第六六話 周回に便利な
我が目を疑うほど驚くべきことって、そうあるわけじゃないだろう。
この異世界にやってきて、そりゃぁ確かにビックリすることはたくさんあった。だけど、まぁ異世界だし? って考えると乱暴に納得も出来たわけなのだが。
けれどそれが、我が身に起こった珍事ともなれば話は違ってくる。
え? それ本当に私がやったの!? なんて見に覚えのないことを突きつけられたのでは、異世界だろうと元の日本だろうと、変わらず目を疑うというものだ。
目が覚めると私は、立っていた。立ったまま寝ていたってことだ。
まずこの事からして、意味不明である。私は確かに横になって、ぐっすり眠っていたと思うのだけれど。それが一体全体どうして、このように立ち上がったまま寝こけていたというのだろうか。
と、不意に寝起き特有のふらつきを覚え、体がくらりと傾く。すると誰かが、そっと肩を支えてくれた。私はそれが誰とも確認せず礼を述べた。
眠い目をこすろうとしたら、仮面を着けたままなことに気づく。なのでそれを外して、コシコシと目元をこすり、改めて周囲を確かめてみる。
数度瞬きをする内に、段々思考もまともに働くようになり、だからこそ私は次から次に生じる疑問に答えが出せず、首を傾げた。
そしてまず、一番気になったことを口に出したのである。
「ええと……ここ、どこ?」
問いを投げかけた相手は、ふらつく私を支えてくれたオルカと、それにココロちゃんだ。
彼女たちに向き直って返答を期待するも、二人して視線を泳がせるばかり。
ああ、これは……なんかやらかしたやつだ。
ひとまず、現状私は荷物を身に着けていない。就寝場所に置きっぱなしにしているようなので、そちらへ戻る道すがら事情を聞くことにした。
ところが、二人して道を覚えていないと言い出す始末。ど、どういうことなんだ……。
なんでも、ちょっと恐い目に遭って、そのショックで忘れたと。ますます何があったのか気になってしまう。
とは言え、私なら一応この階層の道も把握できているので、記憶をたどりながら移動を始めるのだった。
「それで、まず何が切っ掛けでこんな状況になってるの? 初めから教えて欲しいんだけど」
「ええと、ですわね。ココロが、退屈だから探険に行きたいと言い出しまして――」
「あ、ずるい! オルカお姉ちゃんもノリノリだったじょ!」
「そ、そんなことはありませんわ! わたくしは、ココロが心配で仕方なくついていって差し上げたのですわ!」
「うそだー!」
「あー、はいはい……大体分かった。それじゃぁ、恐い目に遭ったというのは?」
「「…………」」
「黙るんじゃない!」
二人して口を渋らせるものだから、聞き出すのには苦労してしまったけれど、何とか事情は把握できた。
そう、とても信じられないような事情を。
「私が、眠ったまま、モンスターの群れを倒した……?」
「ですわ。すごかったのですわ!」
「ココロ、何も見えなかったのだ! どっからかすごいコーゲキが飛んできて、モンスターをどんどん減らしてって!」
「最後には、モンスターの氷像がぼごーんって砕けたんですの!」
「それが、どうして私の仕業だと……?」
「ミコトさんがこれまで繰り出してきた技と一致していたからですわ」
「それにお姉ちゃん、立ったまま寝てたじょ」
「…………」
話をまとめるに、二人は退屈を持て余して私の寝ている間にキャンプ地を抜け出した。
そしてモンスターに囲まれ、あわや一巻の終わりというところに、私が颯爽と駆けつけて、モンスターを瞬く間に一掃してしまったと。しかも眠ったまま。
な、なんじゃそりゃ!?
私が眠ったままスキル訓練を行っている、だなんて話は二人から聞いたことがあるけれど、それだって結構半信半疑だったのに、それがとうとう戦闘まで行うようになった、だと……!?
流石にちょっと、いやかなり信じ難い話ではなかろうか。夢遊病とかいうレベルじゃないじゃない。
「きっとスキルですわ! ミコトさんにはそういうスキルがあるのですわ!」
「いやいや、そんなスキル会得した覚えがないんだけど」
「なら、知らない間に覚えてたってことなのだ!」
「そんなまさか」
半信半疑で、私はステータスウィンドウを立ち上げ、スキル欄に目を落とした。
すると。
「……あった。【オートプレイ】って、見覚えのないスキルが……」
「「ほらー」」
「えええ……」
オートプレイと言うと、ソシャゲでおなじみのアレだよね。
AIが自動で戦闘を行ってくれるっていう、周回に便利なアレ。プレイヤーっていうジョブからするに、そういうスキルがあっても不思議ではないか。
プレイヤーが習得するスキルって、どれも技って言うよりは、『機能』って言われたほうがしっくり来るようなものばかりだな。今後もそんな感じで、機能が拡充されていったりするんだろうか?
ともあれ、これで寝ている間の心配もなくなって一安心。
それはまぁよかった。よかったのだけれど……。
「とは言え、二人が抜け出すっていうことへの警戒が甘かった。私の配慮が足りなかったね……大きな反省点だ」
「ぅぁ、そ、それはその、仕方のないことですわ! というか、抜け出したわたくしたちが悪いのですし」
「お、お姉ちゃん、そんな顔しないでほしいじょ」
「んー……これは、新しい魔法を作らないとダメだな……警報……いや、術者にだけ分かるような、それでいて睡眠を解除できる……結界と連動して……」
「な、何かブツブツ言っていますの……」
「ど、どこかの魔導師みたいなのだ……」
修行中は、随時必要に応じたマジックアーツの開発を幾度となく行ってきた。そのせいもあって、今や新しいマジックアーツを考えて、それを習得するなんてことにはすっかり慣れているし、苦労するほどのこともない。
ただ、一度登録されたマジックアーツは内容が固定されており、微妙な内容の修正や変更が出来ないため、私の魔法スキル欄には今や、おびただしい数の試作マジックアーツが名を連ねている。
不思議なのはそれら一つ一つに、勝手に異なる命名が自動で為され、そしてその一つ一つにスキルレベルが存在しているということ。
私が適当に考えた魔法なのに、どうして名前が勝手につくのか。もしかすると、私が欲しいと思った魔法の内容を、既存のデータバンクみたいなところから検索して、該当するものをインストールしているとか、そういう感じだったり……うーむ。
もしそうなら、完全なオリジナル魔法ではないということになるし、開発と言うと違うのかも知れないが、それは別に大した問題ではなくて。やっぱりこの世界には、明確なシステムめいたものがあるってことになるんじゃないかと、それこそが私には大事に思えるわけだ。
まぁそうは思えど、世界の裏側のことなんて考えても仕方のないこと。
仮にもしそれが私の転生に関わるようなことであるならば、そのうち調べることにもなるのかも知れないが、今はひとまず置いておくとしよう。
ともかく、普通のスキルと異なりマジックアーツはかなり自由が利く。
MPをマニュアルで操作して、イメージに近い奇跡を引き起こせば、それがマジックアーツとして習得できるのだから。
オルカやココロちゃん曰く、それが普通はできないのだと言うけれど、やってやれないことはないのだ。実際私はそうやって魔法を習得しているのだし。
そんなこんなで、私は新しい魔法のイメージを固めながら、二人を引き連れてキャンプ地へ戻った。
幸い結界はまだ有効で、何者かに荒らされたような形跡もなかった。念の為荷物の中身もチェックしたけれど、問題は無いようで一安心。
それからは朝ごはんだ。が、その前にお説教をせねばなるまい。
「ちょっと二人とも、そこに正座して」
「? 正座とはなんですの?」
「ココロ知ってるじょ! お星さまのことなのだ!」
「おしい。でも違うの。っていうか異世界言語でも同音異義語って、一体どうなってるんだ……とにかく、こうです。私の真似をして座って下さい」
「ブーツでは足が痛いですわ」
「脱ぎなさい」
渋々と裸足になり、地べたに正座した二人に向い、私はくどくどと一般人がダンジョン内を勝手に動き回ることがどれほど危険かを、しこたま語って聞かせた。
二人は顔を青くし、ようやっと反省の色を示してくれた。なので、最後にちょっとしたお仕置きをして許すことに。
私はすくっと立ち上がると、二人の背後に回り込んだ。そして、お尻の下敷きになっている彼女らの足先を、容赦なくグリグリにぎにぎしてやる。
「「ひぎぃぃ~‼」」
「ふっふっふ、日本人ならみんな知ってる、これが正座の恐ろしさよ! これに懲りたら二度とやらないこと!」
「わ、わかりましたの! わかりましたから、触らないでくださいまし!」
「ごめんなさいなのだぁ! もうしないのだ!」
しびれた足の指先を、モミモミモミモミ。どうやら異世界でもその辛さは共通のようである。
逃れようにも、素早く動くと何とも言えない辛さが襲いかかってくるため、自爆を招いてしまう。かと言ってされるがままも苦しい。出来るのは力ずくで振り払うか、やめてくれと懇願するのみ。
そして彼女らは今、強く出られないのである。必然的に飛び出すのは、悲痛さを孕んだ反省の叫び。
私はしばらく彼女らが悶える様を堪能し、ようやっと解放したのであった。
それからは気を取り直しての食事。
流石に飽きてきたであろう保存食にも、今回ばかりは文句も飛び出してこない。
その後は少しの食休みを挟むと、ちゃっちゃと荷物を背負い出発である。
なにはともあれ、二人に怪我がなかったことは素直に喜ばしい。
それにしても、もし今回スキルに助けられず、彼女らの暴挙に気づかなかったなら試験はどうなっていたのだろう? それで失格だと言われたなら、流石にちょっとまってくれと抗議の一つもしたくなるところだが、しかしやたらやんちゃな彼女らなら今回の暴走も十分考えられたことだ。
そこに対策を打てなかったのは、やはり致命的な私の見落としであり、失格と言われても受け入れる他無いだろう。
次は偶然のスキルに依存しない、ちゃんとした対策をしっかり用意しておかねばなるまい。
本当に、護衛依頼って大変だ……。
★
第三階層はその後特に大きな障害もなく、二人も昨日のように自分から罠にかかり行くようなこともせず、スムーズに突破することが出来た。
そして迎えた第四階層。
実はこの階層からは、マッピングが出来ていない。というか、立ち入ったことさえこれが初めてだったりする。
修行は一~三階層で行っていたため、この先は私にとっても未知の領域。もしかすると初めて遭遇するようなモンスターがいるかも知れないし、敵が一気に強くなるかも知れない。何にせよ、一層注意を払って進まなくてはならないわけで。
「二人とも、よく聞いて。ここからは私も勝手がわからないから、変に走り回られると守りきれないかも知れない。トラップでケガをしちゃうかも知れないし、モンスターに襲われて取り返しのつかないことになってしまうかも」
「な、なにを言っていますの! そうならないための護衛でしょう!?」
「ミ、ミコトお姉ちゃんでも負けちゃうのか?!」
「ううん、万が一の話だよ。そうならないために、二人も気を引き締めて臨んで欲しいんだ。それでこそ、冒険ってものでしょう?」
「「‼」」
どうやら、わんぱくな二人には刺さったらしい。力強く頷きを返してくれたので、この階層で迂闊な行動をしでかす可能性は大分下がっただろう。
ここさえ、この階層さえ突破できれば試験はクリアなのだ。最後まで気を抜かず、しかし臆病になりすぎず、しっかりクリアしていきたい。
私達はこれまでになく緊張感を持ち、第四階層の探索を始めるのだった。




