第六八三話 主人公とプレイヤー
主人公。なるほど、主人公か。
聖女さんから飛び出した思いがけないワードに、私も皆も些か虚を突かれつつ、さりとてなるほどと唸った。
だってそうだ。
物語・主人公・ラスボス。
この三つって、切っても切り離せないような関係にあるはずだもの。
つまりは、ラスボスの対になるのが主人公であり、主人公を見定めることが出来るのであれば、自ずとラスボスの正体にもぼんやりと当たりが付こうってなものである。
「それで言うと、イクシスさん……って言うか『勇者』にとってのラスボスっていうのがきっと、魔王だったんだろうね」
「ふむ……確かにな。私もそう思うぞ」
イクシスさん当人も、これには納得した様子。
しかし問題は、ここからなのだ。
「仮にイクシスさんを主人公だとすると、ラスボスは魔王。そしてそれを倒して以降はアフターストーリーってことになるのかな。私たちと出会って白のモノリスを見つけたのも、勇者の物語の続きである、と」
「一応辻褄は合う気がする」
「グル」
「そうなると、やはり篩の迷宮や虚ろなる塔には、魔王を超える脅威が潜んでいると考えるべき、か」
この場合、エンドコンテンツ序盤の推定脅威度が魔王レベルで収まったと、プラスに捉えるべきなのだろうか。
とは言えそれでも、精々が不幸中の幸いでしかないけれど。
しかし、である。
「では、ミコトさんを主人公だったと考えた場合どうなりますか?」
「天使様こそが主人公です!」
「です!」
「なのです!」
「流石にちょっと恥ずかしいんだけど……ええと……私にとってのラスボスっていうのは、多分まだ出会ってない何者かだと思うんだよね。むしろ、特に出会う予定もないっていうか」
「仮にそれが、魔王すら凌駕する力の持ち主だったら……」
「……あんまり考えたくないけど、その時はエンドコンテンツのレベルも相応に跳ね上がることになるよね」
そんなのはもう、きっと赤の五つ星には収まらないだろう。
星の色がもう一段階、下手すると二段階くらい変わって、インフレを起こしたヤバい奴らがゴロゴロした、頭のおかしいコンテンツってことになる。
「だけどそうなってくると、普通の人間が幾ら鍛えまくったところで力の及ばない、破綻したゲームになると思うんだ。イレギュラーの登場を前提にした設定っていうか、難易度調整に失敗してるっていうかさ。クリアできるからこそゲームは成り立つっていうのに」
「? なによそれ、つまりどういうことよ? あんたは主人公じゃないってこと?」
「魔王を超える脅威ってだけで、普通の人じゃどのみち手に負えないと思うんだけど」
「この世の終わりです~」
「うーん……」
そもそもの話、一般人ではエンドコンテンツは疎かラスボスにだって太刀打ち出来ない。出来るはずもない。
一見すると、それはそう。疑問の介在すら許さない当たり前の話ではある。
何せ一般人とは言わないまでも、何処かの誰かが勝手にラスボスを倒してしまっては、主人公の存在は忽ち不要になってしまうから。
だからゲーム世界に於いて、ラスボスを倒せるのは主人公をおいて他に無いはずなのだ。
でもリアルなこの世界で言うと、そこの所ちょっと不自然というか何というか。違和感を感じる部分のように思える。
だってそうだ。仮にイクシスさんが魔王を倒せてなかったとしたら、この世界って滅んでたことになるもの。
それはつまり、ゲームのようなこの世界が終わることを意味していたんだろう。
言うに事欠いて『プレイヤー』なんてジョブを携えた私がやって来る、その前に。
単にイクシスさんたち勇者PTが必死になって救った世界に、たまたま私がやって来て、そのジョブが偶然プレイヤーだった、とか。
そんな偶然の重なりだっていうんならそれでも良いんだけど。
そこには何だか、言い知れない引っ掛かりのようなものを感じる。予定調和、みたいな大きな力の働きとでも言おうか。
そもそもイクシスさんは、『主人公だから』って理由で魔王を倒せたのだろうか。
もし、そうじゃないとしたらどうだろう。
つまり、主人公だから魔王に勝てたわけじゃなく、魔王に勝てたからこそ主人公なんだとしたら。
もしかすると、イクシスさん以外の誰かが主人公としての大役を果たした。そんな世界線もあったんじゃないだろうか?
事実、イクシスさん以外にも魔王と対峙し、激戦を繰り広げるところまで行ったメンバーは居たんだ。サラステラさんとかレラおばあちゃんとか、それにカグナさんとか。
要するに、イクシスさんでなくたって魔王は倒せたかも知れない。
それは言い替えると、『魔王が討たれるまで主人公は未定だった』ってことにはならないだろうか?
或いはイクシスさんが主人公だなんてものと関係なかったとしたら、それこそ『主人公なんて関係なく魔王は倒せた』ってことになる。
魔王が果たしてラスボスだったかどうかは不明なれど、何にせよそこには『誰にでも魔王を倒し得る可能性は存在した』という事実が残るのではないか。
であるならば、だ。
エンドコンテンツにだって、主人公など関係なく誰もが挑み、そして攻略できる可能性があって然るべきだと。
ゲームのような世界だからこそ、私はそんなふうに思うのだ。
そうでないとしたら難易度とリアリティの整合性が取れないように感じる。まぁ、なんだかメタ読みのような考え方ではあるのだけれど。
しかし。
実際問題、一般人がもしエンドコンテンツや魔王辺りに勇ましく立ち向かってみたところで、瞬殺されることは目に見えており。何をどうしたって勝ち目は無いだろう。
それこそ、主人公疑惑のあるイクシスさんが辿ったような、過酷で特別な道筋でも踏み越えて行かない限り、きっと魔王を倒すほどの力には届かなかったはず。
そうした意味に於いては、やっぱりイクシスさんには主人公補正的な何かが働いていた、と考えるのが自然なように思えるけれど。
そうすると、イクシスさんや勇者PTでなければ魔王は討伐出来なかったって可能性は、否定できるものではないか。むしろ彼女たちが特別だったのは間違いないことなのかも。
ではやはりイクシスさんは主人公だった? とするとエンドコンテンツっていうのもそんな彼女たちが挑むべく用意されていたもの……?
でも待って。そうだとするなら別の疑問が出てくる。
白いモノリスへの道を示したのは、私のへんてこスキルだった。これは一体何を意味してるんだろう?
私はイクシスさんたちをエンドコンテンツへ導く、それこそNPCのような役回りだった、とか? プレイヤーなのに?
しかしだとすると、イクシスさんと出会うことすらない周回の私がいた事への説明はどうやってつける?
それに私が周回を繰り返してたり、毎回生まれる場所が違う理由も不明だ。
何かの手違いでそうなってるとか? いや、流石にそんなことはないと思うけど。
だとしたら一体……。
うーん……。
そう言えば。
前にも思ったけど、プレイヤーは『育成』に秀でた側面も確かにある。
ってことは、つまり……。
「もしかして私なら、エンドコンテンツに対応できるくらいに、イクシスさんやみんなを強く出来る……?」
そんな私のつぶやきに、周りは小さく色めきだった。
一番の食いつきを見せたのはクラウである。
「そ、その話詳しく!」
と、前のめりになって問うてくる彼女をどうにか落ち着かせ、私は考えを整理しながら口を開いた。
「あくまで憶測でしかないんだけど、モノリスは明らかに私の知ってる『ゲーム』の概念に通ずるコンテンツを用意しているように思うんだ」
「それは、『アップデート』や『エンドコンテンツ』のことだな?」
「うん。そしてもしこれが勘違いでないとすると、ゲームである以上誰もクリア出来ないような調整はされていないって考えるのが、ゲーマーとしてはしっくり来るんだよね」
「今更だけど、大分強引な理屈よね」
「だから憶測なんだって。話半分で聞いてくれればいいよ」
リリの指摘には苦笑しか出ない。
そもそも、リアルをゲームと混同して捉えるような考え方を前提に持って来ている、来ざるを得ない辺りからしてヤバいのだ。到底普通じゃない。
それでも、眉唾でもなんでも、今は考えつくだけマシというもの。確認や検証は後からやればいいだけの話。
今は馬鹿げた想像だろうと何だろうと、それらしいと思ったことを言葉にするだけである。
「ミコト、続きは?」
「ああ、うん。少なくとも、エンドコンテンツをクリアできる『誰か』は存在すると思うんだ。そうじゃなきゃ、敢えて『エンドコンテンツ』だなんて言葉は用いないはずだから」
「誰か、か。もしかしてそれが『主人公』というやつなのだろうか?」
「そうだね、筆頭候補だと思うよ。だけど私は、主人公じゃないとクリア出来ないとまでは思わない」
「何故なのです?」
「だって私、主人公を省いた最弱キャラ縛りで、とあるゲームのエンドコンテンツまでクリアしたことあるもん」
主人公をはじめとした強キャラたちはPTから外したり、早々に自滅させて戦闘不能にしておいたり。
そうして最弱キャラだけが戦える状況を作って、エンドコンテンツに当たる裏ダンジョンを制覇するっていう、凶悪な縛りで遊んだことが何度かある。勿論先人の知恵には頼らずに。
それはもう、大変な労力が掛かるが、それでもやってやれないことはなかった。
「きっとモノリスやエンドコンテンツなんかを配置したのは、余程ゲームに精通した、ゲーム好きの何者かだと思うんだ。多分神様とかそういう存在なんだろうけど、そんなゲーム好きな神様が変に遊びの幅を狭めるとも考え難いもの。だから、主人公でなくともエンドコンテンツに挑戦して、あまつさえクリアまで成し遂げられる可能性は低くないんじゃないかって。私はそう思ってる」
まぁ、これこそまさに暴論とでも言おうか。言うに事欠いて神様だものね。宗教家の人にはとても聞かせられない……って聖女さんいますけど!
覆水盆に返らず。吐いた唾は呑めぬ。失言に気づき今更になってあたふたする私。
けれど、存外その聖女さんもココロちゃんも、他の皆だって私の話を真面目に聞いては、きちんと検討してくれたようで。会議室には少しの沈黙が漂うのだった。
すると、不意に静寂を破ったのはイクシスさん。
「仮にミコトちゃんの言うことが正しかったとしてだ。ならば具体的に、どのようにして力をつけようと言うんだ? 先にもあった、成長限界の問題もある。この私も、今からではどれほど努力しようとほぼ成長は見込めぬだろうし、そんな実力ではエンドコンテンツに太刀打ちも出来ないだろう」
「うん、まぁ、それなんだけどさ……」
私は次の言葉を言うべきか悩み、逡巡した後。
言うだけならタダ。共有は大事だと自身に言い聞かせ、口を開いた。
「『レベルキャップ解放』っていう概念が、ゲームには存在してるんだけど」
「! ミコト、それはまさか……」
「成長限界を引き上げる、ということか……!?」
「これまた憶測! 憶測だけどね! 過度な期待はしないで!」
イクシスさんの目の色が明らかに変わったのを見て、私は慌てて予防線を張り直す。
成長限界に悩む人にこそ、レベルキャップ解放だなんて言葉は強く響くだろうから。
もしもこの世界にその概念が存在しないなら、私の言はとんだ思わせぶりの迷惑発言ってことになる。
それは如何にも申し訳なく、だからこそ言うべきか悩んだのだけれど。
しかし口に出してしまった以上、私はきちんと説明を続けることにした。
「ゲームによって、レベルキャップ解放の条件は様々だよ。例えば物語の進行に合わせて、徐々に開放されていく場合もあれば、ソシャゲなんかでよくあるように同じカードを重ねたり、特定の素材アイテムを集めたり」
「物語の進行、ですか。いまいち何を基準にしているか不明ですね」
「同じカード? っていうのもよくわかんない」
「特定の素材……仮にそれを集めたとして、どのように使うのでしょう?」
何れにしても、リアルなこの世界に於いてはしっくりこないようだ。
そんなみんなの反応を見つつ、私はもう一つ、レベルキャップ解放の例を口にしたのである。
「あとは、そう。『アップデート』とかね」
「!!」
MMORPGに於いてはよくある話。
レベルの上限が引き上がり、キャラが育ち切って退屈していたプレイヤーたちに成長の喜びを提供する、大型アップデートの定番。
そして奇しくも、この世界にはあるのだ。
アップデートを司る、モノリスという不思議な物体が。
「アップデートが、成長限界を引き上げる……?!」
「そういう可能性もあるっていう話。そう言えばイクシスさん、アップデート後にちゃんと鍛錬してみた? 強敵と戦ってステータスが上がるかどうか試したりは?」
「し、してない。勿論普段の鍛錬は欠かしていないし、仕事でモンスターは倒しているが、強敵と言うほどの相手とはやり合っていないな……」
「だとすると母上、まさか……!」
「だ、だからあくまで可能性の話。過度な期待はダメだよ!」
「それでもいい、ミコトちゃん! 私を特級危険域へ!!」
「ガウガウラ!」
斯くして、私たちは机上の空論を携え、特級危険域の只中へ舞い戻ったのだった。
寡黙な作者ですけど、誤字報告のお礼くらいはさせてくださいな。
ってことで、今回も的確にご指摘を受けてしまいました。ぐぅの音も出ないぜ……。
修正適用させていただきました。感謝!




