第六四四話 ここだけの話
イクシス邸にて遅い昼食を挟み、現在は午後も四時を回った頃。
未だ興奮冷めやらぬ私たちは、例によって会議室に集まり話し合いを行っている最中であった。すっかり恒例である。
結局古井戸のダンジョンを使った白の石碑こと、ワープポータルの検証は、なんやかんやでダンジョンの攻略を果たすところまで行われ。
クリアの成されたダンジョンのポータルがどうなるのか、という検証まできっちり済ませた後、イクシス邸まで戻ってきたという経緯となっている。
一先ず、検証した内容とその結果をイクシスさんがマジックボードへとまとめている最中だ。
いつの間にやら書記を任されることになったソフィアさんが、同時にスラスラとペンを動かしている。流石元敏腕受付嬢。やれば出来るソフィアさんである。
ワープポータルの仕様として判明したのは、大まかに──
・転移先が存在しない場合、触れても反応がない。
・他のダンジョンへは転移できない。
・ワープポータル(以下:ポータル)は五階層おきに設置されている。しかし他のダンジョンも同じとは限らない。
・ポータルのある階層へ到達することで、自動的にアクティベートは行われる。態々ポータルに触れる必要はない。
・未到達の階層へは飛べない。PTメンバーなどの他者と一緒に転移することも不可能。一度でもポータルを介さずに、ポータルの存在する階層まで到達する必要があるらしい。
・ポータルに使用回数の制限や、使用に関するリスクなどは存在しないようだ。
・ボスフロアにもポータルは存在した。
・一度ダンジョンをでても、到達記録は消えないらしい。時間経過でどうなるかは要検証。
・アクティベートした同ダンジョン内ポータルへは、選択して移動することが可能。その際は飛びたい階層を意識する必要がある。
・何も考えずにポータルに触れると、入り口か到達済みの最深階層、その何れかに飛ぶ。入り口のポータルからは最深階層、それ以外からは入り口へ飛ぶようだ。
・ダンジョンボス討伐後、特典部屋探索後の何れに於いてもポータルが効果を損なうことはない。
・特典部屋内にもポータルは設置されていた。
──って感じだろうか。
それにしても、不完全燃焼だからとボスを相手に憂さ晴らしをするイクシスさんの勇姿よ。
フル装備イクシスさん、ヤバかった。人類最強は伊達じゃない。
まぁそんな彼女の活躍もあり、検証は全く滞り無く済んだわけで。ついでに私も腕輪を育てられたし、なんやかんやで実りあるダンジョン攻略だったと言えるだろう。
あと、新たに実装されたアイテムについてだけど、地味に幾つか見つかっている。
とは言え、はっきり言って見分けはつかない。新実装アイテムか否かは鑑定してみて初めて判明するって感じだ。
なにせこの世界には、まだまだ未発見のアイテムもたくさんあるだろうし、そこに新アイテムとか言われてもね。未発見アイテムが増えた、程度の認識にしかならない。
でも、生産職が作成できるアイテムも増えたっていうんなら、きっと話は違ってくるんだろう。恐らくそっちの要素がメインな気がする。まぁ、憶測に過ぎないわけだけど。
実を言うとおもちゃ屋さんの方でも、唐突に新しいコマンドをひらめいた! なんて騒ぎ出す師匠たちがチラホラいて、今大騒ぎになってたりする。コミコトとメカミコトが一緒になって、絶賛研究中である。私も帰るのが楽しみだ。
だから他の生産職の現場でも、もしかするとそういった影響が生じてるんじゃないかと予想している。
それから新たなスキルに関してだけれど。
ソフィアさんにせがまれ、ワープポータルの検証の傍らでアレコレと試す羽目になった。
具体的には、アップデート情報の紹介映像に登場した幾つかのスキル。それにジョブ紹介の際に併せて実装されたジョブ専用スキルっぽいものまで、今すぐ覚えてみせなさいと無茶振りをされたわけで。
正直気が動転して、あまり内容を覚えていないと目を泳がせたなら、
「きっとアルバムスキルの中に映像が残ってますよ。ほら調べてみてください」
などと指摘され。実際本当にあったから驚きである。
こうなっては後回しなど許してくれそうにないソフィアさん。渋々ってわけでもないけれど、ワープポータルの検証とダンジョン攻略に加え、新たなスキルの習得というチャレンジを行った私。ゼノワも同情する忙しさだ。
まぁその甲斐もあり、新たに複数のスキルを獲得するに至ったのだから文句も言えないわけで。
というか、覚えるだけ覚えて放置してるスキルが多すぎるんですけど。実質パンクしてるんですけど! ステータスウィンドウのスキル欄なんて、もう何が何やらって感じの文字列で、自分でも引いてしまうレベル。
覚えればいいってものじゃないんだなって、痛感している私である。鍛錬は確かに好きだけど、勿論楽ってわけじゃないんだよ? どんなスキルもレベルが高くなるに連れて必要な鍛錬もハードになるしね。
しかし、そんな私の苦労などどこ吹く風。ご満悦のソフィアさんは今、ご機嫌に書記の役目を全うしてくれている。
そのようにして、ワープポータルの検証結果や、アップデート移行の変化、発見について一通りのまとめが済んだ頃。
改めて私たちへ向き直ったイクシスさんが、徐に口を開いた。
「なんか我々、とんでもないことをしてしまったようだぞ」
魔王討伐の実績を持つ彼女が言うのだから、間違いない。
故にこそ、皆の表情も改めて引き攣った。私自身、マジックボードを眺めて頭を抱えたくなってくる。
正直、これらの変化がどういった規模で生じたのかはまだ分かっていない。
けれど少なくとも、百王の塔での出来事が、遠く離れた特級危険域内にも影響を及ぼしていたというのは紛れもない事実である。
それに『ワールドアップデート』だもの。ひょっとすると全世界規模も有り得る話。
それを思うと、自分たちの仕出かした事の大きさに、正直ビビっているというのが偽らざる本音というもの。
幸い、悪いことではなかった。大部分の人たちにとってはきっと良い変化だ。
その事実には安堵したが、かと言って万々歳ってわけでもきっと無い。
例えばこの変化がきっかけで、職を奪われるような人が出ても可怪しくはないだろうし、浮かれてダンジョンに潜り、命を落とす人が出てくることだって容易に想像がついてしまう。
そこは、個々人の自己責任として私たちが必要以上に負い目を感じるようなところではないのだろう。
そう分かってはいるのだけれど。だとしても、やっぱり何も思わずには居られないわけで。
「特殊ダンジョンの奥に、まさかこんな秘密が眠っていただなんて……正直想像もしてなかったよね」
レッカのつぶやきに、皆も同感のようである。私もだ。
とは言え、アップデートの実行を選択したのは私たち。その事実には向き合わなくちゃならない。
「さて、この情報をどうするか。それを決めなくてはなるまい。今回検証などで収集したデータはまぁ、クマちゃん辺りに報告するとしても、我々がアップデートを実行したという事実に関しては、伏せるべきか否かという話だ」
イクシスさんのその言に、皆からは小さなざわめきが起こる。
けど、それもそうか。触れ回るにはあまりに重大な内容である。少なくとも、誰にでも気軽に話せるような情報でないのは確かだろう。
イクシスさんの口から、隠蔽を仄めかす発言が飛び出したのには正直面食らったけど、考えてみたら私に関する情報もオフレコにしてくれてるんだ。今更といえば今更。延長線上の出来事でもあるわけだしね。
しかしそうは言ったものの、本当に秘密にしておいて良いようなことなのだろうか……?
いや、勿論善いか悪いかで言えば、善いはずもないのだろうけれど。
「私はなるべく伏せておくべきだと思います」
「!」
「さもなくば、いよいよミコトさんの存在を隠すことが困難になるでしょう。ばかりか、我々の活動にも支障が出るはずです」
ソフィアさんの発言である。
確かに彼女の言うとおりだろう。こんな情報を知らせては、クマちゃんが胸の内に留め置いてくれるとも限らない。
信用云々の問題ではない。知らせることで、彼女にはきっと何処ぞへと報告する義務が発生する。黙っていれば責任問題を取り沙汰されかねないし、万が一何処かから情報が漏れた際のリスクは、一冒険者として活動している私たちと、責任ある立場に就いているクマちゃんとでは次元が違うはず。
かと言って、正直に何処かへ情報を渡されたとしても、これまた困ったことになるのは明白だ。
私たちの活動にはきっと注目が集まり、監視も付くことになるだろう。
最悪の場合、危険分子として粛清を受けるかも知れない。そうなればいよいよ、私が転移スキルを駆使して暗殺活動だなんて未来も現実味を帯びてしまう。
勘弁して欲しいものである。当然殺される方も嫌だろうけど、暗殺に手を染める側だって嫌だ。
であるならば、アップデートに関与したという情報は私たちの間で留めておくのが、きっと一番波風の立たない落とし所になるのだろう。
「だったらココロも秘密にしておくべきだと思います!」
「同じく」
「ガウ」
「こここ、こんなことが世間に知られようものなら、お日様の下を歩けなくなってしまいますよ~」
「別に犯罪を犯したというわけではないのだが。しかし情報を明かせば面倒なことになるのは間違いないか……私も伏せておく方に一票入れよう」
「私にも異存はないかな」
「下手をすると、クマちゃんにまでたくさん迷惑を掛けそうだしね。私も黙っておいたほうが良いと思う」
ついでに言えば、証拠もない話なのだ。伏せておけば、誰に勘付かれることもないだろう。
まぁそのうち、メチャクチャ頭の切れる人が私たちの前に姿を表さないとも限らないけれど。
それだけ頭の回る人であるなら、話も一応聞いてくれるだろう。話してダメなら……その時はその時である。魔法の実験台にでもしてやろう。
皆の意見を聞き終え、図らずも満場一致を認めた彼女は頷きを返した。
「皆の意向は理解した。私にも異存はない。しかしそうなると、今すぐ念話を繋いで報告というのもよろしくないか。我々で早々とワープポータルの検証を済ませたというのは、いくらなんでも行動が早すぎるだろう」
「そうでしょうか。グランドマスターはミコトさんの転移スキルをご存知でしたよね? ならば面子を揃えて素早く調査に乗り出したとて、然程の不思議もないのでは」
「いやソフィア。普通の特級冒険者PTは、数時間で特級ダンジョンを踏破などしないと思うぞ」
「あ……。いけませんね、私としたことが。すっかり嫁に毒されてしまったようです」
「ソフィアさんも大概だけどね?!」
っていうか、特級PTの段階で既に『普通』ではないと思うんですけど。私が普通を語るのもおこがましいけども。
雷帝と裏技のコンボに加え、特級ダンジョンのボスすら瞬殺できる戦力で挑めば、そりゃ数時間でダンジョン踏破も簡単だよ。
何なら本題はワープポータルの検証だったし、スキルの鍛錬もした、その上腕輪を育てるためにモンスター狩りまで行ったから、余計に時間がかかったまである。
「そうすると、確かにもう少し時間を置いて報告したほうが良いかも知れませんね」
「ああ、そうするとしよう。……ところで、えっと、誰か立ち会ってくれる者は居ないか? クマちゃんには絶対怪しまれると思うんだが。言い逃れられるか不安なんだが……」
「すまぬ母上。私には無理そうだ。足を引っ張る未来しか見えん」
「ココロもです」
「っていうか、ここにいる全員そうだよ……ああいや、ソフィアさんだけは例外か」
「何故ですか! 私だけ除け者にしようっていうんですか?!」
「ソフィアはポーカーフェイスがうまい。誤魔化しも卒なくこなせる。つまり褒め言葉」
「グラ」
素早いオルカのフォローにより、むむぅと口をつぐむソフィアさん。
どうやら立ち会いメンバーは決まったらしい。
とは言え。
「まぁ聞くだけなら私も参加するから。ROM専ってやつだね」
「ロムセン……ミコトちゃん、何なのだそれは?」
「発言はせずに、見てるだけ聞いてるだけって感じの意味かな。念話の設定で、そういうのも出来るようになったんだよ」
「なんですかー、盗み聞きし放題ですかー」
「人聞きが悪いな!」
もとより私のスキルだもの、誰と誰のやり取りでも、こっそり聞こうと思えば聞くことが出来るのだ。
それがスキルレベルの上昇に伴い、こっそり聞き耳をたてられるメンバーを私が指定できるようになった、というわけだ。
今回はそれを利用して、イクシスさんとソフィアさんによるワープポータルの検証結果報告に聞き耳を立てようってわけである。
すると、これには皆参加を表明し。イクシスさんが余計なことを言わないか、全員で監視することが決まった。
「何だか、それはそれでプレッシャーなのだが……」
「余計なことを漏らしたら、最低でも三年は口を利かないからな、母上」
「今日から私は世界一口の硬いママだ。安心してくれクラウ!」
……うーん、大丈夫なんだろうか……。




