第六四話 穴からカチューシャ
相変わらずのわんぱくに振り回され、落とし穴の脅威をどうにかしのぎ、安堵したのも束の間。
なんと落とし穴の底に、宝箱の存在を発見してしまったココロちゃん。オルカと二人して、アレの中身が気になると騒ぎ始めてしまった。
こうなっては確認する他ない。というか実は私も気になる。
しかしどうやって宝箱を開けたものだろうかと少し考え、そして思いついた。
落とし穴の底、宝箱が置かれているその床は、えげつない程鋭利な棘が無数に敷き詰められた、お約束の串刺し仕様となっている。普通に降りては大惨事だ。
なので、私はちゃっちゃと魔法で、穴の底に水を貯めていった。
水面が棘の先端を覆うまで貯めたなら、後はそこにフリージングバレットを打ち込んでしまえば、水面はまたたく間に氷に閉ざされる。
「わ、考えましたわねミコトさん」
「これなら降りられるじょ!」
「いや、穴の深さが四メートルはあるからね。普通に落ちたら怪我するから、ココロちゃんはそこで待機――」
「やだやだ! ココロが宝箱開けるんだー!」
「私も開けたいですわー!」
「あーもー、はいはい」
ストレージさえ使えるのなら、縄梯子がしまってあるからそれで簡単に済む話なんだけど、今はストレージからの物品取り出し禁止って制限があるから、それは出来ないわけで。
仕方なく私が一人ずつ抱っこして穴に降り、スケートリンクよろしく氷結した床に二人を立たせた。湿っているわけでもないので、別に滑ったりはしない。綺麗にカチコチだ。
透ける床の下からは、鋭いトゲがバッチリこちらを睨みつけており、私がもし先端恐怖症だったなら情けない悲鳴の一つもあげていただろう。
オルカとココロちゃんも、暫し氷の床に興味を惹かれていたようだけれど、すぐに気を取り直して宝箱へと向き直った。が、流石にそのまま開けさせるわけにも行かない。
修行中、オルカには宝箱の罠チェックについても教わっているため、二人が宝箱を開けてしまう前にそれを制止し、先に罠の有無を確かめさせてもらった。
もしこれでミミックとかだったら、大変なことになるからね。ただ、ミミックは蓋を開けるまで反応しないものだと資料で勉強済みだ。実物もこの前見た。ゆえにこそ、事前チェックはとても重要になる。
ゴソゴソと私が調べている様を、まだかまだかとウズウズしながら見ている二人。月並みな喩えだが、お預けをくらっている飼い犬のような可愛さがある。
二人をあまり焦らすのも可哀想に思えたので、手早く、且つ丁寧に罠チェックを終え、問題がないことを確かめると場所を彼女たちに譲った。
そして二人の後ろから私も覗き込む。果たしてどんな物が入っているのだろう?
せーのっ、と二人して息を揃えて宝箱の蓋を一気に押し上げる。
するとその中には、カチューシャが一つ。宝箱は人が一人余裕で隠れられそうなサイズ感なのに、なんともさっぱりした内容である。
しかしこのカチューシャ、見た目からしてただのカチューシャではない。耳がついているのだ。
ウサギの耳、ウサ耳が。そう、ウサ耳カチューシャというやつである。
オルカは、「何なんですのこれは?」と首を傾げているが、ココロちゃんは喜んでそれを手に取った。
そして無邪気に自分の頭へ装着したのである。
普段なら私がストレージの機能で、擬似的な鑑定を行っていたところなのだけれど、いかんせん制限を受けているのでそれも叶わない。
なので、もし危険なものだといけないからと注意しようとしたのだけれど、ココロちゃんの行動がやたら素早すぎた。注意する間もないとはこのことだ。「わははーなんだこれー」からの、スチャッ。流れるような動作だった……。
そして驚くべきことに、装着した途端カチューシャ部分がすっと消え去り、ウサ耳だけが残るという不思議な現象が。さながら本当に頭からウサ耳が生えているようではないか。
「コ、ココロちゃん、大丈夫? 呪われたりとかしてない? 体に変なところとかは?」
「んー? 別になんともないぞー? あ、うーんでもなんか……」
「なにかありますの?」
「体が軽い気がする! えいっ」
言うが早いか、軽い調子で飛び跳ねてみせるココロちゃん。
しかし驚くべきことに、一瞬にして彼女の姿は私達の視界から消えたのである。
私は咄嗟にその姿を追って、視線を上に向けていた。そこには、軽々と穴の上まで飛び上がった彼女の姿があるではないか。
そして、重力に引かれて落下してくる彼女。私はそれを慌てて受け止め、ため息を一つ。
「大丈夫? 怪我はない?」
「わはははは! なんだこれおもしろー‼」
「わ、わたくしもやってみたいですわ!」
「大丈夫そうっすね……」
それから二人はカチューシャを交互につけては、ぴょんぴょん飛び跳ねて遊んでいた。落とし穴なんて簡単に脱出してみせたのだ。カチューシャは問題なく取り外しできるらしい。一安心である。
それにしてもこれは、とんだ当たりアイテムを引いたのではないだろうか。特殊能力付きであることは間違いないだろうし。
私も着けさせてもらったけれど、感覚から察するに重力軽減効果がある気がする。
もしかすると、『ウサギ→月→重力1/6』みたいな連想からそういう効果が?
いやいやいや、それが異世界で通じるとは思えない。確かにこの世界にも月はあるけれど、月に兎がいるというおとぎ話はここじゃ通じないはず。なら、別の理由かな?
なんて考えていると、オルカがそれらしい推測を述べてくれた。
「このカチューシャは、もしかして『重力ウサギ』をモチーフにしてあるのかも知れませんわね」
「重力ウサギ……確か資料で見たっけ。重力を感じさせないような動きと、とてつもなく重たい蹴りを放つことで知られてるモンスター、だったかな」
「それだけではありませんわ。とても愛らしいんですのよ!」
「うおー、ココロもかわいいウサギ見たいじょー!」
「はいはい、帰ったら図書館で図鑑でも捜そうね」
思わぬ収穫もありつつ、その後も私達は進行を続けた。
しかし困ったことに、オルカとココロちゃんが今回の件で味をしめてしまったようで。
私が罠の存在を警告する度に、嬉々としてそこへ突撃していくようになったのだ。
そのせいで私は、あらゆるトラップから二人を守る羽目になり、中には致死性の高いものもあって大変な苦労を強いられた。
が、これに関しても修行で経験済みであったため、必要以上に慌てることもなく片っ端から対処することが出来たのである。
しかしそのことが逆に二人を喜ばせてしまい、これぞ冒険だと言わんばかりに喜んで罠を踏むのだ。
退屈を持て余していた二人が、暴走した結果というところだろうか。まぁ、モンスターに突っ込んで行かれるよりかはマシだと思うほか無い。
踏みに行くのが分かっているのなら、いっそ始めから罠を知らせなければいいと、思わないでもないのだけれど。それはそれで危険だとも思う。
何の心構えもなく踏んだ罠というのが一番恐ろしいもので、それは時として思いがけない二次被害をもたらすこともあるだろう。
助けようとしたらパニックを起こされ、結果罠への対処に失敗する、なんてことになっては事だからね。それよりかは、心の準備がある方が多少はマシ、だと思うことにしよう。
そんな感じで休憩をちょこちょこ挟みつつも数時間、第三階層を進み続けた。
この階層も後少しで突破できるというところで、しかし無理は禁物。二人にも疲労の色が見えはじめ、私もまた度重なるトラップとの戦いに、睡眠不足もあって消耗を感じたため、例によって安全そうな場所を見繕い一泊していくことに。
味気ない晩御飯の後、相変わらずにぎやかに文句を言いまくる二人を寝かしつけ、私はいつもどおりスキル訓練で時間を潰した。
交代の時間なんて、時計が無いから適当だ。なるべくたっぷり二人には寝てもらった後、私も交代で休ませてもらう。
ようやく眠れる。でも、二人に見張りを任せるというのは心配なので、やっぱり寝る前にはちゃんと何かあれば起こしてねと念押しし、そしてあっと言う間に意識を失った。
思ったより、疲れていたみたいだ。
★
すぅすぅと、穏やかな寝息を立てるミコト。
仮面くらい外せばいいのにと思わないでもないオルカとココロの二人だが、しかし相変わらず眠ったまま凄まじい勢いで換装を繰り返すミコトを見ていると、そっと仮面を外しておいてやろうだなんて気も起きない。
むしろ時々髑髏面に切り替わるのは心臓に悪いので、触るどころかあまり視界に入れないようにさえしている。
それにストレージ訓練も並行して行われているらしく、ズバババといろんな物品がその辺の床や空中に現れては消えて、また現れては消えて。
更にはいろんな魔法が極めて小さな威力で乱発されているため、眠ったミコトの周囲はちょっとした危険地帯となっている。一体どんな脳みそをしていれば、こんな芸当を起こし得るのか疑問で仕方のない二人。
そんな彼女を安全圏から見守りつつ、ポツリとオルカが言葉をこぼした。
「ミコトは、本当にすごいと思う」
「……そうですね。この短期間に、冒険者としての経験を次々と自らの力へ変えてしまわれました」
「それに、ああやってスキルもどんどん育ててるし、戦闘力の面でもすごい速度で成長している」
「ソフィアさんがミコト様に対して、異様な執着を見せるのにも納得できてしまいますね」
冒険者ギルドでミコトやオルカの担当受付嬢をしているソフィアのことを思い浮かべ、苦笑するココロ。オルカもつられて口元をほころばせた。
そして二人はこの試験を振り返り、ミコトの活躍ぶりにため息をついた。
「ここまでミコトは、驚くほどしっかり護衛を務めている。私、頑張って足を引っ張ってるつもりなのに……」
「ココロもです。沢山わがままを言ったのに、ミコト様はそのすべてに適切な対処を行われました。それどころか、うっかりあやされてしまう始末……ミコト様、恐るべしです」
「罠への対処も完璧だった。まさかあそこまで卒なく、発動した罠の尽くをいなしてみせるなんて」
「ですね。幾ら修行で沢山の罠を経験したと言っても、本番であそこまで出来るなんて……ココロだったらまず不可能です」
「それは私も同じ。罠を見破ることは出来ても、発動した罠に完璧な対処を、しかも瞬時に行えるのは尋常じゃない対応力のなせる業。それくらいミコトの成長は目覚ましい……異常と言えるくらいに」
「やはり到底、常人のそれとは思えません。本当に何者なのでしょうね、ミコト様は……」
「それは他でもない、当人が一番知りたがっていること」
ミコトはいつも、オルカやココロのことを優先して行動するきらいがある。その度、彼女に大切に思われているのだなと嬉しく感じる二人ではあるのだが、しかし逆に彼女たちからしてみれば、ミコトをこそ大切に思っているわけで。
ミコトが今、ココロのために努力しているように、二人もこう思うのだ。
「私は、もっとミコトの力になりたい。ミコトが自分のことを知りたい、調べたいというのなら、私は全力で協力する」
「はい。それはココロも同じです。ミコト様はココロのために、沢山頑張ってくださっています。ココロはそれに報いたいのです」
「そのためにも、置いていかれないようにしないといけない……このままだと、きっとすぐにでもミコトの実力についていけなくなる」
「ココロも、それは感じています。ミコト様は装備一つでステータスがぐんと跳ね上がるお方。であれば、冒険者稼業が軌道に乗ったなら……」
「良い装備をどんどん集められるようになる。そうしたらステータスが一気に上がって、その力で更にお金を稼いで、ダンジョンに潜ったりもして、もっと良い装備を手に入れて……」
「なんだか、いつか遠いところへ飛んでいってしまいそうな予感がしますね」
「それは嫌……! 私は、ミコトの傍に居たい。いつまでだって……」
「ココロもですよ。ミコト様にお仕えし続けていたいです」
「……そのためには、やっぱりこのままじゃダメ」
「そうですね。ココロたちも、もっと力をつけなくてはなりません」
修行期間の中で、ミコトは目覚ましい成長を遂げた。それは今更疑うまでもないこと。
この試験とて、きっとこの勢いであっさりやり遂げてしまうのだろうと、そんな確信が二人にはあった。
しかしそんなミコトを近くで見ていた彼女たちは、密かに焦燥感めいたものを感じていたのだ。
いつか、ミコトの足を引っ張ってしまうのではないかと。それを恐れずにはいられなかった。
そんなことにはさせてなるものかと。二人は頷き合い、そしてミコトがそうしていたように、彼女たちもまた見張りの時間を利用して、一心不乱にスキル訓練へ打ち込み始めるのであった。
そうして数時間。
ふぅと、不意に訓練の手を止めたココロがオルカへ声をかけた。
「オルカ様。そろそろでしょうか」
「……うん、そうだね」
二人は未だ眠ったまま、相変わらず忙しない訓練を続けているミコトの様子をうかがい、目を覚ます気配がないことを確認すると、一つ息をつき、そしてスイッチを入れた。役者スイッチを。
「うぁーもー、退屈だじょー! 見張りつまらーん! ちょっと探検に行ってくる!」
「な! ちょ、お待ちなさい! そういうことならわたくしも行きますわ!」
気持ち抑えめな声でそうやりとりを行った後、ミコトが起きないのを再度確認して、二人はこっそりと通路の先へずんずんと歩いていくのだった。
未だ夢の世界を揺蕩うミコトに次なるトラブルが襲いかかるのは、それから程なくしてのことだった。




