第六五一話 過食
ヒュルリと頬を撫でるのは埃っぽい熱風。
照りつける太陽は大地も風もゴリゴリに温め、頼んでもいないのに時折こうしてムワッと吹き付けてくるのだ。
煩わしく思い、ちらりと視線を遠景へ向けてみれば、すっかり地形の変わった大地が横たわっており。
暑さの影響だろうか。つい乾いた笑いが溢れてくる。
ゼノワと一緒に、ジョイントプログレスで有効なスキルの組み合わせを模索し続けること暫し。
いい加減後片付けが大変だからと、そろそろスキル合成から一旦手を離すことにし、惨状から意識的についっと視線を背け。
そこで、はたと思う。
「ちょっとMP減っちゃったな……やっぱり裏技っていういつもの回復手段がないってなると、気分的に落ち着かないや」
「ガウ……」
呆れながら、そんなもの使えないのが普通だと語るゼノワ。確かにそのとおりではあるのだけれど。
しかし、裏技の便利さに慣れ親しんでしまった私にとっては、なかなかに由々しき問題だ。
それというのも、どうやら魔法少女に変身中は装備の変更が出来ないらしいのだ。
よって裏技によるMPの補充が出来ず、どうしてもというのなら一度変身を解く必要があった。
裏技を使うためだけに、態々またあの変身パートをやらなくちゃならないって考えると、流石にゲンナリである。
何か他に、MPを高速で補充する方法があると良いのだけれど。
「グラ!」
「そうだね、それじゃ次の検証に移ろうか。【グラトニービーム】の検証に!」
ゼノワに促され、気持ちを切り替える。
MP回復の手段が無い、と言ったけれど。しかしまだそうと決まったわけではないのだ。
そう、私はこのもう一つのリミテッドスキルに、密かな期待を寄せていたりする。
だってかの有名な『グラトニー』の名を冠するスキルである。その効果にも自ずと想像が及ぼうというもの。
「そう言えばこの世界でもグラトニーって言ったら、何のことか通じるのかな? ゼノワは知ってる?」
「グゥ? ガウラ!」
「おぉ、正解。そう、『暴食』だね」
驚いたことに、どうやらゼノワは知っていたらしい。
ああいや、よく考えたら驚くべきことではないのか。私の発する言葉には謎翻訳が働いているっぽいからね。
もしかするとこの口は、「グラトニーってどういう意味か知ってる?」と質問したつもりでいて、実のところ「暴食ってどういう意味か知ってる?」って発しているのかも知れない。だとしたらとんだポンコツである。そうでないことを願うばかりだ。
ともあれ。
「みんな大好き七つの大罪、そして対を成す七元徳! この世界でどういう扱いを受けてるかは知らないけど、きっと強力に違いない!」
とは言え、暴食とは無縁の私に何故こんなスキルが芽生えたのか、という点に関しては、甚だ首を傾げるばかりなのだけれど。
まぁそれは置いておくにしても、喰うというのなら糧を得る可能性は高く。その糧がMP回復の役に立つことだって十分に考えられるのではないだろうか。
早速使って試してみなくてはなるまい。となれば撃ち込む相手がいたほうが良いか。
マップをちらっと眺めてみれば、地中に潜むモンスターを発見。ソイルスネークだ。乾燥して硬いこんな地面でも苦もなく掘り進む、巨大な蛇である。この荒野は常連だからね、遭遇したことだって何度かある。
尤も、その脅威度は三・五つ星。私たちの実験に怯えて、滅多に顔を出さないわけだけれど。
「隠れてるところ悪いけど、今回は相手をしてもらうよ」
私は前方の地中へ向けて、チャキッとステッキを構えた。
「それじゃ早速、行くよゼノワ!」
「ガウガウ!」
「喰らえ! グラトニィィィ! ビィィィィィィィィムッッ!!」
やっぱりビームを撃つときは叫ばなくてはね!
スキルを思い切り発動してやると、その瞬間である。派手なエフェクトを伴い、漆黒の太い光線がステッキの先より地中へ向けて突き刺さったのだ。
いや、違う。
地面ごと『喰った』んだ。
とてつもなく嫌な予感を覚え、私は発射の直後に照射を中止。直ぐにステッキを振り払い、背筋の悪寒に身をすくめた。
そうして、斜め下方に何処までも続くその穴を、恐恐と覗き込んだのである。
「う、嘘じゃん、たった一瞬の照射で何さこの結果は……一体何処まで喰い進めた……?」
「グ、グラ……」
マップを確かめてみれば、サーチ範囲外まで一直線に続く穴。モンスターの反応なども消え失せている。
そして。
「ぐ、がぁぁっ!?」
「ガウッ!?」
全身を駆ける強烈な違和感に、正気が飛びかける私。
理由は明白。脳裏を駆けるは厄災級アルラウネの姿だ。つまるところ、大量の大地ごと喰った私には、同じく大量の精霊力までもが取り込まれたらしい。
未調律の精霊力が暴れ狂い、身体が内側から引き裂かれそうな感覚を覚える。
(これ、まず……っ)
私は震える手で穴へ向けてステッキを伸ばし、そしてそれを発動したのである。
グラトニービームの、もう一つの能力。
お食事中の人には申し訳ないけど、今の私にはこうする他無いんだ。
「リ、リバース……!!」
直後、凄まじい量の土が、大地をも揺るがすほどの勢いでもって穴の中へと流れ込み。
それに伴い私の状態も嘘のように落ち着いたのである。
ただ、一時的にとは言え許容限界を遥かに超える精霊力を取り込んだせいで、体の芯が冷たくて仕方がない。
よく見たら視界に映り込む自分の髪や、ドレスまで真っ黒になってるし。多分無意識に黒宿木を発動したんだ。っていうか、発動できたのか。
「はぁ……はぁ……ふぅ……酷い目に遭った。っていうか、酷いことをしちゃった……」
「ガ、ガウゥ?」
「ああうん、大丈夫。心配掛けちゃったね」
不安そうにこちらを覗き込んでくるゼノワを一撫でし、どうにか気分を落ち着ける。
そうして改めて目の前の穴へ視線を落とせば。
そこには元通りの地面が、というわけでもなく。浅からぬ大穴が出来上がっていたのである。
多分、全てを元に戻せたわけじゃないんだろう。少なくともモンスターの反応は消えているので、そいつの居た空間に土が流れ込んだ分、穴は深くなったと考えられるし、それに土も幾らか消費したのだと思う。黒宿木に使ったのもそうだけど。
ステータスウィンドウを確認し、小さく息をつく。やっぱり、MPが満タンまで回復していた。
「もしかすると、リバースできるのって過食分だけなのかも知れないな。あと多分、モンスターは元に戻せない」
「グラァ……」
「だね、取り扱いに気をつけなきゃいけない、ヤバいスキルだよこれ」
精々が、光の白枝をスキル化した程度の能力だろうって、実のところこっそり高をくくっていたのだけれど。
しかし蓋を開けてみたらどうだ。とんでもない危険スキルである。
全力発射は封印確定。運用は精々が、MPやHPが減った時にちょろっと、極めて低出力で発射する程度に抑えておかないと。
最悪の場合自滅してしまう。精霊に喧嘩を売ってしまうことにだってなりかねない。
私は地面に対してヘコォッっと深く頭を下げると、
「申し訳ないことをしました。ごめんなさい……」
「ガウゥ……」
謝罪を口にするのだった。ゼノワも一緒に頭を下げてくれている。優しい子である。
しかし現地精霊が現れて文句を言ってくる、だなんて展開が訪れるでもなく。
しばらく様子を見ても静かだったため、私は肩を落とし、踵を返し、心許ない足取りでその場を離れたのだった。
「ゼノワ、私は教訓を得たよ。よく知らないスキルは、もっと加減して使わなきゃダメなんだって」
「グルゥ……」
「そうだね、お互い気をつけよう。あと、荒らしちゃった地面も元に戻さないと」
「ガウガウ」
「手伝ってくれるの? ありがと」
そうして私たちは、一緒になって変わってしまった地形の修復作業を行った。
派手好きのゼノワは地魔法をあまり好まないため、これまで提供したものも少なかったのだけれど。しかし今回は進んで地魔法を要求してきた。勿論私に否やはない。
もののついでにジョイントプログレスで、地面修復に使えそうな合成スキルも模索したり、残りの検証なども行ったりしながら、私たちはせっせと作業に従事するのだった。
「はぁ、ようやく終わった」
「ガルゥ」
額の汗を拭いながら、私たちは皆の元へと戻る。
その道すがら、検証で判明した他の事実をお浚いしておく。
特に大きな発見は、魔法少女の状態にあっても、装備の特殊能力が使用できたって事だろう。
道理でMP消費が少ないわけだ。常に装備しているリッチな指輪のおかげで、MP消費量が半減したままだったのだから。
何なら光の白枝も出せたし、回復ならグラトニービームよりこちらを使用したほうが余程安全である。
恐らくだけど、これは例によって完全装着の恩恵なんだと思う。現にソフィアさんには出来なかったことだし。
変身時、装備は解除されたのではなく、私の一部として保持されたまんまになってるんだろう。詳しいことは正直良く分からないけども。
しかし換装は不可能。別の武器を握ろうとしても、どうやら装備品扱いされず、オブジェクトとして扱われるらしい。
塵にならないだけ良いけど、一応要注意である。
そしてこの特性から、変身前にどんな装備を身に着けているのか、というのが私の魔法少女としての能力やステータスに大きく影響するものと考えられた。
総じて、なかなかに興味深い結果であると言えるだろう。
そうして、ようやく皆の元へと戻ってみると。
「え、嘘でしょ……?」
「ガウ……」
未だに固まったままの皆の姿が、そこにあったのだ。
お巫山戯じゃないとしたら、もしかしてこれも何かの能力だったりする……?
魔法少女、想像以上にヤバいかも。




