第六五七話 輝きを求めて
ゆっくりとオレンジ色に移り変わる空のもと。
冒険者ギルドへ向かう通りの只中に見つけた人影は、【失せ物探し】を通すことでぽわんと光り出し。
私たちはその結果に基づいて、彼女に対しキーパーソンである疑いを掛けたのだった。
その後ろ姿は女性冒険者のものであり、身なりからして駆け出しというふうでもない。きっとそれなりの実力者なのだろう。
結われた焦げ茶色の髪の毛に、仕立ての良さそうな金属鎧。得物は腰にぶら下げた片手剣。
と、心眼が反応を捉えた。
『あ、気づかれたっぽい。みんな視線外して』
念話にて仲間たちにそう声を掛ければ、流石の彼女たち。自然な調子で件の女性から視線を外して、違和感などとは無縁の振る舞いを始めたではないか。
普段は誤魔化し下手のくせに、こういうのは上手いらしい。女性も背中に感じた違和感を気のせいとでも思ったのか、結局こちらを振り返るようなことはしなかった。
取り敢えずマーカーをくっつけて、それとなくギルドへ向けて歩を進める。尾行だと思われたら警戒されかねないからね、たまたま目的地が同じっていう体で行くのだ。
『なかなか勘は良いみたいだね』
『そうだな。恐らくはCランク以上だろう』
『ガウガウ』
『いつかの周回でミコト様とご一緒していたかも知れない方なのですよね? なら、そのくらいは当然なのです!』
『まだ可能性の段階ですけどね』
『私なら気づかれずに追跡できると思う。情報集めてくる?』
『そうだなぁ……下手に事前情報を得ておいて、いざ接触した時に変な態度を取っちゃわないか心配なんだけど』
『う。お、同じく』
『ココロも自信ありません……』
『まったく、鏡花水月の弱点ですね……もちろん私は問題ありませんけど』
『ソフィアはその格好がまず問題。でも、そういうことなら情報収集は控えておく。必要になったら言って』
オルカにお礼を言いつつ、そこではたと考える。
頑張った甲斐あって、なんとか光って見える人を発見することは出来た。出来たのだが……。
『ところでさ、これからどうしたら良いんだろう?』
『グル?』
『いや、なんて言って声を掛けたら良いのかとか、どうやってキーパーソンかどうかを確かめるのか、とか』
『そ、そうでした!』
『うっかりしていたな……』
『揃いも揃ってやれやれですね……キーパーソンの見極めには、結局【キャラクター操作】が必要になってくるんですよ? しかもキャラクター操作の発動には、ミコトさんのPT欄に名前を登録する必要まであります。つまりは、ただ話しかけただけではダメだということです』
『それなりに仲良くなって、信頼関係を築く必要がある』
ここに来て、大きな問題が顔を出したものだ。
声を掛けるだけでもハードルが高いっていうのに、仲良くなる必要があるだなんて。たかだかキーパーソンか否かを調べるだけだと、深く考えずにここまで来てしまったけれど。よくよく考えれば全然簡単じゃないじゃない!
仮にこのまま後を追いかけていったとして、それでどうなるっていうのか。もしも彼女が宿かどこかに帰るまでつけ回したとしたら、それはもう完全に不審者である。って言うかそれ以前に多分バレるし。
バレたら、いよいよ仲良くなるどころの話ではなくなってしまう。信用とは築き難く壊れやすいものだ、なんて言葉を何処かで聞いた気がする。
何か、策を用意する必要がありそうだ。
『それなら冒険者らしく、一緒に依頼を受けてみるというのはどうなのです?』
ココロちゃんの提案だった。
皆すぐさまその案を咀嚼し始め、真っ先に返答を述べたのはソフィアさん。
『難しいと思います。何せこの街には、彼女の……いえ、彼女たちの実力に見合うような依頼なんて無いでしょうから』
その言葉に、私は改めて光って見える彼女の様子を確認した。
すると、その傍らには別の冒険者の姿が三つ。光ってはいないが、恐らくPTメンバーなのだろう。
ざっくりと見た感じ、皆彼女と釣り合いが取れるほどの実力ある冒険者のようだ。PTランクで言ってもCは下らないはず。
『そんな実力者がどうしてこの街で活動してるのです?』
『恐らくは、百王の塔目当てだろうな』
『……それ、この前私たちが消滅させた』
『ガウガウ』
『となると、彼女たちは近日中にこの街を離れかねませんね。或いは、もうこの街で依頼を受けること自体無いかも知れません。あるとしても、他所の町へ向かう馬車の護衛依頼くらいでしょうか』
『確かに、一緒に依頼を受けて親交を深めるっていうのは難しそうだね……』
グランリィスほどの街では、その付近に出現するモンスターの力というのも高が知れている。
そも、ダンジョンが育たないのだ。出現した直後に国から優先的に人材が派遣され、じゃんじゃん潰されるからね。
となれば必然、ギルドに届く依頼の内容というのも軒並み難度の低いものばかりとなるだろうし、報酬だって高くはならない。
百王の塔ももう無いっていうんじゃ、彼女たちがこの街に留まっておく理由も無いだろう。
『これは困ったのです』
『ガルゥ』
『仮に護衛依頼を一緒に受けるにしても、移動にはかなりの時間がかかるでしょうね。短くても数日、長ければ一月以上拘束されることもあります』
『転移を常用する我々には、ちょっと耐えられそうにないな。特にミコト』
『私の鍛錬を妨げようっていうの……?』
『他の方法を考えるべき』
私たちはギルドへ向けて歩きながら、念話上であーでもないこーでもないと話し合った。
誰かと仲良くなるっていうのは、なかなかどうして難しいことなのかも知れない。まして仲良くなるだけじゃなく、最終的にキャラクター操作まで行使しなくちゃならないのだから大変で、その上私たちにはそれなりの制約もある。
一番のネックはやはり、野営が難しいってところだろうか。私、毎晩おもちゃ屋さんに帰るし。帰らないと叱られるし。外泊許可が出たとしても、精々二、三日がやっとだろう。
鏡花水月の活動になら、何ら支障はないのだけれどね。だってみんなもイクシス邸に帰るもの。誰かと一緒に数日過ごす、というのが極めて不向きなだけで。
そんなこんなで、色々と話し合った結果。
私たちは冒険者ギルドへ入っていく彼女たちの姿を見届けると、静かに踵を返したのである。
『さらば、いつかの仲間だった人。また会う日まで』
『ガウガウラ』
『まぁ、仕方ありませんね。もっと辺境の町でキーパーソン候補者を探しましょう』
『大丈夫、マーカーはちゃんとつけたままにして定期的に様子も見る』
そう。結局、焦げ茶髪の彼女に関しては一旦放置することに決まったのだ。
別段急いでいるわけでもないけれど、彼女とお近づきになるために余計な手間暇をかけるのは、あまり効率的とは言えない。
ので、それならば先に別の光って見える人を探すべき、ということになったわけで。
検証の難しさを知った、というのが今日の収穫といえば収穫だろうか。何とも釈然とはしないけれど。
斯くして私たちは、何ともいじけた足取りでイクシス邸へと戻ったのだった。
★
翌日。
時刻は午前一〇時くらい。天気は雲がやや多いけれど、悪くはない。
私たち鏡花水月はそんな空の下、現在マップを頼りに森の中を歩いている最中だった。
それというのも、昨日予定したとおり、辺境の町を訪れるためであり。しかし午前中も早い時間帯から町に入ろうっていうんじゃ、「お前ら一体何処から現れた?!」なんて怪しまれかねないからね。
何せいつもどおり空中を飛んだり転移したりして、高速でやって来たもので。それを勘付かれないための工作として、町に程近い森の中からスタートして、歩きで町まで移動しようってわけである。
幾ら目立つ動きを解禁されたとは言っても、必要以上に怪しまれるような行動はするべきじゃないだろう。
あと、ついでにこの辺りのモンスターの強さというのも確認しておきたかったしね。
マップによれば、およそ三~四つ星くらい。勿論赤ではなく、普通の金星だ。
まぁ、油断さえしなければ私たちの敵ではない。だけど人なんて死ぬ時はあっさり死ぬ。死ななくたって大怪我をすることもある。
だから、油断だけはどんな時もしないのだ。ってことで、油断しない私たちは実質無敵。
時折エンカウントするモンスターを蹴散らしながら、町へ向けて真っ直ぐ向かう私たちであった。
一時間ほど歩いただろうか。森を抜け、ようやく見えたイースリーフの町へ辿り着いた私たちは、町門を潜って現在門前の広場に立っている。
一言で言えば、そこは石と緑の町だった。石材と木材を中心にした建造物が並ぶ中、至るところに植物が植えられており、なんとも心地のいい空気の漂う町。そんな印象を受けた。
精霊の気配も人の住む場所にしては濃く、ゼノワも頭の上でくつろいでいる。
早速手始めに、失せ物探しを一発。うん、まぁ光ってる人は見当たらないや。
それにしても。
「この町は、エルフの人が多いように見えますね」
ココロちゃんの言うとおり、この町のもう一つの特徴として、他に比べてエルフらしき耳の長い美男美女がその辺をよく歩いているのだ。
まぁエルフ自体は、他の町でも見かけることはあるのだけど、やっぱり緑の多い所だからだろうか。こうしてざっくり眺めただけでも、明らかに多く感じられた。
エルフと言えば、うちにもハイエルフさんが居るわけだけれど。ちらりと、相変わらず魔法少女姿の彼女へ視線をやれば、コメントを求められたとでも感じたのだろう。徐に口を開くソフィアさん。
「お察しのとおり、エルフは緑を好みますからね。自然とこの町に居着く者が多かったのでしょう」
皆でなるほどと頷くと、早速私たちは観光がてら、主目的である候補者探しを開始するのだった。
町を散策しつつ、ちょこちょこと失せ物探しのスキルを行使し。
割とダメ元感覚ですれ違う人々を眺めてみるも、やはりと言うべきか結果は芳しくない。光ってる人はとってもレアなのだ。
とは言え本命は夕方、冒険者たちが戻ってくる時間帯である。その前に一先ずギルドの場所くらいは確かめておかなくては。
なんて皆と話しながら、昼食を済ませて歩くこと暫く。
時刻は午後一時も半ばを過ぎ、ぼんやりと眠くなる時間帯。足の向くままに散策を続けていた私たちは、大きな公園へと辿り着いていた。
何とも広く設けられたそこは、きっとこの町の特徴を最も顕著に示した場所なのだろう。
この世界の村や町などは、壁で囲うことで初めてモンスターの徘徊する領域から、人の暮らす領域を獲得・保持することが出来るらしい。
また、町に暮らす人の総合的な強さや、壁の頑強さ。そういったものがモンスターの侵入を阻む、結界のような効果を齎すらしく。
更にはフィールドを徘徊するモンスターの強さも関係して、モンスターが町へ近づかない、近づけないって構図が成り立っているらしい。
モンスターを撥ね退けるだけの力を町が失えば、奴らは壁を無視して侵入してくるし、或いはモンスターの力が町の力を上回っても、やはり奴らは町へやって来る。
また、人口密度に見合わぬ程に広く壁を展開すると、その分だけ壁の効果が弱まるというルールもあるらしく。
町を作るのも維持するのも、実は想像以上に大変なことのようなのだ。
そんな中にあって、町の中にこれだけ大きな自然公園を設けるというのは、なかなかに思い切った事であると。
不勉強な私にだって想像がつくくらいに、私たちの前には豊かな緑が広がっていたのである。
青々とした芝生は向こう何百メートルと敷かれており、遠くには森も見える。公園の中心には一際大きな木が聳え立っており、さながらこの町の御神木のように見えた。
そして、思い思いに寛ぐ人がチラホラ。気持ちよさそうに大の字になってお昼寝しているエルフの姿も見える。
きっとここは、この町にとってなくてはならない憩いの場なのだろう。
そんな公園内を、私は例によって失せ物探しのスキルを発動し、大雑把に眺めていた。
すると。
「お」
御神木の下に、一つの輝きを見つけることが出来たのだった。




