第六三六話 変化の途中
三ヶ月前の、仮面ボウケンシャー戦を思い出していた。
特に強く印象に残ったのが、スイレンさんによる魔法妨害。あれがとにかく厄介だったんだ。
相手が発動する魔法・スキルの消費MP、その倍を代償として支払うことにより、発動自体をキャンセルしてしまうという恐るべき演奏スキル。
消費MPは安くないけれど、たった一秒が重要視されるような局面に於いて、その恩恵は計り知れない。強力無比な武器と言っても過言ではないだろう。
だから、どうにか自分でもそうした発動妨害系のスキルを会得できないものかと、この三ヶ月の間に試行錯誤を繰り返していた。
対戦の基本である。敵の示した厄介な一手は、自身にとって見習うべきものだから。
何にせよ再戦に備えた対策は必要だし、可能ならその技を自らも習得して戦略に取り入れたい。
私に演奏スキルというのは流石に無理があるけれど、それならば代用できそうな術は無いものか。
何でもかんでもキャンセル出来るならそれがベストだけれど、それが無理ならせめて特定の条件を満たした一部のスキルだけでも、発動を妨害できたなら、と。
そんな思いつきと試行錯誤の結果、私は一つのテクニックを編み出した。
絶大な光魔法を撃ち放ち、その強大な威力に皆が一瞬唖然としたのを認めた王龍。
有効な攻め手であると覚えたのだろう。
奴はすかさず、次の魔法を発動させに掛かったのだ。脈動する膨大な魔力は、さらなる一撃の予兆に他ならない。
直上。
私たち一人一人の頭の上に、フッと生じた魔力反応。
何をしでかすつもりかは知らないが、この魔法でもって私たちを一気に消し飛ばそうというのだろう。
慌ててその場よりテレポートにて飛び退いてみるも、見事に追従してくる破滅の気配。力技ばかりかと思えば、存外緻密な技も使ってくるじゃないか。
瞬時に模索するは対処の術。
先ず防御と言えばクラウだ。が、流石にこれの対処には無理があるだろう。
全員を各個同時に狙った攻撃では、流石の彼女も手が回らない。
仮に受け止めることが出来たとて、果たして無事で済むかどうか。
では魔法障壁はどうか?
これも、出力の面で自信が持てない。力押しで通される危険性が高く、対処法としては心許ないように思う。
ならばやはり、PTストレージへの緊急避難か?
さりとて、全員でPTストレージに入ってしまうのは実質的な撤退である。
ストレージからの取り出しに関しては、蒼穹の地平なりオレ姉なり誰かが行ってくれるだろうけれど。
しかし取り出される場所は、間違いなくここではない何処かになるだろう。
とどのつまり、防御も回避も不可能というわけだ。
それこそクラウやイクシスさんなど、防御能力にも秀でたメンバーは無傷ないし最小限のダメージでやり過ごせるかも知れないが、ダメージを免れないメンバーは少なくない。
これらを踏まえた上での対処法となると、防御に長けたメンバーが残り、他のメンバーはPTストレージでやり過ごす、という方法が最も安全なように思えるが。
さりとて私は、皆がPTストレージへ逃げ込むのに先んじて、手札を一枚切ったのである。
ヒントは、ソフィアさんに教えてもらったハイエルフの魔法が一つ。
相手の発動しようとする魔法やスキルを、強制的に書き換えて暴発させるという、【種火】。
これをどうにかすれば、スキルのキャンセルが可能になるんじゃないか、と考えたわけである。
まぁ、流石にスキルの改造だなんて異次元な技術の持ち合わせなどは無いので、あくまで種火は発想の起点に過ぎない。
ここに着想を得て、私が新たに取り組んだ試みは、『発生前の魔法・スキルに干渉し、不発に終わらせるテクニックを編み出せないだろうか?』というものだった。
これならスイレンさんのスキルのように、MPを大きく削られることもないだろうし。
まぁ、消費無しで出来るような技でもないとは思うけれど。それでももし上手く行けば、ずっと軽いMP消費で相手の手札を封じることが出来るはずだ。
とは言え、言うは易し行うは難しとは正にで。開発と習得にはまぁ難儀した。
難儀したが。
やってやれないことはなかった。
魔法の兆しに対して、私は即座に術を行使した。
魔法が形を成す前に、魔力のカタチをデタラメに乱すための小さな魔力爆発を差し込むのである。
崩穿華を特訓していた際に、私は『圧縮魔法』というものを何となく使いこなしていた。
魔法の射程や効果範囲、照射時間などなど、様々な要素を制限することにより威力を爆発的に引き上げる技術。これが圧縮魔法。
ソフィアさんに説明してみたら、「え、そんな事が出来るんですか?!」と驚かれ、存外普通ではない技術なのだと気づいたことにより、改めてそこへ着目したのだ。
魔力の兆しを乱すのには、この技術を応用している。
魔法が形を成すその前に、圧縮した魔力を打ち込み爆ぜさせる。
これにより魔法は形を成すこと無く、無為に放出された魔力として無力化されるという仕組みである。
尤も王龍の扱うパワフルな魔法を乱すには、こちらも相応に力強く魔力をぶつけて対応せねばならないし、何より魔法の兆しをより早く把握するには高い集中力が求められる。
タイミングも出力調整もシビアで、もし失敗すれば否応なく大きな被害が出るというのだから、正直気が気じゃない。
それに、対象が自らの身体を介して直接発動するような魔法やスキルに対しては、残念ながら対応できない。
妨害できるのは体の外で発生するもののみ。
という、難易度は高く、使用できる場面は限られる高等テクニックだ。玄人向けってやつ。
それでも。
『でかしたミコトちゃん!』
イクシスさんからの称賛が飛んでくる。
頭上で起こった強大な魔法の気配と、即座の消失。彼女はそれら刹那の出来事を正しく認識、理解したらしい。流石である。
他の皆は、何が起こったのか理解の追いつかない者が殆どだったようだけれど、しかし奴の魔法に対する対策については事前に伝えてあるし、無論実演もした。
それはズルいです! それは卑怯です! とは誰からのクレームだったか。魔法を得意としている誰かさんだった気がするけど。
ともあれ、奴の魔法が失敗に終わったことくらいは把握しているようなので。
『魔法による不意打ちは私が妨害する!』
そのように念話を飛ばせば、皆にとっての警戒するべき道筋が、確かに一つ失せ。
警戒心からの二の足はスルリと解消を見たのである。
だが他方で王龍も、魔法が不発に終わることを認め、ならばと再びの肉弾戦へと打って出た。
本気モードの奴は無論のこと、物理系ステータスも大きく上昇しており。
先程までのそれを更に上回る、その巨体から繰り出されるものとしては破格としか言いようのない超速でもって、前衛組へと獰猛に襲いかかったのだ。
先ず恐るべきは、奴が最も得意な攻撃手段として用いる、強靭な尻尾。
純粋な質量武器としても強力なそれに、上昇したステータスの力を遺憾なく込め、相対する小さな敵へと容赦なく叩きつけたのである。
受けて立ったのはクラウ。
避けられる攻撃ならば、ストレージを駆使して回避し。
しかしどうしても避けられぬ攻撃は、その極めて堅固な盾でもって受け止めてみせた。
だが、流石に無傷とは行かない。
叩きつけられる強烈な衝撃と痛みに、彼女に変わって悲鳴を上げるのはその身体。
さりとて決して怯まぬクラウを、すかさずサポートしたのはココロちゃんである。
彼女の本分であるヒーラーとしての役割を十全にこなし、タンクとヒーラーというシンプルにして強力なタッグで、見事に防御を固めてみせたのだ。
そこへ、抜け目なく介入するのがオルカ。
見事に奴の意識を誘導し、隙を拵えては攻撃のチャンスを皆へと提供する。
これには私も、枝を駆使して鱗を壊すことで貢献。攻めるタイミングと、攻めるべき場所。オルカと協力してそれらをこじ開けていったのだ。
魔力量が膨れたことにより、枝の効果は軽減されるようになってしまった。それ故、先程のように全身の鱗をガバっと分解することは不可能なれど、枝を束ねて部分的に分解を仕掛けることは可能である。
そして、弱点と隙が生じたならば、すかさずそこへ飛び込むのがレッカだ。
驚くべきは、本気モードへ移行して尚消えること無く、奴を燃やし続ける彼女の焔。
右目をはじめとした、レッカのつけた傷跡は未だに焼け続け、再生もままならない様子。
瞬発的な破壊力として王龍が警戒したのはココロちゃんだったけれど、その厄介さという意味合いにおいては間違いなく、レッカのほうが注意を払うべき対象として相応しいのだろう。
現に、彼女の接近に対する奴の反応は顕著だった。
枝により鱗を失った横腹に、レッカがストレージ転移にて現れたその瞬間。
王龍は驚くべき反応速度にて、それを手で払い除けようとしたのだ。
その様たるや、さながら虫にたかられた女子が如し。珍しく人間臭さを感じさせる動きだった。
だが、これはクラウにより阻まれる。
飛んできた巨大な手を、シールドバッシュにて見事に跳ね返し、完璧にレッカを護ってみせたのである。
信頼のなせる業だろうか。レッカは自らを害すものがやって来るなどとは考えもせず、ただ一撃へ全神経を集中し、巨大化した紅蓮の刃でもって深々と王龍の横腹を斬り裂き、そして焼き焦がしたのだ。
これには流石に、痛みから動きを鈍らせる王龍。
すると、これ見よがしに迫るのは巨大化したココロちゃんの、これまた巨大化した金棒によるフルスイング。
それに、タイミングを合わせたかのように放たれた、ソフィアさんによる魔術矢とゼノワのブレスだ。
『キタキタキタ~! こうなったらこっちのものですー!』
と、念話で調子づき歌に熱の入るスイレンさん。
確かに彼女の言う通り、相手を一度怯ませてからのうちは強い。掴んだ流れを手放さないのが、私たちの常なのだから。
しかし、だというのに。私にはどうにも嫌な予感がしており。
『威圧感が急に強まって、どうなることかと思いましたけど~、こうなってはおしまいですよ~! 勝ったながははー!』
『あぁ、なんでそんなフラグめいたことを……』
『気をつけろ皆。奴の魔力の高まりが次第に加速しているぞ!』
『ふぇ?!』
イクシスさんによる警告に、面食らうスイレンさん。
しかし他の皆は、言われるまでもなく気づいていた様子。勿論私だってそうだ、だからこそ不穏なものを感じているわけで。
これ以上奴が何かする前にと、皆は更に力を込めて各々の役割に従事する。
けれど王龍の抵抗も激しく、その動きは次第に戦闘を長引かせるための、防御や回避を主体にしたものへと変じているように思えた。
私が分解した鱗も、先程より目に見えて早く生え変わっている。
きっと回復へ力を回しているのだ。何かを狙っていることは間違いない。心眼にだって、微かにそんな意志が見て取れるくらいだ。
すると、徐々に変化は始まったのである。
奴の身体が一回り、二回りと少しずつ縮んでいくではないか。
すわ人間形態に戻るのかと、一瞬考えないでもなかったけれど、どうやらそうではないらしい。
身体の縮小に反比例するように、奴から感じられる魔力も気配も威圧感も、全てが大きく膨らんでいくのだ。
どうやら、本気モードは変身の始まりに過ぎなかったらしい。
必死に阻止するべく動く皆の目の前で、奴は守りを固めたままそのフォルムをゴツゴツしたそれから、つるりとしたシンプルな形態へとシフトさせ。
黄金色の輝きは、ゆっくりと色を失い純然たる白へと変わっていった。
『小さくなって、シンプルなフォルムへの変身……や、やばい……!』
そうさ。それは、フリー◯様式変身。
背筋はいつの間にかすっかり冷たくなり、皆の攻撃もいつしか奴へ傷一つ負わせられなくなった。
決定的だったのは、レッカの灯した焔が奴の魔力に押しつぶされるように小さくなり、ついには消えてしまったことである。
そうして、変身を終えた純白の龍が、いよいよ守りの姿勢を解いた。
最終ラウンドの始まりを告げる鐘が、望む望まぬを問いもせず打ち鳴らされたのだ。




