第六七八話 暗闇に白
万が一を考え、きちんと転移系スキルが発動できるかを試し、問題なくこの深い谷底からでも崖上、延いてはイクシス邸にまで瞬時に戻れることを確かめた。
その上で、私たちは目の前に大きく口を開けた、真っ暗な遺跡の入口へと踏み込むことを決めたのである。
無論、警戒は厳に。
それこそ王龍クラスの脅威が待ち構えていたとて、何ら不思議ではないような危険な場所である。
野良モンスターの脅威度が、それを如実に匂わせていた。
『よし。では行くぞ』
そう言って先頭を切るのはイクシスさん。
どんな脅威が待っていようと、彼女なら一撃でどうにかなったりはしないだろう。
それと同じような理屈で、最後尾はクラウが護っている。不意打ちに備える形だ。
勇者母娘に前後を守られていると思うと、なんだかとっても心強い。遺跡に対する漠然とした恐ろしさも、ぐっと抑えられた気がする。
そうしたら次は明かりである。
暗いから怖いのだ。先が見通せないから不安なのだ。
ならば照らせば良い。暗闇を晴らしてやれば良い。とってもシンプルで分かりやすい解決策だ。
ってことで、リリの光球に加えて私やゼノワもポコポコと光魔法を展開。
眩しいくらいにバラ撒いて、そこら中をしこたま照らしてやった。蛍光灯で照らされた屋内くらいには明るくなっただろう。
必然、光に誘われるように接近してくるモンスターもあれば、遠距離から狙撃が如く迫る魔法もあり。
やってくる脅威を皆で協力して排除し、一先ずの安全を確保。
さりとて油断はならず、この場にいつまでも留まっているのは危険である。
今度こそイクシスさんを先頭に私たちは、ぞろぞろと遺跡の中へ進んでいくのだった。
★
それはいうなれば、巨大な四角いトンネルだった。
照明などは無く、魔法で明かりを灯さねば延々と暗がりが続くのみ。
そのくせ壁には細かな装飾が施されており、こんな暗い中で一体どうやって作業をしたのかと不思議に感じてしまう。
やっぱり今の私たちのように、魔法で光源を確保したのだろうか?
何ならこの装飾自体、クラフトスキルでばばーっと作った?
あー……うん。出来ない訳じゃないか。っていうか、考えてみたら今の私ならそのくらい簡単じゃん。
今度何処かに秘密基地でも作ってみる? モチャコとか誘ったら、ノリノリで協力してくれそうだし。
まぁ、それはそれとして。
まるで一枚岩、或いはコンクリートのような床を踏みながら、罠にも十分警戒しつつ足を進めること暫く。
巨大なトンネルはようやっと終わりを告げ。
その代わりに現れたのは、トンネルなどとは比べるべくもない程に広大で、漠然とした空間。
魔法の光もまるで満足に行き渡らないくらいに広いそこは、きっと巨人でも余裕で走り回れるくらいのスペースがあり。
そして、そんな空間の中心と思しき場所に、私たちは不思議なものを見つけたのである。
『アレってなんだろう……?』
『白い、石碑? ワープポータルかしら?』
『それにしては形も大きさも違うよ。アレのほうがずっと大きい』
『……それで言うと、見覚えのある形と大きさだな』
『ええ。色は違いますけど、まさか……』
『モ、モノリスですか~?!』
光球の光も満足に行き届かず、どれほど広いかも把握しかねるような空間の中心部。
黒一色に塗り潰したかのような暗闇の中、しかしくっきりと浮かび上がるそれはあった。
光を放っているわけでもないのに、まるで明暗の概念から切り離されたかのように、何ら不自由なく視認できてしまう石碑。
酷く遠近感の曖昧な中にあって、ここから見える大きさは米粒ほどでしかなく。
にもかかわらず、気味の悪い存在感を放ってやまないそれのことを、私たちは知っていた。
モノリス。
先日世界にアップデートを齎した、謎の塊が如き石の板である。いや、正しくはその材質すら不明ではあるのだけれど。
しかしそれにしては、この前と発見に至る経緯も場所も色も、あらゆる点で異なっており。
正直、アレが本当にモノリスなのかどうかすら、未だ確信が持てないというのが現時点での認識である。
『敵影は?』
『マップに反応はありません』
『気配もない』
『罠も特に無さそうね。あの白いのそのものが罠って可能性は否定できないけど』
こんなに広い空間に、しかし存在するのはモノリスらしき白一枚。
どう考えても不自然。怪しい。けれどそう言えば、前回見つけたモノリスだって白い世界にぽつんと一つ立っていたっけ。
この場所はまるで、それとの対極である。
真っ暗な空間に、真っ白なモノリスがぽつん。だとするなら、あのモノリスらしき物が司るのも正反対の何かだったりして。
或いは、全く別の意味があったりとかね。何にしても気になるところではある。
『取り敢えず調べてみようか。ここまで来て何もせずに帰る、なんてこともしたくないし』
『だ、だだ、大丈夫なんでしょうか~? あのモノリスに近づいたら突然明かりが点いて、デッカイ巨人がこっちをしゃがんで見下ろしてるとかそんな絶望的な展開が待ってるんじゃ~』
『妄想たくましい』
『巨人くらい、ココロがグーでぶっ飛ばすのです』
『もっと恐ろしいのが隠れてる可能性もあるけどね』
『まぁ確かに、無いとは言えんがな』
『ええい面倒ね。なら一先ず、この空間全体を照らしてしまえばいいのよ! ほらバカ仮面!』
『えぇ、自分でやればいいのに』
『回復手段的にあんたが一番安上がりでしょうが!』
『リリエラちゃん、そういうとこケチだよね』
『天使様のお手を煩わせるなんて……後でお仕置きですね』
なんて、緊張感があるのか無いのかよく分からないやり取りの果てに、リクエストを受けて私が魔法を展開することになった。
こういう時便利なのが、連射スキルの技術である。バラ巻きに関しては今や、私の得意分野が一つであると自負しているくらいだもの。
幸い光球を生み出すくらいならMP消費も微々たるもので済む上、リッチな指輪のおかげでコスト半減。
更に裏技による回復も可能となれば、確かにリリの言うとおり、この空間を照らす作業に適任なのは私である。
ってことで、それならぱっぱと済ませてしまおう。
気分はさながらインクを塗りたくるイカのゲームでもしているかのよう。
光を派手に撒き散らしながら、暗闇を徹底的に駆逐していく作業というのは、思っていたよりもずっと楽しいものだった。
それに触発されたゼノワの協力もあって、正しくあっという間に部屋は昼間のような明るさに蹂躙され。
その結果として、一つの事実が明らかになったのである。
『……何も居ないね』
『こうして見ると、ただ殺風景な場所』
『グルゥ』
『暗闇とはただそこにあるだけで、存在しないはずの魔物を幻視させるものだからな』
『あ、そういうのって確か、“幽霊の正体見たり枯れ尾花”っていうんですよねミコト様!』
『花なんて何処にもありませんけどね』
『うっさいです!』
〇〇ドーム何個分と例えたくなるような広大な空間には、しかし敵影どころかモノリスを除いてオブジェクトの一つも無く。
それこそあの、真っ白な世界を彷彿とさせるような大雑把な景色が、そこには広がっていたのだった。
っていうか、よくもこんな広いところを照らせたものだ。魔法ってすごいんだなぁ。
ともあれ敵影が無いと確認できたのだ。ならばあとはトラップにだけ注意しつつ、いよいよモノリスと思しきあの白いのを調査していくわけで。
オルカが慎重に罠を探りながら先行するも、幸いそれらしきものは発見できないようだった。
つまり、このだだっ広い場所は、ホントにモノリスがぽつんと一つ設置されているだけの場所ってことになるのだろう。
なんて贅沢な空間運用。ここを設計した人は、大分スケール感の可怪しいセンスの持ち主らしい。
そう言えばRPGとかだと、たまにこういう謎空間が設けられてたりするよね。
まさかそれを、現実で目の当たりにするとはね。黒いモノリスの時も似たようなことは思ったけど、世界は広いと言うか、異世界すげーって言うべきか。
何にせよ、待ち伏せもトラップも杞憂だったというのであれば、へっぴり腰を維持する必要もない。
私たちはぞろぞろと白いモノリスまで歩み寄り、皆でそれを見上げたのである。
やっぱり遠近感がバグってた。近くで見ると、人の背丈の二倍以上はあるもの。っていうかモノリスの大きさって、もしかして一定ではない?
まぁ、その点はどうでも良いか。
まずは皆で、モノリスの周囲をぐるっと見て回り、何か気になるものはないかと探ってみるところから。
しかしやはりと言うべきか、それらしいものは何処にも見当たらず。
蒼穹の面々は首を傾げていたけれど、以前アプデに立ち会った組は慣れたものである。
であるからして、次にやるべきことも分かっており。
『それじゃ、触れてみますか』
なんとなく、未だに念話。ことここに至って尚、やっぱり何処かに何かが潜んでいるかも知れないっていう不気味さは拭えていないのだろう。
喩えるなら夜の体育館に似た雰囲気を感じるのだ。明るく照らされてても不気味な、あの感じ。痛いほどの静寂もよく似てる。
ここで突然テンテンってバスケットボールが跳ねる音とかしたら、正直チビるかも知れない。
幸い異世界には、バスケットボールなんて存在しないけどさ。
なんて雑念を浮かべては一人ビクビクしつつ、しかし皆より歩み出た私は、恐る恐る真っ白なモノリスへと手を伸ばしたのである。
そして、微かに震える指先が、新品の消しゴムが如く純白のそれへ、ツンと触れた。
その瞬間だった。
き、今日も誤字報告をいただいてしまいました……。
え、何、何処からそんな掘り当ててくるの? 前世は警察犬の方々でいらっしゃいます?
感服いたしました。感服しすぎて、誤字報告が届きましたってお知らせを見るたび軽い過呼吸に苛まれております。有り難すぎて泣けるっ
こうなったら、もう、アレか。
禁断のトリプルチェックが必要ですかね……?
作業量の壁、週六更新のハードルアップ。う゛っ、苦しい未来が見えますぞ!
更新ペース維持のためにも、ここはおとなしく誤字警察の方々に頼らせていただくとしましょう。
ああ勿論、無理強いの意図は一切ございません!
当作品の半分は、読者様のご厚意で出来ています!
ってことで、また何か発見した際はお知らせくださいませ……身構えて待ってます。
あ、それともう二点ほど。すみません、長くなってしまいまして。
先ず、先日アクティベートしましたいいね機能に関してですが。
個人的にはホントに、いやホントに、
「2いいね……いや1いいね付いたら嬉しいな……。でも流石に0は凹むかなぁ」
なんて思っておったのです。っていうか独り言つぶやいてましたし。
そうしたらなんと、まさかの『69いいね』ですって!
え、この小説に読者様ってそんなに居たの……?
っていうのが第一印象でした。はい。
そして何より、いいね押してくれてありがとう!! めっちゃ嬉しかったです!
でも自分、浮かれるとポンコツ化する傾向にあるので、誤字報告見てバランスを取ることにします。ふぅ……。
それともう一点。
まさかまさかの、初レビューいただいちゃったんですけど!!
自分とは無縁なものだって思ってたのが、え? どうしてそうなった? みたいな。
どうしましょう、ニヤケ顔が止まらない。鏡の中の私が気持ち悪い。
こんな時こそ誤字報告! ……ふぅ……。
ってことでね。この場をお借りしてお礼を述べさせてください。
いいね、そしてレビュー。ハチャメチャに嬉しかったです!!
今後も更新頑張って……いや、頑張るっていうか楽しんでいきますゆえ、お付き合いいただけると幸いです!
やぁ、書き続けてきてよかったなぁ。でへへ。




