第六七三話 刀の骸戦を終えて
正座である。ブーツでは無理があるので、態々脱いでからの正座。
幸い転移室の床は、ふかふか絨毯が敷かれているため痛くはないけれど。
少しばかり、心は痛いです。
時刻はそろそろ夕方と言って差し支えない時間帯になろうという頃。
自分でもびっくりするくらい、どうやら長い時間骸との戦闘を続けていたらしい私。
てっきり、実際の時間にしたら一〇分にも満たない! みたいな、それだけ濃密な時間を過ごしたみたいなアレだと思っていたのに。
戦闘が終わり、変身を解除して時計を確認したら、何と午後三時を過ぎており。
戦闘を開始したのが午前中だったのに、気づいたらこれである。我ながら大した集中力だと誇るべきか、はたまた呆れるべきか。
骸に勝利した私とゼノワは、ろくに休憩を取るでもなくすぐさま、このイクシス邸転移室へと帰還し、先ずはイクシスさん以外の皆をストレージより取り出し、大まかな状況とイクシスさんが負傷していることを伝えた後、ココロちゃんと聖女さんという最強の医療タッグを構えさせた後、イクシスさんをストレージから開放。
骸に斬られた傷は、本当に一瞬の内に完治してしまい、ヒーラーの凄さを改めて見せつけられたのだった。
しかし二人の話によると、そもそもイクシスさんのダメージは然程大したことがなかったのだと言う。
遠目に眺めた限りでは、得物ごとズバッとぶった斬られて見えたのだけれど、イクシスさん曰く
「私の肉体が装備より脆いはずがないだろう?」
とか何とか。サラステラさんみたいなことをサラッと言ってのける辺り、これが勇者なんだなと感心する他無かった。
とまぁ、そこまでは良かったのだけれど。
皆によるお説教が始まったのは、そこからだった。
っていうか、きっかけは私が謝罪を口にしたことだったのだけど。
相談もなくストレージに放り込んでごめんなさい、と正座にて陳謝してみたら、これ見よがしに非難が殺到したわけである。
先ず鏡花水月メンバーからは、
「もっと私たちを信頼してほしかった」
「ココロは悔しいです! 自身の無力さが恨めしい!」
「実質戦力外通達ですかそうですか」
「まぁ、それ程の相手だったことは認めるがな。それでも、感情的な部分で納得はしかねる」
グサッときた。なんなら、骸に左腕を切り飛ばされたのよりダメージ大きいです。
次にレッカたち。
「強敵だってことは予め予想できてたよね? なのにどうして一人で挑むかな? 私たちの身を案じてくれたのは嬉しいよ? でもさ、もうちょっとやり様って無かったのかな?」
「いきなり狙われるとは思いませんでした~。流石はミコトさんの成れの果て、やることがえげつないです~」
「私の剣がぁ……」
こっちは三者三様。レッカは重箱の隅をつついてくるタイプで、スイレンさんのは私じゃなく骸に言ってほしい。そしてイクシスさんは、まぁ……どんまい。
そして、今回協力を要請した蒼穹の地平からは。
「で、なんで私たち呼ばれたのかしら?」
「治療のためですよね、天使様?」
「自分の力の無さがただただ哀しいです……」
「ギャラは出るんだよね?」
うん。なんか……ごめんなさいだよ。
聖女さん以外出番なんて一ミリもなかった上、そもそも聖女さんの手を借りるほどの怪我じゃなかったとか。
完全に予備戦力というか余剰戦力というか。出番が来ずに終わった秘密兵器のようなポジションだった。
一つ言い訳をさせてもらうなら、今回の骸が強敵だと分かっていればこそ、サポート役も充実させておいたほうが良いって。そう思ったんだ。
それがまさか、骸が真っ先にサポート潰しを狙って来るだなんて。
想定が甘かった。素直に反省である。
あと、ギャラは出ます。クマちゃんの依頼をこなしまくったことで、お金だけはたくさん得ているので。
その後も小一時間ほど、私とゼノワ……っていうか主に私が皆の正論でサンドバックよろしく、ボッコボコにされ続け。
ようやっと皆の口撃も鳴り止んだ頃、満を持して話題は骸戦の振り返りへと移り変わっていった。
私はアルバムスキルにて、動画で残っていた戦闘記録を皆に共有し、その場で皆と同時視聴を行ったのである。
尤も、私以外の皆には骸の姿が見えないため、動画では私が不可視の相手と戦っている様が延々と流れ続けているらしい。
なればこそ、私の実況解説にも熱が入ろうというもの。
ゼノワは退屈だったのか、いつの間にかその辺でぷかぷか宙に浮かんだまま寝ているが、気にせず私は骸戦を収録した長い動画を、時折スキップを交えながらダイジェスト形式にて、皆へ語って聞かせたのである。
こういう時便利なのが、動画の再生や停止などの操作をこちらで一括して引き受けられる機能の存在だ。同時視聴に最適だった。
とは言え、相手の姿が見えないのでは皆にとってやはり退屈だろうか、なんて不安にもなったものだけれど。
しかしそこは皆、流石は超が付くほどの一流冒険者。私の解説も相まって、骸の行動は見えずともおおよそイメージでカバーできるらしく。
ダイジェストとは言え長い振り返りを、誰一人文句も言わず、真剣に鑑賞し続けたのだった。
尤も、魔法少女化に当たっては方々からツッコミがあったけれど。
特にまじかる☆ちぇんじ自体が初見である蒼穹の面々からは、細々とした解説が求められ。
二重宿木からのまじかる☆ちぇんじという初の試みに関しては、魔法少女を既知の面々からも質問が投げかけられた。
なのでこれ見よがしに、実は無理な長時間運用をした反動で、現在は指一本動かすのも苦しい状態にあると、今更ながらにアピール。
口にこそ出さないけれど、冷や汗と脂汗で背中びっちょりなんですけど。今すぐお風呂に入りたい欲求と、とにかく意識を手放したい欲求が胸中で大揉めしているところだ。
すると、血相を変えた聖女さん、ココロちゃん、アグネムちゃんにより大急ぎで備え付けのベッドへ寝かされ。
しかし尚も、解説自体は続いた。体はボロボロでも、喋りに問題はないだろうからと。なかなか手厳しいことである。
というか、それだけ骸戦の内容が、戦いを生業とする彼女らにとって興味深かったせいもあるのだろうけれど。
そんな皆の求めに応じ、私はベッドに横たわったまま解説を続行。
とは言っても、私が魔法少女化してからは、延々と稽古をつけてもらうだけの時間が過ぎたわけで。大幅に内容をスキップ。
口頭にて、如何に骸の剣術が卓越したものだったかを、しっかりと皆へは伝えておいた。
そうしていよいよ最後。骸が力を振り絞って神気顕纏を再発動し、決着に臨んだあのシーン。
皆、本当に骸の姿が見えていないのかと疑いたくなるほど食い入るように見つめ、勝負が決するその瞬間をしかと見届けたのである。
私の腕が切り飛ばされたところで、約三名が卒倒。刺激が強すぎたらしい。
だが、そんなこともありつつ、無事私が勝利を決めたところでようやっと長かった動画も終わり。
なんだか映画一本を見終わったような疲労感の中、同時試聴会は終了。
早速ワイワイと皆は意見交換を始めたのだった。
「ミコト、腕は平気? ちゃんとくっついてる?」
「何か違和感があればすぐに仰って下さいね! 完璧に治してみせますから!!」
「ミゴドざまぁぁ、あまり危険なことはしないでくだざいぃぃ」
「心臓が止まるかと思いばじだぁぁ」
真っ先にそう心配してくれたのは、オルカと信者ーズの三人。
勿論左腕に違和感なんかは全く無いし、幸いというべきかVSモードで斬られ慣れてしまったため、激痛で動転するようなこともなかった。
他方で他の皆はと言えば、骸の実力について語らう組と、魔法少女について語らう組に別れて盛り上がっており。
それこそ映画を見たあとの感想会めいた空気が、転移室の中に広がっていたのである。
その後は、私の体調面なども考慮された結果、今日はゆっくりしようということで解散となり。
蒼穹はせっかくだからと、イクシス邸に泊まっていくことになった。
そのため、殆どの面々はすっかり夕方だって言うのに訓練場へ連れ立って出ていき、ワイワイと楽しそうにやっているようで。
私は身じろぎ一つすら辛い状態なので、信者ーズとオルカに見守られながら、引き続き転移室でゆっくりしていた。
そんなこんなで、一先ず骸戦後のなんやかんやは一旦の収束を見たのである。
★
翌日。
時刻は午前一〇時頃。
いつ以来だろうか、こうして蒼穹メンバーも含めて皆で会議室に集うのは。
尤も、私は未だ身体が重たいままなので、ベッドを持ち込んでの会議参加となっているが。
ただしコミコトやメカミコトには特に影響など無いため、こうして会議室の真ん中で横になっている今も、おもちゃ屋さんでは魔道具づくりや昨日の復習などに勤しんでいる最中である。
勿論みんなには秘密だ。おとなしくしていろと叱られるのは目に見えているので。
そんなことより、大事なのは今日ここに集った理由にこそあり。
早速話を進めるべく、イクシスさんがマジックボードにデカデカと、今回の議題を書き出した。
即ち。
『ケンサクキノウ』について、と。
取りも直さずそれは、今回対峙した刀の骸が最後に残したメッセージであり。
彼女ほどに力を付けた周回の私が残した言葉ともなれば、きっとそれが骸を経て、『次の私』へ伝わるものであると理解していた可能性が高い。
だから今回のメッセージは、高い確率で重大なヒントであると。私たちはそのように睨んでいるわけだ。
勿論私のことだから、死ぬ間際になって「あ、遺言のこと忘れてた! えっと、えっと、なんて残そう?!」なんていう、大ぽかをやらかしていないとも限らないわけだけれど。
もしそうなら、今回のメッセージには大した意味なんて無いってことになってしまう。
まぁ、実際そんなことは無いだろうけどね。無いよね……?
なんだか無性に不安になってきたものの、ともあれイクシスさんの司会により会議はスタートした。
開始の挨拶も手短に、彼女は早速皆へと問うたのである。
「さて。『ケンサクキノウ』という言葉について、何か心当たりのある者は挙手して意見を述べてくれ」
小学校低学年のわんぱくクラスが如く、バッと一斉に上がる手。
そして当然最初に出たのは、『ケンサクキノウ=検索機能』ではないかという意見だった。
まぁ、そうなるだろう。私もそう思うもの。
しかしそこから更に、念の為他に意見はないかとイクシスさんが募ったなら、出てきたのは頓珍漢な回答ばかり。半ば大喜利である。
「検査・茎・脳を示した言葉かも知れません」
「ケンサクという人物に関する機能ではないか?」
「昨日、研削作業に勤しんだってことなんじゃないの?」
驚いたことに、皆真面目な顔で言っている。流石にもう苦しいんですけど。イクシスさん早く止めて!
なんて私の心の声は届かず。結局皆の手が上がらなくなるまで、真顔大喜利は続いた。誰も笑わないし。そもそもネタで言ってるわけですらないし。
なんだか、恐ろしいものの一端に触れたような気になって、私は布団の中で小さく震えたのだった。
しかし会議は、至って真面目に進行し。
そうしてイクシスさんはついに、私へと水を向けたのである。
「さて、ミコトちゃん。キミのスキルに『検索機能』と呼べるような何かは存在していたりしないか?」
「結局『検索機能』なんじゃん!」
…………。
私の渾身のツッコミは、盛大にスベり散らかした。
最近誤字報告を貰う機会がまた増えてきました。
うぉぉぉん……なんでなのじゃ……なんで、誤字がなくならないのじゃぁ……。
お手数をお掛けしますが、引き続き発見の際はご報告のほど宜しくお願いします。
あと、ご報告いただきました誤字に関しましては、今回も有り難く半泣きにて修正適用させていただきました。助かりますぅ……。




