第六三話 うたた寝
ボロボロの冒険者達を助けた後、私は寝不足でいささかフワフワする頭のままオルカたちのもとへ帰還した。
助けたとは言っても、割と雑な処置だったし、出しゃばって下級鬼も私が倒してしまったけれど、彼らにとってはもしかして余計なことだっただろうか。まぁいいか。
っていうかそう言えば名前を聞くのも忘れてた。いかん、結構頭の回転が鈍化してるな。もうちょっと寝ておかないと厳しいかも。
などと今更思い至るが、まぁ別にどうでもいいことだ。本当に謝礼が欲しかったわけでもないしね。名前なんて聞いてどうなるものでもない。興味もない。
とりあえず、このボーッとするのをなんとかしないと。治癒魔法で何とかなったりしないかな? でも、それで逆に眠れなくなるのも辛い。
なんて益体もないことをグルグル考えている私に、出迎えてくれた二人が声をかけてくる。
「おかえりなさいまし、ミコトさん。お怪我はありませんの?」
「ねぇねぇ、強かったの? 冒険者強かった?」
「いや、冒険者とは戦ってないから。鬼を三体ほど倒してきただけ。頭砕いてきたー」
「そ、そうですの」
「お姉ちゃん、ぱない……」
「それよりごめん、もう少し寝かせてもらえるかな? 結界は張り直しておくから」
私は二人に断りを入れ、もうしばらく休ませてもらうことにした。
別に体調的には悪くないのだが、集中力には結構影響が出そうなのだ。眠気、恐るべし。
しかしあまり長時間寝ているのも心配なので、出来れば仮眠程度のつもりで。
そうしてすぐに、私は意識を手放した。
★
ダンジョン内で時間は分からない。したがって体感でしかないのだけれど、少なくとも一時間は眠れたと思う。
正直に言うなら、まだ寝ていたいところではあるものの、二人をほったらかしにしておくというのはリスクが高い。
気だるい体に鞭打ってノロノロと起き上がり、二人におはようと声をかけた。
「あら、もう起きましたの? まだそれほど時間は経っていませんが」
「ココロは退屈だー! 退屈に殺されてしまうー!」
「はいはい、朝ごはんにしようね」
案の定、暇を持て余して暴走寸前だったココロちゃん。わんぱくキッズならまぁ、そうだろうね。
私はあくびを噛み殺しながら、荷物を漁って食量の分配を行なった。昨日と同じ量だ。
当然のように不満が返ってくるが、自分たちで用意してこなかったのだからクレームは受け付けないとシャットアウト。
無駄だと分かると、流石に二人も黙って味気ない保存食を咀嚼し続けた。そうそう、よく噛むんですよ。
食事を終えると、ぱぱっと出発の準備を調える。とは言え荷物の軽い二人に大した片付けなんかは必要なく、私も手際よく支度を終えてリュックを担いだ。
さぁ、二日目の探索スタートである。
事前のマニュアルマッピングのおかげで、道に迷うようなこともなければ、不要なエンカウントに晒されることも、罠で窮地に陥るようなこともない。
ただ二人がヤンヤヤンヤとうるさいだけで、良く言えば順調、悪く言えば単調な進行が続いた。
そうして結局なにか面白いイベントが起こるでもなしに、ダンジョン第二階層は終わりを告げた。下り階段に到達したのである。
あまり代わり映えのしない景色の中を、それなりの距離を歩いたためか、ようやっと明確なチェックポイントたり得るものを見つけ、二人の表情から幾らかの安堵と言うか、達成感のようなものが見て取れる。
しかしそれも束の間。
「次の階層こそは、もっとワクワクすることが起こるのでしょうね!?」
「ココロたちは冒険しに来たのであって、遠足をしに来たんじゃないんだじょー!」
「おかしいなーおかしいなー、普段はもっとモンスターいるのになー。もしかしたら二人はなにか、大きな加護に守られているのかも知れないねー」
「そんな加護はクソクラエですの‼」
「なんて罰当たりな……」
オルカがモデルにしてるっていうその御令嬢、ハチャメチャすぎて寧ろ興味が湧いてきた。いつかご本人に会えるだろうか? 試験が終わったら聞いてみるかな。
それはそれとして、ほんの僅かながらココロちゃんの足取りが心もとないように思えるのだけれど、気のせいだろうか?
念のため、早く進みたいという二人を宥め、休憩を挟んでから第三階層へ降りることにした。
ココロちゃんに具合が悪いなら遠慮せずに言って欲しいと伝えたけれど、果たして言うことを聞いてくれるだろうか……それ以前に、ちゃんと理解しているかも不明な子供っぷりだ。
二人して、どうしてここまで役者根性を発揮するのか……私としては、それでこそ彼女らをちゃんと別人として扱うことが出来るので、ありがたい話ではあるのだけれど。
やがて休憩を退屈に感じた二人が騒ぎ始めたため、私達はいよいよ階段を下り、第三階層入りを果たすのだった。
この階層までは事前にマニュアルマッピングをしているため、道は把握できている。必要以上に時間をかけること無く、比較的安全に次の階層を目指すことが可能だ。
出来るだけ消耗を抑えて突破したいところなのだが、果たしてこの二人がそれを許してくれるか。
「さぁ行きますわよ! わたくしに続きなさい!」
「なにをー! 隊長はココロだぞー!」
「あー、いきなり変なルートに行こうとする。そっちは道が入り組んでるので、こっちの道にしましょうね」
問題児二人の進行方向を、何とか最短ルートのそれへ修正し、これまでの階層同様順調な滑り出しで探索を進めることが出来た。
しばらくそうして歩いていたのだが、やはりココロちゃんがなんだかたまにフラッとする気がする。頭が不自然に傾いたり、踏み出した一歩の重心が変だったり。
あれか。無自覚な体調不良、みたいなことだろうか。っていうかそんなことまで演技で再現するのかこの娘は!
オルカは棒読みだけど、ココロちゃんはそんなこともなく、結構演技力が高い。役者だな。
と、それどころじゃない。護衛対象の不調を見逃さないのも、大切なことだからね。
「ちょっとこの辺で休憩を挟もうか」
「む。わたくしはまだまだ行けますわよ!」
「ココロも!」
「私がバテちゃったんだよ、ごめんね。寝不足でさ」
「むー。全くだらしない護衛さんですわね」
「しかたないなーしっかりしろー?」
「面目ないっす」
私達は手頃な場所を見繕い、そこに腰を下ろした。MP消費を抑えた弱結界も展開しておく。弱とは言え、モンスターを遠ざける効果は健在だ。何より、近場でのポップを阻害することが一番の目的なので、ただの休憩ならこれで十分。
私はココロちゃんを後ろから捕まえ、本当に子供をあやすように彼女を自分の膝の上に載せた。愛用のメイスも今は私のストレージに収納されているので、ほぼ手ぶらの彼女はやたら軽い。
なにをするー! はなせー! としばらく抵抗していたココロちゃんだったが、いつの間にかそれも止み、やがてウトウトし始めた。
実はこっそり威力を弱めた治癒魔法を、ゆっくりと彼女にかけ続けており、今の私は正にヒーリング効果の権化と化している。それは眠くもなるだろう。
慈しむように彼女の頭を撫でていると、こころなしかオルカが羨ましそうにこちらを見ている。ふふふ、ご所望とあらばいつでもウェルカムですぞ!
「やっぱり子供ですのね。大はしゃぎをして、疲れたのかしら」
「慣れないダンジョンでの宿泊だからね。簡単に疲れは抜けないよ。オルカもくたびれたならこっちにおいで。私を枕にしていいんだよ?」
「なっ、ななな……そんな事ができますか!」
オルカは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。それはそれで可愛い。
だが、もうひと押し!
「えー? 私はこんなにもオルカの枕になりたいっていうのに、こんな些細な願いも叶えてくれないんだ?」
「ぐ、ぅ……し、仕方ありませんわね。少しだけですわよ……?」
「やった!」
もじもじと私の隣に腰を下ろし、こてんと右肩に頭を預けてくるオルカ。すかさずヒーリング! たっぷり癒やされていけ!
ああ、美少女二人から香るこの甘い香りはなんだろうか。うっかり私のほうが昇天しそうだが、ここは紳士になるところだぞ。しっかりしなくちゃ。
なんて私が内心で悶々としていると、それとは知らぬオルカもまた、いつの間にやらすぅすぅと寝息を立て始めた。
もしここにオルゴールなんてものがあったなら、間違いなく私も微睡みに連れ去られていたことだろう。
だがしかし、そうはさせない! この幸せを、眠気なんかに取られてたまるものかと。私はふわふわと今にも飛んでいきそうな意識を懸命に繋ぎ止め、清く健全で良質な寝具になりきったのだった。
それから一時間くらいだろうか。私が必死に眠気と戦っていると、パチリとココロちゃんが目を覚ました。
私と目が合うと、ポワポワと微睡んでいる彼女は今の状況を掴みかねて、小さく首をかしげた。ぐ、なんて破壊力……!
だが少しするとようやく現状に思い至ったのか、顔を真っ赤にしておずおずと私の膝の上から退いて、そのままダンゴムシよろしく丸まってしまう。うぉぉぉとこもった唸り声を上げており、しばらくそのまま悶えていた。
オルカもつられて目を覚まし、少し照れくさそうに私から離れると、ふわ~っと小さくあくびをしている。
ああ、私の楽園はかくも儚きものだった……重みとぬくもりを失った膝と肩を寂しく思いながら、思わず小さな溜息がこぼれる。
それから二人が調子を取り戻すのを待って、再出発だ。
オルカは私を気遣い、言葉をかけてくる。
「あなたが睡眠不足だからと挟んだ休憩でしたのに、私達のほうが眠ってしまいましたわ。あなたは大丈夫ですの? ちゃんと休めまして?」
「おかげさまで、極上の時間だったよ。すっかり体も軽くなっちゃった。ココロちゃんはどう?」
「う、あ、う、ココロは元気だから、き、休憩なんていらなかったんだ!」
「そっか。元気なら何よりだよ」
真っ赤になってそんな事を言うココロちゃん。く、デジカメもスマホもないのが悔やまれる……!
これはアレだな。ステータスウィンドウに是非ともスクショ機能を搭載してもらわなくちゃならないな。
その後も照れ隠しにワチャワチャするココロちゃんを愛でながら、第三階層の探索は順調に進んでいった。
しかしそれも、一時間、二時間と歩いていれば再び退屈が顔を出すわけで。
まるでループでもしたようにまたもウズウズし始めるオルカたち。
さて、次はどうやって彼女らを宥めようかと考えつつ、前方に見えた罠を発見し、注意を促す。
「そこの床は落とし穴になってそうだね。脇に避けて進もう」
通路は相変わらず広く、落とし穴を避けて通ることも簡単だ。穴を飛び越えなくちゃならない、なんてことにはならないのは有り難い話だ。
私の言葉に、今まではちゃんと従ってくれたオルカ達。
しかし今回は様子が違った。とぼけた様子で、こんな事を言うのだ。
「本当に罠なんてありますの? 暇を持て余したわたくしたちの気を紛らわせようと、適当をぶっこいているのではなくて?」
「なにー! そうなのかお姉ちゃん!?」
「いやいや違うから。そんなウソつかないから!」
「本当ですの? それなら、確かめてみますわ」
言うが早いか、オルカはあろうことか私が踏んじゃいけませんよと忠告した床を、わざわざ思い切り踏みに行ったのである。
瞬間、パカッと床が左右に開いたかと思うと、オルカの体は重力に引かれまたたく間に穴の中へ。
なんて、そんなことは私がさせないわけで。床が開いた瞬間、私はオルカを空中でお姫様抱っこ。そのまま落とし穴を飛び越えて、静かに着地を決めた。
「ほら、本当にあったでしょう?」
「あ、あぅ……そう、ですわね」
ポッと頬を赤らめたオルカは、しどろもどろになった。なんだ、今日はオルカもココロちゃんもやたらかわええじゃないか! 久々に私の中のおじさんが悶え転がっておるのだが!
私が仮面の下で目尻をとろけさせていると、オルカは下ろしてくださいましと身を捩り始めた。
名残惜しくもそれに従い、彼女を解放すると、不意にココロちゃんの声が聞こえた。
「お姉ちゃん見て! 穴の底になにかあるよ! ココロが確かめてくる!」
「いやいやいや待て待て!」
所在なさげにしているオルカを愛でる間もなく、次はココロちゃんが穴を覗き込み、そして躊躇いもせず飛び込んだのだ。
私は一気に血の気が引く思いで、すぐさま駆け出した。
ステータス由来の素早さと身軽さで、落下するココロちゃんを空中キャッチ。壁を蹴って飛び上がると、どうにか穴を脱することに成功した。
ま、まじで何をしでかすか分かったものじゃない。これが子供の恐ろしさか!
当のココロちゃんは、良い退屈しのぎになったのだろう。お姫様抱っこされたまま小さく手を叩いて喜んでいる。
「あ、穴の底になにかあっても、もしかしたら別の罠かもしれないんだし、不用意に飛び込んじゃダメだよ? いい?」
「わがった!」
「ほんとかなぁ……」
とは言え、何があったのかは私も気になった。ということで、オルカも一緒に三人で落とし穴を覗き込んでみる。
すると確かに、宝箱らしきものが穴の底にあるじゃないか。でも、それが置かれている床からは、無数の棘が突き立っている。剣山に例えられるほどの密集度でもないため、落ちれば普通に串刺しだろう。
「ミコトさん、わたくしアレの中身が気になりますの!」
「ココロも!」
「ですよねー……」
安定の無茶振りである。っていうか、こういう宝箱の置かれ方もあるのか。新発見だ。
私は一つため息をつき、改めて穴の底を観察しつつ、さてどうしようかと思案するのだった。




