第六六二話 ゴルゴーンゴーレム
画像の色調でもいじったかのような、色あせた景色。
灰色めいた空に始まり、今や草の緑すら色味を殆ど失った。
不規則に立ち並ぶ石柱は、これまで以上にその存在感を主張していて、よくある洞窟型のダンジョンとは大きくその雰囲気を違えている。
同じボスフロアでも、フィールド型だとここまで異なるのだなと感心を覚えるほどだ。
そんな景色の中に於いても、私たちの放つ色というのは普段どおりであり。何だか整えられたジオラマの中にでも放り込まれた気分になった。
とは言え、既に見慣れ始めた景色でもあるわけだけれど。
一夜を明かし、十分な休息も取れた。ことさら私は例によって、すやすやミコトと入れ替わりおもちゃ屋さんに帰っていたわけで。体力気力ともに万全と言えるコンディションである。
見据える先には、このフロア、延いてはこのダンジョンの主と思しき一つの影があり。
遠視スキルにて確かめれば、一体の巨像であることが見て取れる。
「む。アレって……」
「ほぉ、オブジェクト型ですか」
ソフィアさんの言ったオブジェクト型とは即ち、ボスの登場の仕方を指すものである。
よく見かけるのは、ボス部屋の扉を開けると既に待ち構えているか、ポップが始まるかの二パターン。
けれど時折、異なる登場の仕方をするボスもいるようで。例えば王龍のような変身パターンもそう。
そして今回のオブジェクト型もその一つだ。
オブジェクト型の特徴は、戦闘が始まる前はただの置物。いや、『破壊不能オブジェクト』としてそこに佇んでいる、というものであり。
そのため戦闘前に長距離から破壊する、だなんて手段は取れないようになっているらしい。
一度テリトリー内に侵入したなら、その瞬間オブジェクト化は解除され、ボス戦が始まるという流れになっている。
このダンジョンではガーゴイルなんかも出現したし、もしかするとボス登場の演出もそれに近い流れを汲んだのかも知れない。
けれど問題の、オブジェクト化しているボスの姿はガーゴイルなどではなく。
「ゴーレムのようだね」
「特徴的な、あの『目』の装飾。もしかするとゴルゴーンゴーレムかも知れんな」
「あ、ココロ聞いたことあります。石化の魔法を使う厄介なやつですよね!」
『ガゥ!』
「面倒くさそう」
なんとも不穏な情報が飛んでくるじゃないか。
不穏と言えば、ソフィアさんが鋭い視線を送ってくるんですけど。どうせまた、絶対真似してくださいっていうんだろう。
『ミコトさん、分かってますよね?』
『あぁ、はいはい。心配しなくてもスキル図鑑に登録されるよ。後でじっくり覚えるから大丈夫』
『私も今や、一度でも目の当たりにしたスキルは魔法少女になって再現できますからね。ですが、奴がスキルを放つ前に倒すのだけはダメです。ちゃんと全てを引き出させた上で倒すのです!』
『えー。まぁ、やるけどさぁ』
案の定の念話である。キャラクター操作には一〇分っていう時間制限があるのだし、そういう要求は出来るだけ控えてほしいのだけれど。
とは言え石化、使えたなら強力な武器になるのは間違いない。リスキーではあるけれど、善処するとしよう。
仮面の下で小さな渋面を作る私。するとそこへ、声を掛けてくるものがあった。アルタさんである。
「さて、それではミコトくん。行こうか……!」
背後より私の肩にぽんと手を置き、そのように言う彼女。さりとてその声音には緊張が隠しきれておらず。肩に置かれた手も微かに震えているように感じられた。
無理もない。ただでさえ彼女にとっては遥か格上に当たるボスモンスターである。
しかも。
「うむ。それではミコト、アルタ、しっかり頑張ってきてくれ!」
「危なくなったら直ぐ助けに入る」
「万が一石化されても、ココロが治すのでご安心を!」
「瞬殺はダメですよ! ちゃんと石化魔法を引き出してからです!」
『ガウガウラー!』
そう。なんと今回のボス戦、私とアルタさんだけで務めようというのだ。
アルタさんが緊張するのは仕方ないとして、さりとて彼女の身体を操り戦うのは私である。それを思うと、私のほうがよりプレッシャーを感じているわけで。
何か、ちょっぴり胃が痛いんですけど。他人の身体を借りて戦うっていうのは、やっぱり恐ろしいことだもの。秘匿スキルの制限もあるしね。
皆の激励を受けながら、私とアルタさんは徐に歩を進め始める。
一歩踏むにつれて着実に、その存在感を主張してくる巨像。大きさは高さにして三メートルは下らないだろう。凡そ五メートル行くかどうかだろうか?
その威容を眺めながら、私はアルタさんへ声を掛ける。
「奴がオブジェクトからモンスターに変わり始めたら、こちらもすぐに【憑依合身】を実行するよ。目の前に合身の許可を求める通知が表示されると思うから、落ち着いて了承を選択してね。うっかり隙を晒して石化魔法の直撃を食らう、なんてことにならないように」
「わ、分かっているさ。もう何度も説明されたもの」
信用してくれと強がってみせるアルタさんに頷きを返しつつ、私たちは尚も歩みを進め。
そうしてついに、その時がやって来たのである。
私のつま先が、その領域に到達したであろう瞬間。唐突に、心眼が意思の芽生えを検知。即ち、オブジェクト化の解除が始まった証左である。
反射的に私は憑依合身こと、【キャラクター操作】を発動。鋭くアルタさんの名を呼んだ。
すると彼女は。
「ああ。僕はミコトくんを受け入れる!」
力強く、許諾の意思を叫んだのだった。
瞬間、久方ぶりの感覚が私を襲う。身体は解け、光の粒子へと変わり、意識はほんの一瞬途絶える。
そして。
次に視界を得た時、私はアルタさんの目で奴を、オブジェクト化を解除したゴルゴーンゴーレムの姿を捉えていたのである。
やはりエルフの目っていうのは、本当によく見える。遠視を使うまでもなく奴の姿を細部まで観察することが出来るほどだ。
だから、気づく。早速とばかりに撃ち放とうとしている魔法の予兆に。
奴の身体の様々な部位に施された『目』の装飾。その一つが怪しげに輝き、同時に魔力の反応も検知。そして。
発射されたのは光だった。光線である。敢えて無骨な言い回しをするなら、『石化光線』ってやつだ。昭和の特撮めいた響きである。
けれどそれを向けられる側としては、堪ったものではない。
軌道を予測し、予めそこから退かねば必中。見てから回避は不可能だろう。
アルタさんの身体を操り、くんと足に力を入れて地を蹴る。
それだけで、軽々と宙を舞う身体。やはりキャラクター操作は凄まじい。二人分のステータスを合わせた力は伊達じゃないのだ。
羽のように身体は軽く、膂力も反応速度も防御力さえ。何もかもが普段とは比較にならない。
問題があるとするなら……。
『う、うわぁ、なんだこれ、なんだこれぇぇ!!』
『ちょ、アルタさん落ち着いて』
『僕、今ミコトくんと合身してるんだ! 一つになってるんだ!!』
『なんか言い方が気持ち悪いんですけど……』
内側で早速大はしゃぎしているアルタさんが煩くてかなわないことくらいだろうか。合身中はお静かに願いたいところである。
そんなこちらの事情など、勿論知ったことでもなければ知る由もないゴルゴーンゴーレム。素早く撃ち出したるは第二射。私が空中に居る間に狙い撃とうというのだろう。
奴の反応速度もどうやら凄まじいらしい。判断力も、命中精度もそう。
合身中につきマップが見られないため、脅威度判定は出来ないけれど、もしかすると五星を超えて赤クラスかも知れない。
とは言え、それがどうしたってなものである。
私は風魔法にて空中に一瞬だけ足場をこさえると、それを踏んづけて回避を実行。見事に石化光線の二射目をくぐり抜けた。
と同時、弓を引く。アルタさんの愛弓だ。
『む、無茶だミコトくん! 僕の弓じゃあいつの体は傷つけられない!』
『違うよアルタさん』
私は構わず、引き絞った弦を解き放ち、ゴルゴーンゴーレムへ向けて一矢を射掛けた。
風を斬り裂き飛翔する一本の矢は、狙い過たず幾つもある目の一つへと迫り。そして。
『今だけは、私とアルタさん、二人の弓だ!』
『!!』
見事、その強固さを物ともせず、瞳の一つを穿ってみせたのである。そして。
ドゴンと内部から弾ける奴の目。部位としては左肩に当たる。
大げさに弾けた肩は、勢い余ってその腕ごと胴体より分かたれ。あれよあれよと地面に落下しては、小さく跳ねて転がったではないか。
繰り出したる一矢は、命中した矢が爆発するという弓系アーツスキルの一種だ。高いステータスから繰り出す爆発矢である。その威力はご覧のとおり。
『な、なんて力だ……! 行ける! これなら勝てるぞ!』
『いや、多分そう簡単じゃない』
フラグめいたことを叫ぶアルタさんに、しかし私は同意しかねた。いや、敗ける気はないけれども。
落ちた奴の左腕。何とそれが、奇妙な変化を見せたのである。
蛇だ。腕は忽ち変じて無数の蛇へと。そして蛇たちはゴルゴーンゴーレムの身体を這い上がると、再び腕の形を成していったのである。
ご丁寧に、石化光線にてこちらへの牽制も欠かさない。
奴の力を十分に引き出せと言われている手前、攻撃を控えてその様子を眺めていた。と言っても、僅か数秒の出来事である。
『バ、バカな……再生能力まで持っているっていうのか……!』
『まぁ、今更珍しくもないけどね』
私の遭遇する強敵って、高い確率で再生能力を有しているもの。もう驚きやしないよ。
とは言え、厄介なことに間違いはない。これでは幾ら矢を打ち込んでも、核を破壊しない限り勝ち目はないだろう。
……普通にやったらの話ではあるけどね。
『いいね。とっても良い相手だ』
『? な、何を楽しそうにしているんだミコトくん?』
『実は、せっかく開発した技をさ、この前の大事な戦いの時に出しそこねちゃって。ずっとモヤモヤしていたんだよね』
『その技とやらが、奴に有効だっていうのかい?』
『うん。正にこういう相手にこそピッタリの技だよ』
王龍戦に向けて、私は幾つかの戦い方を開発した。
その中でも、自信のあったそれはさりとて、出すまでもなく王龍に勝利してしまったのだ。
以降、なかなか運用の機会に恵まれず、モヤッとしっぱなしだったあの技。今こそそれを試す時だろう。
「使わせてもらうよ……『連射スキル』!」
斯くして私は、数百数千という固定ダメージスキルを展開し、奴めがけて一斉に解き放つのだった。




