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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第六五話 無邪気な冒険

 ドタドタと騒がしく、ダンジョン内を駆ける足音が二つあった。

 一つは少し先を走る少女のもの。普段はシスターが身に着けるような修道服で活動している彼女だが、しかし現在はそれと打って変わって上品な、それでいて動きやすさを重視した装いをしている。

 装備らしい装備は一切身に着けておらず、さながらどこかの貴族がハイキングにでも出かけるような格好である。

 フリルのあしらわれたブラウスに、下はパンツスタイル。そして足元には真新しいブーツというコーディネートだ。

 普段の彼女、野良シスターことAランク冒険者であるココロからは、些かかけ離れた出で立ちと言えるだろう。


 そして、彼女のすぐ後ろを駆けるのが、今回一応ココロの姉という設定を持つCランク冒険者、オルカであった。

 しかし彼女もまた、冒険者とはかけ離れた姿をしており、こちらは何と装飾控えめとは言えドレス姿だ。

 動きやすさには一応の配慮が見られるとは言え、こちらもやはり防具もなければ武器すら手にしているようには見えない。

 二人して、とてもダンジョンに挑むような出で立ちではありえないのだ。

 それもそのはず、今の彼女らは世間知らずの一般人。どこかの貴族の御令嬢というのが、彼女らが自らに課した役柄であり、その格好も役に準じた結果となっているわけだが。

 しかし現在、彼女らの護衛を務めているはずのミコトは就寝中であり、退屈を持て余した彼女らはその危機感の無さから、こっそり探険と称して抜け出してきてしまったのである。


「わははははー! わはははははー! 自由なのだー!」

「待ちなさいココロ! 気持ちはわかりますけれど、そちらの道は危ないですわ!」

「えー? なじぇなのだ?」

「昨日、わたくしたちはたくさん罠を発動させたでしょう? ですから、通ったことのある道ならば罠の心配は要りませんの。何せどれも、発動済みの状態ですからね。ですが初めての道は、まだ罠が仕掛けられている可能性が高いのです」

「そんなの、引っかかっても大丈夫だじょ。ケガなんてするはずないのだ!」

「ミコトさんが傍にいれば、ですわ。わたくしたちだけでは、さすがに罠を避けきれません。なので、行くのであれば通ったことのある道にいたしましょう?」

「むー、仕方ないなー」


 ココロは姉(役)の言葉に従い、進路を改めることにしたようだ。こころなしか勢いを削がれた足取りも、しかしあっと言う間にまた駆け出していく。

 オルカはやれやれと苦笑を浮かべ、しかし自らも求めてやまぬ冒険の高揚感に駆られ、危険と知りつつもココロの後を追いかけたのであった。


 既に二泊もしたダンジョンの景色というのは、見慣れたものではあった。だが、自分たちを守り、世話を焼いてくれるもののいない今の状況こそが、二人にとってはようやっと正しい意味で、冒険なのだというように感じられた。

 一度通った道も、代わり映えのしないダンジョンの景色も、しかし自分たちだけで歩いているという実感が、不思議とそれらをまるで別物のように感じさせた。

 二人は胸を躍らせ、目を輝かせ、しかしもしかすると一つカーブを曲がった先には、恐ろしいモンスターがいるかも知れないという、そんな恐怖も感じつつ、怖いもの見たさでずんずんと足を進めていく。


 しかし、歩けば歩くだけ心細さというものが彼女らの胸の内で少しずつ育っていき、だんだん帰り道も曖昧になってきたことで、そろそろ戻るべきだとオルカが提案しようとした、正にその時であった。

 前方に、何かの気配を感じてココロが足を止めたのである。


「あ……な、なんかいるじょ……」

「っ……ココロ、引き返しますわよ。これ以上は流石に危険ですわ」

「し、仕方ないなぁ。ほんとーは、モンスターくらいワンパンなんだけどなー」

「そうね、でもミコトさんにバレては、叱られてしまいますわよ?」

「あぅ、しょーがないなー、もどろう」


 気丈に振る舞うココロを促し、来た道を引き返そうとしたオルカ。しかし、踵を返したのも束の間、すぐにその足を留めてしまった。

 ココロが不思議そうにオルカを見上げると、彼女はきょろきょろと忙しなく周囲を見回していた。かと思えば慌ててココロの手を引くと、近くの岩陰へ飛び込み身を潜めたのである。

 何事かと問いただそうとするココロに、オルカは短く、後ろからもモンスターが近づいてきていたことを告げた。つまりは前後を挟まれた状態なのだと。

 故に、自分たちに取れる選択肢は、ここで息を潜めてモンスターをやり過ごすほか無いと。

 いつになく深刻げに語るオルカに、流石のココロも表情を固くし、こくこくと首肯して返した。


 そうして少しすると、オルカの言ったとおり右からも左からもモンスターの団体が近づいてくる音が、はっきりと彼女らの耳に感じられるようになる。

 二人は身を固くし、その場に縮こまった。必死に拙いながら気配を殺し、身じろぎ一つすること無く、呼吸の音さえ遠慮して。願わくば心音さえもっと静かにしてくれと内心で文句をたれながら、モンスターたちが通り過ぎるのをただひたすら祈り、待った。


 モンスターの足音は、不幸なことに想像していたよりもずっと多かった。少なくとも今回のダンジョンアタックにおいて、こんな団体には遭遇した覚えがない。足音から察するに、多分合わせて十を超えるモンスターが一堂に会しているのだろう。

 偶然、集団と集団が自分たちの直ぐ側ですれ違おうとしている。何という酷い巡り合わせだろうか。


 流石にこれは、役を演じながらここまでやって来た彼女らにしても、想定を超えた事態だった。

 本来であるならば、出遭っても精々が五体未満。

 これは、もしも依頼人が睡眠中に勝手にどこかへ行ってしまった場合、果たしてミコトは対処できるのかという抜き打ちテストのようなものであって、現在行っている試験とはまた別口の、試みのようなものだった。

 もしもミコトが対応できずとも減点対象にはならないし、それならば自力でモンスターを仕留め、何事もなかったかのようにミコトのもとに戻って、試験の続きを行おうという。いうなればちょっとしたエクストラクエスト。


 しかし、オルカは念の為隠し持っている短剣くらいしか武器がなく、ココロも素手での戦闘でこの数を相手となると、流石に分が悪いだろう。しかも苦手な鬼が相手では尚の事。

 出来ればこのまま身を潜め、やり過ごしたい。そう思っていたのだけれど。


 すんすんと、何者かが鼻を鳴らす音がした。

 それはさながら、獣がニオイで獲物を捜すような、そんな嫌な音。

 オルカとココロは歯噛みし、そして静かに戦闘準備へ移行した。


 どんなに音は消せても、流石にニオイまで隠すことは出来ない。

 オルカは例外的に、そういったスキルを持ってはいる。発動すればニオイですら気取られなくなるようなスキルを。

 しかしココロは違う。それ以前に、一般人はニオイまで隠すなんて出来やしないのだから、嗅覚で探られたのならばどの道逃れることは出来ないのである。


 ミコトと一緒に行動するようになって、最近は二人も先制攻撃の重要性というものを改めて認識するようになった。

 彼女は基本的に、奇襲を行ったり、相手の意表を突くことで流れを掴み、そして流れを手放さぬまま勝ちをもぎ取る。そういう戦闘スタイルだ。

 現状は確かに不利ではあるが、うまく初手で意表を突き、一気に敵の数を減らして動揺を誘えれば、十分に戦えるはず。或いは撤退してもいい。その選択肢が得られるということが重要なのだ。


 二人は一層息を殺し、仕掛けるタイミングを待った。高鳴りそうな心臓を黙らせ、意識を集中し、十分に敵を引きつける。

 岩の向こうには恐らく下級鬼。その大きな体躯で、のっそりと奴が岩陰を覗き込もうとしている。

 二人は視線だけでやり取りをし、そしていざ――。


「「……っ!?」」


 タイミングを合わせ、岩陰から勢いよく飛び出した、その瞬間だった。

 二人がそれぞれ最寄りの一体へ一撃を見舞う、その前に。

 奴らの弱点、コアを内包した部位が見えざる何かに貫かれ、そしてあっけなく被害にあったモンスターたちの尽くを塵に変えていったのだ。

 オルカたちの登場もなんのその、それどころではないとモンスターたちは騒然とし、一斉に攻撃が仕掛けられたと思しき場所を睨んだ。が、何せ不可視の一撃。奴らの視線は一つとして定まることはなく、結局の所オルカとココロへ収束するように意識が向き始めた。が、続け様にもう一撃が五体のモンスターを一瞬で塵に変えた。


 恐ろしいことに、それの正体に関してはオルカもココロもすぐに察しがついた。ついたのだが、彼女が一体どこから攻撃を放っているのか、二人の目を持ってしても把握できずにいたのだ。

 だから二人もまた、他のモンスターたちよろしく視線を泳がせてしまう。

 そうしているうちにも状況はどんどん動いていき、十を優に超えるモンスターたちが、またたく間に削り取られていった。


 気づけば二人の目の前には、数体の氷像が出来上がっており、それらがとてもあっけなく、ボゴンと砕けては塵に変わってしまった。

 それでおしまいだった。ものの数秒間の出来事である。


 生唾を飲み込み、そしてようやっと我に返った二人は改めて、辺りを見渡した。床には散乱した氷とドロップアイテム。

 モンスターは、コアを破壊すると魔石を落とさない。その代わりに、より良いドロップアイテムを落とす。だが、モンスターもコアは急所であるため、最優先で守ろうとする。だからコアを破壊しての討伐というのは困難とされているのだが、驚くべきことにこの場には、一つとして魔石が転がっていないではないか。

 それに気づいたココロは、ゴクリと喉を鳴らした。自分には、そんな戦い方は出来ないと。そう感じたためである。

 と、不意にオルカが「いた……」と、声を漏らし、ココロもその視線の先を追った。


 ぽつんと、そこには何の感情も感じさせぬ、無防備な棒立ちを晒した少女の姿があった。ミコトである。

 オルカとココロは、彼女が寝ている間に探険と称してその元を離れ、歩き回っていた。

 だから二人は、彼女がさぞ怒っているのだろうと。そう思った。その無機質な佇まいが、妙な迫力を放っているように見えた。

 しかし、である。


「あれ……な、なんかおかしいじょ……?」

「ミコトさん……? いえ、まさかあれって……」


 しばらく、沈黙の中で彼女の第一声を待っていたオルカとココロであったが、しかしいくら待てども彼女は黙ったまま。

 首を傾げて注意深く様子をうかがってみると、どうにも様子がおかしいことに気づいたのだ。


 目にも留まらぬ速度で、コロコロと装いが変わっている。

 彼女の周囲に、様々な物品が現れては消え、現れては消え。何なら先程のドロップ品までもが点滅するように一瞬消えてはまた現れてを繰り返している。

 そして更には、彼女の体の周りにキラキラと見える、不思議な煌めき。それは極めて威力の押さえられたマジックアーツスキルではないか。


 明らかに異常な現象。初見であれば、驚き動揺もしただろう。

 しかしながら、二人はそれを見ても正しい意味で驚きはしない。だが、異なる意味においては驚愕を禁じ得なかった。

 ミコトのアレには、見覚えどころの騒ぎではない、馴染みがある。

 何せ彼女は、一度眠りにつくとその状態のままスキル訓練を始めるという、不可解な性質を持っているのだ。

 果たしてそれは特技なのか、癖なのか、はたまた何らかのスキルが引き起こしていることなのか。詳しいことは分からないのだけれど、ともかく現状二人の目には、ミコトが眠っているように見えたのである。

 その顔は仮面で覆われており、果たして目を開いているのか閉じているのかも定かではないものの、あの様子は間違いなく意識のある状態ではないと。そんな確信があった。


 しかし、だからこそ、意味が分からない。

 ミコトは確かに、意識のないままにスキルの訓練を行うことが出来る。

 だけれど、流石にそれで颯爽と窮地に駆けつけ、モンスターの群れを一方的に蹴散らしてしまうなどと、果たして彼女にそんな事ができただろうか?

 否。少なくともオルカもココロも、ミコトにそんな事が出来るだなんて知らなかった。知らなかっただけで、実はそういう事ができたのかも知れないけれど、これまでそんな前触れは無かったのだ。強いて言うなら、眠ったまま訓練が出来てしまうということ自体、前触れと言えるのかも知れないのだけれど。

 ともあれ、一体何が起きているのか二人には理解が及ばなかった。

 が、どうであれこのままじっと観察し続けているわけにも行かないだろう。

 二人は顔を見合わせると、頷きあってそれぞれミコトに声をかけた。


「ミコトさん? おーいミコトさん?」

「聞こえてるかー? おねーちゃーん!」

「…………」

「ダメですわね、やっぱり寝ているようです」

「ミコトおねーちゃーん! あさごはーん!」

「ん……ぅう……?」


 ココロちゃんは無邪気に、ミコトが朝ごはんという言葉につられて目覚めたとはしゃいでいるけれど、そんなことはさして問題ではなく。

 無防備な棒立ちから転じ、急にフラフラし始めたミコト。姿が変わることもなくなれば、物の出し入れも、小さな魔法の煌めきも消え、そのいずれもが彼女の覚醒を示唆していた。

 すぐさま二人して彼女のもとへ駆け寄ると、オルカがぼんやりフラフラしている彼女の肩をそっと支えた。

 反射的にミコトは礼を言うが、その声からもまだ寝ぼけているらしいことが窺えた。


 しかしそれも束の間。仮面を外して、目元をコシコシ。眠気に霞む視界を暫しシパシパとさせていると、ようやっと頭も回り始めたらしく。

 必然的にこてんと小首をかしげたかと思うと、周囲の景色と、そしてオルカとココロを交互に見て、その言葉がこぼれ落ちた。


「ええと……ここ、どこ?」


 オルカたちはバツが悪そうに、視線を泳がせたのだった。

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