第六七二話 異形と幼女
グラトニービーム。それは、万物を喰らう漆黒の光線。
夢と希望を担う魔法少女にあるまじき、実に乱暴で退廃的な技である。
さりとてその力は強力無比であり。触れたもの全てを削り取るばかりか、喰らったものは消化し、私のHPやMP、それに精霊力へと変換することが出来るわけだ。
が、いかんせん強力過ぎるという難点もあり。
大出力で考えなしにぶっ放せば、過食によって苦しむことになってしまう。
HPとMPの過剰吸収ならまぁ、多分どうということはないのだろう。いや、健康には良くないのかも知れないけど。
それより問題なのは、精霊力である。
精霊力の取り込み過ぎは、確実に私を蝕むことになる。っていうか多分、最悪爆発する。
なので、不要なものはリバースするわけだ。ばっちくはない。
勢いよく吐き出したものは、それだけで純粋な質量攻撃になり得る。それ故、ビームとリバースを交互に運用するのが、恐らくこの【グラトニービーム】の正しい使い方なのだと思う。
というわけで、出力を適度に調節した漆黒のビームを、私は骸へ向けて発射した。
光速である。懐中電灯の光を初見で回避できるのか、と問われたなら、まぁたとえどんな達人でも不可能だろう。光ったと思った時には照らされているんだもの。
だから、如何な刀の骸とて直撃は避けられない。
……と、少しくらいは期待したんだけどな。
やっぱり心眼持ちなのかも知れない。完璧なタイミングにて身を翻し、ビームの軌道上から見事に外れてみせたのだ。
ばかりか、テレポートを駆使した鋭い踏み込みでもって懐に入り、ぶった斬ろうとしてくる始末。こんなに可憐な美幼女なのにまるで容赦がない。
が。
魔法少女化したことで、更に大きく上昇した私のステータス。
最早骸の動きを捉えるのに、これと言った苦労も感じない。
迫る刀の腹を素手で払い除け、がら空きになった胴めがけてスキルを行使する。
リミテッドスキル【ジョイントプログレス】。二つ以上のスキルを融合させ、より強力なスキルへと昇華させる、まじかる★みことに発現した特別な力である。
融合素材として用いたのは、【レーザーアイ】と【パラライズタッチ】。
前者は目からレーザーを発射するスキルであり、後者は触れたものを麻痺させる状態異常付与のスキル。
強みはとにかく出が早いことと、貫通力、照射力に優れるため威力が高いこと。
私の目より、ビッと飛び出した二本のレーザーは骸の胸部を穿つはずだった。
が、やはりテレポートにて逃げ去る。
かと思いきや、死角に回って足元へ斬りかかるじゃないか。本当に油断も隙もない。
ここでリバースを発動。
先程骸が躱したグラトニービームは、ものの見事に竹林の一部を削り取り。
おかげでHPもMPも満タン。精霊力も一気に回復したわけだが、食った竹や土はどっさりと余っており。
私は迫る骸めがけて、溜め込んだそれらを勢いよく吐き出したのである。
骸の神速の剣に割り込めるほどの勢いと言えば、その凄まじさも伝わろうというものだろう。
彼女は転移の扱いに於いて、私に僅かなれど及ばない。
ここまでの戦いの中で感じたことである。これに間違いがないのであれば、このタイミングでのカウンターは恐らく避けられない。
本来の自然現象ではまずあり得ない勢いでもって地を叩く、土砂と圧し折れた竹。
その衝撃たるや、爆発に例えたとて到底足りない、凄絶なものとなった。
リバース発動と同時にその場をテレポートにて去った私。上空から見下ろす景色は、美しい竹林が一瞬にして蹂躙される残酷な光景だ。
衝撃に耐えきれず、放射線状に薙ぎ倒される緑色。
大量の土砂は爆ぜるように広がり、大量の細かな土を盛大に巻き上げた。さりとて、湿り気のある土だ。直ぐにバラバラと地に落ちる。
たった一手。それだけで、フィールドがすっかり様変わりしてしまった。
罪悪感はある。とんだ自然破壊だ。けれど、だからと言って油断の許される相手でないことは間違いなく。
可視化マーカーは土砂の中に、骸の存在を教えている。どうやら耐えたらしい。一体どんな防御力をしているのか……いや、違う。
骸の倒し方は、ぶった斬って吸収するのがルールだったか。
今ので四肢欠損でもしていれば、或いは……とも思ったのだけれど、恐らく大きなダメージは無いのだろう。
すると案の定、元気に土砂を撥ね退け金色の輝きが飛び出してくるじゃないか。
けれどその輝きにも随分と衰えが見える。本当に限界が近いらしい。
一方でこちらはと言えば、グラトニービームのおかげで回復は成った。ゼノワも私の中で、精霊力を補給している。
この状態であれば、まだまだ戦えそうだ。ただし、内側から感じる力が大きすぎて、長時間の維持は難しそうだけれど。
それでも間違いなく、彼女よりは長く持つ。
なれば。
『せっかくだもの。最後まで教えを請うとしよう』
『グル』
私は刀を握り直すと、地上へ降り。そして、改めて骸と対峙した。
大勢は決した。けれど、気を抜いたりはしない。もとよりここからは、彼女が力尽きるまで技術を学び尽くそうというのだ。
誠実であることは当然。侮りなどあるはずもなし。
睨み合いは静かに続き、先に動いたのは私。可能な限り、用いるのは剣術のみ。
骸を圧倒するステータスを振りかざし、横薙ぎの一閃でもって襲いかかる。
が、いなされた。暖簾に木刀で殴りかかったような手応え。柳に風、というやつだろう。
返す刃は的確に急所を狙った、必殺の剣。恐ろしく無駄のない一撃である。まるで、いなしと攻撃が同時に成立しているかのような、物理法則を疑いたくなるほどの絶技。
堪らず自動回避が発動。これだけステータスに差があっても、容易く一本取られてしまった。
安易に仕掛けては軽くあしらわれてお終いだ。以前サラステラさんに扱かれた時のこと思い出した。
それだけ、私と彼女には大きな実力差があるってことだ。ステータス差で無理やり押し切ろうっていう自分の魂胆が、なんとも恥ずかしく思えてくる。
それでも勝つためだ。負けないためだ。
何より、ここまで手札を切らされた以上、敢えてそれを引っ込めるような真似なんて出来ようはずもない。舐めプなんて許せないもの。
そうして、私と骸は延々と刀を交え続けた。
もしもまともに剣術のみでぶつかっていたなら、果たして私は何回殺されたかも分からない。正しく赤子の手をひねるかの如し、である。
やればやるだけ悔しさが募り、同時に楽しくて仕方がなかった。
打てば響く、とでも言うのか。彼女は私のアプローチに対し、本当に信じられないほどの引き出しでもって応じ、攻めに於いても守りに於いても、終始こちらを圧倒し続けたのである。
何時しか、金色の衣は失せ。
赤いオーラさえ霧散してしまった。
それでも彼女の技に衰えはなく。
呆れたことに、剣のみで挑んだなら、二重宿木に魔法少女化まで行った今の私ですら、バテているはずの骸に一太刀入れることすら叶わずあしらわれてしまうのだ。
傍から見たなら、幼女が人型の異形に繰り返し挑み続ける、微笑ましい光景に見えないでもないはず。
いや、うん。見えないか。そも、動きがアレすぎて普通の人じゃ目で追えないだろう。
一体どれだけの時間、そんなことを繰り返したかも分からない。
驚いたことに、先に限界を感じ始めたのは私の方だった。
いや、当然のことか。この状態を長時間維持するのが大変なことだなんて、始めから分かっていたことだった。
けれどまさか、これだけやって本当に一本も取れないだなんて。
これ以上は、身体が持たない。
力任せにだろうと、そろそろ決着をつけなくちゃならない。
それでも、せめて一本くらいは取りたい。
私の胸中に、そんな葛藤が芽生えだした頃。不意に、ピタリと骸が動きを止めたではないか。
何事かと警戒し、構えていると。
突如として、体の芯から吹き上がるようにして発生した赤いオーラ。
金の衣までたなびかせ、彼女はこれまでで一番の覇気を纏い、構えを取ったのである。
それは、信じ難い光景だった。
意思の極めて希薄な骸が、まさかこんな行動に出るだなんて。
これで最後だと。次の一合で終わりだと。ここで決めてみせろと。
そう言っているのだ。いや、言わずとも分かる。
だって他でもない、私のことだもの。私だったものの言うことだもの。
言葉は不要。私もまた、全身にバフを漲らせ、己が刀を構える。
次で最後だ。
静寂。
睨み合いは、数秒。
そして。
次の瞬間、私の左腕がくるくると、真っ赤な血を吹きながら宙を舞っていた。
──同じく、彼女の首も。
弾けるように、白い光の粒へと変わる骸。
バチリと、雷へ変わる私の左腕。
白の光は私の胸へと静かに吸い込まれ、雷は左腕の断面に勢いよく喰らいつくと、何事もなかったかのように元の腕へと姿を戻した。
『……ケンサク……キノウ……』
「!!」
最後に彼女が残したのは、そんな言葉だった。
彼女ほどの骸が置いていった、きっと大事な情報だ。
私はそれを何度も反芻しながら、ようやっと全ての変身を解除したのだった。




