第六三一話 ミコト杯閉会
この三ヶ月の内に、なんやかんやでレッカやスイレンさんにもコミコトのことや、ついでに私が妖精の技術を学んでいることなんかも伝えている。
勿論固く口止めした上でのことだ。
そうした前置きあっての話なのだが。
「はい見て、こちら」
「どうも、メカミコトです」
ミコト杯決勝戦にて、私が不正をやらかしたのではないか、というイクシスさんの言に対するアンサーが、これであった。
ストレージより取り出したるは、一見私そっくりの人間にしか見えない、1/1スケールの人形。何せロボと言うよりアンドロイド型だからね。
しかしてその体には、無数のギミックが仕込まれており。
メカミコトがメカであることを示すため、私はガシャンと腕を銃器へと変形させて皆へとアピールした。
「どや」
皆から一斉に、「おぉぉぉ」というテレビショッピングばりのリアクションが返り、メカミコトともども鼻を高くする。
何せ同一人物だからね。動きのシンクロ率は完璧である。
するとそこへ、オルカが問うてくる。
「それじゃぁ、私のこめかみを撃ち抜いたのはその銃?」
問われ、私とメカミコトは顔を見合わせた。そして返答する。
「ううん。メカミコトに持たせてたのはコレ」
ストレージより取り出したるは、スナイパーライフル。
勿論火薬式ではなく魔道式で、私のお手製である。
妖精の技術で武器を作る、というのには正直抵抗があった私だけれど、一緒に旅をして色んな経験をしたモチャコが、
「いいから作りなよ! ミコトの自衛手段になるんだったらよし! ついでに子供を守るために使うのならなおよし!」
と背中を押してくれたものだから、作成へと踏み切ったわけである。
そのような返答を聞いたオルカは、しかし首を傾げ、
「だけど不思議。ミコトは確かに、時止の靴で時間が止まってたはず。なのにメカミコトは動けたの?」
という尤もな疑問を零した。
それに対する返答はと言えば、「まぁ、うん。その通り」としか言えないわけで。
「どうやらメカミコトは、私本体が行動不能になっても動けるみたい。これも【サーヴァント化】のスキル効果なんだろうね」
「ほほう、興味深いですね!!」
案の定オルカ以上の食いつきを見せるソフィアさんである。
脱線まっしぐらなので、彼女のことは適当にメカミコトにてあしらいつつ。
私は改めてイクシスさんへと向き直った。
「ってことで、不正はしてないと思うんだけど。それとも他にも何か、怪しいところがあった?」
「う。いや、すまない。今回は私の早とちりと言うか、言い掛かりになってしまった……」
ずんと項垂れるイクシスさん。
どうやら私への疑いは無事に晴れたようだ。
そんなやり取りをしている一方で、早速メカミコトには皆が群がり、もみくちゃにされている。大人気だ。
「それにしても、オルカや母上、それにこの私にすら気取られず狙撃を成すとは、只者ではないな!」
「妖精族のスキルは、このような物まで作れてしまうのですね……というかミコトさんその道に習熟し過ぎなのでは?!」
「ある意味ミコトの分身体のようなものと考えれば、この娘が動けたのも確かに納得の行く話」
「ほぉぉぉ、御神体です……これはもういよいよ御神体に他なりませんよぉぉ!!」
などと盛り上がる鏡花水月組。
「私との試合でも、もしこれが介入してきたら一方的な展開になってたかもなぁ……むむむ」
「ミコトさんの常識離れは酷すぎて、きっと歌にしても誰も真に受けませんよー……勿論歌になんてしませんけどー!」
レッカやスイレンさんも、そのように述べながらメカミコトボディをペタペタ触ってくる。
ちょっと、そこはセンシティブなんで弄らないでもらえます?!
そうこうして、しばしワイワイと騒いでいると。
不意にコホンとイクシスさんが咳払い。よくしたもので、皆はピタリとおとなしくなると控えスペースへ戻っていった。
皆が居住まいを正して聞く姿勢を整えたなら、いよいよイクシスさんが口を開く。
「先ずはミコトちゃん。あらぬ疑いを掛けてしまい、すまなかった。疑惑は晴れたものとここに明言させてもらう」
「それはよかった。イクシスさんやオルカの目を欺けたっていうんなら、それだけメカミコトは優れたスナイパーってことだもの、むしろその証明が出来てよかったよ」
「結局どこから狙撃されたのか、撃たれるまで分からなかった。恐るべしメカミコト」
「撃たれてすぐに気づいちゃったのか……」
流石鏡花水月の斥候、その索敵能力はやはり生半可なものではないらしい。
メカミコトには骸戦で得た隠形に加え、それを補助するギミックを複数搭載しているのだけど、それでも僅か一射で位置を特定されてしまったか。
真に恐るべしはやはりオルカの方だろう。間違いない。
「とまぁ、そんなわけで。改めてにはなるが、宣言させてもらおう」
イクシスさんはガシッと私の右腕を掴むと、そのまま勢いよく頭上へ振り上げ。
そして、言うのだ。
「ミコト杯決勝戦! 勝者、ミコト!! よって第一回ミコト杯、栄えある初代王者の座を射止めたのは────ミコトちゃんだ!!」
ワッと湧き上がる会場。
一斉にソファより腰を上げた皆は、惜しみない拍手でもって祝福してくれた。
これには、観戦モードのスキルが使えず試合の様子が見れないからと、一人ふてくされていたゼノワも便乗。
攻撃力の伴わない、演出にのみ特化した光魔法にて、盛大に場を盛り上げたのだった。
そうしてしばし鳴り続いた拍手が落ち着いた頃、イクシスさんが私へとコメントを求めてくる。
「ミコトちゃん、見事優勝を手にした感想を聞かせてくれるか?」
問われ、私は小さく逡巡してから応じた。
「今回は私の勝ち。でも、『次』を思うとおっかないよ。結局私はオルカ本体の居場所を最後まで特定できなかった。逆にオルカは私の奥の手を見たことで、間違いなく何らかの対策を打ってくるだろうし、そうなると……。他のみんなだってそう。特訓期間を経て恐ろしく力をつけてるもの、もしも第二回大会があるのなら、荒れるのは間違いないよね。それを思うと、この結果に驕らず腕を磨かなければって、さらなる鍛錬のモチベーションを得られたかな!」
今回は連鎖魔法の応用にて、オルカ本体を分身体諸共一気に仕留めることが出来た。
けれどあのオルカが、次の対戦までにそんな弱点を野放しにするとも思えない。
何より、オルカの隠形に私は正直成す術がなかったんだ。最後までオルカを捉えられなかった私は、良くて千日手。悪ければ当然敗北って結果に至っていたはず。
オルカの分身体が大爆発を起こして、魔力の残滓をこれでもかと感じたあの瞬間。あの閃きがなければ、私に勝ちは有り得なかっただろう。
正に、薄氷の上の勝利というやつである。
「やっぱり、オルカはすごいなって。改めてそう感じたよ。でも、次も負けない!」
そんな私のコメントに、自然とイクシスさんはオルカへと水を向け。
視線にて発言を求められていると察したオルカは、静かに口を開いた。
「次に勝つのは私。今回の敗因は、きっと私の慢心にあった。ミコトの動きを封じて、勝ちを殆ど確信していた。もしもの可能性を信じきれなかった。ミコトを相手に、それがどれだけ致命的かを知ってるくせに……。やっぱり、ミコトはすごい。だからこそ、次は負けない!」
最後に、どちらからともなく手を差し出し、お互いにがっしりと握りあえば。
自然と皆から大きな拍手が届き。
さりとてそれと同時に、負けず嫌いの彼女たちからは、並々ならぬ闘志も濃厚に伝わってきたのだった。
斯くして私は、自らの名が勝手に冠せられた大会の頂きを、辛くも手にしたのである。
★
時刻は午後二時を回り、まだまだジリリと厳しい炎天の元。
イクシス邸ミコト杯会場より所変わって、私たちが立っているのは草原の只中。
足元には一本道があり、それをツツツと辿って視線を走らせてみれば。
そこにデンと聳える、高すぎる塔が一つ。
そうさ、ここは私たちにとって約束の地。
即ち、百王の塔の目前であった。
というのも。
「ミコト杯で各々の成長具合は確かめられたことだし、午後からは早速塔に行くかー。どうせ目的は一〇一階だ、一〇〇階層まではササッと攻略してしまおう」
というイクシスさんの、異様に軽いフットワークに乗せられ、あれよあれよとやって来てしまったわけである。
それもこれも、VSモードの戦闘が仮想空間にて行われるものであり、リアルには肉体的ダメージも疲労も全く無いがゆえだ。
まして、一回戦や準決勝にて敗退した者たちは、その悔しさからか異様にやる気を漲らせており。
「一〇階層ごとの特殊なフロアボス討伐条件も把握しているんだ。前回の攻略ほど時間も掛からんだろう!」
「駆け足で登ってやるのです! あーるてぃーえーというやつに挑戦です!」
「しかし念の為に、前回見つけたヒントも確認しながら進むべきでしょうね。万が一内容が書き換わっていないとも限りません」
「それなら場所は把握してる。もしヒントの場所が変わっていたとしても、今の私なら多分すぐに見つけられる」
「前回はミコトたちと一緒に行動したんだっけ。自分がどれだけ成長したかを試すには絶好の機会だよね!」
「柄にもなく腕がなりますよ~!」
「今回は私も参加するからな! 一人だけ待機とかあんな哀しいのはゴメンだ!」
「皆元気だなぁ」
「グル」
そんなこんなで、午前中にミコト杯、午後からは何と真・百王の塔攻略というとんでもスケジュールが実現されようとしていた。
はてさて、今日中に何階層まで行けることやら。ある意味見ものである。




