第六八四話 上限解放
レベルキャップ解放、即ち成長限界の更新。
果たしてイクシスさんの身にそれが起こっているのかいないのか。
モノリスで見たアップデート内容についても、明晰夢で見た紹介映像の中でも、レベルキャップについては一切触れていなかったように思う。
そのため普通に考えると、今回のアップデート内容にそれは含まれていなかったと見るべきなのだろうけれど。
さりとて、イクシスさんは試さずには居られなかった。
私としても仄めかした手前、彼女に付き合うのは勿論やぶさかでなく。
ついでに結果が気になったギャラリーも引き連れ、私たちは特級危険域を飛び回ることになったのである。
斯くして三日ほどが経過。
再度イクシス邸会議室へ集まった私たち。
時刻は午前九時。朝食後すぐに移動してきた形である。
室内には何時になく物々しい空気があり、殊更マジックボードの前に立つイクシスさんからは、強い覇気が感じられた。
そんな彼女は、カッと目を見開き言うのである。
「ステータスが上がったぁぁぁああああ!!」
やんややんやと皆が手を叩いて祝福を送れば、彼女は感涙すら流しそうな表情でウンウンと大きく頷き。
そうして暫し、感慨に耽ったイクシスさんは、満足したのか鳴り止まぬ拍手を手で制し。
不意にコホンと咳払い。改めて口を開いたのだった。
「アップデートによる、成長限界の更新。まさかという思いとともに特級危険域を三日間荒らし回った甲斐あって、さっぱり上がらなくなっていた私のステータスがなんと、本当に昔のような上昇を示してみせた。これは間違いなく大発見だ!」
「勇者様のさらなる成長、ですか。世に知られたなら確実に大騒ぎになるでしょうね」
「反面、勇者様が力をつけることで、新たな脅威の出現を杞憂する者たちも一定数現れることでしょう」
ソフィアさんと聖女さんの冷静な分析に、浮ついた空気がキュッと引き締まる。
確かに、イクシスさんがこれまで以上の力を付け始めることで、世の中にどんな影響が出るかは未知数と言う他無い。
強い光には相応に濃い影が出来る。即ち勇者がさらなる力を得ることで、何か良からぬ災い事が起こるのではないか、と迷信じみたことを言い出す人もきっと出てくるだろう。
或いはフィクションよろしく、力を持ちすぎた勇者を人類が裏切る、なんて展開が無いとも言い切れない。
よって今回の発見については、機密性の高い情報として慎重に取り扱うべきなのだろう。
「確かに、浮かれてばかりもいられないな。上限の更新については、一先ず他言無用ということでよろしく頼む」
「仮に上限の更新に関して他の誰かが気づいて、世に広く知れ渡ったとしても、イクシスさんが成長するっていうのはまた別問題として取り沙汰されかねないものね」
「グルゥ」
「勇者様っていうのも大変ね……」
リリのしみじみとした呟きに小さな苦笑を返しつつ、イクシスさんは話を進めに掛かった。
そうさ、成長限界の更新に関しては、何もイクシスさんだけがその恩恵に預かれるってわけじゃないはずである。
実感こそまだまだ遠い話にはなるだろうけれど、皆の成長限界だって恐らくは引き上げられているものと予想できる。
それに、これが齎す恩恵の使いみちなんかも考えなくちゃならないわけだ。
勇者杞憂民ではないが、新たな脅威の出現を警戒するって考えも、あながち間違いとは言い切れないしね。
「なにはともあれ、だ。アップデートに成長限界を引き上げる効果が認められた。これは言うなれば、ミコトちゃんの披露した推測に、幾らかの現実味を与えるものであると私は思うのだが。皆はどう思う?」
イクシスさんの問いかけに、皆は思案を始める。
私の推測とは即ち、所謂『主人公』でなくともエンドコンテンツに挑めるだけの力を得ることは可能かも知れない、というアレのことである。
以前はどこか懐疑的だった皆も、成長限界が引き上がるという実例を目の当たりにしては、幾らか考えを改めるべきと感じたらしい。
だってそれは、誰もが今よりも高みを目指せることを暗示しており。それはいつか、主人公云々を抜きにした誰かが前人未到の領域へ至れるのではないかと。そんな明るい未来を予感させる出来事だったのだから。
「とは言え、状況証拠だよね? 成長限界の更新とアップデートの因果関係を証明するには、まだ弱いと思うんだけど」
「仮にアップデートで上限更新が行われるにしても、さらなる成長にはさらなるアップデートが必要になる、ということですよね?」
「アップデートには、必ずしもポジティブな要素だけが収録されているわけではない。なんて可能性を示唆していたよな」
「それこそ、魔王を超えるような何かがアップデートとともに現れるかも知れませんよ~?!」
「影響は世界規模。そもそも私たちの独断で行っていいことじゃない、っていう意見も以前出てた」
「けれど、アップデートで得られる恩恵は想像を絶するものでした。これを受けて、以降のアップデートをどうするかなんて、誰が判断できると言うんです?」
「天使様に委ねるべきなのです。全ては天使様のお導きのままに……」
「ガウガウ!」
なかなか混沌としてきたものだ。
みんなしてあーでもないこーでもないと言い合うも、やはりアップデートの取り扱いがネックとなって、エンドコンテンツに対するスタンスも上手くまとまらない様子。
私たちがエンドコンテンツにまで届き得る可能性は確かに、僅かになれど見えはした。けど、そこには決して小さくないリスクもくっついているようで。
ジレンマである。影響があまりに大きく、しかも爆弾まで抱えているかも知れないアップデートは、たとえ成長限界の更新という大きなメリットがあろうとも、おいそれと手出しして良いものではない。
そも、成長限界がアップデートによる恩恵とも、まだ断言できる段階にはないのだし。
皆が一丸となるには、どうにも難しい状況のようだった。
これを見かねて、イクシスさんが話を変えに掛かる。
一旦皆を制した彼女は、こう述べたのである。
「成長限界の更新、延いては新たなアップデートをどうするかについては、一先ず保留にしておくことにしよう。たった今どうこうするべき、という差し迫ったような問題でもないのでな」
すると、これには皆も異論無いようで。
今日明日にでもアップデートをしに行くぞ! とかいう問題ではない以上、確かに一旦保留にしておくのがこの場に於いてはベターだろう。
イクシスさんは皆が納得したのを認めると、再度口を開く。
「さて、ではここでミコトちゃんに問いたい」
「! な、なんだろう?」
突然水を向けられ、やや緊張する私。気分はさながら、授業中急に先生に名前を呼ばれたかのよう。
対するイクシス先生は至って真面目な顔をしており。
しかし心眼には、薄からず興味の色が浮かんで見えていた。
「キミは先日、『プレイヤーは優れた育成技術を有している』というような旨の発言をしたと思うのだけれど。あまつさえエンドコンテンツを縛りプレイにてクリアしたとも」
「まぁ、そうだね。へんてこスキルはゲームのプレイヤーにまつわるようなスキルたちだもの、これを駆使すれば高い効率で人材育成が行えるのは間違いないと思う。縛りプレイに関しても事実だよ」
「うむ。では、こう……なんか無いのか? 私を含む皆を、こうズババッと効率良く強化できるような方法というのは!!」
「えぇ……」
何事かと思えば、とんだ無茶振りだった。何だその漠然としてて都合のいい要求は! 一応考えはするけども。
……しかし、今まで以上に効率的な育成、か。
正直な話、そんなものがあるならば私自身が真っ先に試しているところである。
が、ここで何も提案できないっていうのも何だか悔しい。
一先ず思考を巡らせて、ゲーム知識を参照してみる。
(RPGでの効率的な育成って言ったら、基本はやっぱり最適な狩場を選んで、延々とレベリングをすること……あとは、経験値倍率を上昇させるシステムの存在するゲームなら、それをフル活用したり。ソシャゲなら素材クエストやイベント巡り。余った素材は弱いユニットにあげたり……そう言えば、戦闘に出てないユニットにも戦闘経験値を与えるアイテムやスキル、なんてものもあったっけ。でも、うーん、どれもいまいちパッとしない……)
なかなか良い案が出ず、腕組みをして更に考え込む私。
イクシスさんはポンと答えが返らぬことに、やや残念がっているが。過度な期待をされても困るというものだ。
とは言え、ダメ元でもうちょっと掘り下げてみる。
(RPGで言えば確かに、これっていう良案は出ないけど。なら他だとどうかな? 例えば格ゲーとか。格ゲーに於ける最大の修行場は、やっぱり実戦だろうか。オンラインでもオフラインでも、対人戦をやることこそが上達の近道……いや、言うほど近道ってこともないけども。何れにしても繰り返すことが重要で、考えることが大切だし)
そこまで思考し、しかしこれでは私たちが実際取り組んできたこととあまり変わりないと気づく。
これではイクシスさんの望むようなアイデアにはならない。
(となると……トレモかな? トレーニングモード。それにCPU戦も。前者は言わずもがな、様々な動きの確認やコンボ、テクニックの練習になるし。後者はトレモで培った技術を実戦に近い形で試すことが出来る。多くの気づきも生まれる。でも、今の私にはそれに当たるスキルなんて……いや、もしかして『今はまだ無い』ってだけ?)
ハッとした私は、ガタンと席を立ち。
そうして皆の注目を集めながら、叫んだのである。
「そうだ、VSモードをしよう!」
イクシスさんも皆も、ポカンとしていた。
私はなんだか恥ずかしくなり、コホンと咳払いを一つ。改めて皆へ向けて説明を始めた。
以前行われた『ミコト杯』なる催し。
実はその大会後に、チラホラと皆から「ステータスが上がった」という報告を受けていた。
このことから、どうやらVSモード内での戦闘も、実戦同様ステータスに影響があるらしいことが分かっている。
それというのも、VSモード内の戦闘はとてつもなくリアルな感覚の中行われるものであり。
それこそミコト杯にて敗北した選手たちは、皆顔を青くしていたものだ。スイレンさんなんてギャン泣きしていたし。
要は仮想空間内に於いても、死の恐怖ってものはリアルに引けを取らないほど強く感じられるわけだ。
その恐怖心を起爆剤として生じる、力への渇望。これが、ステータスを効率良く引き上げるのに役立つらしい。
しかも仮想空間内では、たとえ殺されても実際に命を落とすわけじゃないからね。安全だ。
そんなわけで、VSモードでの対戦はステータス育成に活用できる、というのは既に分かっていること。周知の事実というやつである。
けれど問題もあって、なにせVSモード内では実際に死ぬわけではないため、仲間を相手に武器を向けて、ガチンコでやり合えてしまうわけだ。
その感覚が染み付いてしまうと、次第に倫理観が狂いそうで恐ろしいと。対戦を多く経験した者ほど顔を恐くして語っていた。勿論私も例外ではない。
それに『死んでも平気』だなんて間違った認識が芽生えるのもかなり危険なことで、リスクを通り越した、デメリットとすら言えるようなものだった。
だから一時は大流行したVSモードも、今ではすっかり下火であり、時折模擬戦のために用いられたりする程度である。
たとえステータスを育てるのに有効だとしても、デメリットを抱えた方法である以上、現実でモンスターを相手にしたほうがマシだ、と考えてしまうのは仕方のないことと言うか、寧ろ正しい判断なのだと思う。
さりとて、である。
そのことは既に皆知っているわけだが、その上で私は「VSモードをしよう!」と声高に唱えた。
何故か? 決まってる。
スキルレベルを上げるためだ。
と、ここまで語ると、ワクワクした様子でソフィアさんが問いかけてきた。
「スキルレベルを上げると何かあるのですか? 予想がついたのですよね?」
「恐らくだけど……VSモードに新しい機能が追加されると思う。或いは派生スキルとして生えてくるかも」
「!!」
瞠目して固まるソフィアさん。他の皆も、一層強い興味を示した。
そんな皆へ、私は一応トレーニングモードについて語って聞かせた。CPU戦についても。
すると、言わんとすることは概ね伝わったようで。
「つまりトレーニングモードとやらには、どれだけ攻撃しても壊れない人形が居て、しかも仮想空間だから特訓もし放題ってことね?」
「ふむ……まぁ、技を磨くのには確かにうってつけだろうが、それでステータスが育つとは思えんな……」
「そこでCPU戦なんだよイクシスさん!」
「それがいまいちよく分からないんだけど。こんぴゅーたーと戦う? ってどういうこと?」
横から首を傾げて問うてくるレッカ。どうやらCPUについては、ちょっと説明が足りなかったらしい。
でも、うーん。なんて説明したものか……。
私は少し考え、そして一つ良い例えを思いついた。
「ああ、そうだ。『ヨルミコト』と戦うようなものかな」
「「「「それはヤバい」」」」
鏡花水月の声が、見事にハモった瞬間だった。
ほ、本日も誤字報告感謝であります。適用させていただきました。
うぅ、風邪を引いてくらくらした頭にガツンと効きますね。
寒い季節ですもの。みなさまもお気をつけあそばせ~




