第六四八話 大変身
その輝きを、私は複雑な感情を抱えながら眺めていた。
淡い金色と緑のまばゆい光が辺りを照らし、時折ポップなエフェクトが飛び散る。
例の【まじかる☆ちぇんじ】が発動したのだ。
面食らったのは、スキルの発動に際し、声に出してスキル名を唱えなくちゃならないっていう条件が定められていたって事だけど。
これじゃぁますます、私のイメージする魔法少女そのものじゃないか……。
彼女は恥じるでもなく、ノリノリで唱えていたけれどね。
「まじかるぅ☆ちぇぇぇぃんじ!」
その言い方だと、なんかゲッ◯ーっぽいな。スパ◯ボで見たもん。アニメもちょびっと。
などと私が的はずれな感想を浮かべている眼の前で、その輝きは一斉に皆の目を焼きに掛かったのである。凶悪な光量!
たまらず遮光魔法を即座に展開し、眩い光源を観察。おそらく今、光の中では早着替えが行われているのだろう。魔法少女に変身するっていうんなら、十中八九そうだ。
昔ながらのきらめく全裸か、はたまた肌着はデフォで装着しているタイプか。ちょっと気になるんですけど。
まぁどっちにしても見えないんだけどね。遮光魔法を通して尚眩しすぎる。
すると発光から僅か二秒。何やら凛々しくも、普段とは違う彼女の声が聞こえてきたのである。
「遍くスキルの探求者!」
急速に輝きは一つ所へ収束を始め。かと思えば徐に少女のシルエットを象っていく。
スキル発動前とは明らかに異なる姿が、その輪郭からしてはっきりと見て取れた。やっぱりひらひら衣装じゃないか!
っていうか、まさか……。
「まじかる☆そふぃあ!」
名乗りだ! 名乗り口上キタ!
「スキルとミコトは、俺の嫁!!」
決め台詞とともに、派手に弾ける光。ビシッと決まったポーズとともに、すっかり様変わりした彼女、ソフィアさんがド派手に姿を現したのである。
っていうか、光が弾けた拍子にとんでもない衝撃が迸ったんですけど。物理的に。
多分変身の隙を狙って襲ってくる不届き者を、思い切り吹き飛ばすためのギミックなんだろう。変身だけでも防御効果が発生するっていうのは強いな……。
いや、うん。それもそうなんだけど。
どうしよう、ツッコミどころしか無いんですけど! っていうか、何だあれ!
自分で美幼女って宣うだけあって、とんでもなく可愛い幼女が魔法少女コスでポーズ決めてるんですけど!!
アレにだったら嫁って呼ばれても、不思議と悪い気はしない。でも中身がアレだからな……うぅん。
外見年齢は一〇歳前後くらいだろうか。案の定やたらひらひらした魔法少女風ドレスを身に纏っており、携えたるは小洒落た魔法のステッキ。師匠たちに見せたら商品化待ったなしって感じの、女児にウケそうなファンシーアイテムである。
恐ろしく整った顔立ちは、幼女化に伴い愛らしさが加わって無敵化している。
しかし無表情は相変わらずなようで、そのせいもあってか可愛いというより美しいという印象が強いように思えた。
まぁ、もともと黙ってればとんでも美人なソフィアさんだものね。この変化も驚くようなことではないと言えばそうなのだけれど。
しかし予想通りとは言え、やっぱり幼女化するんだなぁ。スキルって摩訶不思議。
なんて私を含めた皆が感心し、暫し言葉を失っていると。
不意に隣から、パキパキと変に小気味良い音がして。視線をやってみればココロちゃんがこめかみを引くつかせながら、指を鳴らしていた。
「ミコト様を嫁などと不敬極まる物言いをしながら、あまつさえスキルと同列? 二股? あーこれ、完全にライン越えなのです」
なんか、決め台詞が癪に障ったらしい。
争奪戦に負けたことも相まって、大分沸点が下がってるみたいだ。
ココロちゃんからそっと視線を外し、スススと小さく距離を取っておく。
そうして改めてまじかる☆そふぃあさんを観察していると、別のところからボソボソっと声が聞こえてくる。
「本当に幼女化した、だと……若返り、アンチエイジング……ぐぬぬ、羨ましくなんて……」
勇者ママ、意外にそういうこと気にしてたのか。世の女性たちが聞いたら、どの口が言うんだとキレ散らかしそうなくらい若い見た目をしているくせに。女心ってやつなのかなぁ。女児にはちょっとわかんないや。
イクシスさんからもこっそりと距離を取っていると、ようやっと皆も放心から我に返り始めた。
すると必然、ワイワイと一気に騒がしくなり。何はともあれやっぱり、まじかる☆そふぃあさんのその美幼女っぷりが先ず話題を集めたのである。
「な、何だこの生物は……美しい……いや、尊い!」
「衣装もかわいい」
「こういうひらひらした衣装、実はちょっと憧れがあるんだよねぇ。あぁなんだろう、今までに感じたことのない感情が芽生えそうだよ!」
「ぐへへお嬢ちゃん、飴ちゃん舐めますか~? お姉ちゃんと一緒にあっちの木陰へ行きましょう~」
「ちょっと皆さん、騙されたらダメなのです! 見た目はこんなでも、中身はアレですよ! アレ!!」
ココロちゃんの一喝を受け、面白いほど一斉に「はっ!」となる一同。
まじかる☆そふぃあ、恐るべしである。って言うかスイレンさんも別の意味で恐いんですけど……。
かくいう私も、中身がアレじゃなかったらヤバかったかも知れないけどさ。
そんな具合に一頻り皆で感想を言い合うと、頃合いを見てまじかる☆そふぃあさんが徐に口を開いた。
発せられたのは、普段よりずっと幼い声。ぐっ、破壊力!
「そろそろいいですか? 能力のテストを行いたいのですが」
そう言えばそうだった。まじかる☆ちぇんじは、何も幼女化するだけのスキルではないのだ。勿論コスプレのためのスキルでもなく。
その本質は、戦力の増強にあり。強いて言えば強化系スキルに分類されるのだろうか? いや、特殊系か。
であるならば、眺めて愛でている場合ではない。その力の程を確かめることこそが肝要なのである。
私たちは幼い彼女を愛でる姿勢から、通常の冒険者としての姿勢へと切り替え、改めてまじかる☆そふぃあさんを観察する。観察してばっかりだけど、さっきまでとは見方が違う。
先ず興味深いのは、やはり彼女が右手に握っているそのステッキだろう。
ファンシーな見た目に反して、恐らくその性能はえげつないんじゃないだろうか。っていうか、スキルの発動に伴い装備が顕現するだなんて事例が、果たして従来のスキルに存在しただろうか?
もしかして、史上初? そふぃあさんならその辺も知ってそうだ。
そして気になるのは、その防御力である。早速彼女に問うてみたところ、直ぐにステータスウィンドウを開き確認し始めた様子。
印象的だったのは、そのくりっと大きな目が更に見開かれたことである。
「ど、どうなの? やっぱり強化されてた?」
待ちきれずにそう問いかけてみれば、徐にこちらへ視線を戻したそふぃあさんは、コクリとはっきり頷きを見せ。
「はい。とんでもなく……!」
と、神妙さを感じさせる声音でもって返事したのだった。
「中でも魔法に関するステータスの上がり幅は凄まじいの一言に尽きます。何せ通常の倍近くまで上がってるんですから」
ば、倍近く!?
元々ステータスが100を超えていた彼女が、地獄の特訓を経て大きく成長した、そんな今のとんでもステータスを、更に倍?!
間違いなく、他の皆の変身スキルにも引けを取らぬ、切り札級スキルとなるだろう。
これには私だけでなく、当然のように全員が大きく瞠目し、甚く感心した様子を見せた。
するとそんな中、口を開いたのはクラウで。
「ステータスが大きく強化されるのは分かった。では肝心の、スキル関連はどうだ?」
そんな彼女の質問を皮切りに、皆も口々に疑問を呈した。
「【まじかる☆ちぇんじ】は使用者によって発露する能力が異なるって話だった。ソフィアの場合はやっぱり魔法特化?」
「普段のスキルは使えるのです?」
「変身時限定の特殊スキルっていうのが気になるなぁ」
「ステッキ! そのステッキの性能を教えてくれ!!」
「ところでパンツは履いてるんですか~?」
ヤバい奴が一人居るね。おまわりさんあの吟遊詩人です! 若しくは師匠たちに……って、まてよ?
幼女状態なら、もしかして妖精が見えたりするのかな?
あーでも、ソフィアさんは元から見えるからなぁ。検証には不向きか。こんなことならもっとココロちゃんを応援しておくべきだったか。
まぁ過ぎたことは仕方ないとして。
「よろしいならば、検証です!!」
まじかる☆そふぃあさんの愛らしい号令により、斯くして新スキルの詳しい検証作業が開始されたのだった。
場所はこの訓練場に始まり、さりとて最初に放たれた風魔法のバカげた威力を前に、私たちは無言でいつもの荒野へと移動。
そこで様々なテストを繰り返し、徐々に魔法少女の性能を確かめていったのである。
二時間ほどが経過。
夏の暑い盛りも過ぎたはずなのに、相変わらずカラッとして日差しの厳しい荒野は今日も熱中症警報発令中。
そんな暑さにも負けず、涼しい表情でテストを終えたまじかる☆そふぃあさん。
そう、まさかの変身を維持した状態であった。
検証により色々ととんでもないことが分かったけれど、一番興味深かったのは変身の強制解除条件だろうか。
何と、メンタルが影響するらしいのだ。
気持ちが折れたり萎えたりすると、強制的に元の姿に戻ってしまう。それがまじかる☆ちぇんじ最大の弱点とでも言うべきもので。
しかしそれを除けば、好きなだけ魔法少女の姿で居られるというのだから、破格の性能であることは間違いないだろう。
この事実から考えるに、ひょっとするとこの【まじかる☆ちぇんじ】というスキルは、新たに実装されたジョブの基本スキルか何かだったのではないか、と推察された。
例えば、そう。【魔法少女】というもの自体が、新実装されたジョブであるとするなら、まじかる☆ちぇんじの発動と維持を前提として戦闘する可能性がある。
だからこそコストもリスクも極めて低い。逆にその性能の高さは、件のジョブに就いている者本来のステータスの低さを想起させた。
変身して一人前、或いはそれ以上か。まぁ、そう考えればしっくり来るというだけの話だけれど。
もしそうだとしたら、【まじかる☆ちぇんじ】はとんでもない当たりスキルだったってことになる。素のステータスからして超越者のソフィアさんに持たせては、バランスブレイカー一直線なのでは。これがネトゲなら調整が入ってもおかしくないってレベルだ。
と、そんな具合に、一通り試すことは試したそふぃあさん。ただし、変身時限定のスキルとやらは、発動準備の段階から嫌な予感がひしひしと感じられたため、全員で止めた。
彼女の大技は、いつだって大破壊を齎すのだ。【終わりの雫】こそ派手さはなかったけれど、今回のはダメな感じがした。背筋が粟立つって、きっとああいうのを言うんだ。
「さて、検証も終わったし帰ろうか。そろそろお昼時だしね!」
キリの良いところで私がそのように述べれば、皆の視線がこちらを向き。
さりとてそこには、賛同も否定も感じさせないジトッとした、何か言いたげな無言が添えられているばかりであった。
何故そんな目をこちらへ向けるのか。
心当たりは……残念ながら、ある。あるけれど、どうにか誤魔化したいところ。
「今日のお昼はナンダロウナータノシミダーナー」
「ミコトさん」
「う」
まじかる☆そふぃあさんの幼い声が、私の名を呼ぶ。
何時になく、平坦な声だ。いやに迫力があり、正直怖い。思わず肩がビクリと跳ね、視線はスイスイ遊泳中。
軽く冷や汗などを流している私へ向けて、再度そふぃあさんは口を開いたのである。
「さぁ、まじかる☆ちぇんじ、しましょうか?」




