第六五二話 幼女増殖
変身の解除は簡単だった。スキルを発動する時と同様、『解除の発動』を念じる感じ、とでも言えば良いのかな。
それだけで魔法少女から、通常の状態に戻ることが出来るわけだけれど。
ただ、急速に身体が変化する感覚というのは、何とも気味が悪い。
身体は例によって光に包まれ、幼女から女子高生くらいのサイズにグッと急成長するのだから、何だか体に悪いことをしている気がして自然と眉に力が入ってしまう。
まぁ、裏技だなんて言って無理なMP回復を常用している私が言えたことではないのかも知れないけどさ。
顔面にすっかり馴染んだ仮面の感触を感じ、装備も元通りになったことを自覚する。
と、その時だった。
「グラ!」
というゼノワの声に顔を上げてみれば、固まっていた皆がようやっと正気に戻ったではないか。
無論安心はあれど、流石にこうあからさまだと、皆に揶揄われているんじゃないかって気分にもなってくる。が、不思議と心眼にそんな気配は捉えられず。
仮面の下に解せない気持ちを浮かべていると、早速皆がざわつき始めた。
「む、わ、私は今まで何を……」
「ココロも記憶がないのです。どうして倒れて……」
「可怪しい。日が少し傾いてる」
「確か、ミコトさんの変身を見守っていたはず……」
「うわ、スイレンが目を覚まさないよ?!」
「うぅむ、しかし何だその満足げな顔は。スイレンちゃんは何を目撃したというのだ……」
なんかみんな、記憶まで飛んでるみたいなんですけど。
仮面が手放せない理由に加えて、気軽に変身できない理由まで出来ちゃったみたいだ。
ともあれ、状況説明が必要だろう。私は未だに混乱から冷めやらぬ皆へと声を掛けるのだった。
カクカクシカジカ。
皆が停止している間に、一通りの検証を行ったという事実を伝えると、一様に困惑した顔が並び。
むしろ私が皆をからかっているのではないか、という疑いまで掛けられる始末。
「うぅむ、信じ難いな……ミコト、我々の動きを停止させたのも魔法少女の能力なのか?」
「え。いや、そんなスキルは無かったと思うけど……」
「ココロは納得です。ミコト様の神気に当てられて、意識を保てなかったに違いないのです!」
「神気かどうかはともかくとして、意識を保てなかったのは確かだね」
「流石ミコト。軽々と想像を越えてくる」
「美幼女のプライドがちょっぴり傷つきましたよ。流石は私の嫁です」
「もしかすると、無自覚の内にチャーム系の能力が発動しているのかも知れないな。信じ難い現象だが、ミコトちゃんなら或いは……」
なんかイクシスさんがすごいこと言ってるけど、きっと気のせいだろう。
今度から魔法少女になる時は、自分の顔にモザイクでも掛けておくとしようか。効果の程は分からないけど、私の顔面が原因なら多分それでなんとかなるはず。
そのように、ある意味悲壮な決意をこっそりと固めていると。
「それでミコトさん、リミテッドスキルはどうでした?! ミコトさんのことですから、また常識離れした凄いスキルが宿ったのでしょう?!」
なとど気を取り直したそふぃあさんに服の裾を掴まれてしまった。く、幼女の姿でそれはズルい!
しかし説明して良いものかどうか。特に彼女に知られたら、【ジョイントプログレス】も【グラトニービーム】も、絶対実演してみせろとうるさいに決まっている。特にジョイントプログレス。
もし知られようものなら、寝る間も惜しんで組み合わせ探しに没頭するだろう。付き合わされては堪ったものではない。
「うん。詳細は伏せるけど、すごいスキルだったよ。すごすぎて扱いに困るから、封印しておくことにするね」
「んな?! 何を言ってるんですか! せっかくの強力なスキルを死蔵させてどうします! まして内容まで秘密などと、それはPTとして戦略を一つ無駄にすることにもなるのですよ!」
「ぐ、なかなかの正論パンチじゃないか……」
「グルゥ……」
暫しの押し問答。結果、
「なら、先に他のみんなに教えるよ。それでソフィアさんに伝えても問題ないってみんなが言うのなら、ソフィアさんにも教える」
という条件を半ば強引に飲ませ。
そして私はそふぃあさん以外のメンバーに、ジョイントプログレスとグラトニービームについて語ったのだった。
すると。
「ああ、それは言わないほうが良いだろうな」
「ですです」
「ソフィアにとっては、完全に新しいおもちゃ」
と、鏡花水月の仲間たち。レッカたちにも異論は無いみたいで。
斯くしてそふぃあさんは、その幼い見た目をフルに活用した駄々っ子作戦を決行するのだった。
いつもの無表情は何処へ行ってしまったんだ……。
案の定である。
いよいよメンヘラ化し始めたソフィアさんを見かねて、仕方なく白状したところ。
「さぁ早く! 早く見せなさい早く!!」
ガシッと背中に組み付かれ、耳元でそのようにずっと叫び続けるそふぃあさんである。幼女じゃなかったら流石に殴ってたかも知れない。
とは言え、リクエストにお答えするつもりはないのだ。
リミテッドスキル以外の検証結果も皆に伝え、ようやっと『まじかる★みこと』に関する話題も過ぎ去ろうという頃。
何だかソワソワしている皆の様子を認め、私は小さな溜め息を一つついて、問いかけたのである。
「それでさ、【シェアリング】を使えば多分、みんなもまじかる☆ちぇんじ出来ると思うけど……やる?」
問いかけに、返事は満場一致である。即ち、是非も無しと。今の今まで意識の戻らなかったスイレンさんまで、綺麗に挙手して参加を希望してくるものだから、すぐさま準備は整い。
斯くして私たちがイクシス邸へ戻ったのは、すっかり日も暮れてからのこととなった。
おしなべて美幼女ばかりが、各々大はしゃぎしてスキルを無秩序に放ちまくる光景は、まじかる☆小学校の一幕が如し。
うん……まじかる☆小学校ってなんだ。ちょっと疲れてるのかも知れない。あとソフィアさん煩い。
★
季節は秋と言うには早く、さりとて夏と言うには遅い。そんな季節の変わり目。
いや、気づいたら居なくなっている秋くんである。なれば今この季節は、既に秋なのだろう。夏が過ぎれば秋。まだまだ残暑が厳しかろうと、秋なのである。
そんな秋の厳しい日差しを窓の外に眺め、冷房魔道具の稼働音をそれとはなしに聞き流しつつ。
私たちは今、例によってイクシス邸会議室へと集まっていた。
昨日は結局、VSモードで最強の魔法少女を決めようぜ! みたいなノリに突入し、結局遅くまで付き合わされてしまった。
ちなみに私とイクシスさんは参加してない。最強の座を勝ち取ったのは、意地を見せたソフィアさんである。準優勝はオルカ、いや『まじかる☆おるか』。やっぱり対人戦では無類の強さを誇った。
尚、決勝戦のソフィアさんは必死で。とうとう検証の場では控えさせた、ステッキを駆使した必殺技を発動。
フィールドを盛大に破壊し、それにオルカをどうにか巻き込んでの、デタラメな勝利となった。大人げないったら無い。
それにしてもステッキを使った必殺技は、恐らくまじかる☆すてっきの特殊能力によるものと考えられ、どうやらこれまた使用者によって個性が出るらしい。
私のステッキがどんな能力を秘めているのかは、また改めて検証する必要がありそうだけれど、当面は放置しておきたい。
変身は懲り懲りである。
そして、この会議室でも相変わらず、魔法少女の話題は賑やかに交わされており。
昨日の今日ではあるけれど、私たちの間でブームになりつつあった。
まぁ、それはいいとして。
本日ここに集まったのは、勿論そんな話題に花を咲かせるためではない。
王龍の撃破とアップデートを経て、これからの活動をどうしようかという話し合いをするためである。
魔法少女のインパクトが大きすぎて、昨日はうっかり本題そっちのけで騒いでしまったけれど。
謂うなればその魔法少女化を齎したのも、アップデートによるものなのだ。
そしてこういった変化は、世界中で起こっているものと思われ。そう考えると改めて、アップデートの影響ってものを肌身に感じようというもの。
今回もマジックボードの前にはイクシスさん。彼女の登場とともに雑談は鳴りを潜め、簡単な挨拶と状況のおさらいが済んだなら、いよいよ本題となる議題が示されたのである。
先ず提示されたのは、『オーパーツ収集と特殊ダンジョンの調査について』である。
「知ってのとおり、オーパーツの正体はアップデートを実行するための鍵であることが判明した。正しくは『キーオブジェクト』と言うらしい。そして恐らくは世界の何処かに、他にもモノリスが存在するのだろう事もだ。キーオブジェクトとモノリスが対であるならば、キーオブジェクトの数だけモノリスもまた存在するということだからな」
そのように語るイクシスさんに、皆は各々難しい表情を浮かべた。
そんな私たちの反応を眺めつつ、イクシスさんが続ける。
「はっきり言って、アップデートは我々の手に余る大きな事柄だ。今回は好ましい内容のアップデートであったために、大きな騒ぎにこそなったが混乱は少なかったらしい。だが、次もそうであるとは限らない。もしも人類側に不利なアップデートが待ち構えているとしたなら、それは由々しき問題だろう」
イクシスさんはそこで言葉を区切ると、深刻な様子で皆へと問いかけたのである。
「どうする。今後もキーオブジェクト収集を続けるか? モノリスの捜索もだ。或いはここで手を引き、別のアプローチでミコトちゃんの正体を調べる、という選択も考慮するべきだろう。皆の考えを聞かせてくれ」
皆は深く考え込み、直ぐには返答できない様子だった。
それもそうだ。何か確信があってオーパーツを調べ始めたわけではないけれど、結果としてこんな不思議な事態を引き起こしたのだ。
既知の常識とは異なる、未知なる領域。アップデートなんていうのは、確実に『向こう側』の概念って感じがする。
それにプレイヤーっていう私のジョブも、そこはかとなく『向こう側』っぽいじゃないか。
何をもってして『向こう側』とするのか、だなんて定義づけすらも曖昧な概念だけどさ。それでも、この世界に在るべくして在るものとは異なるような。
それこそ、私っていう存在と似た匂いを感じるわけで。
なれば、私って存在が一体何なのか。それを解き明かすための手がかりに近づいているような感覚は、確かにしていた。
そうでなくても、ここに集っているのは冒険者たちだ。こんな前代未聞の冒険から手を引くのかと問われたなら、それは迷いもするだろう。
それにもっと遡って考えてみると、そもそもオーパーツを調査し始めたのは骸の残したメッセージ、『隠しコマンド』が何なのかを求めてのことだった。
コマンドと言えば師匠たち妖精の技術に用いられるものであり、それはアーティファクトと呼ばれる古代のアイテムにも用いられているものだ。
なれば用途不明のオーパーツには、特別なコマンドが用いられているのではないか、という推測からオーパーツ探しが始まったわけだけれど。
それがなんやかんやでアップデートである。
果たして、この結果を私たちは『隠しコマンドの発見』と結論して良いものか。
その点は、なんだか腑に落ちないのだ。
もしかしてオーパーツとは関係のないところに、隠しコマンドなるものが存在しているのではないか。
そう考えると、一度オーパーツから離れるのも選択としてはありな気もする。
それと別にもう一点、気になっていることもある。
今後もキーオブジェクトの収集を続けるかどうか、というのは何とも悩ましい問題に思えるのだった。




