せっかくのCPU対戦モードである。
たとえ敗けたとて、落とす命もないのだ。なれば、決着を急ぐ必要もない。
私は敢えて深からず浅からず、ミノタウロスの横腹を斬りつけ、納刀と同時に蹴りを叩きつけた。
ガツンと骨盤を横から打ち、思い切り蹴飛ばしてやる。
奴はこれ幸いと、抵抗するでもなく勢いに乗じて距離を取り、ズザザと体勢低くこちらを睨んだ。
ズンと、ようやく断たれた鉈が地を叩いた。
私、えらいこと強くなってる……!
ぐふぅ、き、今日もなかなか多いですね……誤字報告感謝です!
ふふ、ふふ、おかしいな、誤字報告フェスティバル全然終わってないじゃない!
若しくは早くも次の開催期間到来か?! どうか息切れは起こされませんようご注意くだせぇ!
修正適用させていただきました。や、ホント助かります……。




