第六四二話 明晰夢ービー
明晰夢、ってやつだ。
夢を見た。夢だって分かる夢。
私の姿も身体も何処にも無く、ただ映像が流れるだけの夢。
けれど、問題なのはその映像だ。
それはさながら、ゲームのアップデートを告知するワクワクの動画。
公式番組やイベントなんかで、ドドーンって発表されて、その後は動画サイトで何度も観直せる感じのアレ。
(アップデートに付き物とは言っても、まさかこんなものが用意されているとは……)
だなんて思考できるくらいには、意識も存外ハッキリしている。気を失う直前の出来事だって、ちゃんと覚えているくらいだ。
まぁ、それはいい。今はこの映像をしっかり観ておくことこそが肝要だろう。
始めに光沢のある大きな文字で、『大型アップデート情報!』のテロップが表示され。軽快な音楽とともに、早速追加要素の紹介がさも当然のように始まった。
どうやら最初は、追加ジョブの情報みたいだ。
新たに追加されるっていうジョブの幾つかを、ピックアップして紹介するって運びらしい。
しかしながらこの世界にどんなジョブが存在するのか、なんてあまり詳しくない私である。
冒険者たるもの、PTメンバー選びの際だとか、合同で依頼を受ける際なんかに必要となる情報として把握しておくべきものなのだろうけれど。
ところが私の場合、鏡花水月メンバーは成り行きで集まった感じだし、他のPTと臨時で組むようなこともない。あるとしても顔見知りばっかりだ。
ちょうど今も、レッカたちやイクシスさんと一緒に行動してるわけだしね。
なので私はジョブ関連の情報には、結構疎かった。それにジョブって変えようと思って好きに変えられるようなものでもないもの。
オルカもジョブがニンジャに変わるのに、なかなかの苦労を強いられていたようだしね。
私の場合で言えば、『プレイヤー』からジョブチェンジ出来る気もしない。する気もないし。
あとは対人戦を想定すると、手の内を探るという意味に於いてジョブ知識は重要になってくるだろうけれど。さりとて他人と剣を交える機会というのもあまり無かった。もっぱらモンスターと戦ってばかりだったし。
そんなわけで、なかなかジョブの情報ってものを詳しく調べるようなタイミングに恵まれなかったのである。
とは言え、この先も調べる機会がないままとは限らないわけで。ならばここでの情報も頭に入れておいて損することもないだろう。
それに何より、こういう映像って単純に観ていて胸が踊るんだよね。
まぁ、誰がこんな物を用意したんだろう、とか考え始めると、正直心穏やかでは居られないのだけれど。今は一旦横に置いておくとして。
映像には確かに、この世界では聞いたこともないジョブが取り上げられ、早速紹介されていった。
ピックアップされたジョブに就いているであろう、それっぽい格好をしたモデルさんが、ジョブの固有スキルを華麗に使ってみせる。デモンストレーションってやつだ。
ただ一つ問題があるとするなら、そのモデルさんが、何故か素顔を晒した私の姿をしているってことなのだけれど……。
っていうか、どう見ても私である。そっくりさんとか他人の空似とか、そういうレベルじゃないもの。
こんな物を見せられては、正直新ジョブがどうとかいう話なんて頭に入ってくるはずもない。
(こ、こんな撮影した覚えないんですけど……?)
とっさに幾つかの可能性が脳裏を駆けていく。
一番それっぽい可能性としては、『モデルには、この映像を観ている当人の姿が投影される』って仕掛けが施されてるって線だろうか。
例えばもしもこれをオルカも観ているのだとするなら、オルカの目にはこのモデルが彼女自身の姿として映っている、っていう。
けれどもし、誰の目にも私がモデルとして登場しているように映っているとしたら……。
(いや、待って。そもそもこの映像を観てるのって、私だけなのかな? もしかして、仲間たちも観てたり……いやひょっとすると、ワールドの再起動とやらで意識を失った、全ての人が観てる可能性だって……)
最悪である。本当に最悪。
だってそうだ。もしこの映像を世界中の人が目の当たりにしているとして、しかもこのモデルが誰の目にも私の姿として捉えられているのだとするなら、それって私の顔が一気に世界中の人に知れ渡るってことじゃないか。
それだけじゃない。
このワールドアップデートだなんていう奇っ怪極まりない現象に関与しているものとして、確実に注目を浴びることになる。
良くて重要参考人。悪くて、世界を混乱に貶めた凶悪犯として極刑……。
本格的に、一生仮面を手放せなくなってしまったんじゃないの、これ。
ヤバい、今は身体って概念が存在していないくせに、背筋が冷たくって仕方ないや。ははっ。
どうか、杞憂であって欲しいものである。
モデルさんには、映像を目にしている当人の容姿が適用される。そういうギミックが仕込まれているものと信じよう。その可能性に縋るしか無い。
などと怯えて一人混乱している内に、映像はさっさと進んでしまい。
続いて新たに追加されるスキル紹介が始まった。
これを観ているとしたら、きっとソフィアさん大歓喜である。
けれどここでも先程同様、ピックアップして紹介される新たなスキルを、モデル(私)がビシッと使いこなしてみせるではないか。
なんだそのドヤ顔は。やめろ! カメラに視線をやるんじゃない!
くそぉ、綺麗な顔しやがってぇ……私の自信作ぅ……。
うん。そうだね、前向きに考えよう。
私が魂を込めて作ったこの顔面が全ての人に見てもらえるっていうんなら、こんなに素晴らしいことは……いや、ないな。ないわー。
だって私、丹精込めて作ったキャラとか、自分で眺めてニヤニヤするタイプだもん。どうせ誰だって自分のキャラが一番可愛いに決まってるんだから、自慢すること自体が不毛なんだよ。個人の見解ですけども。
だから世界中にこの顔が広まったとて、良いことなんて一つもないんだ。ポジティブになんて考えられないんですけど!
夢の中なのに意識が飛びそうになる中、それでもマイペースに動画は進む。
いつの間にやら新アイテムのピックアップ紹介が始まっていた。
そして例によって、私がそれを使用して見せている。
入手方法についての言及はされていないけれど、何やら便利そうなアイテムの情報がチラホラ。
特にこの『モンスターボックス』なんて、オルカのお姉さんが絶対欲しがりそうじゃないか。テイムモンスターを手のひら大の箱に入れて持ち運べるとか、そんなのほぼポ◯モンじゃん。
っていうか何だかんだでワクワクしながら映像に見入っている私が居る。悔しい! でももっと観たい!
まぁ、閉じる瞼も背ける顔もないので、嫌でも映像は視界をハックし続けるんですけどね。とんだ悪夢である。
そんなこんなで、いよいよ映像も終盤。
アップデートの内容も、目玉となるものは『ダンジョンの新機能』とやらを残すのみのはず。
問題はそれが、一体どういうものかってことなんだけど。
もしもこの新機能とやらが、人類側に不利なものであったなら、私たちはとんでもない災いの種を撒いたことになる。
それを思うと、先程までとはまた違った意味で、肝がじっくり冷えていくようだった。
改悪アップデートだけは勘弁してくれと、祈るような気持ちで緊張しながらその瞬間を待っていると、いよいよ『ダンジョンに新機能を追加!』というテロップが表示され。
すると、これまでとは趣の異なるムービー風の映像が始まったではないか。
洞窟めいた、それでいて暗いわけでもないその光景は、冒険者なら馴染み深いであろうよくあるダンジョン内を映したものだろうか。
そんな中を、冒険者然とした格好で一人歩くモデルの私。
と、迫力あるモンスターとの戦闘シーンが始まる。なかなか堂に入った立ち回りじゃないか。まぁ、私らしからぬって感じはするけど。
如何にも一般的な冒険者って感じの動きだった。何気に新ジョブ新スキルを活かして見せるところが小憎たらしい。
そうして更にダンジョン奥へと足を進めたなら、突如やたら強そうなモンスターに遭遇し、窮地に立たされる私。
得物である剣がへし折れ、いよいよ打つ手なし。已む無く隙を見て逃げ出せば、運良く下り階段を見つけることが出来た。
階段前の小広い空間に駆け込めば、そこはセーフティーエリア。モンスターは入れない。
通路にて足を止め、忌々しげに睨みつけてくる厳ついモンスターには、しかしその場から離れる様子はなく。
後ずさった私は、階段を降ることにしたらしい。
けれど得物を失い、フロアには恐ろしいモンスターが待ち構えているこの状況、進むことも出来ず、帰るのもままならないだろう。
綺麗な顔を絶望に染めて、がっくり項垂れる私。
すると。
階段を降りきったそこには、見慣れない物が存在していたのである。
セーフティーエリアの端っこ、ぽつんと設置されたそれは真っ白な石碑。
今まで潜ってきたダンジョンの中で、あんな物は見たことがないのだけれど……もしかして新機能とやらに関わるものなのだろうか?
興味深く映像を凝視すれば、モデルの私は何故か安堵したようにその石碑へと歩み寄っていくではないか。
どうやら私の姿をした彼女は、アレが何なのかを知っているらしい。
石碑の前までやってきた私は、白の石碑へと徐に手を伸ばし、触れたのである。
その瞬間だ。ポワンと淡く白い光を発した石碑は、その光を私の身体にも伝播させ。
やがて全身を真っ白に染め上げた私は、なんとその場から姿を消してしまったのだ。
何が起きたのか。
誰も居なくなったセーフティーエリアが、余韻のように映し出され、かと思えば徐に場面は切り替わった。
所変わって、どうやらダンジョン入り口。
恐らくは入ってすぐの場所だろうか。映像はそこにも、先程と同様の真っ白な石碑の姿を捉えており。
その瞬間、私は確信にも似た予感を覚えたのである。
(まさか、これって……!)
すると、そんな私の考えを裏付けるように、映像は進んだ。
そう。石碑の発光とともに、光りに包まれた私が突如として姿を現したのである。
転移だ。ダンジョン内転移。
それと理解したと同時に、鳥肌が立つような感覚が去来する。
だってそうだ。これは、紛れもない吉報だ。
ダンジョンの奥から、一瞬にして地上へ帰還できる方法が出現したとなれば、間違いなくダンジョン攻略の常識が覆る。その影響は計り知れないだろう。
これを目の当たりにした冒険者は、その誰もがひっくり返るに違いない。
今すぐにでも仲間たちと、これについて話し合いたい。クマちゃんにもすぐ報告しないと。
なんて、一気に気持ちが昂ぶる私を他所に、映像はもう少しだけ続いた。
無事にダンジョンからの脱出を果たし、拠点へと帰り着いた私。得物を失ったため、なかなかにボロボロでヘトヘトの帰還だ。
さりとて更に場面は切り替わり、帰還から幾らかの時間が経過した模様。
新たな得物を携えた私は、力強い表情で先程と同じダンジョンの入口をくぐり。
そうして、何故か白の石碑へと手を置いたのである。
その様子をまさかという思いで眺めていれば、映像の中の私が次に現れたのは、何と別のフロア。それも見覚えのある景色。
私は階段を登り始め。そうして、一階層上のフロアにて先程辛酸を嘗めさせられた強敵との、再戦に挑んだのだった。
(……帰るだけじゃない……元居た階層に、あの石碑から転移することもできるんだ!)
あまりの衝撃に、放心する私。
そして最後に、『実装は、この後すぐ!』というテロップが力強いSEをバックに表示され。
体感時間にしてあっという間の映像は、そこで静かに終わりを告げたのだった。




