第六六七話 いつかの無念
物理も魔法も撥ね退ける障壁。
しかも、跳ねたそれは威力を増し、正確な狙いでもって打ち返してくる。
反射の度に攻撃の威力を増幅させる効果を利用して、幾重にも反射障壁間をラリーしてやれば、弱い火球の魔法もこの通り。
恐ろしい脅威となってこちらへと襲いかかってくるわけである。
(ってことは多分……)
猛烈な勢いで迫るそれを、私は試しにひょいと避けてみる。幾ら複雑に跳ね回っていたとは言え、相手へぶつけるスマッシュ時は結局真っ直ぐ素直な直線軌道を描かざるを得ない。
ならば回避もお手の物。余波にだけ気をつけて大きく避けてやれば、問題なくやり過ごすことが出来るだろう。
が、しかし。
私が避けたその瞬間、火球はかくんとその軌道を変え、こちらへと追い縋ってきたではないか。
(やっぱりか。反射障壁を使って、避けた相手を幾らでも追いかけることが出来るんだ)
回避直後は姿勢も崩れがちだもの、なかなかいやらしい戦法だと言えるだろう。
まぁ尤も、防御してしまえばそれまでなのだけれど。
(ああいや、違うか。私ならもう一手ある)
試しとばかりに障壁にて守りの姿勢を取る私。迫る火球をそれで受け止めんとした、その時だった。
空間魔法、【スペースゲート】が発動。火球はぱっと姿を消し、私の死角より現れ襲いかかってきたのである。
そうだろうね、私ならそうすると思ったもん!
間近より迫る圧倒的な火力を前に、防御姿勢もままならない私。
さりとて、手の内が分かっていれば焦るようなこともなく。対処はシンプルに、白枝を用いることにした。
こちらの手札を一枚晒すことになるのは少し痛いけれど、向こうの戦法を知ることが出来たのだから、買い物としては安いものか。
綻びの腕輪の効果により、今回は私の肩甲骨辺りから伸びた光の白枝。
骸が何をする間もなく、火球を刺して分解したそれは、勢いそのままに奴めがけて枝を伸ばしたのである。
途端に感じられる警戒心の高まり。
心眼を通しても極めて希薄にしか感じられない骸の内面に、確かな緊張が僅かなれど見て取れ。
すぐさま反射障壁による迎撃を試みるも、その尽くを分解して突き進む白枝。
それは刹那の攻防。何せ稲妻の如き速度で迫る白枝である。見てからの対処など間に合うはずもなく。
次の瞬間には、四つある奴の足の一本が刺し貫かれ、分解されていたのだった。
そして、分解された部分は私へと吸い込まれる。
これまでの骸戦は、剣なんかで四肢をぶった斬ると、切断されたその部分が輝く粒子となって私に取り込まれたものだけれど。どうやら白枝で分解しても問題はないらしい。
けれど奴もさる者。足の一本を穿たれながらも、そこで攻撃へと転じてみせたのである。
私の周囲にて魔法と反射障壁を展開。
きっと奴の必勝パターンなんだろう。避けたところで反射し威力を増す。当たればダメージは大きく、痛みや手傷から動きも鈍り。そこを突いて一気に勝負を決めようというのだ。
けれど、それ故に私は内心で首を傾げた。
(そんな戦法を、私相手に使うの……?)
もしかして、という考えが脳裏を過り、私は複数迫りくる魔法にこの身が晒される、その直前にとあるスキルを発動したのである。
お馴染みの短距離転移スキル、【テレポート】。現れた先は跳ね回る骸の軌道上で。
途端に見えたのは、驚きの感情。私が転移を使うことなんて、今更意外でもなんでも無いだろうに。
それでもこいつは驚いた。それはつまり。
(この骸は、転移スキルを持ってないんだ……!)
右手を突き出す。
飛び出したのは太い白枝。奴は慌てたように障壁を蹴って回避を試みるけれど、遅い。
何より、私の成れの果てと言うには、あまりに手札が少なすぎた。
白枝は躊躇いなく、骸の身体を穿ち、貫く。
枝の先端は分岐し、そのまま私へ迫らんとする魔法の尽くを刺して分解。
すべての脅威を排除し、チェックメイトを掛けたのである。
消える白枝。
体を粒子に変えながら、ゆっくりと振り向く骸。
意識を傾ければ、頭の中、或いは心に直接届く声があった。他でもない私の声だ。
『……タス……ケ……タカッタ……』
それが、彼女が最後に残した言葉。
そして骸は、いつかの私は、粒子となって今の私の胸へと吸い込まれていったのである。
★
戦闘を終え、皆へと無事に勝利したことを告げると、ホッとした表情で集まってくる仲間たち。
けれど飛び出た第一声はと言えば。
「今回は随分と、その、何だ……あっさりとしたものだったな?」
という、些か拍子抜けしたようなクラウの感想であり。その点に関しては私も、苦笑いを返す他無かった。
だってそうだ。端的に言ってしまえば、今回の骸は弱い、とまでは言わないまでも、強敵に分類されるようなものではなかったのだから。
現に皆の助けを借りるでもなく勝ててしまったし、イクシスさんたちに至っては完全に呼び出されただけ。無駄足を踏ませてしまった。
とは言え、骸はいつかの私である。当時の周回に於いては彼女も一生懸命生きたはずだ。そして、願い果たせぬままにここで倒れたのである。
それを貶めるような言葉なんて、どうして言えるというのか。
「それでミコト、何か『鍵のページ』についてヒントになるような情報は得られた?」
オルカの問いかけに、私は首を横に振って答える。
得られたのは『助けたかった』という言葉。何かを救おうとして、それが果たせなかった無念の言葉であると。簡単にそのような想像が成り立った。
すると皆も口々に、推測を述べていき。
自ずと視線が向かうのは、崖に大きな口を開く巨大洞窟。
「もしかすると、このダンジョンにてお命を落とされたのでしょうか……」
ココロちゃんの言うとおり、この洞窟はどうやらダンジョンの入口らしいのだ。
脅威度はなんと、赤の一つ星。
恐らくこの一帯で最も強力なダンジョンに違いない。いつかの私は、ここに挑んで力尽きたのだろう。
そしてきっと、挑まねばならない理由があったんだと思う。
恐らくは何かを、助けるために。
皆でそのような話をしていると、不意にここでソフィアさんが思い出したように口を開く。
「そう言えばこの辺りにも、確かエルフの里があったはずですね。ほら、マップにもそれらしいものが映っていますよ」
言われてマップを開いてみれば、確かにそれと思しき一風変わった村のようなものが、マップのサーチ範囲内に存在しているじゃないか。
しかし私は、それを詳しく確認する前に目を背け、マップを閉じる。
当然だ。だってエルフの里だもの。そんな、ファンタジーロマンあふれる場所をマップ越しに覗き見るだなんて、その様な無粋で勿体ない真似はしたくない。
見るなら自身の目で直に見てみたいじゃないか。
まぁ、それはいいとして。
「この辺りにもってことは、エルフの里って幾つもあるものなの?」
と、気になったことをソフィアさんへ質問してみた。
彼女はこくんと頷きながら答えてくれる。
「ええ、流石にどの森にもというわけではありませんが、こういった大規模な森になら住処を構えることはあるでしょう」
「鉱山にドワーフが住み着くのと同じような理屈なのです?」
「む。あんなヒゲモジャ筋肉族と同列に扱われるのは不快ですね」
エルフとドワーフは仲が良くない、なんて定番の話だけど、ソフィアさんの反応からするとあながち間違いでもないみたいだ。
いつものようにココロちゃんとバチバチし始めたソフィアさんを宥めつつ、私は話題を変えることにした。
「ってことはさ、もしかして骸が助けたかったのって、その里を指してるのかな?」
「その可能性は確かにあると思う」
「だな。それに今回のキーパーソンはエルフのアルタだった。それとも関係があったのやも知れん」
「グルゥ」
なんて話し合っていると、出番もなく手持ち無沙汰にしていたイクシスさんたちも会話に加わってくる。
「なら、ダンジョン攻略しちゃいますかー?」
「確か近頃は、この森の脅威度が徐々に上がっているという話だったが。もしかするとその理由がこのダンジョンなのかも知れんな」
「以前は里のエルフがダンジョンを潰して、この森を安定させていた……それがこのダンジョンのせいで、徐々に崩れてきてるってこと?」
レッカの推察に、異論は出ず。
勿論実際のところは里に出向いて話を聞くのが一番だろうし、何ならアルバムに追加されたであろう新しい『いつかの私の記録』を辿るのが最も確実だろう。
私としても、いつかの私の無念ならば是が非でも果たしてやりたいところではある。
なれば、その無念の内容を調べるのに手間暇を割くのも吝かではない。
とは言え事は、今回私が辿らなかった世界での出来事。里で話を聞くにしても、余所者に誰が何処まで話してくれたものか。
ならばやはり、一度アルバムを漁ってみるのが良いだろうか。
私は一先ずアルバムスキルを発動。ウィンドウを確認し、思ったとおり新しく追加されている情報を簡単に眺めてみた。
写真をざっと流し見た感じ……そこには、何だか今と随分違った生活を送る自分の姿があった。っていうか、スローライフを送っている風なんですけど。
それも、これは多分例のエルフの里だろう。どうやらこの周回の私は、エルフの里でスタートしたらしく。
そこからなんやかんやあってエルフたちと一緒に里で暮らし始めたらしい。
彼女が落命に至るまでの記録までは見れなかった。何せまだ、たかだか一年ちょっと分の記録だもの。平和に暮らしている様子が漫然と伺えた。
だけどきっと、やがてこのダンジョンについて知ることになるんだろう。
記録にはアルタさんすらまだ登場していなかったことから、もしかすると彼女との出会いが旅立ちのきっかけになったのかも知れない。
将来的にエルフの里を破滅に追いやるこのダンジョンから、里を救いたかった。恩人たちを助けたかった。
そう考えると、ここに骸が眠っていたことにも一応の説明はつく。勿論、憶測で構成した吹けば飛ぶような想像でしか無いけど。
しかし何にせよ、ここまで来てこんなダンジョンを放置して帰るというのも違うだろう。
私は考えを皆に告げると、快い同意の返事を受け取り。
そうして、巨大な洞窟へ向けて皆で歩き始めたのである。




