第六四五話 もしもし
冒険者ギルド本部に務める、グランドマスターの肩書を持つクマちゃんことダグマさん。
何かとお世話になっている彼女へは、どんな形であれ今回のアップデート騒動について連絡を取る必要があるのは間違いない。
けれど、立場のある彼女へ私たちがアップデートを実行した当事者である、なんて情報を渡そうものなら、まず彼女の胃に大きな穴が空くだろうし、私たちも動きにくくなる。最悪の場合、国どころか世界を敵に回す、なんて展開にだってなりかねないのだ。ほんとに最悪の場合、ね。
なので、クマちゃんへは当たり障りない情報のみを提供しようということになったのだけれど。
「さて、何時、何処まで、どのように伝えたものだろうか」
会議の場を活用して、そのように相談を持ちかけてくるイクシスさん。
ただでさえ嘘をつくのが苦手な彼女である。そうした設定は事前に、入念に組んでおいたほうが良いだろう。
皆で知恵を出し合えば、それも然程難しいことではないはず。
「やっぱり伝える内容は、ワープポータルの検証に関することだけでいいんじゃない?」
「異変の発生を受けて、急ぎダンジョンへ真偽を確かめに行った。間違ってはない」
「そこで得たアイテムに関しても、隠すほどのことではないかもですね」
「スキル関連で何か訊かれた場合は注意が必要だ。特にミコトが早くも新たに実装されたスキルを習得した、だなんて話は漏らさないようにしてくれ」
「うーん、加担しておいて言うのもなんですけどー、やっぱり馬鹿げたスピード感です~」
「ダンジョン攻略にイクシスさんが参加したって考えても、報告には何日か間を空けたほうが良さそうだよね」
「グル」
そんな具合に各々意見を述べ、とりあえず連絡を入れるのは三~七日ほど時間を置いてからにしようということでまとまった。
肝心な報告内容や、何かしら勘ぐられて質問をぶつけられた際の返しについても、今のうちに考えておくことに。
すると、そこで不意にレッカが言うのである。
「ところで、本当に私たちがアップデートと無関係だった場合、むしろ早い段階でグラマスに情報を求めて連絡を取るんじゃない?」
…………。
相変わらず、変にツッコミの鋭い彼女。しかし正にそのとおりだろう。
何せクマちゃんと言えば、王都の冒険者ギルド本部に務めているわけで。そこのトップともなれば、さぞ様々な情報が素早く集まるはず。
対してこちらには、勇者イクシスさん。念話っていう超便利な通信ツールがある以上、それを活用して情報を求めるのは全然不思議なことではない。
それがない時点で、もしかすると既に怪しまれていやしないか……。
「なんか、ちょっと不安になってきたんですけど」
「た、確かにな。どど、どうする? いっそのこと念話繋げちゃうか?」
「その場合ー、先程でっち上げた設定上、私たちはまだダンジョン探索の最中ということになりますよー……?」
「と言うかそれ以前に、考えてみれば特級ダンジョンが一つ消えたという情報は、ギルド本部の魔道具にてキャッチされていると見るべきです。その時点で辻褄が合いませんね。私としたことがうっかりしてました」
「えええ、じゃっじゃぁどうするんです?! 設定の練り直しなのです!?」
「ガウガウラー」
「ははは、盛り上がってきたなー」
「クラウの目が死んでる」
大混乱である。
知恵を出し合ってこの体たらく。完璧だと思われた設定は呆気無く破綻し、テンパったせいで立て直しも出来やしない。
ここは一回落ち着く必要がありそうだ。皆に一度深呼吸でも促すべきだろう。
「みんっ」
その時だった。
「あっ……ね、念話のコール……クマちゃんからだ……っ!!」
顔を青くしたイクシスさんの言葉に、一気に静まり返る会議室。イクシスさん宛に、クマちゃんからの念話着信があったらしい。スキル主である私にもそれは伝わるため、間違いない。
噂をすれば何とやら、とは言うけれど、よりにもよってこのタイミングである。
「ど、どうすんの?! どうすんのさ?!」
「ガウガウ!」
「まだ何も決まってない……」
「み、みなさっおお、落ち、おち落ち着いてくらさい!」
「もう駄目です~おしまいです~!」
「ははは、盛り上がってきたなー」
「とにかく、アップデートについては伏せなくちゃ!」
「そう言えばイクシス様個人に宛てた念話に、私が介入するのは不自然ですね。残念ながらお力になれないようです」
「そんなー!!」
落ち着かせるどころか、急転直下。混乱の坩堝へと真っ逆さま。
アップデートへの関与を誤魔化すための方策は、矛盾の発見に伴い瓦解。ここから立て直さねばというタイミングでの念話って、これも一種の弱り目に祟り目ってやつなんだろうか。
何にせよピンチである。窮地である。
「と、とりあえず、みんなもROM専設定で念話に参加させるよ。状況を見つつこの場で直接イクシスさんにアドバイスを出すしか無い!」
念話に物音は入らない。肉声もそうだ。なので、私たちが肉声で遣り取りをする分には念話先のクマちゃんに聞かれる心配もないし、イクシスさん以外の念話は受信専用に設定したからミュート状態。
これならクマちゃんに気取られること無く、イクシスさんをサポートできるはずだ。
懸念点があるとすれば、念話と声のやり取りとでは、タイムラグがえげつないってところか。
念話は思念のやり取りだから、声でイクシスさんへ助言を送る頃には、既に話題が通り過ぎちゃってる、なんてことも普通に起こり得るのである。
そうは思えど、これ以上手をこまねくのもよろしくない。
着信音が鳴っているのにいつまでも応答しないでいるっていうのは、それだけで怪しまれる要因になるもの、これ以上小細工を弄する時間もないし。
それに着信音って精神的に圧を感じるんだよね、焦っている時ほど余計に。現にイクシスさん、冷や汗たらたらだもの。
「し、仕方ない……応答するぞ……!」
皆の頷きが返るのを認め、彼女は恐る恐るクマちゃんからの呼び出しに応じた。
すると。
『は、はい。こちらイクシス』
『あ! やっと繋がったわ! ちょっとどうしたの? いつもはすぐにお返事するのに。もしかしてお取り込み中だったかしら?』
『あ、あぁ、ちょっとな……』
しばらくぶりに聞くクマちゃんの声。案の定呼び出しに応じるまでの時間が長かったことに引っかかりを覚えているようだ。
早速なかなか困った状況である。イクシスさんともあろう人が、念話に応じられない理由って一体何なのか。
彼女なら、たとえ戦闘中にだって念話を受けてくれるはず。それが今日に限って応答しないとくれば、そんなのはもう気絶していただとか、余程の集中を余儀なくされただとか、何れにせよただ事でないと考えるのは当然であった。
あまり深く突っ込まれると、早くもボロが出かねない。私たちは即座に、さっさと話を切り替えろと指示を出す。
『そそ、それよりどうしたんだ? なにか用事か?』
『? 何だからしくないわね』
『!!』
『様子がおかしいけど、イクシスちゃん大丈夫?』
盛大に目を泳がせるイクシスさん。ヤバい、どんどん墓穴を掘っていくパターンに入り掛けてる。
念話にてしどろもどろになる彼女へ、ソフィアさんが素早く指示を出す。
「話の主導権を取られてはいけません。こちらから異変に関する質問をしましょう」
アドバイスにハッとしたイクシスさん。すぐさまそれを念話へと反映する。
『と、ところでクマちゃんは、昼頃おかしな夢は見なかったか?』
『! そう、それよ。そのことに関して連絡したの!』
『やはり見たのだな。クラウたちも見たそうでな、可怪しいと思って調査に赴いているところなんだ』
『流石ね、もう動いてくれていたなんて。こちらからもお願いしようと思っていたところよ』
お、良い流れに乗ったかな?
間髪入れず、即興で偽の状況をでっち上げに掛かる私たちサポート班。特にソフィアさんの機転が冴え渡る。
それを受け、どうにか主導権を手放さず念話を続けるイクシスさん。
甲斐あって、なんとか架空の経緯をでっち上げることに成功した。
その内容とは、先ず私たち全員が今日の昼頃、唐突に同じ内容の白昼夢を見た。
奇妙に思った私たちは、各々の予定を切り上げて合流。準備を整えて、丁度鏡花水月が攻略を進めていた古井戸のダンジョンへ向かった。
するとそこで、夢に出てきた白の石碑を発見。
興味津々で検証を行い、攻略が終盤まで済んでいたこともあって、先程ダンジョンボスを撃破して検証の仕上げを行っていたのだと。
念話に応じるのが遅れたのも、様子がおかしかったのも、その過程で詳しくは言えないけれどミコトがやらかしたからである、と。
『そ、そう、ミコトちゃんがね……まぁ詳しくは聞かないわ。それより検証が済んでいるのなら丁度良かった。早速結果を教えて貰えるかしら?』
『ああ、勿論だ』
なんか釈然としないんですけど。
とは言え、私が何かやらかせば、イクシスさんが狼狽えるのも仕方がなく、クマちゃんが深く突っ込んでこないのも狙い通り。
ダンジョンも既に攻略が進んでいたとすることで、攻略速度の可怪しさもカバーしてみせた。
ただ、イクシスさんの語り下手が災いして、なんだか完全には訝しさを払拭しきれていない感じはあるものの、一先ず検証結果を報告する運びへと漕ぎ着けることが叶った。
そうなれば、私たちが先程調べた結果をそのまま報告したとて問題はない。
打って変わって滑らかに、調査結果をつらつらと語るイクシスさん。こうして聞いていると、先程までのぎこちなさが嘘のよう。うん、怪しい。
そういうところが誤魔化し下手だって言うんだよイクシスさん! 私がやってもそうなるんだろうけども!
とは言え、何かを察してか深く探りを入れてくることもないクマちゃん。もしかすると『知るべきではない情報』の臭いでも嗅ぎ取ったのだろうか。実に賢明なことである。私たちとしてもとても助かる。流石グラマス。
そうして私たちが、祈るような気持ちでクマちゃんを称賛していると、どうにか無事に報告を終えたイクシスさんが別の話題を彼女へと振る。
『ところでそっちはどんな具合だ?』
『どうもこうもないわよ。王都は一時騒然として、今も大混乱の最中よ。私のところにはあっちこっちから問い合わせが殺到してて、もう忙殺よ忙殺。念話を繋げる暇すら無かったくらいよ!』
『そ、そうだったか。となると、異変の規模は余程大きいのだな』
『そうね。国外のギルド支部からも報告が届いてるわ。恐らく大陸全土、もしかすると海の向こうでも同じことが起こってるかも知れないわ』
ワールドアップデート。
どうやら、それは文字通りだったらしい。
改めて、それほどに大きな事を引き起こしたのだと、身震いしそうになる私たち。
ともあれ、どうにか無事に情報交換を成功させたイクシスさん。余計なボロを出す前にと、さっさと念話を切断する。
精神的な疲労から、皆一斉に脱力する。机に突っ伏す者も少なくなかった。
しかし、きっと大変なのはこれからなのだろう。
アップデートに伴う大規模な影響は、きっと水面下で既に始まっているに違いない。ワープポータルの機能が一般的に知れ渡るのだって、然程遠くない事だろう。
変化に対するギルドの対応だって求められるだろうし、クマちゃんの忙殺っていうのも冗談では済みそうにない。
「はぁ……とりあえず、祝勝会の準備でもするか」
現実逃避めいたイクシスさんのつぶやきが、妙にくっきりと会議室に響くのだった。
はっ!
大晦日! 大晦日じゃないか!
今年もご愛読いただき感謝です。っていうか、今年もとか言っちゃって。
気づけばこんなに長々と書いておりますよ。趣味で書き始めた小説が、気づけばすっかりルーティンの一部であります。最早書かないと落ち着かない体になっちまったよ……はは。
なかなか終わりに辿り着かない本作ですけれど、少しでも皆様方の楽しみの一つになっているのであれば、これほど嬉しいこともございません。ええ。
来年もよろしければ、ゆるりとお付き合いいただけると幸いです。
では、やたら冷え込む昨今。お風邪など召されませぬようお気をつけあそばせ。
ってことで、良いお年を~




