第六五四話 失せ物探し
時刻は午後一時を半ばほど過ぎた頃。
魔道具が食堂に相応しい穏やかな音楽を奏でる中、それを背景にしつつ私たち鏡花水月の五人はいつものように、イクシス邸の食堂にて一つのテーブルを囲っていた。
隣のテーブルではレッカ・スイレンさん・イクシスさんが同じくやや遅めの昼食を摂っている。
けれどそんな光景も、もしかしたら暫くは見られなくなるのかも知れない。何せ、目標だった王龍リベンジは成り、特訓期間も無事に終了を迎えたのだから。
レッカとスイレンさんは本業である冒険者活動へ戻っていくだろうし、イクシスさんもアップデートの混乱に際してそろそろクマちゃんから、何かしらの要請が届いても可笑しくない。
それに私たちだってそうだ。
この三ヶ月、通常のPT活動と言うにはあまりに過激な戦闘を繰り広げてきた。
仲間たちのステータスを上昇させるためだったり、より強力な装備を得るためだったりと、とにかく王龍に力負けせぬように必死だったのだ。
だからここからしばらくは、そうしたハードな活動ではなく、ある程度肩の力を抜いた通常の活動を行おうと。
食卓を囲っての話し合いに於いては、現在そうした内容が交わされていたわけなのだけれど。
そんな折、ふと話題の潮目があり。
ポロリと場に出た次の話の種は、オルカの「そう言えば」から始まった。
「アップデートを切っ掛けに、例の鍵のページ以外に何か変化はなかった?」
私への問いかけである。いや、他の皆に対しても言えることか。
何せ新しいスキルやジョブが実装されたと言っても、それらの習得条件というのはまだ判然としないのだから。
クマちゃんにでも訊けば、チラホラ情報が集まっている頃だろうか。けれどきっと大忙ししているだろうから、今は念話を控えておくとして。
皆の様子を伺えば、しかし残念ながらこれと言ってアップデートを機に新しいスキルを覚えた者も、ジョブが変化した者も、この中には居なかったらしい。
そしてそれは、私とて例外ではなく。少なくとも自身で把握している限りに於いては、例の鍵ページ以外にこれって言う変化は見つけられなかった。
そも、鍵ページにしたってアップデートが切っ掛けで追加されたと断言することも出来ない。
そういう意味では、今の所私たちにとってアップデートの恩恵と言えば、魔法少女化出来るようになったことくらいか。うーん、なんだかなぁ。
「ミコトさん、スキルチェックのお時間です」
「え。何さ藪から棒に」
「ミコトさんのことですから、膨大な数のスキルを前にして、既に把握を諦めているのではないですか?」
「う。」
「ましてアップデート前後の違いだなんて、実は自身でも判別がつかないのでは?」
「…………」
「ガウ!」
「はい、ごめんなさい。そのとおりです」
私は徐にステータスウィンドウを起動する。
目の前に現れたるは、私にしか見えない半透明の板。或いは窓か。表示されているのは私の各種ステータス値などで、その中には習得したスキルを示す項目もある。
複雑な思いでそこを注視してみれば、まぁぞろぞろといくら下へスクロールしても途切れることを知らない、スキル名の羅列。
魔力のカタチを操り、自由にスキルの習得が可能になったあの時から、ソフィアさんにアレを覚えなさいコレを覚えなさいと山のように課題を出され続け。
気づいた時にはこの有様。役に立つもの立たないもの、真価を知らず死蔵されているものなど幾らでもある。
これらすべての内容を把握しているのかと問われたなら、勿論否だ。自慢ではないが、「え、そんなスキル覚えてたっけ?」って思うことは茶飯事なのだ。
スキルレベルも初期値のまま放置してあるものが大半だし、スキル育成って概念を得てからは使い方にも気を使うようになってしまったため、一層放置が捗っている有様。
なのでソフィアさんの指摘には、正直ぐうの音も出ないところだ。「う。」と言えただけ頑張った方である。
「大丈夫です。私ならミコトさんのスキルを把握出来ていますので、アプデ前後の違いだって軽く見抜いてみせますよ。まして珍しいものが紛れていれば、尚更見逃すはずもありませんし」
「ああ、そう。頼もしいと言えば良いのかな……?」
「いいえミコト様、騙されてはなりません! こいつはただの変態なのです!」
「ふ。求道者とは時に、異端視されるものです。このちんちくりんにはそれが分からないのですよ。ミコトさんならその辺りも、ちゃんと理解してくれますよね?」
「ソフィアお前、その姿でよく言えたな……」
「食事の時くらい魔法少女化は解いて」
「いいえこれこそが、私の本来あるべき姿なので」
「ココロ知ってます。ロリババアっていうんです!」
「あなたにだけは言われたくありませんけどね?」
そう、今もソフィアさんはそふぃあさん状態なのである。
ドレスにソースが跳ねないのか、ちょっと心配になるんですけど。まぁ多分たとえドレスが汚れたり破れたりしても、変身し直すことでスキルの謎効果が働いて、新品みたいにキレイになってたりとかするんだろう。知らないけど。
それにしても、私はそんなソフィアさんに個人情報(習得スキルの内容)をこうして握られているわけなのだけれど。
何時だったか、所持スキルの内容は簡単に明かして良いものではない、みたいな教えを受けた気がする。
それが、いつの間にかこの状況。
慣れとは恐ろしいもので、すっかりと言うべきか、いい加減と言うべきか、現状をさっぱり気にしなくなってしまった。
何なら新しいスキルを覚える度に、律儀に報告している私である。
更には時々、スキル欄を直接見せたりもしているしね。ステータスウィンドウの閲覧許可を出せば、そうしたことも可能なのだ。
今回もいちいち読み上げるのは面倒なので、これで済ませてしまうつもりである。
「じゃぁはい、閲覧許可。みんなも見たいならどうぞ」
「お前、またそんな明け透けに……」
「拝見させて頂きますっ!」
「私も」
「む。だ、だったら私も見るが!」
「はいはい、許可許可っと」
すぐに皆の視界には、私のスキル欄が表示されたことだろう。不自然な視線の動きからそれは顕著に分かった。
面白いもので、リアクションは四者四様。ものすごいスピードで文字列を追っているのだろうソフィアさんは、しきりに瞳をカクカクと動かし。ココロちゃんはくわっと目を見開いたまま停止した。
オルカはそっと天を仰ぎ、クラウは静かに目頭を揉み始める。共通しているのは、誰もが食事の手を止めて黙ってしまったことくらいか。
耳に届くのは穏やかな音色と、隣のテーブルの音くらい。
「さ、流石ミコト様です……」
「前に見た時と比べて、増えてるどころの話じゃない」
「ソフィアがおかしくなるのも、納得せざるを得ないな……」
なんて、グッタリしながら思い出したように感想を零す三人を他所に、ソフィアさんのスキルチェックは依然として続いており。
しかし唐突に、彼女はガタッと席を立ち、その表情に驚きを貼り付けてみせたのだった。どうやら、何か見つけたらしい。
「このスキルは……!」
どうでも良いけど、幼女化しているせいで足の長さが足りず、ガタッと立ち上がるのも不格好。だから元の姿に戻れっていうのに……。
それはともかく、つぶやいたソフィアさんはすぐに私へと確認の問いを投げてきた。
「ミコトさん、この【失せ物探し】というスキルは何ですか?!」
「?」
何と問われて、首を傾げる。
正直に言ってしまえば、スキル名だけ告げられてもさっぱり分からないのだ。覚えた記憶があるような、無いような。名前が似ているだけの別スキルかも知れないし、もしかすると何処かで覚えた気も……。
「何って言われてもなぁ。探知系スキルの一種とかじゃないの?」
「何時、何処で覚えたんですか?!」
「覚えてない」
「覚えてないのに覚えてるんですか?!」
「え、あぁ、紛らわしいな。何時何処で覚えたかは覚えてない」
「覚えてないのに覚えてるんですか!?」
「むぅぅぅ」
「グラァ……」
異世界語って難しい。頭の上ではゼノワも呆れている。
そんなやり取りを見かねてか、オルカが質問を挟んできた。
「そのスキルって珍しいの?」
問いかけに、ズバッとソフィアさんの顔が彼女の方を向く。オルカが珍しくビクッとする。
「少なくとも私の知識には無いスキルですね。見たことも聞いたこともない、というやつです」
「ほぉ、ソフィアが知らないというのなら確かに、珍しいスキルなのだろうな。或いは……」
「アップデートで新しく追加されたスキルか、ですね」
ココロちゃんの言に、私は改めてスキル欄を眺めて件の名を探す。
この作業も何気に一苦労だ。目を凝らして文字列を眺めていると、ようやっと【失せ物探し】を見つけることが出来た。
改めて思い返してみるも、やっぱり何時、何を切っ掛けに覚えたかも不明なスキルである。
「もしかすると、ヨルミコトが鍛錬の最中に派生スキルを手に入れた可能性もあるけど」
「であれば、どのスキルから派生したのか詳しく知りたいところですけれど。やはりアップデートで追加されたものと考えるのが、一番しっくり来るように思いますね」
「新しいへんてこスキルの可能性は?」
「それにしては地味な名だがな」
「使ってみれば分かるのです!」
確かにそうだと私とソフィアさんは頷き合って、早速実行してみることにした。
初回の発動だし、分かりやすくスキル名を唱えての発動だ。
「それじゃ行くよ。【失せ物探し】!」
直後、起こった異変はと言えば。
「ど、どうですかミコトさん?」
ソフィアさんの真剣な問いかけに対し、私はキョロキョロと周囲を眺め。そしてある一点に視線を留めたのである。
それは、隣のテーブルで食事を終えようとしている三人。あと、ソフィアさん。彼女らの姿に、私は少なからず驚きを覚えたのだ。
何か、淡く光ってるんですけど。オーラが滲み出す感じに、ポワポワって光ってるんですけど!
普段とは違った妙な存在感も感じるし、もしかしなくてもこれがスキルの効果なのだろう。
私はその結果を、ソフィアさんたちへなるべく詳しく伝えた。するとすぐに考察会が始まり。
「失せ物探しと言う名と、光る四人……」
「レッカたちが失くし物をしているってこと?」
「失くし物をした人が光って見えるスキル、ということでしょうか?」
「ふむ。一先ず直接訊いてみるべきだろう」
クラウに頷きを返し、早速私は隣のテーブルへと声を掛けるのだった。
しかしこれ、パッシブスキルじゃなくてよかった。常時こんなに光ってたんじゃ、私が落ち着かないからね。
さて、彼女たちに心当たりはあるのか。検証の時間である。




