第六三五話 第二ラウンドへ
肩に穴を穿たれ、痛みに身体を痙攣させる王龍。
さりとてその感情は何処までも無機質で、瞳には闘志も怒りも悲しみも、何一つ浮かんでいやしなかった。
奴にあるのはただ、目的を遂行するという単純な思考のみ。さながら行動原理に則って従順に動く機械のようだ。
そんな王龍は痛みに逡巡するでもなく、淡々と次の行動へ移るべくこちらを睨みつけた。
が。
奴の無事な左目が見たのは、一面の黒だった。
オルカの仕業である。マフラーをバサリと大きく広げ、奴の視界を黒一色で覆ってみせたのだ。
だが当然、王龍ともあろう者が視界だけに頼った戦いをするはずもなく。
隠された視界の向こう側から迫る、ココロの拳を感知して迎撃に動いたのである。
身を躱し、反撃として爪で引き裂いてやれば腕の一本くらい容易く持っていけるはず。
そうして奴は刹那の内に付けた目算を実行に移した。
ところがどうしたことか。
上体をずらし、ついでに軽く首を振って視界を覆う黒より逃れてみれば、そこにあったのは想像とはまるで異なる現実だったのである。
巨大化ココロのドロップキックが、王龍の横腹に深々と突き刺さり。内側から響くベキボキという嫌な音。
何らかの手段で、感覚を欺かれたのだと。王龍はすぐさまそのように理解した。
そう、オルカはただ視界を奪っただけではない。
奴に虚影を感じさせ、動きを誘導してみせたのだ。
これもまた彼女の得意分野であり、鏡花水月に於けるオルカの役回りの一つであった。
今の彼女は王龍すら騙すことが出来るらしい。冷静に考えると、なんとも末恐ろしいことだ。
さりとてそこは、流石の王龍と言うべきか。ココロちゃんのドロップキックに弾き飛ばされる直前、強靭なしなりを見せたその尻尾が、お返しだと言わんばかりに彼女を叩こうとしたのである。
だがそこには、ストレージ転移にてクラウが割り込み、またも見事に弾いてみせる。
悪足掻きもそこまで。馬鹿げた巨体が信じ難い速度でもって遠ざかって行き、そのまま後方の壁へと激烈に衝突したのだ。
そして襲い来る、恐るべき衝撃波。念話ではスイレンさんが情けない悲鳴を上げている。
しかし気を抜いている暇などはない。
『ブレスが来る!』
鋭く警戒を促せば、直後であった。威力を抑え出を速く調整した、それでも私たちにとっては十分すぎる脅威のドラゴンブレスが、鋭くココロちゃんめがけて撃ち出されたのである。余程彼女を、優先して排除するべき脅威として警戒しているらしい。
しかし時を同じくして、ドラゴンブレスを吐いた者がもう一匹と一人。
そう、ゼノワとソフィアさんである。
ゼノワのブレスは精霊の術。よって王龍のブレスと対消滅はせず、ダイレクトに奴へ届いてしまう。
だからこそ、そこにソフィアさんが合わせたのだ。
彼女は背に携えた黒竜の飾翼の効果により、ドラゴンブレスをスキルとして撃ち出すことが出来る。
これにより、ココロちゃんを狙ったブレスへ拮抗してみせたのである。
結果として奴のブレスはココロちゃんに届くこと無く遮られ、逆にゼノワの吐き出したブレスが奴の鼻先をゴッソリと抉った。
生じた痛みに仰け反れば、待ってましたとその喉元へ愛剣を突き立てたのがレッカ。
気合の叫びとともに振られた剣は、浅からず奴の鱗も皮も肉すら引き裂き、そして消えぬ業火をそこへ置き去ったのだ。
っていうか。
私、今回バフと運搬係しかしてないや。
でも押してる。成長したみんなの力は、間違いなく奴に通用している。
なれば私も、そろそろ火力に貢献しようじゃないか。
『枝を飛ばす。触れないように気をつけて!』
念話にて警告を発し、私はこの三ヶ月でしこたま育てた腕輪の力を開放した。
綻びの腕輪が、光の白枝をドバっと吐き出す。
王龍へ群がるように光の速度で迫ったそれは、刹那すら数えぬ間に奴の全身を突き刺し。
そして強固なその鱗をゴッソリと分解したのである。
以前は圧倒的な奴の魔力量により、敢え無くレジストされてしまったこの分解も、さりとて今は違う。
ほんの瞬きの間にみすぼらしい姿へと変わった王龍。全身を覆っていた頑強な鱗はボロボロと崩れ落ち、皮や肉を直接晒す痛々しい様子へ様変わりしているではないか。
『弱点は作ったよ。ほらレッツゴ!』
『お前は、いちいちやることがえげつないんだよ……だが好機だ! 皆行くぞ!』
クラウの言に『応!』と返し、弱った王龍へと一斉に攻撃を仕掛ける皆。サポート組も気合を入れて彼女らを補助する。
ココロちゃんの拳が何度も王龍を叩き、レッカがこれ見よがしに斬って焼きまくる。
オルカが口内へ手裏剣を大量投入し、ソフィアさんがビシバシと魔術矢を乱れ撃ったなら、ゼノワも負けじとバシバシ強烈な精霊魔法を叩き込んだ。
苦し紛れの反撃は、しかしものの見事にクラウが封殺し、私とスイレンさんはバフに力を入れた。
そんな中イクシスさんはと言えば、切り札ということでスイレンさんのガードに専念している。やや手持ち無沙汰を感じているようだが。
けれどそれは謂わば、彼女が手を出すまでもなく優勢に事を運べているという証左でもあるわけで。
だが、このままの勢いで押し切れようなどとは、正直なところ誰も思っていなかった。
得てして強力なモンスターというのは、第二形態第三形態を有していたり、奥の手を隠していたりするものだから。
きっとこいつもそうした何かを隠しているのだろうと。そんな漠然とした予感を胸に、そうはさせじと勝負を決めに掛かったのである。
しかし。
『! また、攻撃が無効化されてる……!』
王様から王龍へと変身した時同様、ダメージ無効とでも言うべき現象が不意に生じ、皆の攻撃の一切が撥ね退けられたのである。
唯一ゼノワの精霊魔法だけが突き刺さっているようだけれど、それを無視して奴は唐突に、膨大な魔力を放出し始めたではないか。
『ミコトさん!』
『はいはい、真似しろって言うんでしょ!』
ソフィアさんのいつもの要望に応えるべく、奴の【ダメージ無効】をよくよく観測してみる。
けれど、流石にこれには一目で匙を投げそうになった。
私の模倣は理解にあらず。ただ真似て形を覚えるだけの作業だ。
だから、どんなスキルだって上辺を取り繕いさえすれば模倣できてしまう。少なくとも理論上は可能なはずだ。
しかし、得てして理想と現実はなかなかに不仲であるようで。
例えば、砂を一粒一粒積み上げて、完璧に巨大ピラミットを組み上げろと言われたならどうか。
無理だと匙を投げたくなるのも仕方がないだろう。っていうか、誰もやろうともやれるとも思わないだろう。感覚としてはそれに近しいものがあった。
全容はダメージを無効化するという現象。とてもシンプルなものだ。
さりとて細かく見ていくと、それを可能にしているのは途方も無い魔力のカタチの編み込みであり。
さながら顕微鏡片手に作業をしなくちゃならないような、そんな緻密さがあったのだ。
物理無効などとすら比較にならない、神の御業。
或いは、アナログではなくデジタル作業じゃなくちゃ到底処理できないような代物。
さりとて。
観測さえすれば、私はそれを新たに得たスキルにて記録しておくことが出来る。
アルバムスキルより派生した、『図鑑系スキル』が一つ。【スキル図鑑】である。
その名の示す通り、これまでに私が見たことのあるスキルや魔法の類を、分かりやすく記録してくれるソフィアさん垂涎のスキルとなっている。
しかしこのスキルの特筆するべき点は、何と言っても『魔力のカタチまで記録してくれる』って部分にあり。
これを活用することで、私は後日改めて出会ったスキルの模倣を行うことが出来るわけだ。
正に最高の教材足り得る、超便利スキルである。
そんなわけで、今ここでの模倣はさっさと諦め、奴の変化に備えることを優先する私。
ソフィアさんもスキル図鑑についてはよく知っているため、しつこく食い下がってくることもなく、意識を切り替えて王龍のパワーアップへと備えた。
すると、私たちが睨みつける視線の向こう、皆で一生懸命付けた傷は見る見るうちに修復していき。
生え変わった鱗たちは金色の光を仄かに放ち、悍ましさと神々しさを併せ持つ超常の怪物として生まれ変わったのである。
或いは、本気モードとでも称するべきだろうか。
私たちを睥睨するその瞳には、しかして相変わらず感情の色は無く。
まるでダメージが規定値に達したから、予定通りにその姿へと移行しただけだとでも言わんばかりであった。
全身から放たれる淡い金色の光は、しかし時折気まぐれにスパークを起こし。膨大なエネルギーを身に纏っていることが目にも肌にもひしひしと感じられたのである。
どうやら、勝負はここからが本番のようだ。
第二ラウンドのゴング代わりにと、奴が見せた動きはブレスの予兆。
それも、先程の速射とは異なるガチのやつである。
喉の奥に灯った光は、尋常ならざる魔力の濃度を感じさせ。
背筋に冷水でも浴びたような怖気を感じた私は、すぐさま対応に出た。
薄く開かれた奴の口内へ、白枝の束をごっそりと叩き込んでやったのだ。
喉の奥を荒らし、とてもブレスを吐き出せる状態でなくさせてやろうというわけである。
本気モードへの移行に伴い、一気に膨れ上がった奴の魔力に、白枝の効果は随分と軽減されてしまった。
けれどそれでもブレスの妨害には幸い成功し、喉元に灯った禍々しき光はフッと途絶えたのだ。
が、それで奴が攻撃を諦めたかと言えば、そういうわけではないらしい。
『! 魔法を撃つ気だ! 狙いはココロちゃん!』
念話にて即座に警告すれば、直後奴の手より放たれる極光。有り体に言えば、極太のビームだ。
それは巨人化を解き、通常サイズへと戻ったココロちゃんめがけて一直線に伸び。
しかし、警告に従い紙一重にてストレージへと逃げ込んだ彼女は難を逃れた。
目標を失った極光の照射は尚も破壊を続けつつ、床を伝うように蛇行しながら駆け、彼方の壁を食い散らかした辺りでようやっと失せた。
その痕跡は言わずもがな、誰の顔をも引き攣らせるほどで。
極光の駆け抜けた道筋には、深い深い溝がぞろりと連なったのである。
もし僅かにでも触れようものなら、些細な拮抗すら許されず瞬く間に消し炭へと変えられていたことだろう。
そのように理解するには、過分なほどのパフォーマンスである。
さりとて、それがどうしたというのか。
これしきで尻尾を巻く私たちではない。
皆は幾度となく絶望的な戦いに身を投じ、生き抜いてきた。
私もまた、絶望へと立ち向かえる強かな精神を磨くために、この三ヶ月でわざわざ特級危険域の奥地へと、地獄を見るべく何度も足を運んだのだ。
殊更VSモードでは、何度実際死ぬ目に遭ったかも分からない。
恐怖にかられて判断や技を乱すような者は、この場に一人として居ないのである。
斯くして、波乱の予感をひしひしと感じさせる、王龍戦の第二ラウンドが幕を開けたのだった。
あばば、話数表記間違ってました。
六五三話 → 六三五話
失礼しましたー!




