第六八一話 篩
「ごめん。意地の悪い質問をしたね」
意外なことに、クオさんがそんな謝罪を口にした。
モノリスの提示した、如何にもきな臭い虚ろなる塔の情報。エンドコンテンツというワード。
これを受け、もしもこの場の全員が一斉に手を引き、踵を返すことになったなら私はどうするのかと。
そのように問うてきたクオさんだったけれど、よもやそこで「ごめん」が飛んでくるとは思いもしなかった。
だって、クオさんと言ったら蒼穹の地平でも常に一歩引いて、物事を俯瞰した位置から眺めている印象のある人だもの。
この怪しさしかない現状にあって、『皆をサポートする』だなんて宣言をした私に対し、そうした問を投げるのは彼女らしいとすら思うのだ。
だから、謝罪というのはちょっと意外なことで。
しかし、すぐに納得を覚えた。
聖女さんとアグネムちゃんが、ものすごい顔でクオさんを見ていたから。
後にしこりを残さないために先手を打ったってことだろう。流石強かだなぁ。
しかしそういうことなら、私も謝罪を受け入れておいたほうが良いだろう。
「気にしないで。信憑性に乏しい話だけど、この件はもしかするととんでもない大事かも知れないもの。もしそうなら、ここは分水嶺だよ。クオさんにもみんなにも、虚ろなる塔を探すのか、それともここで手を引くのか、冷静に考えて慎重に判断してほしい」
クオさんだけに限らず、皆へ向けてそのように述べれば、しかし存外返事は早くに返ってきた。
先んじて口を開いたのはオルカで。
「水臭い。私はミコトと一緒に居るって決めてる」
という嬉しい言葉に続くように、鏡花水月からは協力的なコメントが述べられた。
「妻として当然、お供しますよ」
「ミコト様をお護りするのはココロの役目なのです!」
「いやいや、護ると言えば私の仕事だぞ。エンドコンテンツ上等じゃないか!」
「ガウガウラ!」
本当に頼もしい仲間たちである。
他方で他のメンバーたちはと言えば、流石に事が事なだけに即答は出来かねる様子だった。
ただしイクシスさんだけは異なり。力強い決意の瞳で言うのだ。
「正直なところ、魔王を超える脅威と言われたなら動揺は禁じ得ない。だが、クラウのママとして。勇者として。そして、ミコトちゃんたちの友として、引き続き協力は惜しまないと約束しよう!」
クラウのお母さんとしての見栄。勇者としての立場やプライド。育んできた絆。
何が決め手になったにせよ、彼女が力を貸してくれるというのであれば百人力どころの話ではない。勝ったなガハハである。有り難い話だ。
そんな具合に、エンドコンテンツ『虚ろなる塔』についての話は、ここで一区切り。
調査や挑戦をするにせよしないにせよ、とにかくその所在については確認する必要があるとして、一先ず帰ったなら皆で情報を集めてみようということになった。
これが根も葉もないデタラメであったなら、きっとそれに越したことはないのだ。
旅の終着点や、真実の在り処。虚ろなる塔がデタラメだったなら、この一文も同じく嘘っぱちだったってことになるのだろう。
そう考えると正直残念ではあるけれど。それでも、危険が無いのならそれに越したことはない。
ぶっちゃけた話、そもそも私に関する真実なんて、一生分からなかったとしても別に大きな支障があるわけでもないのだ。
こう言っては自惚れになるかも知れないけど、私は既にこの世界で生きていけるだけの力を得ている。
右も左も分からなかった、新米冒険者のあの頃とは違うんだ。
だから、たとえ私の正体が何者であったとしても、それを突き止めるでもなく心躍る冒険者ライフに身を投じたり、穏やかなスローライフに身を委ねても、まぁ構わないっちゃ構わないのだ。
ただ、一生の気掛かりが残るだけっていう。それだけの話。
ならば当然、そんなことに大切な友人たちの命をかけるだなんてことは、あっちゃいけないわけだ。
だから、エンドコンテンツなんてものが本当にデタラメだとしたなら、きっとそのほうが良い。
オルカたちはああ言ってくれたけれど、果たしてその言葉に甘えて良いものか、というのはよく考えるべきところだろう。
もし本当に虚ろなる塔が実在するとして、しかも想像通り、或いはそれ以上にヤバい場所だったとして。
その上でどうしても気掛かりで仕方ないっていうんなら、宣言通り私とゼノワで動くべきなんじゃないかとも思うんだ。
みんなには怒られるかも知れないけど、流石に仲間だからって理由だけで付き合わせていい場所じゃないだろう。
或いは、もしも体よく皆が、案ずるだけ失礼ってくらいの大きな力を得たとしたなら、また話も変わってくるのだろうけれど……。
なんてこっそり物思いに耽っていると、不意にレッカが場の空気を変えるように口を開いた。
「ところで、今回はそのウィンドウ、スワイプできないの? 前は他のページもあったでしょ?」
「おっと、そうだったね」
彼女の言うとおり、以前見た黒のモノリスが示したウィンドウは、スワイプにてページ送りが可能だった。
ならば今回も、このTips以外に何か書いてある可能性は十分に考えられる。むしろそっちが本題ってこともあり得る話だ。
一ページ目からして衝撃的な内容。なればこの先にどんな驚くべきことが記されているのか。
緊張しながらも、私は皆を代表してウィンドウへ手を伸ばす。
そして、恐る恐る右から左へ指をスイッと動かしてみれば……。
「おぉ」
「これは……」
「鍵の情報、のようですね」
──────
当モノリスと対となるキーオブジェクト
・資格者の証
──────
目を丸くしているのは蒼穹の地平だ。
何せ彼女たちは、モノリスやキーオブジェクト、そしてアップデートについてすら話に聞いたばかりであり、こうしてモノリスがキーオブジェクトを求めるシーンに出くわしたのなんて、これが初めてになるのだから。
そう、リリたちにはここに来る以前に、大まかになれど事情を話してしまっている。
もとより私に関する事情もある程度知っており、加えて王龍と戦うことについてもそれとなく話した上で、蒼穹には特訓中疎かになる仕事を請け負ってもらったのだ。
であれば必然、王龍戦の顛末も聞く権利があるとして、その詳細を尋ねられるだろう。そして、その後何があったのかとツッコまれもする。
あたふたとしているうちに、あれよあれよとあれこれポロポロ情報が零れ。
結果、ぼんやりとではあれど、私たちがアップデートに関わっているということまで知るに至ったわけだ。勿論固く口止めはしたけれども。
そして今、私たちの言ったことが嘘ではなかったと。この白のモノリスと、表示されたウィンドウを前に信じてくれた、或いは信じてしまっただろうか。
クマちゃんにすら黙っていることなのに、蒼穹メンバーを連れてきたのは軽率だったかも。
だってまさか、モノリスがあるとは思わないじゃん! 急に蒼穹メンバーだけ送り返しても不自然だしさ……。
まぁ、リリたちの口の堅さは心眼さんの保証付きだし、乗りかかった船って感じもする。いや、乗られかかった船かな?
何にせよ、半端に情報を与えちゃうより、いっそ事の重大さはきちんと知っておいてもらったほうが良いのかも。口止めもしてあることだし、大丈夫だろう。
それより問題なのは、案の定このモノリスも『鍵付き宝箱』だったことだ。
前回の黒いモノリスは、アップデートだなんてとんでもない代物を収めた宝箱だった。
ならば一体、この白いモノリスは何をその中に収めているというのか。
前回と同じだとすれば、それに関しても情報が記載されているはずなのだけれど。
私は皆へ目配せすると、更に指を動かしウィンドウを次のページへと切り替えた。
──────
篩の迷宮をアクティベートしますか?
YES/NO
──────
「な……っ?!」
予想と異なる内容に、私をはじめ皆が驚きの声を漏らす。
黒のモノリスの時は、確かここでアップデートの内容が語られていたはずなのだ。
ところが今回現れたのは、得体の知れない確認メッセージ。
私は皆へ振り向くと、一先ず率直に問うた。
「これ、何……?」
返ってきた答えは勿論、「訊くな。知らん」である。
ともかく、私たちは一旦モノリスから距離を取り、自然と輪になって意見交換を始めた。
「『篩の迷宮』か……また聞き慣れない名称が出てきたな」
「名前からして、何かを篩いにかけるための迷宮、ということなのでしょう」
「何かって何ですか~?!」
「そりゃ、その迷宮とやらに足を踏み入れたやつをってことでしょ」
「ってことは、もしかしてダンジョンってことかな?」
「だとすると、過去に類を見ない新たな特殊ダンジョンだろうか。興味深くはあるが、ヤバい臭いがプンプンするな」
「虚ろなる塔と違って、こっちはすぐにでも出現しそうだものね」
「ガウラ……」
「もしかすると、問題の虚ろなる塔への挑戦資格を有するか否かを判断するための試練、なのかも知れません」
「! 確かに、対になるキーオブジェクトの名前も、『資格者の証』だったのです!」
存外テンポ良く交わされた意見。その結果、程なくして一つの仮説が成り立った。
即ち。
確認メッセージに『YES』と答えることで、何処かに『篩の迷宮』なるダンジョンが出現する。
それは虚ろなる塔への挑戦資格を問うための場所であり、塔へ挑まんとする者を、文字通り篩いにかけようと言うのだろう。
そしてキーオブジェクト『資格者の証』は、篩の迷宮最下層ないし、迷宮の何処かに隠されている可能性が高い。
それを持ち帰り、白いモノリスへ捧げることで……何らかのアップデート、もしくはエンドコンテンツ『虚ろなる塔』が出現する、という仕組みなのかも。
──というのが、話し合った内容をまとめることで見えた、白いモノリスにまつわる仮説である。
勿論推測ではあるけれど、それを単なる妄想だ、だなんて鼻で笑える者は、少なくともこの中に一人として居やしなかった。
「さて、どうしようか」
私の問いかけに、皆の表情はまたも険しく。
それだけよろしくない予感を、ひしひしと白いモノリスからは感じるのだ。
何なら黒いモノリスの時よりずっと、嫌な感じがしている。本能的な忌避感、とでも言うべきか。
安易に近づいちゃいけない何かがそこにあるような、そんな気がするのだ。
きっと皆も、同じ感覚を覚えているのだろう。
だからこそこうして、態々白いモノリスから距離を空けて話しているんだ。
「篩というのであれば、寧ろ都合が良いのではないか? 虚ろなる塔とやらの脅威度を測るための試金石になるかも知れない」
と、強気なことを言うのはクラウ。しかし言葉に反して、表情は硬い。
けれど確かに一理あるとは思う。篩の迷宮に出現するモンスターや、仕掛けられたトラップの脅威度。
そういったものを確認することが出来れば、それよりも上位に位置すると思しき虚ろなる塔のレベルも、薄っすらと見えてくるはずである。
ただし、これには問題が在るのも事実で。
「だけどもし、篩の迷宮が私たちの手に負えないようなダンジョンだったらどうするんですか~?!」
「そうだね、最悪生きて帰れないかも知れない」
「あまり考えたくはないけど、転移系スキルを封じるような仕掛けが施されてる可能性も考慮するべきだと思うよ」
「その上、もしも迷宮がこの辺りのモンスターの脅威度にも影響を及ぼすとしたら、ただでさえ赤の四つ星もある奴らがどうなるか……」
考えれば考えるほど、リスクの高さが浮き彫りになる。
少なくとも、赤の四つ星を脅威だなんて言ってるレベルでは、とてもじゃないが挑むべきではないのだろう。
皆の渋い表情も、如実にそれを物語っていた。
ならば、決断しなくちゃならないだろう。
「仕方ない、今日のところは帰ろう。そしてレベリングをします!」
斯くして私たちは、篩の迷宮のアクティベートを先送りにし、出直すことを決めたのだった。
調査としては十分か不十分か、何とも微妙な所。
釈然とはせずとも、無事に帰れるという安堵はあり。
改めて私は、ヤバい何かと繋がっているのだと。
そんな確信を覚えたのだった。
ご、誤字報告がまだ届くんですけど……?
ああいや、感謝してます! ありがとうございます!
ありがとうございますけども! 誤字、なくならないなぁ……。
それから一応、念の為にここらでご注意をば。
時折たらふく寄せられては、悲鳴を上げさせられる誤字報告ですけれど。
しかし稀に、本当に稀に、「あの、すみません、これ実は故意にこう書いてるんです」っていうものもあるんですね。
なので、そういう場合は修正を適用しかねる場合もあります。心苦しいのですけれど、どうぞご了承いただければと。
まぁ現状、そういう事例は一割どころか一分……いえ、一厘にも満たない稀有な例ですけれども。
そういうこともあるかもね、くらいに覚えておいていただけますと助かります。はい。
また、作者の意図した表現が伝わらなかったからと言って、「こんな報告が届いたぜ!」なんて具体例を挙げたりもしません。
そんなのは、作者も報告を寄せてくださった方も、双方ダメージですもんね。
なので、修正は裏側でこっそりと行われます。
ですんで報告しようか迷われているという方は、どうぞご遠慮なさらず!
それと一応、言うまでもないこととは存じますが、マナーだけは遵守の上でよろしくです。
あんまりヤバい人はブロックしちゃうのでね! その点もご理解ご了承いただければと存じます。




