第六七七話 地底にて
右も左も分からない真っ暗闇。
そのくせ天を仰げば、細長い糸くずのような青白い線が一本。さながら漆黒の闇に走った罅割れが如し。なんて、中二風に観察してみたり。
あの糸くずは、多分空だ。っていうか、谷の入口。要するにこのバカみたいに大規模な峡谷を、谷底から見上げるとこんなふうに見えるってことだ。
一体どれだけ深いんだ……。
『エンカウント』
『!』
呑気に上を眺めていた私と違い、どうやらオルカはしっかり索敵を行ってくれていたらしい。
念話での一報に応じ、すぐさま【暗視】のスキルを発動。と同時にマップを確認してみると、確かにモンスターが一体すぐそこに居るようだ。
心眼には、気配を殺してタイミングを窺う相手の様子がありありと映っており。
更に【透視】も併せて用いたなら、岩陰に身を潜めるそいつの姿を確認することが出来た。
『うわ。なんか気持ちの悪いモンスターだな……目が退化してて、口はやたら大きいし。両手は鎌になってて、足は六本もある』
『脅威度は赤の四つ星?! 魔境ですかここは……』
『グルゥ』
『てか何であんたたち普通に見えてんのよ?! 暗くて何も見えないわよ?!』
『取り敢えず私が気を引いておく』
『ならその間にみんなを呼ぼうか。ソフィアさんはオルカのカバー。ゼノワは周囲の警戒。リリは明かりをお願いできる?』
『わ、分かったわよ!』
念話でのやり取りが済むなり、早速動き始める私たち。
オルカは相変わらず完璧な気配遮断でもって、モンスターめがけて攻撃を仕掛け、明後日の方向へ注意を向けさせるのに成功。
ソフィアさんは万が一に備えて、オルカのサポートを行う。
ゼノワは念の為周囲の警戒に当たり、リリは空中に幾つも光球を飛ばして光源とした。
そして、すぐに顔を顰める。モンスターの見た目が想像以上に不気味だったせいだろう。
他方で私は、崖の上に居る仲間たちへ念話で連絡を取り、PTストレージ経由ですぐに呼び寄せた。
『みんな気をつけてね。どうやらこの谷底のモンスター、想像以上にヤバいっぽいから』
『わ、赤の四つ星? ソロだと無理な相手じゃん……』
『案ずるなレッカ。そのための仲間だ』
『うちの娘が良いこと言った!』
『足手まといにはならないと言いましたが、これは想定以上ですね……』
『うぐぐぅ……』
『取り敢えず演奏します~』
ジャカジャン! と、静寂の谷底に鳴り出したスイレンさんの演奏。
途端に漲る力。一方で反比例するように、目無しカマキリのようなあのモンスターは、あからさまにその動きを鈍くした。
であれば私も、レラおばあちゃん直伝のバフとデバフでサポートである。
何せこの一週間、ベッドの上からこういうサポートしかさせてもらえなかったからね。
人数も多いので、前衛過多になりやすいっていうのもある。なので今回私は、基本的に後方からちょっかいを掛けるような立ち回りで行くつもりだ。
対する目無しカマキリは、素早く不利を悟って逃げの構え。
最初に物陰からこちらを狙っていたことからも分かるように、どうやら不意打ちが得意戦術らしい。
一度この場をやり過ごして、再度襲いかかろうという腹積もりのようだ。小賢しいことである。
だが、そうはさせじとオルカが足止めをすれば、すかさずそこへ襲いかかる前衛組。
後衛からの支援も潤沢で、結果として目無しカマキリはその脅威度の割にあっさりと黒い塵へと還ったのである。
オルカのスキルで核の場所を暴けば、耐久値が高かろうと然程問題にはならない。
甲核が少し厄介ではあるけれど、特訓を経た今の彼女たちにとってはどうと言うほどのこともなかったようだ。
そうして問題なく戦闘を終えた私たち。
しかし何せ谷底。音は反響して思いの外遠くまで届くらしく。
周囲を警戒していたゼノワが、近くのモンスターの動きを早速知らせてくれた。
どうやら私たちの存在に勘付いたものもあるようで、もしかすると長距離から仕掛けてくるタイプのモンスターもいるかも知れないし、十分に備える必要がありそうだ。
私は一先ず皆へそのように引き続きの警戒を促すと、改めて周囲をぐるりと眺め確かめてみた。
するとそこで、とあることに気づく。
『え。これ、そこら辺にちょこちょこ落ちてるのって……もしかして魔石? っていうかドロップアイテム?』
リリの浮かべた光球に照らされたことで、暗視に頼らずとも視界は利くようになった。
しかしそこで目の当たりにした景色の中に、思いがけないものを見つけたのである。
モンスターを倒した際にドロップする尤も基本的なアイテム、魔石。
核を破壊したレアドロップの際は発生しないそれは、ともすれば私たち鏡花水月にとって寧ろ、目にする機会のほうが少ないまであるわけだが。
しかし一般的な冒険者にとっては馴染み深い、見慣れたドロップアイテムとなっている。魔道具のエネルギー源として用いられたりもするしね。
そんな、モンスターを倒すことでしか得られないはずの魔石が、何故か私たちの足元にチラホラ転がっているのである。
『ほぁ! ほ、ほんとです~!』
『待って。しかもこれ、ものすごく質の良い魔石だ』
蒼穹のクオさんが一つ拾い上げ、そのようなことを言う。
釣られるように皆も魔石を拾い上げては、確かにすごく上質な魔石であると目を丸くした。
そんな中イクシスさんだけは、魔石などに目もくれず、近場に落ちていた剣へと飛びつく。武器愛好家の性とでも言うべきか。
しかしそれがデフォルトな彼女は、拾い上げた剣に頬ずりしながらも、冷静な分析を披露した。
『恐らくは、この崖を落下してきたモンスターの残骸だろうな。飛行能力を持たぬものがあの高さから落ちれば、如何な特級モンスターと言えど流石に一溜まりもないだろう』
『なるほど、それで……』
『だとしたら、随分間抜けなやつが多いのね』
『もしかすると、何かしらの原因があるのかも知れませんよ。モンスターを引き寄せるような何かがこの谷底にある、とか』
『或いは地上に、幻覚を見せるような危ないやつがいる可能性も考えられるかな』
『何れにせよ気を抜かないようにしなくちゃね。一先ずこの場を離れようか』
『えー、魔石やアイテムはどうするんですか~?!』
『ストレージにでも回収しながら行けばいいだろ』
すると、ここで小賢しいソフィアさんが小技を披露。
検索機能に『魔石』と打ち込み、周囲に落ちているそれらを一括選択。
あっという間にPTストレージの有効範囲内にある魔石たちを、いっぺんに回収してしまったではないか。
これを受け、対抗するように動いたのはクオさん。
検索機能に『ドロップアイテム』と打ち込み、周辺のアイテムをこれまた一瞬で回収してしまった。ドヤ顔でソフィアさんと視線をバチバチさせている。
そんな二人にやや呆れつつ、警戒を怠らぬように歩を進める私たち。
向かう先はシークレットアイコンの示す先。
否が応でも高まる緊張感。それはそうだ、野良モンスターが赤の四つ星をぶら下げているような場所である。
向かう先に待ち構えているものが一体何なのか、正直想像もつかない。
無闇に明るくしても、モンスターを引き寄せてしまうだろうと警戒し、必要最低限の明かりで行く道を照らしつつ。
時折発生するエンカウントに対応もし、着実に歩みを進めること三〇分ほど。
とうとう私たちは、それを視界に捉えたのだった。
『これは……遺跡、かな?』
『グル……』
『デッカイのです!』
『或いはダンジョンの一種かも知れん』
彷彿とさせたのは、以前見た巨大な洞窟のダンジョン。
あそこまでではないにせよ、人の背丈とは比較にもならないような大穴が、向かう先に口を開けており。
しかも何やら装飾に縁取られた、人工的な洞窟に見えるじゃないか。
当然ながら、こんな場所に気安く誰かが訪れるとは考え難い。人がやってきたような真新しい痕跡も、ぱっと見た感じ見当たらないし。
となるとやはり、遺跡と考えるべきなのだろう。或いはクラウの言うようにダンジョンの一種とも考えられるか。
何れにしても、こんな暗闇の中にこの様なものを見つけたのだ。
その衝撃は、筆舌に尽くしがたいものがあり。
私たちは驚きと怖れと好奇心と。その他様々な思いが一緒くたに押し寄せ、暫し呆然とその場に立ち尽くし、遺跡の入口と思しきそれを遠目に見つめ続けたのだった。
アイコンが指すのは、間違いなくあの遺跡だろう。
さりとて、あそこに何があるのか、或いは何が居るのかを想像すると、途端に踏み出す足へ躊躇が生まれてしまう。
喩えるならそれは、深夜の音楽室。或いは人気のないトンネル。それらを想起させるような漠然とした怖さがそこにはあった。
勿論、スケール感からして比べるべくもないのだけれど。
強いて言うなら、肝試しに使えそうなスポットである。なんて。
無言。
誰も何も、念話にすら言葉を載せられない時間が何秒、或いは何分か過ぎ。
しかしそんな沈黙を破ったのは、やはり勇者たる彼女であった。
『さて、帰るか』
『思い切り日和ってる!』
『だ、だってミコトちゃん、こんな不気味な場所なんてそうそう無いぞ?!』
決断力、と言えば聞こえは良いのかな。
しかしイクシスさんが、冗談めかしてとは言えそんなことを言うのだ。きっと、ただならぬ何かを感じたってことなのだろう。
現に心眼も、冗談の中に少しの本気を垣間見ている。イクシスさんの警戒は、笑って流して良いようなものではないってことだ。
とは言え。
『虎穴に入らずんば虎子を得ず、とも言うよ』
『あ、ココロ知ってます! ニホンのことわざなのです!』
『子供を攫いたくば家に忍び込めという意味だったか?』
『全然違う』
『大きな成果を得るためには、時に危険を冒すことも必要だという意味ですね』
『あっ、ココロが言おうと思ったのに!』
『グルァ』
目的地を目前にして、急遽始まった話し合い。
念話によるコンパクト会議を白熱させた結果、私たちの出した結論とは……。
ひ、ひぃ。誤字報告が止まらないんですけど!
っていうかよく、「あ、コレ書き損じだ」って分かりますね。すごいです! 作者のダブルチェックをすり抜けた精鋭誤字脱字なのに!
ということで、今回も修正適用させていただきました。
尚、現状予約投稿にて二日後ないし三日後に投稿が行われております。
ほら、もしうっかり投稿しそこねたり、なんてことがあったら大変でしょう?
なので余裕を見てね。私えらい。
だもんで、修正適用のご報告も、いいね受付を開始したよ! っていうお知らせも、二、三日遅れてのものとなります。
つまり、後書きでのカノエカノトは数日遅れでやって来るわけですね。ふふ、過去からやって来ただなんて中二的でかっこいい……。
そんなわけで、誤字報告したんだけどまだ適用してないの?!
って方がおられましたら、どうかご安心を。ちゃんと半泣きにて確認し、感謝しつつ凹みながら適用ボタン押してますんで。はい。
よかったら、今後ともどうぞよろしく。




