第六七一話 赤と金
金色の輝きを纏う衣をはためかせ、一閃。
私の張った隔離障壁は、薄紙のように容易く斬り裂かれ。
辛くも直撃こそ避けるものの、繰り出されるその剣の余波だけで、私はまたも痛みを負わされた。
そうさ、その金色は見覚えのあるもので。
味方にしたならばこれ以上無いほどに頼もしく。
それでいて、こうして一度敵に回してみれば、こうも恐ろしいものは無い。
最強クラスの自己強化スキル。
即ち、【神気顕纏】。
超越者の中でもほんの一握り、限られた者のみが習得できるという、謂うなればレジェンドスキルである。
何でもかんでも節操なく模倣するこの私が、どういうわけか扱うことの出来ないスキルだって言うんだから、そのヤバさは折り紙付きだ。
勿論再現しようとしたことはある。
体がバラバラになるかと思った。っていうかなりかけた。
正確に言えば、その時身につけていた装備たち諸共、である。
神気顕纏は、身体に多大な負荷の掛かるスキルでもあるらしく、それに耐え得る膨大なステータスがなければ使いこなすことは出来ないようだ。
私のような、完全装着で無理やりステータスを上下させるような紛い物では、どうやら負荷に耐えられないらしい。
……だというのに。
目の前の、私だったものは見事に使いこなしているじゃないか。
以前にも一体、神気顕纏を使いこなす骸がいた。
どうやっているのかは不明なれど、これを持ち出されたんじゃ形勢は一気にひっくり返ってしまう。
以前の比ではないほどに強化された、今の二重宿木。
これを用いて尚、再び私は防戦を強いられている。攻撃に転じる隙が無く、魔法によるちょっかいも呆れるほど完璧に対処される有様。
厄介なのは、未だ健在な赤のオーラだ。
神気顕纏との相乗効果なのか知らないけど、その出力が恐ろしく増していることは明らかだった。
自身や武器に纏うことが主な使いみちだった先程までと異なり、それ自体を武器として繰り出してきたり、魔法を封殺する盾としてみたりと、驚異的な万能性を発揮している。
対する私も、近接専用戦術である崩穿華を幾度も試みてはいるのだ。
相手の攻撃を弾こうとしたり、体勢を崩そうと試みたり、フェイントで動揺を誘ったり。
が、その尽くが失敗に終わった。技量がまるで違うのだ。或いは経験の差か。
若しくはやはり、心眼の力かも知れない。
骸は骸ゆえか、そもそも感情や意思が希薄なため、心眼にて彼女から何かを読み解くということ自体が困難であり。それに加えてこの刀の骸、サムライゆえの胆力や冷静さなのか、はたまたそういうスキルを持っているのか。何にしたところでとどのつまり、心眼が一切の情報を読み取ってくれないのだ。
一方で向こうの心眼には、きっと私の考えていることがよく視えているのだろう。
或いは、心眼を持っているんじゃないかって思えるほどに、こちらの動きを完璧に見切っているだけかも知れないけど。それはそれで驚くべきことであり、業腹でもある。
巧みな剣技、体捌き、そして見切りの技術も恐ろしく神がかっており。
神気顕纏にてステータス差というアドバンテージを埋められてしまえば、テクニックで押し切られるのは自明の理であった。
一ゲーマーとして、こんなに悔しいことはない。
だってそうだ。技術で敗けるってことは、プレイヤーとしての敗北を意味しているのだから。
そりゃ、向こうは私の成れの果て。彼女の用いるそれは、この世界できっと今の私より何年、もしかすると何十年も生きた末に獲得した戦闘技術なのかも知れない。
ならば活動歴一年半くらいの私が、太刀打ちできようはずもないだろう。何せ研鑽の厚みが違いすぎる。
だけれど、だとしても。
技術で敗ければ悔しい。自分に出来ないことが、相手に出来る。未習得のテクニックでぶん殴られる。些細な対応の差に、経験値の隔絶ぶりを思い知る。
歯がゆい。どうして自分にはそれが出来なくて、相手にはそれが出来るのか。
同じ、ミコトだって言うのに。
(……頭にきた。今、学んでやる……!!)
そうさ。技術なんてものは、模倣から始まるんだ。
模倣、踏襲、反復、研磨、そして昇華。
骸はわざわざ、私の知らない技術をこうして見せてくれている。未だ届かぬ高みの一端を披露してくれている。
なら、単純に勝利して力を継承するだけじゃなく。
戦って技術を学ぶこともまた、一つの継承の形なんだ。どうして今まで、そこに目が向かなかったのか。
骸は、私よりも長く生きた私自身。謂うなれば、最高のお手本じゃないか。最強の教材じゃないか。
幸い、二重宿木やてんこ盛りのバフのおかげで、平均ステータスは私の方が少しばかり上。多少斬られたところですぐ元に戻る。
なれば、学べるだけ学ぶ。吸収できるだけ吸い取ってやる。
骸の残したものを、無駄にしないためにも……!
★
極度の集中。
何もかもが見えているようで、見たいものしか見えていない。
極端な視界の偏り。思考の取捨選択。
斯くして私は、没頭を始めた。
一体何合打ち合ったか。
粘り気すら錯覚するような濃密な時間の中、私はツツガナシをストレージにしまい、巫剣一本で骸へと向き合い続けた。
学びの奔流。気付きの物量。処理限界との鬩ぎ合い。
掘っても掘っても尽きぬ砂金の砂漠で、延々とスコップ片手に底を目指し掘り進めているような途方も無い感覚。
それ程に、一度学習へ目を向けてみれば、膨大な学びがそこにあったのだ。
道理で、私の技術がさっぱり通じないわけだと。嫌でも納得させられる。
だけれど、無限とも思えたこの時間も、不意に訪れた身体の重みに、とうとう気付かされる。有限であったと。この時間には限りがあったのだと。
無論のこと、届かない。骸へは全然届かない。
私とゼノワの精霊力が、底をつきかけていた。
そして骸もまた、神気顕纏と赤いオーラの維持が随分と怪しくなっている。
このままでは泥仕合。最後に物を言うのは気合と根性、負けん気だけだなんて。
私は、そんな試合を望んだわけじゃない。もっと学びたいのに。まだまだ彼女の残したものを、その一割だって吸収できていないって言うのに。
残念ながら時間切れは、すぐそこまで迫っていた。
そして、否が応でも理解する。
(このままじゃ、殺される)
息切れを起こすのは、きっとほぼ同時。
ならば最後に勝負を分けるのは、やっぱり技量の差、経験の差になるだろう。
私では、今の私では彼女に及ぶべくもない。
ならば、負けを受け入れるのか?
相手に敬意を表して、この命を差し出す?
──ありえない。
私はこの後、突然皆をストレージに押し込んだことを、叱られなくちゃならないんだ。
イクシスさんの治療もしなくちゃならないし、そもそも皆をストレージに入れたまま私が命を落としたなら、ストレージの中にあったものがどうなるかなんて分かったもんじゃない。
どうあっても、ここで死ぬわけには行かない。
だから。
『ゼノワ、やるよ』
『グラ?』
『この状態で、【まじかる☆ちぇんじ】だ!!』
『ギャウ?!』
今の私が切れる、最後のカード。
はっきり言って、試したことはない。未検証のぶっつけ本番。
だけど、発動さえしたなら……間違いなく彼女を圧倒できるだろう。
そうさ、技ではなく力で。この戦いに於いては、最も忌むべき勝ち方だ。
それでも、やらねば。生き残るために、やらねば。
相変わらず、恐ろしい勢いで繰り出される斬撃を、紙一重でやり過ごし。
骸を強烈に睨みつけながら、私は心の中で発動を念じたのだった。
『まじかる★ちぇんじ……!!』
瞬間、白に染まる世界。
空気を読まないキラキラエフェクト。
問答無用で縮む身体。変わる装備。仮面すら失せ。
しかし、ゼノワがこの身から排出されるような気配は……無い。
強い違和感こそあれど、私はそれを抑え込み。
普段と違った、強引な変身である。さながら暴走を無理やり押し止めるような、乱暴な変身シーン。
中二センスとしてはご馳走なれど、見るのとやるのとでは大違いとは正に。
身の内に爆発しそうなほどの力を感じながらも、必死にそれが溢れ出ぬよう留め。
そうして、手元に現れたステッキを力強く掴んでぶん回せば、瞬間白の世界は夢幻の如く失せ。
代わりに現れたのは、青々とした竹林と、既に見慣れた刀の骸。
これまでにないほどに、警戒を顕にした慎重な構えでもってこちらを睨んでいる。
そんな彼女へ、私は告げるのだ。
「悪いけど、生き足掻かせてもらうよ。まじかる★みこと、推参!」
流石は骸、この顔面を見たところで固まるようなこともないらしい。
ある意味でそれに安堵しつつ、私はステッキを静かに構えた。
「モードチェンジ、まじかる★かたな!」
唱えたなら、ステッキの特殊能力が発動。
まじかる☆すてっきは検証の結果、持ち主によって特定の武器へ姿を変えることが分かっている。
私の場合は、刀だ。この骸を前にすると、なんだか運命や宿命めいたものを感じてしまうけれど。
チャキッと刀を深く構え、さりとて更に唱える私。
何せせっかくこの姿になっても、残念ながら精霊力の残量は心許ない。
だから。
「喰らえ、『グラトニービーム』!!」
私は、竹林を喰らったのである。
ひぃ、思い出したようにやって来る突然の誤字報告ラッシュ!
あ、有り難いです。有り難いですけど、突然どうしちゃったんです?! もしかして発作か何かですか?! どうぞご自愛下さいませ!
でも発作ではないとしたら……うん。
元気があってとてもよろしい。今後ともよろしくです!
尚、いただいた報告に関しては確認の後適用させていただいております。感謝ぁ!




