第六三三話 二度目の謁見
昨夜は決起集会ということで、例によって小さな宴会が催され、しかと英気を養った私たち。
何なら宴会の最中、余興としてVSモードにて紅白戦が行われるなどして、それはそれは大いに盛り上がったものである。大乱闘だ。
とは言え勿論、翌日に尾を引くような疲労もなく。飲酒していた組もその点は弁えていたらしい。
そんな賑やかな夜も明け。
とうとうやって来た、決戦当日。
流石に今日ばかりはと、普段より軽めのルーティーンをこなした私とゼノワは、幾らかの緊張を胸にイクシス邸へ。
皆と合流し、しっかりと朝食を頂いた後、食休みを挟んでから転移室へと向かったのだった。
そして現在。
石造りの広大な広間は、ボス部屋のそれ。
遠くへ視線をやれば、先日皆で漁った特典部屋の扉があり、ここがクリア済みのボスフロアであることを示していた。
そう、ここはもう一つの百王の塔、その第一〇〇階層ボス部屋であった。
見事一〇〇にも及ぶ試練と、一〇の課題をこなした私たちの目の前には、以前辛酸を嘗めさせられた隠しフロアへ続く上り階段が聳えており。
思わず、無言にて皆でそれを見上げている。
自ずと思い起こされるのは、圧倒的な王龍の偉容である。
前回は酷いものだった。クラウは盾の上から腕を砕かれ、レッカは自らの焔にて大火傷を負った。
無論のこと、まともにやり合ったところで勝ち目など一欠片もなかった。それ程の圧倒的な強者だった。
果たしてそんな相手に、今の私たちは届くのか。
半年、死物狂いで努力しステータスを激増させた皆。
私もまた、様々な戦い方を身につけ、装備を揃えてステータスも可能な限り伸ばしてきた。
ゼノワだって絡繰霊起を磨き、驚くべき成長を遂げたし。
それに何より、今回はイクシスさんも参戦する。
ちらりと彼女へ視線をやれば、そこには普段とは違う勇者の装備を纏ったガチイクシスさんが腕組みをし、真剣な表情で佇んでいるではないか。
感じられる覇気もただならないものであり、それが強烈に頼もしい。
だが、勿論彼女に頼り切ることは出来ない。
何故ならこれは、私たちにとってのリベンジマッチなのだから。
そのためにこそ、たくさん努力してここに戻ってきたのだから。
とは言え、気負い過ぎもダメだ。
私は小さく息を吐くと、徐に口を開いた。
「いよいよだね。半年の成果が試される時だ」
私の声に、反応はそれぞれ。
静かに気合を漲らせる者もあれば、緊張を顕にする者、集中力を高める者、体の力みを努めて解す者など。
そんな彼女らへ向けて、私は言葉を続けた。
「私たちは強くなった。時間にすればたった半年の特訓だったかも知れない。だけどきっと、今の私たちなら王龍にだって届くと思う。それだけの鍛錬を積んできたんだから!」
そうさ、たったの半年。そんな短期間で強くなれるほど、この世界は甘くない。
けれどここに居るのは、そんな短期間で強くなれるような、スペシャルの集まりなんだ。
それは単純な素質や才能もそうなんだけど、何より死線を幾度も潜り抜け、生存し続けられるだけの機転と精神を有していればこそ。
あまつさえ、昨日死ぬほど苦しい目を見たくせに、それと同等の試練へ今日も自ら飛び込んでいくような、そんな並々ならぬ根性がそこにはあったのだ。
それ程までに過酷な特訓を、ここに居る皆は積み重ねてきた。
そうして得た成果は、果たして常人で言うところの何年分の鍛錬に相当するだろうか。
きっと王龍にも届き得ると、そう判断したればこそ私たちは今日、ここへとやって来たのだ。
「だけど大前提として、決して無理はしない。もしも今日届かずとも、それならそれでまた出直せばいいんだ。王龍は逃げやしない。逆に私たちは逃げることが出来る。このアドバンテージを使わずしてなんとする、ってね」
これぞプレイヤーの特権とでも言うべきなのかな。
何度だって挑戦し直すのがきっと、プレイヤーの最も恐ろしいところだよね。
多分だけど、私がこの世界を何度も繰り返してるっていうのも、きっとそういうことなんだと思う。
でも、死ななくったってコンティニューは可能なんだ。フロアスキップはきっと、そのための能力でもあるんだから。
だから。
「勝てないと思ったら、今回も遠慮なく撤退を選ぼう。そうしたら何時かはきっと勝てるもの!」
声を大にしてそんな後ろ向きなことを言えば、さりとてそれをきちんとポジティブに捉えてくれた皆からは、過度な力みも取れたように見受けられ。
それを認めて私も、幾らか緊張を解すことが出来た。
すると軽口がてら、クラウがオルカへと声を掛ける。
「オルカは一対一の対人戦では無類の強さを誇るが、王龍相手では相性も良くないだろう。張り切りすぎて無茶をやらかすなよ?」
「む。大丈夫、ちゃんと弁えてる」
忠告に対し、勿論であると頷きを返すオルカ。
さりとて彼女は、言を継いだ。
「それに、試合では披露できなかった奥の手もある。抜かりはない」
「むむー、でしたら私にもありますよー奥の手ー!」
「それで言ったら私もです。何せ私が最も輝くのは、フィニッシャーとしての役割ですからね。ちゃんとそれ用に凄いのを用意してありますとも」
オルカに乗っかって何やら気になることを言うのは、スイレンさんとソフィアさん。
ミコト杯では初戦敗退をして手札をあまり晒していない彼女たちである。
奥の手というのにも自然と期待が高まるというものだ。
「ガウガウ!」
とゼノワも頭の上でやる気を漲らせている。
最近では常時絡繰霊起を用いて実体を維持している彼女。自己浮遊をサボるとずっしり重くなるため、頭にへばりつかれると時々首を痛めそうになる。
それだけ媒体が大きく成長したってことなのだけれど、良し悪しってところだろうか。
そんなこんなでいよいよ皆の心の準備が出来た頃、徐に口を開いたのはイクシスさんである。
「では、そろそろ行くとしよう。だがその前に、上に上がればどんな想定外が起こらないとも限らない。事前にバフなどの準備はしっかりな!」
忠告に従い、私は皆へ向けてレラおばあちゃん直伝の強化バフを施し、皆も自己強化バフを発動することで、さらなるステータスの引き上げを行ったのだった。
支度を整え、皆で目配せし合い、コクリと頷く。
「よし、それじゃぁ行こうか!」
準備も覚悟もバッチリである。
試練を突破した者にのみ認識することの出来る、最後の上り階段を皆でぞろぞろと登り、そうして私たちは半年ぶりとなる隠しフロア、一〇一階層へと足を踏み入れたのだった。
相も変わらず広大な空間。
高層ビルが如く高い天井に、床は部屋の端が薄っすらと霞がかって見えるほどに遠く広い。
大理石めいた上質な石の敷かれた足元はピカピカで、うっかりスカートでやって来ようものなら乙女のピンチである。
白を基調とした荘厳な玉座の間。
その最奥には、でんと玉座が一つ据えられており。部屋の広さからすると、それはさもチマっとしたものだ。
が、少しもそのような印象を覚えさせてくれないのは、勿論柱の配置や光の取り入れ方など、様々な要因はあれど。
やはり一番の理由は、そこから感じられる圧倒的な存在感故だろう。
久々の感覚だ。肌が粟立つような、とは正にである。
皆の表情も、心眼が捉える心情も、途端に険しいものとなった。無理もない、私だってそうだ。
「……奴がそうか」
とつぶやいたのはイクシスさん。
そんな彼女へ、私は念話にて返す。
『そう。あいつが以前私たちと対峙した王龍。NPCの疑いがある寡黙な王様だよ』
『ふむ……確かに奇妙だな。我々の存在には当然気づいているだろうに、まるで関心を示した様子がない。私たちが以前対峙した王龍とは、在り方からして大きく異なっているな』
『単なる個体差か、はたまた特別な理由があるのか。何にせよ、やることは変わらない。オルカ』
『任せて』
私の指示に、オルカがスキルを発動する。
彼女が手にした新たな探索用スキル、【フロアサーチ】。
フロア内の違和感や不自然さを、その場に居乍らにして一気に見通してしまうという、恐るべき看破スキルである。
これにより罠や隠し部屋の捜索は疎か、真・隠し部屋のヒントすら簡単に見つけられるようになり、ダンジョン探索に於いてはマップスキルと並んで大活躍してくれている。このダンジョンに於いてもそうだ、前回の攻略と差異がないことを確かめてくれたのは、他でもない彼女であった。
そしてこのフロアに於いても、早速前回との差異を調べに掛かるオルカ。或いは前回見逃した何かがあるかも知れないと、幾らかの期待もあった。
すると、直ぐに彼女からの報せが返る。
『前回ヒントを見つけた位置に反応。それ以外は特に変なものは無いみたい』
『そっか。じゃぁヒントを一応確認してみよう』
既に可視化マーカーを置いてくれているオルカ。
私たちは王龍に警戒を払いつつ、一先ず皆でヒントを確認するべく移動を開始した。
そうして見つけたのは、やはり前回見つけたそれと同じ。『キーオブジェクト』という、たったそれだけが文字として床にぽつんと刻まれていたのだ。
『前回は、これに関してあの王様に尋ねたら戦闘に発展したんだよね』
『深淵を求めるならば力を示せ、だったか』
『今回こそは、ココロたちの力をあいつに認めさせるのです!』
『ひぃ~、緊張します~』
『大丈夫だ、作戦通りスイレンちゃんのガードには私が付く。思う存分皆を支援してやってくれ』
『いよいよか、燃えてきた……!』
時は満ちた。
誰からともなく、私たちは放たれる圧力に逆らうよう、玉座へ向けて重々しく歩を進め始めたのである。
ぴゃー!
お久しぶりの誤字報告じゃないですか元気してましたか?
寒さの厳しい季節です。ご自愛くださいね!
ってことで、修正を適用させていただきました。感謝ー!




