第六二二話 一回戦第二試合
第一試合、終了。
直後、悲鳴を上げて飛び起きたスイレンさん。
プチッと潰されたのが余程恐かったのだろう、自分の体が無事であることをアワアワと確かめた彼女は、直後しゃくりあげながらギャン泣きしだしたではないか。火がついたようにとは正にだ。
よしよしと慌ててそれを慰めに行くレッカである。
それにしてもまぁ、無理からぬ事だろう。もしあれが仮想空間の中でなければ、普通に死んでいたわけだからね。
観戦モードの画面で、スイレンさんのHPバーが一気に空っぽになる光景には、皆思わず「あっ……」と声が漏れたものだ。
しかし呆気ないなどとは思うまい。
だって彼女の選んだ戦術は確かに厄介で、事実ココロちゃんを追い詰めていたのだから。
もしかすると彼女は、今大会のダークホース足り得たのかも知れないと。本気でそう思える程には、眠りの歌というのは恐ろしい代物だった。
そのことは私のみならず、皆も同じように感じていたことだろう。
スイレンさんに続いて、すぐに意識を取り戻したココロちゃん。
わんわんと泣くスイレンさんに、ヘコヘコと平謝りである。
VSモードで一番のネックは、もしかするとアフターケアなのかも知れない。
特に好戦的とは真逆のスイレンさんだもの、巨人恐怖症とかにならなければいいけど……。
ともあれ、改めてイクシスさんより、
「第一試合、勝者ココロ!」
という宣言があり。トーナメント表にて彼女の駒が進めば、皆がヤンヤと手を叩いて盛り上がった。
他方で、静かにバチリと視線を交わす私とレッカである。
席を立ち、次の試合準備のためにイクシスさんの元へ二人で集う。
戦いの舞台を手早く決めたなら、早速ベッドへと向かう私たち。
そこで私は、先に宣言しておくことにした。
「この試合で、前回の雪辱を果たさせてもらうよ!」
これを受け、不敵な笑みを浮かべるレッカ。
腰に手を当てて胸を張り、堂々としたさまで返事する。
「出来るものならやってみるといいさ! ただし! 遠距離戦とか止めてもらっていいですかね!」
堂々と、何とも情けないことを言うレッカである。
「うん……まぁそのつもりだけどさ、もうちょっと会話で縛りを仕掛けるみたいな、そういう駆け引きしたりしないの?」
「そういうのは私には向いてないかな。今度練習しとくよ!」
向上心豊かなことだ。
これがガチの腹芸なら、きっと相手のプライドや立場なりを引き合いに出して、精神的に切り辛い手札ってものをこさえるのが常なんだろう。
しかし残念ながら、私もまたそういうのは苦手なので、あまり偉そうなことは言えない。
とは言え、今回の試合では実質縛りを設けての戦いになるわけなんだけどね。
何せ雪辱戦だもの。
前回禁じた遠距離攻撃なんかを用いたんじゃ、勝てたとしても意味がないのである。
だからこの試合では、敢えての接近戦でぶつかるつもりだ。
その代わり、装備に関しては好きに使わせてもらうけどね!
そうして試合前の遣り取りをした私たちは、最後に改めて鋭く視線を交わしてからそれぞれのベッドへ横たわり。
いよいよVSモードを起動。準備完了にて、意識を手放すのだった。
★
草原である。
背の低い草が絨毯のように広がり、遥か彼方の景色にまで地続きで届く雄大なフィールド。
普段と違っているのは、徘徊するモンスターの姿が見えないことくらいか。
吹き抜ける風は、夏の名残が些か寂寥感を何処へなりと運んでおり。抜けるような青空は、ここが仮想空間などとは思えぬほどに心地よい。
余談だが、設定によって時間帯や天候、季節すらも思いのままだというのだから、仮想空間とは面白いものである。
三〇メートルほど向こうには、円形に輝く草の上にレッカが立っており、早速愛剣を引き抜き軽い素振りをしている。
私も小さく腕を回したり、腰を捻ってみたりして具合を確かめておく。
うん、違和感はない。
そうして始まるカウントダウン。
五の数字が目の前に浮かび、それを飛び越しレッカと睨み合う。
舞姫を構え、腰を落とす。レッカもビリビリと闘志を漲らせており。
そうして私たちそれぞれの面前にて、『始め!』の合図が成った。
瞬間、弾かれたように互いに駆け出す私たち。
たかだか三〇メートルの距離などは、あれから更にステータスを大きく伸ばしたレッカと、各種装備の新調により、負けじとステータスを上げた私からすれば、殆ど無いに等しかった。
が。
敢えてテレポートにて彼女へと躍りかかってみれば、死角からの一太刀にも関わらずあっさり躱されたではないか。
更に輪をかけて育ったらしい彼女の【敵意感知】に【危機察知】スキル。
迫る攻撃に対しては最早、出来の良い未来予知と何ら違わぬ予見ぶりを発揮し、見もせずにひらりと回避してくれる。忌々しいことである。
対するレッカの初撃だが、早速煌々と赤く燃え上がらせた愛剣にて即座に斬り返してくる。攻撃後の隙を的確に狙った、見事な一撃だ。技量の高さも自然と窺い知れるというもの。
さりとて、素直に受けてやるはずもなく。
小さな障壁を、剣を握るその手元へ生じさせてやれば、それだけで軌道は修正を余儀なくされる。
私と同じく忌々しげに眉をヒクつかせ、けれど驚くべき滑らかな対応にて生じる隙を最小限に、紅蓮に燃える裏拳を狙ってくるではないか。
だが、私とて心眼という予知の手段を持ち合わせている。
拳をやり過ごし、再び舞姫をけしかけた。今度は携えたる一振りだけでなく、宙を舞う三振りもいっぺんにだ。
常人なればこれだけで詰み。瞬時に身体をバラされ、原型すら留めないだろうさ。ちょうど以前戦ったアメンボ女のように。
だというのに。
レッカは舞姫を相手に踊るように、斬撃と斬撃の隙間へひらりと身を滑らせ、あろうことかやり過ごしてしまったではないか。
更には行きがけの駄賃とばかりに、舞姫の一本へカツンと紅蓮剣をぶつけてみせたのである。
するとどうしたことか。当てられた舞姫の一本に紅蓮の火が燃え移り、あっという間に剣身も柄も関係なく染め上げたのだ。
レッカの属性アーツスキルが一つ、【伝火】。
あの一本を手に取ったり他の舞姫と合体させようものなら、忽ちその火は燃え移ってしまうに違いない。
身を躱したレッカへ追撃を仕掛けつつ、燃やされた舞姫を作り出した水球に潜らせてみる。
が、これまたどうしたことだろうか。まるで消えやしないではないか。
何らかのスキル効果だろう。今のレッカの振るう火は燃やされたら最後、水に沈めても鎮火しないらしい。
それはつまり、鍔迫り合いすらも許されないってことだ。
しかし、である。それはこちら側にだって言えること。
踊るように斬撃を潜り抜け、さりとて僅かな隙を晒したレッカへ構わず、舞姫にて打ち込む私。
するとどうだ、彼女は待ってましたとばかりに紅蓮剣にて受けに掛かる。いや、受ける他ないタイミングでの一撃だ。当然の選択と言うべきだろう。
だが、受けたが最後私の崩穿華にて……。
などと画策していたのがマズかったのだ。
案の定彼女の危機察知は、敏感に危ない香りを嗅ぎつけたらしい。
そしてそれは私の心眼も同じことで。
刃同士がかち合うその直前、レッカの愛剣が猛烈な爆炎をこちらめがけて吹き付けてきたのである。
浴びれば炎上。それも消えない炎と来たものだ。
しかし、心眼にて狙いを読んだ私はテレポートにて緊急回避。
彼女の頭上へと飛ぶなり、舞姫に雷を纏わせ地面めがけて投擲した。
これを大きく飛び退き、危なげなくやり過ごすレッカ。
仮面の下で私は小さく歯噛みした。
何せ今の一撃は、回避したところで地面に刺さった舞姫が、地を伝う雷にて敵を麻痺させるという二重の狙いを持った攻撃だったのだ。
にも関わらずレッカは、そこまで読んで敢えて大きく飛び退いた。地に足をつけば痺れてしまうと、鋭く察知してみせたわけだ。
軽々と二〇メートル近くも距離を取り、油断なく構えてみせるレッカ。人間離れした跳躍力だ。
一旦の仕切り直しである。
地面から舞姫を引き抜き、さりとて地に足をつけず飛行スキルで空中に留まる私。
油断なく構えながら、取り敢えず一言だけ言わせてもらおう。
「ランク詐欺」
ぼそっと述べたそれは、しかしどうやらレッカの耳に届いたらしく。
プンスカした彼女は「ミコトにだけは言われたくないんだけど!」などと言い返してくる。
が、そのくせ一切呼吸にも姿勢にも乱れがないっていうんだから、何とも隙のないことである。
しかしまぁ、ここまでは謂うなれば小手調べに過ぎない。
「ここからは魔法をどんどん併用していくから。何処まで耐えられるかな?」
「上等じゃん! 逆に燃やしてあげるよ!」
残念。油断を誘うためのお喋りも効果なしである。
頑なに警戒してるし、心身ともに乱れなし。これは本当に、逆に燃やされないよう注意しなくちゃならないだろう。
チリチリと火花でも散りそうなほどに鋭い視線をぶつけ合い。
そうして小さなインターバルを挟んだ私たちは、第二ラウンドへと突入していったのだった。




