第六四七話 まじかる☆ちぇんじ
ソフィアさんが寝る前に毎日丹念に磨き、何なら枕元に置いて一緒に寝ていたという黒きオーブ。
アップデートに伴いアンロックされたと思しきそれの中に宿っていたスキルの名は、イクシスさん曰く【まじかる☆ちぇんじ】。
皆がぽかんとする中、彼女は詳細をこのように語った。
「どうやら変身スキルのようだな。『魔法少女』とやらに変身することで、ステータスを大きく引き上げる他、変身時限定で使える特殊な魔法も身につくらしい。興味深いのは同じ【まじかる☆ちぇんじ】でも、使用者によって発露する能力が大きく異なるらしい、という部分だな」
この説明を受け、皆は大いに興味を示した。
特に『自分だけの変身』って部分はときめいちゃうよね。分かる分かる。
分かるけれど、みんなはそもそも『魔法少女』ってものを理解していないと思う。だってこの世界には存在しないから……いや、存在しなかったから、と言うべきなのか。
スキルオーブが存在するってことは、世界の何処かにこれをナチュラルに覚える人も存在するってことだ。或いはそれを習得できるジョブでも実装されたか。
何にしても、この中で一番驚いているのは私に違いない。
いや、うん。落ち着こう。早とちりをしているのかも知れない。魔法少女って言ったって、私のイメージする女児向けのアレとは違うかも知れないしね。
むしろ異世界に突然そんなものが現れたなら、それこそ不自然ってなものだ。
だってそうだ。日本のアニメ文化を知らずして、そんな突飛なものが自然に生まれるとも考え難い。
だから……。
(もしもその魔法少女が、私のイメージしているものに類する姿をしていたとするなら、これを実装したのはやっぱり日本のサブカルを知ってる何者かってことになるんじゃないかな……)
今更突飛な発想だとは思わない。何せゲームっぽい要素の溢れるこの世界だもの。
この世界を作った神様が、ゲームやアニメの影響を受けていたって言われても納得こそすれ、驚きは小さいだろう。
まぁ、不可解な部分は幾らでもあるけどさ。とは言え神様の道理なんて私が知る由もないこと。不思議だなんて概念を向ける相手がきっと間違ってるんだろう。
とは言え『神様のすることだから』の一言で片付けてしまっては、それは思考停止と同義。
不思議に道理を求めたがるのが人ってものだろう。まぁ私、人かどうかすらも怪しいんですけどね。
それはそれとして。
私の考え事などとは関わりもなく、目の前では早速状況が進行を見せていたのである。
手元にスキルオーブがあり、所有権は鏡花水月にある。
となれば必然、生じるのが。
「それで、このスキルオーブは誰が使用するんだ?」
イクシスさんの問いかけに、勢い良く上がった腕が五本。
ソフィアさん、ココロちゃん、クラウ、オルカ。彼女たちの腕である。ちなみにソフィアさんは両腕をピンと上げている。あ、負けじとココロちゃんも。これで六本か。
「魔法少女かぁ、残念。私も鏡花水月だったら手を上げてたのに」
「同じくですよ~。あれ? でもミコトさんはいいんですかー?」
「本当だな、どうしたミコトちゃん遠慮か? ああ、ミコトちゃんならスキルオーブなど無くとも再現できてしまうか。便利で羨ましい限りだ」
「いや、えっと、うーん」
「ガウ……」
ゼノワは何かを察して、私と同じく微妙な顔をしている。
対してやはり、他のみんなは顔色のよくない私を不思議そうに眺めており。そんな皆へ、何を語って良いものか逡巡してしまう。
ただまぁ、一応は説明しておくべきだろうか。私の知る魔法少女について。
「ちょっと前世の話をさせてほしいんだけどさ」
唐突なれどそのように切り出せば、スキルオーブを巡って火花をちらしていた面々も耳を傾け、私の説明を聞いてくれた。
魔法少女と言えば、パステルカラーのふわふわひらひらした衣装に身を包んだ、魔法を扱う女の子が悪を懲らしめたり、困っている人たちを助けたりするアニメ、或いは特撮の定番ジャンルが一つ。
女児に向けた映像作品でありながら、大きいお友だちにも熱烈なファンがおり、何とも混沌とした界隈を築き上げていたりする。
それが、私の知る魔法少女だ。
「勿論、この世界の魔法少女が同じものとは限らないけどね。だけど魔法少女に変身ってなると、私はちょっと遠慮したいかな。そんな歳でもないし」
「女児がなにか言ってるぞ」
「うるさいなっ」
クラウのツッコミを撥ね退け、私は語りを締めくくった。
すると、難しい顔を突き合わせる彼女たち。レッカたちも何だか微妙な表情である。
「歳って言えばさ、鏡花水月の平均年齢ってヤバいんだよね?」
「極端なんですよー。上は何桁かも不明。下はやっと一歳ですもん~」
などと小声で言い合う彼女たちには、何桁かも不明な彼女たちから凄まじい殺気が突き刺さる。
ちなみに当人たち曰く、四桁は行ってないらしい。三桁は行ってるんだね……。
「ミコトの言う魔法少女と同じものとは限らない」
「そうだな。とは言え、少女というくらいだから幼い姿に変身するってことだろうか?」
「ママは幼女クラウ大歓迎だぞ!!」
「あぁ……私は降りようかな……」
「私も変身なら間に合ってる」
イクシスさんの余計な口出しにより、手を引っ込めたクラウと、ついでにオルカ。
当のイクシスさんはなんとかして娘を説得しようと食い下がるも、完全にその気は失せてしまったようだ。
分かりやすく凹む勇者様である。
となると、残ったのは三桁組であり。今回の魔法少女は所謂合法ロリに決定しそうな予感だ。って言うかココロちゃんは素でも小さいので、変身するまでもなくナチュラル合法ロリだ。ならば魔法少女化して一番しっくり来るのは彼女だろうか。
などとぼんやり想像しながら成り行きを眺めていると。
「ちょっと考えてみるのです。ミコト様の仰られたとおり、パステルカラーのファンシーな衣装に変身するとなると、似合うのは間違いなくココロです!」
「いいえ、私です。幼い姿の私は、里でも一番の美幼女ハイエルフと評判だったのですよ?」
「へぇ、そうですか。なら、万が一幼い姿にならなかったとしたら?」
「…………」
「万が一今の背丈のまま、衣装だけが変わったとしたらどうするのです?」
「ぐ」
「ココロ以上にそんな衣装を着こなせるのは、ミコト様くらいのものなのですよ! ふはは!」
いや着ないから。
しかしこれは、ココロちゃん優勢か? 確かに言い分は尤もで、背丈が縮んで幼女化するだなんて言うのは憶測に過ぎないのだ。
もしそうじゃなかったとしたら、元から幼女姿のココロちゃんこそが魔法少女に相応しいというのも、間違いのない話である。
っていうか美幼女ハイエルフってなんだ。
「業腹ですが……まぁ、その点は認めましょう。確かに私の嫁は何を着せても最高に似合いますし、ちんちくりんのあなたが魔法少女衣装を着こなせるというのも納得です」
「かちんっ」
「ですが、魔法を扱うものという意味に於いては私に勝る者など……ミコトさんくらいしかいません!!」
「むむむぅ!」
なんか雲行きの怪しい話するのやめません?
それに魔術を扱うソフィアさんにそんなこと言われても、私微妙な表情しか出来ないんですけど。
しかしハイエルフで魔法少女っていうのは、何だか趣深い気がするな。あまり見たことのない新ジャンルかも知れない。
さてこの争奪戦、果たしてどのような着地を見せるんだろうか。
「こうなったらミコト様が魔法少女に!」
「それならば私も異存はありません!」
「二人になくても私に大アリだから!!」
即刻却下である。危うくとんでもない火の粉を浴びるところだった。
「ガウ……」
後頭部を尻尾でべしべし叩きながら、頭の上でゼノワが残念そうに鳴いている。まさかゼノワまで私の魔法少女姿が見たいと?
いくら契約精霊の希望でも、残念ながらそれは叶えられないなぁ。
ああいや、でももしそれをゼノワに適用できるとしたら、ゼノワの魔法少女姿が見れるってこと? だとしたら、ちょっと興味はあるけど。
しかしだとしても、イクシスさんの言うとおり恐らく私はスキルの再現が出来てしまう。オーブを私に使うだなんていうのは、はっきり言って勿体ないだろう。
それを二人も承知してか、激しいやり取りは続行され。
何なら今にも取っ組み合いを始めそうな勢いであった。が、そんな彼女たちの動きがピタリと一斉に止まり。
「いいでしょう。それならば」
「はい。勝負なのです」
「「VSモードで!!」」
息ぴったりか。
って言うか結局戦って決着をつけるらしい。VSモードを手に入れてからというもの、何だかみんな血の気が多くなった気がするんですけど。
ともあれ、それで二人が納得するのなら否やはない。
他のメンバーたちはワイワイと盛り上がりを見せ、普段の和やかな朝食の席とは打って変わって、なんとも物騒と言うか暑苦しいノリが始まったのである。
椅子を並べて即席ベッドを作ると、各々鼻息荒くそこへ寝っ転がるソフィアさんとココロちゃん。
二人の要望通りの設定を施し、試合の準備を済ませる私。
そうして彼女たちは、やる気満々で仮想空間へとダイブを果たしたのである。
★
時刻はやがて午前一〇時になろうという頃。
食堂での騒動と朝食を済ませた私たちは、みんな揃ってイクシス邸裏手の訓練場へ出てきていた。
目的は勿論、新たなスキルのお披露目と試用、検証のためである。
皆が期待に目を輝かせて見守る中。一人の人物が深呼吸を繰り返しており、皆の前で精神統一を行っていた。
斯くして、私たちは恐らくこの世界初となる、魔法少女誕生の瞬間を目撃することとなったのである。
果たしてまばゆい輝きの中、ファンシーな衣装を身に纏い現れたのは──。




