第六四九話 まじかる★ちぇんじ
時は遡り、まじかる☆ちぇんじのスキルオーブを賭けた試合を、ソフィアさんとココロちゃんがおっ始めようという直前。
ソフィアさんの放った余計な一言が、私にとっての憂鬱を招く切っ掛けとなったのである。
「この勝負に勝って、私はミコトさんとの魔法少女カップルを実現してみせます!!」
ああ、またバカなことを言ってるなと。
いつものように適当に流そうと思ったのも束の間。私よりも先に反応を示した者があったのだ。
他でもないこれからソフィアさんと対決する、ココロちゃんである。
「何をバカなこと言ってるんですか! ミコト様と一緒に魔法少女するのはココロですっ!!」
えぇ……??
てっきり、「そんな事はココロが許しません!」とか言って阻止してくれるものとばかり思っていたのが、想定外の切り返しである。
それを皮切りに、当の私を差し置いて盛り上がる二人。
「バカはそちらでしょう。ミコトさんの隣に相応しいのは私をおいて他にいま」
「ソフィア?」
「ゲフンゴホン! 魔法少女として! ミコトさんの隣に相応しいのは私です!!」
「オルカ様にビビってるやつが何か言ってるのです! そんなのにミコト様は任せられません! 魔法少女としてもココロがミコト様をお支えするのです! 同じ魔法少女として!!」
そんな具合に、どんどん話は私が魔法少女になるっていう前提で進んでいき。
堪らず私はそこへ、口を挟んだのである。
「ちょっとまって、何勝手なこと言ってんのさ! 私は魔法少女にはならないって言わなかったっけ?!」
すると、ピタリとソフィアさんとココロちゃんの言い争いは鳴りを潜め。
しかし何故か、皆の視線がこちらを向いた。
「ミコトの魔法少女姿……見てみたい。というか見逃せない」
「ガウガウ」
「勿論変身の時は仮面外すよね?」
「ひぇ~、そうなると確かに見ないわけにはいきませんね~!」
「待てよ? ミコトちゃんのヘンテコスキルには確か、【シェアリング】というものがあったな。アレを使えば結果として、クラウの魔法少女姿も見れるのでは?」
「なっ、だ、だから私は興味など無いとっ……」
「だとしても、勝負に勝つのはココロですっ!」
「いいえ私です!!」
そうさ、どうやらそもそも私に拒否権などといったものは、元から与えられていなかったらしい。
それでもイヤダイヤダと嫌がる私へ、何時になく真剣な表情で詰め寄ってきたのはイクシスさん。
クラウの魔法少女姿が見たい一心で、覇気を迸らせる彼女は親ばかの鑑とでも言うべきか。
「ミコトちゃんの意見など聞いていない。やるんだ」
「過去一理不尽!! っていうか、シェアリングはそもそも仲間のスキルを皆で共有するっていうスキルだから、別に私がまじかる☆ちぇんじを覚える必要なんて……」
「うるさい黙れ。私はミコトちゃんの魔法少女姿も見たいんだ!」
「なんで今日に限ってそんなに高圧的なのさ?!」
「逆に問うが、何が不満なんだ? 女児のミコトちゃんが魔法少女になる。何も不自然なことはないじゃないか。能力面でもパワーアップスキルだぞ? 使用者によって性能が変わるだなんてキミの大好物だろう?!」
「ぐ、ぐぬぬぅ……」
理屈より迫力で推し進めようって魂胆が丸見えのイクシスさん。そのくせ、理論武装もなかなかにしっかりしており。
確かにこの世界に生を受けて一年あまりの私が、魔法少女の姿をしてみたところで誰に憚るようなことでもないのだろう。
それに私が魔法少女化することで、一体どんな特徴が見られるのか。イクシスさんの言う通り、とても気になるところではあった。
でも、こちとら生前は女子高生だぞ! 今だって背丈は生前のそれと大差ないし。それで魔法少女コスは抵抗があるんだ。ああ勿論、レイヤーさんをディスるようなつもりは微塵も無いけどさ!
っていうか、いっそキャラクターコスなら成り切れば良いんだし、こんなに抵抗は覚えないだろう。
でもまじかる☆ちぇんじで変身するのは、私っていうオリジナル魔法少女……流石に恥ずかしいんですけど!!
なまじコスプレって概念を持ってるせいもあるんだろう。この気持ち、みんなにはなかなか共感してもらえそうに無かった。
そのように私が激しく葛藤していると、待ちきれないとばかりにソフィアさんとココロちゃんからの催促があり。
私は悶々としたまま試合のセッティングを済ませ、二人を仮想空間へと送り込んだのである。
★
そして現在。
時刻は午後一時半。場所はさっきぶりの荒野であり、そふぃあさんの検証を終えた後昼食を挟んで、再度転移にて舞い戻ってきたところである。
しっかりちゃっかりメンバーも全員揃ってるし。
相変わらず強烈な日差しと、熱された大地による暑さの挟み撃ちにより、午後は午前中以上に過ごし難い環境となっている。
光魔法の応用で日焼け対策をしているので、肌が真っ黒になるような心配はないけれど、だったらせめて海が見たい。
まぁこの世界の海は、強力なモンスターがわんさかしてるって話だし、実際朝のルーティンでよく行く無人島なんかは、モンスターの強さも相当なものだったりする。
って、まぁそれはいいとして。
「さぁミコトさん、いい加減に観念してください」
「そうですよミコトさん~! 上手に変身できたら、お姉さんがペロペロしてあげます~!」
「スイレンさん? ココロに喧嘩を売ってるのです?」
「ひっ!」
「何を躊躇うんだミコトちゃん! 変身さえすれば幼い容姿になることも分かったんだ。背丈を気にして恥ずかしがるようなこともないだろう?」
「そうだそうだー! 早く変身しろー!」
「ギャウラ!」
「楽しみ」
「ミコトはどんな力を宿すのだろうな? ソフィアと同じ魔法型か、或いは近接型。ひょっとすると他に例を見ないような特別な魔法少女になるかもな!」
「ぐ、ぐぐぐ……あーもー分かったよ、やれば良いんでしょやれば!!」
いくらゴネても埒が明かないらしい。
やっぱりいまいち気は進まないけれど、しかし全く興味が無いわけでもなく。
であればさっさと受け入れてしまうのが、最も建設的な選択であると判断。気は進まずとも私は未だに小さい姿をしたそふぃあさんへと意識を集中し、その魔力のカタチを観察しに掛かるのだった。
これまで、散々いろんなスキルを模倣し習得してきた私である。いい加減パターンってものもある程度掴めてきたわけだけれど。
なるほど、新実装スキルと言うだけあってこれまでにない魔力のカタチだ。アップデート映像にあったスキルを覚えた時も思ったけどさ。
しかし際立って複雑な特殊スキルってわけでもなし、多くのスキルと同様、一度発動さえしてしまえば習得は問題なく出来るはず。スキルオーブで出現した事と、ソフィアさんが習得できた事からもそれはきっと間違いない。
カタチの模倣作業も手慣れたものである。
さながら巧みにろくろを回す人間国宝が如く、スイスイツツイと絶妙な魔力捌きで自らの魔力のカタチを変形させていく。
さりとて強力なスキル故か、習得可能なスキルにしては再現難度が非常に高く感じられたけれど、やってやれない事もなく。
そうしていつもより時間をかけ、じっくりと模倣を行ったなら。
「よし、できた……」
私のそんな呟きを聞き、目の前で深く頷いた美幼女。
力強い瞳で私を見据えると、彼女はぐっと拳を握り、言うのである。
「時は満ちました。さぁミコトさん、大きな声で唱えるのです!」
「……じかる……んじ……」
「声が小さい!」
「ぬぐぐ……!」
顔が熱い。とんだ辱めだった。勘弁願いたいんですけど!
「さぁ私と一緒に唱えましょう! せーのっ」
「ちょ、待って待って」
まるで本当の幼女が如く、無邪気な様子のそふぃあさんを一旦宥め、私は一度深く息を吐いた。
そうして改めて彼女へ向き直り、言う。
「私、こういうのにはちょっと拘りがあって」
「ほぅ、拘りですか」
「そう。こういう決められた言葉とか、決め台詞とか、必殺技を叫ぶのとか、アニメとかではよくあったんだよね。だけど私は、そういうのをクールに言うタイプのキャラも好きだったからさ。それに倣って、スマートに決めたいなって思って」
「オルカさんとキャラが被りますよ」
「うぐっ、そ、そこはなんとかするよ!」
「そうですか。まぁ、そういうことであれば」
なかなかエグいことを言うそふぃあさんをどうにか言いくるめ、大声でのトリガーワードを回避することが出来た。
しかし、これ以上勿体ぶってはいよいよハードルが上がって、恥の上塗りになりかねない。
私は改めて深呼吸を行うと、皆の視線を努めて意識の外に追いやり。
そうして、なるべくクールでいてよく通りそうな声を意識しながら、恥じらいを捨てて唱えたのである。
「──まじかる★ちぇんじ」
その瞬間である。
模倣した魔力のカタチは、正しくスキルを紡ぎ出し、私の視界は白一色へと染まったのだ。
きっとみんなからは、ソフィアさんの時と同様眩しい光にしか見えないのだろう。
けれど私当人の視界は、白の背景にポップな星が散りばめられた謎空間を捉えており。
そして私自身はと言えば、身につけていた装備が光となって消失。
身体はどんどん縮み、幼女形態へ。
更に極めつけが、スッポンポンである。一糸まとわぬ姿。まずいですよ、幼女で全裸はまずいです!!
と思いきや、首から下はこれまた謎の光に包まれていて、分かるのはシルエットばかり。
だとしても!
(野外で、しかもみんなの見ているであろう前でこの姿って! 公然わいせつ罪で捕まるんじゃないの?!)
別に減るものでもなし、同性に裸を見せることには然程抵抗のない私だけれど、逮捕は困る。前科は嫌だ。
まぁどのみち荒野の真ん中なので、今はそういう心配もないとは思うけどさ。これがもし街中での変身とかになったらどうするんだ。
あぁ、変身する前から気持ちが折れそうなんですけど! でも、こんな変身途中で気持ちが折れたら、変身失敗で全裸状態に留まる、なんてことにならないだろうね? メチャクチャ不安なんですけど?!
って言うか今気づいたけど、そふぃあさんの変身に掛かった時間っておよそ二、三秒くらいだった。それに対して、私が変身を始めてから既にそれ以上の秒数が経過してると思う。
かと言って、ソフィアさんの変身が私以上に高速で行われた、とも考え難い。困惑しまくりの私と違い、ノリノリだった彼女の変身は、確かにもっとスムーズだったかも知れないけどさ。
だとしても、本気で二秒そこらで変身できたとも思えない。
つまり、この謎の変身空間って恐らく、外と時間の流れが違うやつだ。少なくとも体感時間と実時間は大きく乖離してるんだと思う。無駄にファンタジー!
そのように私が混乱しているのもお構いなしに、変身工程はちゃっちゃか進んでいった。
光光のオンパレードである。光が集って身体を包めば、それがふわりとドレスに変わり。
同じようにブーツやアクセサリーが次々に装着されていく。まんま魔法少女の変身パートなんですけど!
ドレスの色は純白。私の銀髪に併せた配色なんだろうか。かと思えば黒も部分部分にあしらわれており、モノクロドレスって感じのかっこよさがある。うん、私好みかも。
最後に目の前に現れたステッキを掴んだなら、いよいよ変身も最終フェーズである。
私は右手に掴んだステッキを、ぶんと左から右へ一振り。
するとそれに応じるように、謎空間は唐突に弾け飛び。私の視界には、目を丸くした皆の姿が飛び込んできた。
身体に湧き上がる恐ろしい程の力を感じながらも、自分が今魔法少女の格好をしているのだと思い出すと、何だか無性に恥ずかしくなり。
堪らずもじもじしながらも、一応様式美として名乗るのだった。
「まじかる★みこと。不本意ながら、変身完了」
直後、ドサリと。何人かが鼻血を吹いて昏倒したのである。
こ、これが魔法少女の力か……。




