第六八二話 ラスボスとは
白モノリスのウィンドウに続きのページがないことを確認した後、私たちは転移にてそそくさとイクシス邸へと引き上げた。
視界が転移室の内装を映した途端、何時にない疲れを覚えてため息が出そうになる。
きっと体と言うより、心が疲弊したんだろう。
それだけ白のモノリスが齎した情報は、ただならないものばかりだった。
調査というのであれば、篩のダンジョンとやらのレベルくらい確認してくるべきだったのかも知れないが、それを躊躇ってしまうくらいには危険な匂いがしたんだ。
他の皆もくたびれた様子であり、殊更蒼穹の地平の顔色は良くなかった。
普段彼女たちが戦っている以上の強敵が跋扈するフィールドに、未知の脅威を匂わせるモノリス。
他のメンバーより精神的に疲労するのも、仕方のないことだと言えるだろう。
取り敢えず、食べそこねていた昼食を摂るべく食堂へ向かい。
今日も今日とて美味しい料理に舌鼓を打てば、ようやっと張り詰めていた空気も幾分かの弛緩を見せ。
さりとてモノリスの話題は一旦遠ざけ、私たちは正しく気分転換に努めたのだった。
そうして食休みを挟んだ後、例によって会議室へと集う私たちである。
何時になくゲンナリとした空気の漂う中、皆が定位置へと収まっていき。
イクシスさんもマジックボードの前に立つと、早速口を開いた。
「さて、先ずはざっくりと状況のまとめから始めるとするか」
そんな言葉から始まったのは、ここまでの振り返りである。
彼女の語りは、アップデート後の発見に触れるところから始まった。
「事の起こりはミコトちゃんのアルバムスキル内にて、謎のページが発見されたことだった」
通称『鍵のページ』。
詳細不明の怪しげなページであり、表示されているのは三つのアイコン。
錠前の形をしたそれは、何故か三つの内一つが解錠された状態で表示されており。
何らかの条件を満たして残り二つを解錠した時、きっと何かが起こるのだろうと。ページを見た私たちは、そんな漠然とした予感を覚えたのである。
そしてそれはきっと、私という存在の謎を紐解くためのヒントになるのだろうと。そんな期待もあった。
「だが、解錠の条件に関しては不明であり。その辺りのヒントに期待する意味も込めて、骸の発見に力を入れようかという頃、ミコトちゃんの習得済みスキルの中に、見慣れぬ名が紛れていることが判明したのだったな」
「【失せ物探し】の発見は私のお手柄です」
「自分で言うんだ……」
恐らくだけど、アップデートを機に出現した鍵のページと失せ物探し。
白のモノリスに繋がる活動は、およそこのスキルの効果を検証するところから始まったんだ。
失せ物探しのスキルは、マップスキルと連動することから、へんてこスキルの一種であると思われ。またその効果も、失せ物の場所をマップで知らせてくれるという、なかなかに便利なものだった。
それから何やかんやと調べているうちに、ふと一つの仮説が浮かんだのである。
即ち、このスキルはキーパーソンを見つけるのに使えるんじゃないか、という説だ。
早速試してみたところ、何とこれが見事に当たり。キーパーソンが私の目に光って見えることが分かった。
この発見を機に、私たちは本格的に骸探しへ力を入れ始めたのである。
そうして活動すること、約一ヶ月。努力の甲斐あって、私たちは数体の骸を発見、撃破することが出来たわけだけれど。
その過程で一つ判明したことがある。
それは、弱い骸が残す最後のメッセージは、得てしてヒントとしての意味を果たさないということ。
理由としては、それが次の周回へのヒントになると気づいていないことや、そもそも大した情報を得られていないことなどが考えられる。
つまり、有益なヒントを得るためには強い骸を倒す必要がある、というわけだ。
しかし強い骸というのは、存外なかなか見つからず。
かくなる上はキーパーソンだと判明しているイクシスさんに、キャラクター操作を使うことも視野に入れるべきか、なんて空気が流れ始めた頃。
そんな折に現れたのが、刀の骸だった。
「刀の骸には、不覚ながら私も一太刀もらってしまった。まさか剣や防具ごとスッパリ斬られるとは思わなかったな……。その節は、斬られた剣を直してくれたこと、感謝の念に堪えない」
「いいよいいよ、完全装着の効果を使えば簡単だったもの」
「へぇ、そういう使い方も出来るのね。今度私も頼もうかしら」
刀の骸は強敵だった。少なくとも、イクシスさんに手傷を負わせるくらいには。
しかも特級危険域のだいぶ深い位置に眠っていたし、戦ってみた感じ過去最強なのは間違いなかった。
苦戦した末にどうにか破りはしたものの、戦闘の反動で向こう一週間はベッドでの生活を余儀なくされた。
それ程に大変な相手だったことから、彼女が齎したヒントは相応に重大なものだったと言えるだろう。
「刀の骸から得たヒントにより判明したのは、『検索機能』の存在だった」
「見つけるのに苦労しましたね……よもやウィンドウスキルの中に、この私が把握していない機能があろうとは」
「ミコト様を差し置いてとんでもない言い草なのです。って言うか第一発見者はアグネムちゃんですし」
「えへへ」
「再現方法を割り出したのは私でしょうが!」
検索機能は、ウィンドウ系スキルをより便利にする隠し機能であり、単語を入力してやることでそれにまつわる機能や情報を一瞬で表示してくれるという、PCやスマホなんかに付いているそれに近しいものだった。
そして、そんな検索機能に私は『隠しコマンド』と入力し、検索したのである。
その結果出現したのが、これまで見たこともないタイプのアイコン、通称『シークレットアイコン』だ。
特級危険域に現れたそれを調査するべく、私たちは現地に向かった。それが今朝のことであり。
「そうして見つけたのが、白のモノリスだ」
モノリスに触れてみたところ、表示されたウィンドウには
・虚ろなる塔
・エンドコンテンツ
・旅の終着点
・真実の在り処
・資格者の証
・篩の迷宮
と言った気になる情報が幾つもあり。
中でも『エンドコンテンツ』という言葉から、この先にあるものが恐らくは、これまでと次元の異なる脅威であると推測した私。
皆にそれを伝えたところ、結果としてこうして引き上げてきたという形になる。
「思えば今回のモノリスは、黒いやつとは違いアップデートを司るものではなかったようだ」
「対となるキーオブジェクトは存在するみたいだったけどね」
「恐らくは『虚ろなる塔』と関わりがあるのでしょう」
「準備もなく飛び込むのは、やっぱり危険だろうね」
ともあれ、現在までの振り返りは一通り終わり。
会議室内には再び、なんとも肩のこりそうな空気が漂っている。
そんな中、イクシスさんが私たちへ向けて問いを投げてきた。
「さて諸君。ここまでの状況を振り返り、鑑みて、何か気づいたこと、思ったこと、気がかりに感じたことなどはあるだろうか?」
これを受け、先ず手を上げたのは蒼穹の地平。
改めてモノリスとは何か、アップデートとは何か。私たちは何処まで知り、関わっているのか。そういったことを根掘り葉掘り尋ねられてしまった。
ちょうど振り返りを行ったタイミングである。説明するのにも都合が良く。
改めて口外を控えるという約束を交わした後、私たちは王龍戦後の出来事を今度こそしっかりと、彼女たちに語って聞かせたのだった。
結果、白のモノリスの件も相俟って、あまりに現実離れした内容に困惑を隠せない蒼穹の面々。
しかし白のモノリスに関しては、ついさっき実際自分たちの目で見てきたこと。疑うわけにもいかず、自然と彼女たちの口数は減っていった。
それを見計らい、「では、他になにかある者は?」と皆へ向けての再度の問いかけをするイクシスさん。
けれど、なかなか手は上がらず。誰もが考え事に耽って見えた。
それも無理からぬ事だろう。
今回見つかった衝撃的な情報もそうだけど、そもそもの話、スキルがモノリスなる謎の物体の在り処を知らせ、それが得体の知れないダンジョンや、未知なる脅威の存在を仄めかしてきたのだ。
その時点からして既に、明らかに常識から逸脱した異常事態である。
モノリスが正体不明とかいう以前に、それへと導いた私のスキルが意味不明だもの。
皆から感じられる、ミコトって一体何なんだろう?
という疑問の念はますます深まったようだし、私自身だってそう。自分のことが分からなすぎて、もはや怖いとか心細いとか言ってる場合ですらない。
私は私に対して興味津々ってなもんだ。
でも、敢えてそれを声に出す者はなく。あるのはただ、何とも言えない沈黙ばかり。
そんな、クエスチョンマークが飛び交う会議室の中、注目を浴びたのはオルカのふと放った一言で。それは
「結局『ラスボス』は、魔王ってことでいいの?」
という、今更というか、今だからというか。そんな確認の問いかけだった。
しかし、存外それはものすごく重要な質問でもある。
「ラスボスの強さは、エンドコンテンツの脅威度を測る一つの目安になると思う。だから、その部分は改めて分析してみるべきだって思うよ」
「なるほどな……」
「なら先ずは、ラスボスとやらの定義について教えてよ」
「む。ラスボスの定義か……」
案外難しいことを訊いてくるレッカである。
これに答えられるのは、ゲームを知る私をおいて他に無く。だからこそ皆の視線がこちらへと集まるのは、自然なことだと言えるだろう。
腕を組み、考える。改めて問われると、パッとは出てこないものだ。
「取り敢えず、ゲーム本編の最後に戦うことになるのがラスボス。つまりは『ラストボス』なわけで」
「ゲーム本編……」
「それも謎ですよねー。そもそも我々にとっては、そのゲームだなんてものがよく分からないんですから~」
「この世界を物語に喩えると分かりやすいのでは?」
「だとしても、何処からが始まりで、何処を終わりとするの?」
「終わった先には何があるんでしょう?」
「そも、魔王がラスボスだとするなら、ここは既に終わった世界ということにならないか?」
「ひょっとして、ラスボスはまだ何処かに存在していたりするのです?」
「グルガルゥ」
「あぁ、やっぱりこうなるか……」
それはそうだ。『エンディングの後』だなんていうのは、ゲームでなくとも物語に於いて定番の概念であり。
エンディングが終われば世界は終わる、なんて唱える人もあれば、我々には観測できないところで続いていくのだ、という人も居る。
だからはっきり言って、ここがエンディングの前か後かなんて分からないし、ひょっとしたら続編の本編中だって可能性もある。
兎にも角にも、この世界を物語に例えてみたところで、結局の所『よく分からない』という結論にしか行き着くはずもないのだ。
しかし、そんな混沌の中にあって、声高に叫ぶものがあった。
聖女さんである。
「この世界を物語と喩えるのであれば、『主人公』の存在もあって然るべきです。なればそれに最も相応しいのは、天使様をおいて他にあり得ません!!」
お、おぉぅ。である。
なんか最近、誤字警察さん増員されました……?
今日なんて「それ見つけてきますか!」って感じの誤字脱字を、それぞれ的確に狙い撃ちされてて。純粋にすげぇ! ってなりました。すげぇです!
ってことで、修正適用させていただきました。感謝!
あと、別に誰に怒られたとかではないんですけども。
近頃後書きでワイワイ騒ぎすぎましたね。すみません、テンション上がってしまいまして。
本来は寡黙な作者なのです。自重します。はいー……。




