第六六三話 帰還マラソン
無属性マジックアーツスキル、【痛みの礫】。
所謂固定ダメージスキルであり、ダメージ量こそ少ないけれど比較的出の速い、固定ダメージ系に於いては使い勝手の良いスキルとなっている。
効果は至って単純。命中した相手のHPを一定値確実に減らすという、シンプル故に強力なスキルとなっている。
尤も、メリット以上に難点が多いため、一般的には見向きもされない不遇スキル扱いなのだけれど。
固定ダメージ系の中では出の速めなスキルではあっても、他のマジックアーツスキルと比べたならそうでもなかったり。
ダメージ値も実戦で運用するにはお話にならないほど低かったり。
HPを削ると言うだけの効果ゆえ、ヒットしたところで大きな衝撃や痛みがあるわけでもなかったり。
副次的な効果なんてものは、さっぱり期待するべくもなかったり。
そんなこんなで、好んで使おうだなんて者は余程の物好きくらいという、通常であればこのような脅威度の高いボスフロアで用いるようなスキルではないわけだ。
けれど私とアルタさんは今、それを駆使してゴルゴーンゴーレムを追い詰めていた。
『な、なんだコレ! 一体どうなってるんだいミコトくん!?』
『やり方は感覚で分かるでしょ? 少しでいいから手伝って』
『無茶を言わないでくれよぉ!』
キャラクター操作を用いた融合中は、私の中でアルタさんも魔法や一部のスキルを発動し、攻撃に参加することが出来る。さながら究極のマルチタスクと言ったところだろうか。
それにアルタさんには今、私の駆使している『連射スキル』ってテクニックの概要が感覚的に理解できているはず。
やっていることはと言えば、痛みの礫に【スキル分裂】と【多段化】を施しているだけである。数百発ほど同時に。
コツは一発一発微妙にタイミングをずらすことにある。一発あたりの処理を半ば無意識下で行えるようになれば、それは一種の自動化とも言えるだろう。しかし流石に同じ作業を全く同時に何百と行っては、処理可能数を圧迫してしまう。
そこで、同時ではなく連発を意識して弾幕を展開。一個一個の処理は自動化出来るので、後はどれだけタイムラグ無くボタンを連打できるか、みたいな話になってくる。
アルタさんにはどうにも、それが理解できないらしい。処理は私の方でやるから、連打作業を手伝ってくれればいいだけなのにね。
特訓により磨かれた分裂と多段化のスキルは、ほぼ劣化なく元のスキルを増やすことが可能になった。
今回はアルタさんの手前なので、加減して一発あたり三つに痛みの礫を分裂。それらが一回命中する毎に、多段化のスキルで三回分のダメージ判定を起こすようになっている。
痛みの礫一発分のダメージ値も加減して、今回は1にしてある。これで計算が楽になるね。
つまり、痛みの礫一回につき、相手のHPを3×3で9減らすことになる。
そして、鍛えに鍛えた連射速度。物理的なボタン連打ではなくマジックアーツスキルの発動だもの、めちゃくちゃ速いよ。
今の最高記録は、秒間六二七発。当面の目標は千の大台である。
アルタさんが手伝ってくれるのなら、もうちょっと記録は伸びるはず。でも、今回はこれも加減して秒間五〇発程度に抑えておくとしよう。
つまり、一秒間に与えられる最大ダメージは約450。一〇秒で4500だ。
如何な再生能力持ちのゴルゴーンゴーレムでも、それは『破損』への修復効果に重きを置くものであり、純粋にHPを削られたのでは回復にも時間を要するだろう。
タフな相手にこそよく通る。それこそが固定ダメージ系スキル最大の強みである。
ゴルゴーンゴーレムを取り囲むように展開され続ける、数多の痛みの礫。
無属性魔法であるところのそれは、風魔法にも似て不可視。何なら風魔法よりもなお捉え難いかも知れない。
見えざる無数の礫が、さながら紙くずでもぶつけられるように大した衝撃も痛みも感じさせず、四方八方より奴へと殺到する。
私は奴の放つ石化光線をひょいひょいとやり過ごし、何秒にも渡って礫の嵐を奴へ浴びせ続けた。
結果、次第に、確実に動きを悪くしていくゴルゴーンゴーレム。光線の命中精度は目に見えて下がり、反応速度にも低下が見られる。
ステータスというのはよく出来たもので、実は当人のコンディションに影響される部分が少なからずあるのだ。
当然である。死にかけなのに絶好調な時と同じ力を発揮できる人なんて居ない。と思う。や、イクシスさん辺りなら分からないけど。
別の例えを出すなら、老いだ。
老いに伴い、幾つかのステータス項目は確実に低下していく。これもコンディションによるステータスの上下を表していると見ていいだろう。
だから、HPを削り衰弱していけば、自ずと他のステータス値も低下を免れ得ない。仕様によるデバフ、と言ったところだろうか。
なればこそ既に大勢は決した。
「ソフィアさん!」
「ええ、構いませんよ」
技能鏡のスキルで奴を観察していたソフィアさんから、とどめを刺しても良いよという許可が出た。
ならば。
「オルカ!」
「うん」
彼女がビッと手裏剣を投擲。カッとゴルゴーンゴーレムの目の一つに突き刺さった。硬い金属だろうと関係なく刺さるらしい。どうなってるんだ……。
しかしこれにより、奴の分厚い胸部装甲の最奥にて光が発生した。紫色の光だ。
『! ミコトくん、アレは?』
『奴のコアを示してるんだよ。一気にあそこを射抜く』
『本気かい? ……いや、きっと今の僕らならそれも可能か。よし、やろうミコトくん! 僕の決め技を使ってくれ!!』
弓に矢を番え、ギギッと弦を引く。
用いるスキルは、アルタさんがフィニッシュによく用いるというアーツスキル。
弦を引いたまま構え、鏃に魔力を集中させていくと、段階的に力強い輝きを放ち始めたではないか。
脈打つようにドクンと、一段、また一段とより強い光を放つ鏃。
狙いの甘い石化光線を掻い潜り、ついに七つ目の脈動を経たそれを、満を持して私は解き放ったのである。
『これで止めだ! 喰らえ【セブンスピリオド】!!』
私の中でアルタさんが叫ぶ。
と同時、虹色の軌跡を残す一条の閃きが、ゴルゴーンゴーレムの胸部を穿ち貫いた。
狙い過たず、紫色のその核諸共に。
斯くして、石柱ダンジョンの主は爆ぜるように塵へと還り。
最後にレアドロップを残して、ダンジョン攻略は決着と相成るのだった。
★
「おぉ、やっぱり便利だねワープポータル」
石柱のダンジョン第一階層ワープポータル前。
特典部屋の中にあったポータルを使って、皆で無事に転移してきた私たち。
キャラクター操作は既に解除済みで、その反動による身体の重さを感じながらも、戦闘時間で言えば三分にも満たぬ間。よって反動もまだ軽いほうだと言えるだろう。
気分は一仕事終えた労働者のそれである。とは言え、三日ほど掛けての攻略だったからね。楽々というわけでもない。
ことさらアルタさんなんかは、ゴルゴーンゴーレムを倒してからずっと上の空で、ぽやーっとしっぱなしである。
心眼には、なんとも夢見心地な彼女の内面が見て取れ、多分ダンジョンを踏破したという実感が伴っていないのだろう。
まぁ、マジックバッグに詰め込んだ戦利品を後で確認すれば、自ずと我に返るはず。今はそっとしておこう。
マジックバッグより取り出した時計を確認。時刻はまだ午前一一時前。
なるほど。
「今から走れば、門が閉まる前には町に戻れそうだね」
「ミコト、疲労は大丈夫?」
「このくらいなら平気だよ。アルタさんも行けるよね?」
「うん……」
「行けるって」
「ホントか?」
訝しむクラウだったけれど、うんと答えたアルタさんが悪いのだ。頑張って走ってもらうとしよう。
ということで、私たちは巨大な石柱から踵を返し、イースリーフへの帰り道を走り始めたのだった。
で、数時間後。
夕暮れ迫る空のもと、気分はさながら某テレビ番組の丸一日マラソン。果たして放送終了までにゴールできるのか?! みたいなノリで、グッタリしたアルタさんを囲って皆で走り、ようやっと数日ぶりのイースリーフへ辿り着いたのだった。
もしかすると初めてのキャラクター操作は、想像以上に彼女にとって負担だったのかも知れない。行きより帰りのほうが、明らかにバテて見える。
とは言え何とかやり遂げた彼女を皆でワイワイと労い、そのノリのままギルドへ向かった。
混み合うギルド内。普段は避ける時間帯なので、苦手意識こそあれど。しかしぐっと堪えてカウンター前の列に並ぶ。
ソフィアさんはちゃっかりまた魔法少女化しているし、そのせいで絡まれそうになる場面もあった。が、幼女らしからぬ睨みと迸る魔力により、無理やり黙らせることに成功。そのせいでギルド内がにわかにざわつくも、おかげで以降は絡まれることもなく。
そうして私たちは無事、担当受付嬢をしてくれているパットさんにコソコソーっと踏破報告と、その確認要請をすることが出来た。
一応奥の部屋に通されたので、そこで証言と証拠品の提示も行った。特典部屋のアイテムを鑑定すれば、それが証拠として機能するらしい。
アルタさんは未だ心ここにあらずだったけれど、おかげで余計なことを言うでもなく。もしかすると、できるだけ目立ちたくないという私たちの意向を汲んでの事だったのかも知れないけれど。
何にせよそのようにして、私たちは無事にギルドを後にしたのである。
適当なお店でワイワイと夕飯を済ませ、そうして宿に戻るなり自室へと引き上げる。
流石にようやく我に返りかけたアルタさんが、「あ、そうだ。ダンジョンクリアの報奨金分配……」だなんて口走るものだから、それは明日にしようと言いくるめ。
そうして、今回の戦利品の内大半が詰まった彼女のマジックバッグごと、アルタさんを自室へと送り届けた私たちである。
これでおおよそ、ミッションコンプリート。
『何とか大きなボロを出すでもなく済んだかな?』
『ええ、そうですね。隠すべきスキルは隠せたかと』
『それにしても、あの程度のダンジョンに悩まされていただなんて。人間とは脆弱なものなのです』
『ココロがすごいこと言ってる』
『慢心はダメだぞ。それはミコトが最も嫌うものではなかったか?』
『はうぁ!! ちち違うんですミコト様、ココロはそんなつもりじゃっ』
『グラァ……』
『まぁ、言わんとしてることは分かるから。それより明日は予定通り、朝一番で帰るってことでいい?』
うっかりアルタさんに聞き耳をたてられぬよう、念の為念話でそのようにやり取りをし。
そうして私たちもまた、それぞれの自室へと引き上げるのだった。
すやすやミコトを取り合うオルカとソフィアさんの熾烈な三番勝負を見届けたなら、私もおもちゃ屋さんへと帰還を果たす。
斯くして、イースリーフでの用事を済ませた私たちである。
期間にして一週間足らず。鍛錬にこそあまりならなかったけれど、なかなか有意義な時間だった気がする。
勿論、裏ではコソ練も欠かしてないけどね。




