第六七九話 クリアの先
白のモノリスに指を触れた、その瞬間。
突如として生じたのは、巨大なモンスター!
……なんてことはなく。
ポンとモノリスの前に大きく表示されたのは、ある意味見慣れた半透明のウィンドウであった。
正直、モノリスに触れることがトリガーとなって、何か恐ろしい事態が起こるんじゃないかと警戒していたのだけれど。
しかし、どうやらそれは杞憂で済んだらしい。
良い意味での肩透かしに安堵しつつ、表示されたウィンドウへ改めて視線を注いでみる。
──────
『Tips 虚ろなる塔とは
エンドコンテンツ
旅の終着点にして、真実の在り処』
──────
…………えっと……。
なんか……とんでもないことが書いてあるんですけど。
そう言えば黒いモノリスの時にも、このTipsってのは表示されたっけ。
内容はキーオブジェクトについて、だったかな?
確かにあれも重要な事柄ではあった。あったのだけれど……。
今回は、まさかまさかの『エンドコンテンツ』ときたもんだ。
困惑から立ち尽くし、言葉を失う私。
その脇から皆がウィンドウを覗き見て、そして一様に首を傾げたり表情に疑問を浮かべてみたり。
それはそうだ。エンドコンテンツなんて聞き馴染みがないだろうから。
まぁ、鏡花水月メンバーは私のゲームエピソードで何度か耳にしたことはあるだろうけれど。
それにしたって、普通はこんなふうに用いられる言葉じゃない。
アップデートに引き続き、この言い草ではまるっきりゲームの情報だもの。
「『エンドコンテンツ』……? 馴染みのない言葉ね」
「あっ、リリエラちゃん声!」
「ふむ……特に敵も罠も存在しないようだし、出しても問題ないだろう」
イクシスさんの言葉に、ふぅと皆一息つき。
それから改めて、ウィンドウに表示されたメッセージの内容が話題に上がった。
エンドコンテンツもそうなのだが、それ以前に『虚ろなる塔』というのも皆初めて聞く名前らしく。
「この塔の名にも聞き覚えが有りませんね。イクシス様はご存知ですか?」
「いや、私も知らんな……うん。見たことは疎か聞いたことすら無いと思う」
自身の記憶を探りながら、そのように答えるイクシスさん。ソフィアさんも知らないようだし、そうなると何処に存在するのかも不明である。
ならばと、早速検索にかけたのはオルカだった。
が、しかし。
「検索してみたけど、引っかからなかった。もしかしたらまだサーチしたことのない場所にあるのかも」
「他にも可能性は考えられるんじゃない? 例えばあんたたちが攻略したっていう、『もう一つの百王の塔』みたいに、通常の手段じゃ挑戦できないダンジョン、とか」
「でしたら、『こことは異なる世界』に存在している可能性もあるのでは? 天使様が異世界の存在を裏付けて下さっていますし」
「既に存在しない、若しくは未だ存在しない、なんて可能性はないかな?」
早速虚ろなる塔とやらについて話し合いが起こるが、どれもこれも推測の域を出ることはなさそうである。
分かっているのはただ一点。件の塔の所在が不明であるということだけだった。
一頻り意見の交換がなされ、そうしてようやっと話題の中心が『エンドコンテンツ』と、未だ黙ったままの私へと移行する。
問いかけはシンプルで。
「それでミコト、『エンドコンテンツ』というのはどういう意味なんだ? 以前チラッと聞いた覚えがあるのだが、改めて説明してくれないか?」
「え、あ、うん」
クラウからの質問に、私は小さく息を吐いて語り始めた。
エンドコンテンツ。
それを一言で言い表すならば、『ゲーム本編クリア後のやり込み要素』である。
RPGで言うなら、ラスボスを倒し、レベリングも終えてしまったプレイヤーが尚も遊べる、作中最高難度を誇るようなコンテンツのことを言い。
何度も挑戦して、たくさんの労力と時間、思考と試行を積み上げた末にやっとこさ勝てるかどうか、という。
謂うなれば、製作者からプレイヤーへの挑戦状のようなものである。
クリアできるものならやってみろ! って言う。私もよく立ち向かったものだ。
まぁ尤も、そこまでガチなものは珍しく。順当に装備を充実させていき、戦い方にしても、システムをきちんと理解した上でシナジーを積んでいけば、然程苦労することもなくクリア出来る作品が多いように思う。
とどのつまりエンドコンテンツとは、超越者の行き着く終着点とでも言おうか。
しかしよくよく考えてみると、ゲーム内の世界観を基準にするなら、ラスボスにすら世界をどうにかされそうになっていた人類が、エンドコンテンツになんて太刀打ちできようはずもなく。
それを鑑みたなら、エンドコンテンツっていうのは……実質的にクリアの不可能な何か、ってことになるのでは……?
というような説明を、皆へ向けて行った。
すると、皆の表情はたちまち険しいものとなり。誰もが言葉を失う中、先んじて口を開いたのはアグネムちゃんだった。
「人類には太刀打ちできない何か……って、それじゃまさか、その虚ろなる塔っていうのは世界を滅ぼしちゃうかも知れないってことでしょうか……?!」
「それは……どうなんだろう。人類をどうこうしようっていう意思がそこにあるんだったら、もしかすると危ないかも知れない。でも、こちらから手を出さない限り何も起こらないっていう場合も考えられる、かな」
「藪蛇になりかねない、ということだな」
「とは言え、人類の脅威になり得るのか否かを確かめもせず放置しておく、というのも難しいでしょう」
「っていうか、まだそれが実在するかも分からないのに、みんなビビり過ぎじゃないの?」
「いいえリリエラ。アップデートが実際に起った以上、きっとこれも本当のことだと考えるべきです」
「せ、世界の終わりです~! お先真っ暗ですよ~!」
「むぅ、どうしたものか」
「グルゥ……」
アグネムちゃんに続くように、皆が意見を交わす。
そこには漠然とした悲壮感と、何処か絵空事について語っているような虚しさがあり。
話している当人たちですら、この情報をどう受け取るべきか決めあぐねているようだった。
するとそんな中、徐にオルカが言う。
「そもそも、この世界の『ラスボス』って何? レベリングを終えるって、何を基準に考えればいいの?」
素朴な疑問。けれど、なかなかに重要な問でもあった。
エンドコンテンツがあるって言うんなら、確かにそれ以前の『通常エンディング』が存在して良いはずである。
皆の視線が私へ向く。
私の言うことなんて、所詮はゲーム脳の戯言である。現実をゲームにあてがって考えるだなんて、普通なら鼻で笑われて然るべきことだ。
そりゃ、現実の仕組みをゲームと重ねて考えることで、賢い取り組み方を見出せる場合もあるって私は思うけれど。
実際シミュレーター系のゲームなんかは普通に役に立つもの。
そういう意味に於いては、ゲーム脳も捨てたもんじゃないって思うけども。
だけどさ、『この世界でラスボスといえば誰?』なんて質問を真面目にされれば、当然腕組みをして唸りたくもなる。
けれどその反面、この世界はやっぱり驚くほどにゲームめいていて。
ラスボスは誰だろう? なんて考えに、幾つか候補が挙がってきてしまうのだ。それはやっぱり、異常なことなんじゃないかって思う。
一先ず、オルカの疑問に対して私は、当たり障りのない答えを返すことにした。
「『魔王』」
その一言に、皆が一斉に瞠目し、ビクリと身を震わせた。
特にイクシスさんの表情は険しいが、私はそれを敢えて無視し、言葉を続ける。
「魔王に攫われたお姫様を助け出す、なんていうのが冒険モノの創作物に於いて王道だって言われるように、ゲームに於いても魔王は倒すべき最大の敵として君臨していることが多かった。殊更レトロゲームでは定番だったかな。魔王、若しくはそれに類する諸悪の根源を倒そうっていう流れだね」
「それが、ラスボスか……レトロゲームなら定番だと言うが、ならそうでないゲームではどうなんだ?」
「手を変え品を変え、だけどやっぱり最後は一番悪いやつを倒すっていうのが定番だっていうのは変わらないかな。でも、その一番悪いやつが結局誰なのか、っていうのがなかなか見えてこない作品もよくあったね」
「一番悪いやつ、か……」
「一見人の善さそうな人が、実は黒幕だったっていう展開もあれば、取ってつけたような大ボスが登場することもあるよ。例えば、魔王がラスボスだと思ったら、それがより強力な存在の手下に過ぎなかった、みたいなさ」
「!」
その発言に、いよいよ皆がざわついた。
失言だっただろうか。魔王が実在したこの世界で、魔王以上の脅威を示唆するような言葉は、些か無神経が過ぎたかも知れない。
けれど、絶対にない話とも言い切れないと。私はそう思うのだ。
「魔王の上に立つ存在……? そ、そんなものがあるのか?!」
絶望感すら滲ませた表情で、そのように問いかけるイクシスさん。
かつて魔王を屠った彼女だからこそ、その言葉は誰より、何より重く響いた。
私は自身の発言に幾らかの後悔を覚えつつ。しかし、返答する。
「あくまでゲーム。フィクションの中の話だよ?」
「それでもだ。聞かせてくれ」
「……『大魔王』或いは『魔神』『邪神』。定番はそんなところかな」
「っ……!!」
酷く辛そうに表情を歪め、黙り込んでしまうイクシスさん。
クラウがそれに寄り添うが、彼女にとってもショックは大きかったようだ。
ゲームなどのフィクションを参考に語った話でしかなく、それらの存在を示唆したつもりはなかったのだけれど。
しかしこのゲームのような世界に於いては、それらの概念が在ると言うだけで、実在する可能性すら生じてしまうのかも知れない。
事実、この白いモノリスはそれを予感させるだけの情報を齎したのだ。
イクシスさんや他の皆も、きっと何とはなしに察しているのだろう。
エンドコンテンツの話題から転じて、場の空気はかつて無いほどに重たいものへと様変わりしてしまった。
そんな中、重々しく言葉を紡いだのはクラウだった。
「つまりだ……仮に魔王がラスボスだったとするなら、最低でもそれ以上の力を身につけねば、虚ろなる塔とやらを見つけたところでどうしようも無いということか」
それは要するに、イクシスさん以上の力を得る必要がある、という意味であり。
その途方も無い難題に、いよいよ私も押し黙る他無かった。
白のモノリスが齎した情報は、それ程に衝撃的だったのだ。




