第六八〇話 高すぎる壁
いくらこの世界がゲームっぽいからって、まさかエンドコンテンツまで用意されているとは。
という何処か他人事めいた驚きが先ずあり。
同時に、衝撃的な事実へ直面した当事者としての絶望感を味わった私である。
ダブルパンチ。一粒で二度美味しい……いや、美味しくはない。寧ろ劇物だ。
まさに、砂でも噛んだような表情を皆と一緒に浮かべながら、唐突に課された難題に頭を抱えたくなった。
最低でも、魔王以上の力をつけなくちゃならない。場合によってはもっとだ。
それってつまり……イクシスさんすら凌ぐ力が必要ってことじゃないか。
とんでもない無茶振りである。
や、うーん。正直な話、二重宿木にまじかる☆ちぇんじまで積めば、流石にイクシスさんにも負けないとは思うんだ。
だって、スキルによる防御が不可能な精霊力由来の超火力をぶん回すのだもの。幾らイクシスさんだって、こればかりはどうしようもないはず。
けど、なら他の皆はどうか?
精霊の力を扱えない皆は、自力でイクシスさん超えを果たさなくちゃならないわけだ。
確かに驚異的な急成長を見せた彼女たちではあるけれど、しかし果たしてそれが何時まで、何処まで続くかは分からないのだ。
イクシスさん曰く、限界突破にてステータス100の壁を越えたからと言って、無限に成長できるのかと言えば、そういうわけではないそうで。
事実当のイクシスさんですら、自身の成長に限界を感じているのだと。
今も元気に特級危険域を放浪しているサラステラさんだって例外ではないらしく、彼女は必死に自身の限界に抗い続けているのだと言う。
死ぬほど努力しなくちゃなかなか上昇しないステータスなのに、最後に物を言うのは素質の高さである、だなんて。こんなに遣る瀬無い話もない。
この場にいる皆は、揃いも揃って常人離れした素質を有している者ばかり。その点に関しては今更疑うべくもないことなのだけれど。
しかし比較対象を勇者としたなら、彼女より優れた素質を持っているとはなかなか言い切れないというのが正直なところだ。
だとすると、イクシスさん超えというのは土台無理な話なのだろうか?
それともひょっとして、成長限界っていうのは存外、似たような領域に落ち着いたりするものだったり……例えば、誰であろうと全てのステータスを上限まで鍛えた時、それらの値を合算すると必ず特定の数字になる! みたいな法則が隠されてるとか。
もしそうなら、誰もが最終的にはイクシスさんに匹敵するだけのポテンシャルを秘めてるってことになるけど。しかし果たしてそう都合の良い仕組みになっているのかどうか……。
何にせよ、である。
「もしエンドコンテンツに挑戦するっていうんなら、やっぱりイクシスさん並みの力は全員が持っておかないと苦しいと思う。そのイクシスさんが既に成長限界に達しているっていうんなら、最低基準はそこ。つまり成長限界への到達こそが、満たすべき水準ってことになるんじゃないかなって」
とんでもないことを言い出す私へ、皆から困惑したような視線が集まる。しかし語った内容はしっかりと咀嚼してくれたようで。
その上で、やはり苦そうな顔をする皆である。
無理もない。簡単に述べてはいるけれど、それを達するためにどれ程の時間と努力が必要になるかを思えば、眉根に皺の一つも寄ろうというもの。
それ以前に、『成長限界』だなんて言葉には誰しもが忌避感を抱いて当然だ。
イクシスさん並みの力が必要。成長限界が最低基準。
なんとも無神経なセリフじゃないか。誰だって才能の限界ってものは恐ろしい。勿論私だってそう。
どれだけ努力しても何ともならないような事にぶつかるのって、絶望でしかないもの。まして、道を突き詰めた先でそれに直面するとか……酷い話だ。
そして、私はそれに向き合ってくれと。そう言ったに等しいんだ。比べる相手は勇者イクシスさん。
無茶振りどころの話じゃないよね……。
それこそさっき想像したような、誰しも行き着く先は似たようなものって仕様でも存在しない限り、悲惨なことになってしまう。
必ず落ちこぼれる人が出てしまう。嫌な話だ。
しかし、それでも。
「きっとエンドコンテンツである『虚ろなる塔』には、成長限界を迎えた強者を想定したような、圧倒的な脅威が待ち受けてると思うんだ。現にイクシスさんたち勇者PTは、魔王討伐に際して成長限界にまで至った。なら、それより高い脅威度を誇るであろうエンドコンテンツへ、限界に至るでもなく挑んでどうこう出来るとは思わないほうが良い」
「……本当に、それ程の敵が居るのだろうか?」
「あくまで推測に過ぎないから、断言なんて出来ないけどね。でも、私は居ると思う。少なくとも、刀の骸より強いやつは存在する」
「…………」
問うてきたクラウは黙り。そして皆も同じく沈黙した。
刀の骸と言えば、幾ら姿の見えない相手とは言え、イクシスさんを得物ごとぶった斬るようなやつである。
それ程に力を蓄えた彼女が命を落としたのだ。
刀の骸が誰に、何に負けたのかは分からない。それでも、彼女を殺し得るほどの力ある存在に関しては警戒しておいて然るべきだろう。
そして問題のエンドコンテンツには、それ程の相手が含まれていたとしても何ら不思議ではないのだ。
何故ならそれが、やり込んだプレイヤーを満足させるための、廃人向けコンテンツだから。
態々こうして『エンドコンテンツ』と宣っている以上、確実に生半可ではないのだろう。
であるならば、セオリー通りにレベリングを終えるところから始めて、装備も可能な限りしっかりと充実させる。スキル類もバッチリ鍛え、戦術もガッツリ練り上げて。
そこまでして、ようやっとちゃんとした勝負になるんじゃないかって。
安全マージンを考えるのならば、そのくらいの準備はしておかなくちゃ、とても安心なんて出来やしない。
何せ攻略サイトなんて存在しない世界だもの、情報収集から何から手探りでやる以上、念入りに備えるに越したことはないんだ。
成長限界への忌避感。魔王すら凌駕する脅威への警戒。それらが本当に実在するのか、備える必要があるのかという猜疑心。
反面、力への渇望。未知への好奇心。知識欲。
様々な思いが渦巻き、重たい沈黙となって漂えば、耳に痛いほどの静寂が場を支配する。
確かに情報のソースだなんてのは、この得体の知れない白いモノリスと、同じく得体の知れない私の言だけである。鵜呑みにするには怪しいだろう。
また、成長限界まで鍛えるって簡単に言いはするけれど、そこには当然また、あの地獄のような特訓が待っているわけで。
それを思えば乗り気でなくなるのは当然というもの。
だが、冒険者として力への欲求は誰もが持ち合わせる部分であり。このモノリスが一体何なのか。それを知るためにも、やはり力は必要なのだ。
それを思えば疼くものもある。
が、もしもエンドコンテンツなんてものが推測通りの脅威だとするならば、自分たちの手には余るものなのではないか。きっと、そう考えてる人も少なくないはず。
皆があれやこれやと思考を巡らせ逡巡する中、ふと口を開いたのはココロちゃんだった。
彼女は私へ向けて、徐に問いかけてくるのである。
「ミコト様は、ゲームでエンドコンテンツなるものを幾つも体験されていらしたのですよね?」
「そりゃね。寧ろそこまでやり込まないとクリアした気になんてなれなかったもの」
「では、どうやって攻略をなされたのでしょうか? ココロたちで、その攻略法を再現することは出来ませんか?」
「!」
ココロちゃんの言に、皆が一様に関心を示した。
確かにゲームでの常識がまかり通るならば、ゲームの攻略に基づいた行動をすることで、エンドコンテンツに対抗できるだけの力を手にすることが可能かも知れない。
そのように期待を込めた視線が、私の答えを促してくる。
私は少し思考し、そして言を返した。
「理屈で言えば可能だと思う」
「ほ、ホントですか!」
「でもゲームと現実は違うもの。再現するためにはたくさんの苦労が伴うと思う。本当に実在するのかも分からない虚ろなる塔のために、そこまでの時間や労力を支払うべきかっていうのは、よく考えて決めるべきことだと思うよ」
返答に、一部が眉をひそめる中。
更に問いを投げかけてきたのはイクシスさんだった。
「ちなみにだがミコトちゃん、その攻略法というのはどういったものなんだ? なにか特別なことをするのか?」
「ううん、特別なことなんてなにもないよ。効率を追求しながらレベルを上げて、現時点で揃えられる最高の装備を揃え、スキルなんかで優れた戦術を確立する。そうして出来るだけの準備を整えて、ダンジョンやボスへ立ち向かっていく。やることって言ったらそのくらいさ」
「我々が普段からやっていることと変わらないのだな……。なら、再現するのが大変だというのは?」
「ゲームと現実の違いと、効率の問題、かな。ゲームでは、とにかく色んなものが簡略化を経て表現されていた。だけど現実では、移動一つとっても比較にすらならないほどの時間や労力がかかるし、思いがけないトラブルもつきものだもの。そうなると、当然ゲームほどの効率なんて再現できるはずもない」
この世界の人がどれだけ鍛錬に打ち込んだところで、きっとエンドコンテンツに挑戦できるほどの力は得られない。
だからこそ、それに届き得るほどの力を得たイクシスさんたち勇者PTは、大英雄で特別なのだ。
だけど。
「だけどプレイヤーなら……私のへんてこスキルなら、そんな問題を大幅に軽減できる。ゲームと現実の差を埋めて、効率の良い成長を実現させることが出来る。カンストも、強い装備も、優れた戦術も。普通とは比べるべくもない短い時間で揃えることが出来ると思う」
この言葉には、確かな説得力があった。
何故なら他でもない、この場にいる過半数のメンバーが、既にその恩恵を受けて急成長を果たしているのだから。
移動時間を消し去り、ダンジョンで迷うこともなく、エンカウント効率も抜群に良い。
敗北のリスクも最小限に抑え、アイテムなんかも好きなだけ持ち運ぶことが出来る。
無闇矢鱈に至れり尽くせりなへんてこスキルの能力も、しかしこうして思い返してみれば『育成』に秀でた要素が際立って見えてくる。
もしかすると、それもこれもエンドコンテンツへの布石だった……?
なんて、流石にそれは考えすぎだろうか。
「それを踏まえても、やっぱり力をつけるためには時間も掛かるし、相応の危険にだって身を晒さなくちゃならない。それにゲームのようにやり直しが利くわけでもないからね、無茶できない部分だってたくさんある」
「なるほど……」
「あと、こんなインチキみたいな鍛え方をしたんじゃ、きっと普通の冒険者として感じられる苦労や楽しみを、たくさん取りこぼすことにもなるんだ。私はそれを、みんなに強いたりは出来ない」
ソロ活動と銘打ったあの旅で、私は思い知った。
たくさんの苦労を失っていたんだって。苦労には得てして、味があるものなんだって。
勿論、洒落にならない苦労もある。場合によっては文字通り、死ぬほど苦い苦労も。
けど、苦味は時に趣深く。そして何より、苦味を知るからこそ甘味は際立つんだ。
そんな大事な苦労を、私のへんてこスキルは奪い去っていく。
それを是とするか否とするかは、当人が選び決めることだと思うから。
「虚ろなる塔が本当に存在すると思うなら。そしてそこに挑むつもりがあるって言うんなら、私はみんなの成長を全力でサポートするよ。だけどここで誰がこの件から手を引く選択をしても、それはそれで尊重しようと思う。この前のアップデートもそうだったし、今回のエンドコンテンツもそうだけど、どう考えても普通の冒険者が向き合うには規模もリスクもおかしな問題だものね、見なかったことにしたって良いと思うんだ」
「……もし、この場で全員が踵を返したら?」
クオさんが、何時になく真剣な声音で問うてくる。
他の皆も、静かに私の返答を待っている。
対して私は、思考に耽った。
もしもみんなが、エンドコンテンツなんて嘘っぱちだ。そんな胡散臭い話に付き合ってられるか! とか、
或いは、そんな恐ろしいことに首は突っ込めない。帰らせてもらう!
なんて言って、この件から一斉に手を引いたとするなら。
そうしたら、どうなるのかな? シークレットアイコンの調査に関しては、きっと打ち切りないし、保留が決まるんだろう。
なら、その後は? 刀の骸が残した、『ケンサクキノウ』ってヒントから、他の何かが見つかるだろうか?
……それは、ちょっと考え難いと思う。だってあれだけみんなで調べたしね。
だとすると、また骸を探してヒントを得るための活動か。
そこから別の何かが見つかる可能性は十分あると思う。
そうしたら……うん、それならそれでいいか。そこから続く道もきっとあるだろう。
だけど。
改めてモノリスに視線をやる。表示されたウィンドウに書かれた一文が目に留まる。
『旅の終着点にして、真実の在り処』
どうしてもこれが、気になって仕方がないんだ。
だから。
「その時は、私一人で頑張るよ」
「ギャウラ!」
「っと、そうだね。ゼノワと二人で頑張る」
他の活動と並行してでも、私は虚ろなる塔へ挑もうと思う。
そこに、やっとこさ何かを見つけられる気がするから。確信にも似た予感があるんだ。
私に関する何かが、そこで知れるんじゃないかっていう予感が。
そして、そんな返答を受けた皆は……。
ご、誤字報告感謝です。修正適用させていただきましたー……!
よし、第何次かも分からない誤字報告フェスティバルも、ようやっと収束してきたっぽいですね。
今回もすごかった。ってことでここらで改めて感謝申し上げます。
おかげさまで、埋伏していた誤字たちは概ね蹂躙されたはず! 断言は出来ませんけども!
それもこれも、皆様のご協力あってのことです。ありがてぇ!
今後も、もし何か発見なさった際はどうぞお気軽に、ページ下の『誤字報告』よりお知らせいただけると幸いです。
もしもいつか、「君の小説は本当に誤字脱字が少ないな!」って誰かに褒められたら、胸を張って言うんだ。
「うちの誤字警察はすごいんだぞ!」って。ふふふ。




