表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

641/1721

第六四一話 YES/NO

 大まかに、意見は二つに割れた。

 片や、やはりこのような重大な判断は我々だけで行うべきではない、という意見。

 もう片や、この機を逃すべきではないとする意見だ。

 もっと言えば、前者はアップデートの危険性を重く見ており、後者はその逆で、アップデートが齎すであろう恩恵は早い内に得ておいたほうが良いという考えに基づいている。

 それと、どっちつかずの中立派というのもあり。論争はなかなかどうして長く続き。

 慎重になるべきと声を大にして唱えるスイレンさんと、絶対アップデートするべきと主張して憚らないソフィアさんを筆頭に、白い空間の最中話し合いはなかなかに長引いたのである。


 そんな様子を、少し離れた位置でくつろぎセットを広げて眺める私たち中立派。

「はいミコト、お茶のおかわり」

「ああ、ありがとオルカ」

「何だかココロは、アップデートどっちでも良いような気がしてきました」

「まぁ、どちらの言い分も分かるし、情報が少ない以上どちらが正しいとも言い切れないのが難しいところだな」

 お茶を啜りつつ、そのように困り顔をするのはイクシスさん。

 視線の先には、ソフィアさん側についてワーワー言ってるクラウが居り。

 対するスイレンさん側にはレッカがついている。彼女はあれでいて、意外と石橋を叩くタイプなのだ。


 そうして、そんな彼女らの論争がかれこれ一時間以上も続いた頃。

 どうやらようやっと決着がついたようで。

 モノリスの前で激しくバチバチにやり合ってた彼女たち四人が、徐にこちらへやって来るではないか。

 表情を見てみれば、ソフィアさんが鼻息荒くドヤっている。

 見ていた感じ、先にレッカを説き伏せに掛かったソフィアさんとクラウ。

 スイレンさんによる必死な抵抗も虚しく二人の策は成り、寝返ったレッカ。追い詰められ、とうとう音を上げたスイレンさん、という流れのようだった。


 斯くして彼女たちは、『アップデートを実行する!』という結論に至ったようだ。


 他方でそれを見守っていた私たちの間でも、それなりに話し合いというのはあって。

「ミコトはどうしたい?」

「ココロはミコト様の選択に従いますっ!」

「そりゃゲーマーたるもの、アプデには心躍るよね。出来れば実行したいさ」

「まぁ、良いんじゃないか。勇者をやっている立場上、どちらかと言えば私は止める立場にあるわけだが、しかし冒険者が宝箱を開けるのに異を唱えるのもおかしな話だ。よくないことが起こると確定しているのなら話は別だが、やってみなければ分からんこともある。特殊ダンジョンもオーパーツもこの世界にはまだ複数存在しているわけだし、ならば同じような事が何処かの誰かの手で知らぬ間に成されるよりも、この場で一例を知れるという意味に於いては有意義だろう。よって止めはしないさ」

「う。なんか気軽な発言してごめんねイクシスさん……」

 流石勇者、私なんかよりずっと真剣に考えた上での中立派だったらしい。


 ともあれ、こちらでもアップデートの実行には異論なし、ということで決着していた。

 結果。


 騒いだ皆がお茶で喉を潤すのを待ってくつろぎセットをしまい、モノリスの前に立つ私たち。

 手元にはストレージより銀色の杯を取り出す。

 そうして皆の中から歩み出た私は、真剣にモノリスを見つめながら、言うのである。

「それで、この杯をどうしたらいいのかな……?」

 使う使わないの問題ではない。使い方が分からない、という話だ。


「モノリスに押し付けるんじゃないか? こう、グリっと」

「なるほどグリっと」

「砕いて粉状にしてから、モノリスにかけるとか」

「いや破壊不能オブジェクトだから!」

「モノリスの上に乗っけるんじゃないですか~?」

「うん、その発想はなかった」

「杯に美味しい飲み物を注いで、ハイドウゾ」

「誰が大喜利をしろと!!」


 変に話し合いなんて挟んだものだから、すっかり皆から緊張感が抜け落ちてしまっている。やっぱり一時間超えは長すぎたんだ……。

 それで言えばむしろ、くつろぎセットを出したことのほうが原因かも知れないけども。

 とにかくここからが大事なんだから、もっと気を引き締めなくてはならない。

 一先ず、何だかんだで一番それっぽいクラウの意見を参考に、私は杯を徐にモノリスへと近づけると。

 グリっと、それを思い切ってモノリスの表面へと押し付けてみたのである。

 すると。


「おぉ、なんか杯が呑み込まれていくんですけど!」


 驚いて手を離し、バッと飛び退る私。しかし杯は尚も勝手にモノリスの中へと、ゆっくり沈み込んでいき。その様子はまるで、コールタールに埋没していく様にも見えた。

 そうして皆で銀色の杯が呑まれていく様子を、じっと観察していると。何だか無性に、取り返しのつかないことをやってしまったような焦燥感が湧いてきて、酷く気持ちが落ち着かなくなる。

 皆で決めたこととは言え、これ大丈夫なんだろうか……。

 なんてソワソワしているうちに、すっかり杯はモノリスへと取り込まれ。

 そうしたなら、ポンとウィンドウに新たなメッセージが現れたのである。


──────

 王者の銀杯を確認。

 アップデートファイルの解凍に成功。

 アップデートの準備が整いました。

 アップデートを実行しますか?


 YES/NO

──────


「か、確認メッセージだ!」


 銀色の杯を呑み込んだことで、直ぐにアップデートが始まるってわけではなかったらしい。

 そのことには内心でホッとしつつも、しかし。


「多分このYESに触れた瞬間、今度こそアップデートが始まるんだと思う。みんな、本当に良いんだね……?」


 振り返って皆の顔を伺えば、一様に緊張した様子を見せており。表情はおしなべて強張ったものとなっていた。

 けれどそんな中、真っ先に頷いたのはやっぱりソフィアさんで。

「勿論です。人類の夜明けですよ!」

 などと何処かで聞いたようなセリフを吐くのである。

「本当にそうなれば良いんですけどね~……」

 と不安げにつぶやくのはスイレンさん。とは言え、ことここに至っては反対するつもりもないらしい。


 他の皆も異存はないみたい。それぞれ静かに、しかし確かな頷きを返してくれた。

 それを受け、私はメッセージウィンドウへ向き直り。

 そして震える指を、そっとYESの文字へと運んでいく。

 この決断が、果たしてどんな結果を齎すのか。そのことに思いを馳せたなら、正直恐ろしくて仕方がない。

 たとえソフィアさんの言うように、素晴らしい結果が待っていたとしても、だからと言って全ての人が幸せになるとも限らないのだ。

 世間一般的には僥倖とされる事柄が、しかし一部の人を不幸に叩き落とすことだってある。

 私たちの、この決断がそれを招くのだと思えば、どうしたって恐く思えるものだ。


 すると、そんな私の手をそっと支える者があった。

 オルカだ。

「ミコト、大丈夫?」

「あっ、それは妻である私の役目……」

「ソフィアさんは黙っているのです」

「何なら私が代わっても良いんだぞ?」

 と、いつもの調子で気遣ってくれる鏡花水月の面々。

 するとレッカたちも乗っかって。

「私もボタンには目がないんだけど!」

「今ならまだ引き返せますよ~!」

「こらスイレンちゃん。ここまで来て『自分は止めたんです!』ってポジションは無しだぞ」

「ひぃ、そんな~」


 何とも気の抜けるやり取りである。

 けれどおかげで、緊張も幾らか鎮まった。一つ深い呼吸をし、皆へ言う。

「大丈夫。元はと言えば、私の『自分探し』が切っ掛けでこんな所まで来たんだしね。この役目は、私にやらせてほしい」

 私の願いに、皆は少しだけ安心したように口を閉じ。そして見守る姿勢に入る。

 オルカも一歩下がり、私は改めてメッセージウィンドウへゆっくりと指を伸ばした。

 そうして。


「アップデートを、実行するよ」


 早鐘を打つ心臓の音をうるさく感じながら、人差し指の先が今、YESの文字に触れたのである。


──────

 本当にアップデートを実行しますか?


 YES/NO

──────


 まさかの二重確認! くどいやつ!

 ちょっぴりイラッとしながら、私はもう一度YESを叩いた。

 すると、メッセージウィンドウが新たな文字列を吐き出し。


──────

 アップデートを実行します。

 アップデートに伴い、ワールドの再起動を行います。

──────


 再起動。どういう意味だろうかと疑問に思った瞬間、唐突に私たちの意識は暗転。

 闇の中へと落ちていったのである。


 そうして、ワールドアップデートが始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ