第六四三話 ワープポータル
突然の眩しさに、少しだけ目を細める。それが最初の違和感だった。
視界に入ったのは、草原の景色。足元には古びた石畳。そして、徐々に耳に届くのはザワザワとした喧騒だ。
視線を右へ左へ動かしつつ、直前の記憶と照らし合わせる。
(私は……あれ、確か夢の中でアップデートの紹介映像を観ていたはず……その前は、そう。白い空間に居た……はず)
そうだ。記憶によれば、私は白い空間の中に居た。仲間たちだってそうだ。
だっていうのに、何故草原? 何故喧騒が聞こえるんだろう?
それが解せずに視界を介して情報を拾ったなら、まばらなれど付近にチラホラと人影があることに気づいた。
次は体ごと回して背後を確かめる。仲間たちの姿があった。
皆も何だか、狐にでも化かされたかのようなキョトンとした顔を一様に浮かべており、同じく混乱の最中にあるようだ。
少し、情報を整理する必要がありそうである。
仲間たちの更に向こうへ目をやる。するとそこには、古めかしい塔が高々と聳え立っており。
百王の塔であるとひと目で分かった。分かったのだが……。
(何か、ちょっと雰囲気が違う……? っていうか、いつの間に私たち外に出てきたんだ?!)
少しずつ思考が回転を始め、故にこそ情報量にパンクしそうになる。
そうさ、この状況も不可解なれど、今はもっと取り沙汰すべき事があるじゃないか。
アップデートのことである。
一先ず、仲間たちへと問いかけてみなくてはなるまい。
「みんな、アップデートの紹介映像……観た?」
問いかければ、返事はすぐさまやって来た。私もそうだけれど、みんなもあれには相当な衝撃を受けたようで、返答はうまく声にならず、代わりに激しく何度も頷きを示したのである。
やはり、全員がアレを観たのだ。しかもそれだけじゃない。
パッシブで発動している聞き耳スキルが、そこら辺で話している人たちの興奮したような声を拾ってくれた。
どうやらこの場に居る全員が、同じ映像を観たと見て間違いなさそうだ。
それにもう一点。私にとっては朗報だったのが、映像の中でモデルを務めたのはやはり、映像を見ている当人であったらしい。
最後のムービー風の映像の中で、モンスターと戦闘を繰り広げる自分の姿を見たと、鼻息荒く語っている人の話が聞こえたし、それ以外にもチラホラ。きっと間違いないだろう。
「アップデートは、成功したのだろうか……?」
そのように、誰にともなく疑問をつぶやいたのはイクシスさんである。
今の段階では判然としない、というのが正直なところだ。
すると、ビビリのスイレンさんがへっぴり腰で、別の疑問を投げる。
「っていうか私たち、なんで外にいるんですか~……?」
彼女の疑問には、皆も反応を返した。
「確かにな。白い空間に居たはずだが……」
「もしかして、強制的に追い出された?」
「アップデートが終わったから、あの場所が消えちゃったってことでしょうか?」
「! 皆さん、マップを見てください!」
「え……あれ?! 百王の塔のアイコンが消えてる!」
レッカの言うとおり、マップを確認してみれば確かに、私たちのすぐ目の前にあるはずの百王の塔から、特殊ダンジョンを示すアイコンが綺麗に消え去っていたのである。まるで、元からそこには何もなかったかのように。
私たちは視線だけで遣り取りをすると、誰からともなく塔の入り口へと駆け出していた。
するとどうしたことだろうか。今朝は確かに赤く輝いていた魔法陣が、何処を探しても見当たらないのである。
魔法陣が光を失っているだとか、そういう話ではなく。
魔法陣そのもの、延いてはダンジョンそのものが消え失せてしまったようだ。
「クリアしても消えないはずの特殊ダンジョンが……」
「いや……もしかすると、ようやく正しい意味でクリアが成されたということかも知れない」
イクシスさんの推測に、私も納得を覚える。
特殊ダンジョンは踏破しても、幾らかの休止期間を挟んで復活する。それが特殊ダンジョンの仕組みなのだと、そのように冒険者を中心に幅広く知られていた。いわば常識である。
けれど実のところ、そうではなかった。隠されたモノリスへアクセスし、キーオブジェクトを使って解錠。アップデートを発動することで、特殊ダンジョンも他のダンジョン同様に消すことが可能だったのだ、と。
それは何だか、矛盾のない考えのように思える。勿論、現段階では断言にまでは至らないけれど。
「ってことは、外に居た人たちって……」
「多分、百王の塔に挑んでた人たち。あと元から百王の塔を見物に来てた人たち」
「ダンジョンの消滅に伴って、外に放り出されちゃったわけですね」
彼らは通常の百王の塔に挑んでいたってわけだ。でも、もう一つの百王の塔は先日踏破しちゃってたのに、通常バージョンは普通に稼働してたのかな?
まぁ、それは今気にするようなことでもないか。そんなことより、これからのことを考えないと。
皆が改めて難しい表情を作る中、徐に口を開いたのはソフィアさんで。
「一度戻って情報を整理しませんか? 新たなスキルについても気になりますし、この場所は人目もあります」
その提案には、メンバーの約半数が同意した。
が、残りの半数は。
「いやせっかくだ、例の『白の石碑』について調べて帰ろうじゃないか。あの映像が本当なら、何処か適当なダンジョンへ行けば見つけられるだろう」
「だよね。このままじゃ気になって、話し合いどころじゃないよ!」
「うむ。ほらミコトちゃん、転移だ転移!」
「ガウガウラ!」
などと、即時の調査を提案してきたのである。
かくいう私も好奇心は強いほうなので、異論などはなく。早速マップウィンドウを開き、以前見つけておいた手頃な特級ダンジョンを皆へ提案し、すぐさま了承を得ると、人目を避けて転移を発動したのである。
★
時刻は正午過ぎ。
緑の匂いとモンスターの気配が濃く感じられるここは、特級危険域内のとある雑木林。
目の前には場違い感も甚だしい、古びた井戸がぽつんと一つ。
赤の二つ星、古井戸のダンジョンだ。時間が空いたら腕輪の餌にでもしようと思って見繕っておいたダンジョンの一つである。
転移を終えた私たちは、特に気負うでもなくヒョイヒョイと次々に井戸の中へと飛び込んでいく。
傍から見たら、何とも恐れ知らずな女たち。シュールというか異様な光景だった。
まぁ私も皆に遅れること無く、サクッと飛び込んだわけなのだけれど。
井戸の底へ着地したなら、すぐさまその場を退く。さもなくば、上から降ってくる後続に踏み潰されてしまうからね。
その辺りは皆弁えているようで、誰が何を言うでもなくスムーズに着地と退避を卒なくこなしてみせた。これも一つのチームワークと言えるだろうか。
そうして改めて皆で周囲を見渡せば、そこは既にダンジョン一階層。一応セーフティーエリアに当たる小広い空間となっている。
そして。
「見て、アレ」
「! 本当にあった……!」
オルカの指差した先に、夢の中の映像で見たそれと寸分違わぬ白の石碑を見つけたのである。
我先にと、皆でドタバタ駆けつけ、さりとて不思議なもので、それに勢いよく触れようなどという者は一人も居なかった。
息を合わせたように石碑の前で足を止めたなら、まじまじと全員でそれを観察する。
が、それじゃぁ埒が明かないと、代表して私が一歩前に出ることに。
「私だったら、万が一何処かに飛ばされたとしても転移スキルで帰ってこれるからね」
と安全マージンを提示すれば、皆も納得した様子。
恐る恐る石碑へ手を伸ばし、ピトッと触れてみる。加工された大理石のように、すべすべな手触りだ。彫り込まれた文字は、『ワープポータル』と読める。その名もズバリって感じである。
しかし、それだけ。特に光ったりすることもなく、音も出ないし震えもしない。勿論爆発も消滅もしない。
「ふむ……やっぱり、転移先が存在しないからだろうね。今の段階じゃ反応しないや」
「なるほどな。それならミコト、雷帝モードでひとっ走り潜ってきてくれ。それが一番速いだろう」
「ガウガウ!」
「ああはいはい、ゼノワはちょっと待っててね」
雷帝の双面を装備した、通称雷帝モード。激しいMP消費を代償に全身に雷を纏い、自らの身を雷に変えることすら可能な、レッカの焔ノ化身に近い能力である。燃費はこっちのほうが悪いけど。
しかし速さはピカイチである。見た目もピカピカ。ゼノワのお気に入りなので、勝手に使うとちょっと拗ねる。君にはゲーミングゼノワがあるでしょ!
ってわけで、クラウの指示により私が先行することになった。雷帝モードを発動し、マップをちらっと見て暗記し、一気に駆け抜ける。暗記スキル便利。
そうしてものの数秒で第一階層を突破。下り階段を降りきって、二階層セーフティーエリアへとやって来たわけだけれど。
『あれ。白の石碑が見当たらないんですけど』
と、見たままの情報を念話にて皆へ共有。どれどれと、ゼノワが絡繰霊起を解除してやって来る。流石何処にでも現れる精霊である。媒体はオルカに預けて、PTストレージに入れてもらったようだ。
すると皆も、ストレージ経由でやって来るじゃないか。なんてグダグダなダンジョン攻略なんだ……。
「む、本当に見当たらないな」
「すべての階層に設置されている、というわけではないようですね」
「なら、もっと下の階層にあるんですかね?」
「ミコトレッツゴ」
「はいはい」
裏技にて軽くMPを補充しつつ、再び雷帝モードにて下の階層へ。
そうして移動すること数階層。ようやっと目当ての物を見つけたのは、五階層の入り口でのことだった。
『あった! 触ってみていい?』
『いいわけ無いだろう!』
『一番は私だぞ!』
『何言ってるのさ、私だよ!』
『いえここは私が~!』
ストレージから飛び出すなり、もみくちゃになって皆で白の石碑ことワープポータルへ突撃する。
すると次の瞬間、私たちの身体はあら不思議、第一階層の入り口側へ転移していたのであった。
……うん。
転移に慣れすぎて、感動が薄いんですけど。




